現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
2 / 34

結婚式

しおりを挟む
 ――七月。
 ライラが水の精霊王の聖女に選定されてから、九年と数か月。
 その年の初夏、ライラが住むレブナス王国の王都イルウォールでは、珍しく結界の外側に位置する諸外国からの使者が多数、訪れていた。
 王太子アスランとシュナイダル公爵家令嬢ハンナの結婚式が行われたからだ。
 結界の中で鎖国のような暮らしをしている国民にとって、外からの人々は珍しく興味の対象だった。
 短い期間の来訪だったが、その数は数十の国々に及んだ。
 同じ人族、竜族、ティトの大森林に住むエルフや妖精王からの使者、その他に時折、結界を破って王国に侵入し被害をもたらす魔族の王たちからの使者もいた。
 
 ライラがその日忙しくしていたのは、他の神々の代理人として訪れた人々をもてなしていたからだ。
 聖女となったときに呼ばれた水の都エイジスで出逢って以来、約十年近く。
 名前と顔した記憶と一致しない彼らに、どこか通じるシンパシーを感じがら、ライラは会話をしたり、自分が住む神殿内を案内したりと気の抜けない数日。
 もう疲れた……そう思いながら職務に励んでいたライラが、王太子夫妻への祝福を述べるという一大イベントもあった。
 それはライラにとっても大きな人生の転機の一つで、心が大きくときめいた瞬間でもある。
 まだ知らない将来の夫を、その素顔を初めて見たのだから。


「どうでした?」
「え、あ……ヘザー様。どうと言われても。そう、ですね。緊張しました」
「そうですか。彼はどう見えました? 将来を共にする相手は?」
「難しいです。でも、良い印象は少なからずありました」
「それはよかった。ライラ様の結婚はこれまでにない、聖女の引退だから……気にはしていたのです。他の神々の聖女たちもそう。みんな、あなたには幸せになって貰いたいから」
「……ありがとうございます、ヘザー様」


 結婚式のあと、世話役を任された客人たちとの夕食の場で、そんな声をかけてきたのはティトの大森林を挟み東に位置する大国の一つ、トランダム王国の当代の聖女ヘザーだった。
 三十代を越えた彼女は友人と言うよりは叔母に近い、当代の他国の聖女たちのまとめ役。
 そんな大先輩に声をかけられてライラは緊張してしまう。
 彼の印象……悪くはないけど、でも――あまりよくもない。王太子アスランに嫌われているかもしれないと思うと、ライラはついつい将来に不安を感じてしまい心がどこか重苦しくなる。 
 ヘザーはそんなライラの心情を知ってか知らずか、おめでとう。
 その一言と共に意味深げな微笑みを見せている。

「おめでとう、ライラ様」
「いえ、まだ結婚したわけではありませんので……」
「そうだけど、半年後にまた来れるとは限らないし、みんなが聖女でいられるかもわからないでしょ? 最近はどこもかしこも戦争だの、天災だのと嫌なことばかり聞くもの。こうしてお会いできるのも、最後かもしれない」
「そう、ですね。ありがとうございます、ヘザー様。寿命が尽きるまで王国に尽くしたいと思います」
「ええ、頑張ってね、ライラ様」

 ……自分の後に続く聖女を無くすために。
 その一言は口にはできなかった。
 他の神々と彼女たちの契約までは知らないし、もしかしたらもっと辛い運命が待ち受けているかもしれない。
 最近では魔族の王と戦った他の聖女が死んだとの噂も耳にしているから、そういったことを口にすることがどことなく禁じられているような気になってしまう。
 あまり多くを知らずに彼女たちとを見送ることが賢いのかもしれない。
 政治には疎いが神殿を束ねる長の一人として、十年近い管理者、経営者としての勘がそう伝えていた。

「あの、ヘザー様。ご質問、いいですか?」
「……? 何かしら?」
「その、私は見ての通り、獣人です」
「それが何か? 特に珍しいことではないわ」
「いえ、その……皆様の中には同じく獣人の方もおられますけど、同族が……見受けられません。ほかの国の使者や賓客の方にもご案内をしましたが、やはり、狼の獣人は……」

 ライラは黒髪に水色の瞳の、知的な顔立ちをした――獣人。
 青い神狼の血を引く彼女たちは、頭頂部に青い毛皮に覆われた獣の耳を二つもち、ふさふさの青い毛並みの尾を腰から垂らしている。
 いつもは神官衣の中にあるそれは、今夜はドレスを着ていることもあって、腰かけたイスの背もたれとの間で少しだけ揺れ動いていた。

「ああ、それね。うーん……この西の大陸ではあまり見かけないわね。南の大陸には狼の亜人は多いと聞くけど、まだ行ったことがない。ここにいるのは西と、シェス大河を挟んだ東の大陸の沿岸諸国の聖女たちだから、人族が多いかな」
「そうですか」
「この国には獣人が多いわね。でも――ここではあまり言えない。そういう扱いなのも知っているから心配だと思うところもあるのよ、ライラ様」
「……この国では獣人は最下層の農民。それも、多くは農奴ですから――」
「こんな身分の低い農民出身の女が王族に迎えられていいのか、と。もしかしたら……まともな扱いは受けないかもしれない、と?」
「いえ、それは――王族に迎えてもらえるだけありがたいと……」
「そう? そうね」

 ふうん、と人族のヘザーは先ほどの意味深げな瞳の色を更に深めていた。
 興味本位というよりは当たり前。当然というよりは――彼女もライラの不安点をどこか面白そうに見ているフシがある。
 他所の家庭事情だから口出しはできないけど、善意で何かをしてあげたい。そんな感じでないことだけは、どことなくライラにも理解できた。

「身分差別はどこにでもあることだけど、そうねえ……。あなたは特別にそれを自分から始めてしまったから――例え幸せになれなくても受け入れるしか、道はないかもしれない」
「いえ、受け入れないなんてそんな大それたことは――」
「責めているわけではないのよ。ただ、主である神が決めたことを止めましょうと声高に叫んだのはあなたが初めてかもしれない」
「それは……」
「責めていないわよ。誰も怖くてそんなこと言えなかっただけだから。神の怒りを買うと、とんでもないことになる。わたしみたいに。だから、気を付けなさいな、ライラ様」
「え……? はあ……、はい。ヘザー様」

 わたしみたいに?
 その意味がライラには理解できないでいた。
 この聖女様……トランダム王国の炎の女神の代理人は何を言っているのだろう、と。
 奇妙な発言と重い溜息をつくヘザーを見ながら、ライラはひそやかに小首をかしげる。
 夕食が終わり各員を見送る時、ティトの大森林を統べる森の妖精王の代理人として来ていた王子妃リーシェがそっとライラに教えてくれた。
 
「あの人、数年前に女神様を怒らせて聖女を追放されかけたの。ライラ様、お気をつけあそばせ」
「えっ!?」
「お幸せに。何かあれば我が妖精王はティトの大森林を解放しますよ。あなたたち、蒼狼族の為に」
「……それはどういう??」
「王からあなたへのご伝言です。他言は無用で」
「でも、我が主、水の精霊王様には――」

 大丈夫。とリーシェ王子妃は微笑んでいた。
 神々は多くを語らないだけで知っておられますよ、と。
 まるで未来のどこかで大森林に一族ごと移住して来てもいい。そんな何かの問題が善かれ悪かれ起こりそうで、ライラの心にまた余計なさざ波が一つ立つ。

「いずれ、また。では、ごきげんようライラ様」
「ええ、いずれまた。リーシェ王子妃様……」

 待っていますよ、と再度言うと彼女は踵を返して去っていく。 
 はっきりしないことなら言わなければ良いのに。
 そう思いライラはヘザーのような重い溜息が出てしまう。
 将来の夫、王太子アスランの自分を見る視線は――歓迎されているようにはどうしても思えなかったからだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたので、聖女になりました。けど、こんな国の為には働けません。自分の王国を建設します。

ぽっちゃりおっさん
恋愛
 公爵であるアルフォンス家一人息子ボクリアと婚約していた貴族の娘サラ。  しかし公爵から一方的に婚約破棄を告げられる。  屈辱の日々を送っていたサラは、15歳の洗礼を受ける日に【聖女】としての啓示を受けた。  【聖女】としてのスタートを切るが、幸運を祈る相手が、あの憎っくきアルフォンス家であった。  差別主義者のアルフォンス家の為には、祈る気にはなれず、サラは国を飛び出してしまう。  そこでサラが取った決断は?

ゴースト聖女は今日までです〜お父様お義母さま、そして偽聖女の妹様、さようなら。私は魔神の妻になります〜

嘉神かろ
恋愛
 魔神を封じる一族の娘として幸せに暮していたアリシアの生活は、母が死に、継母が妹を産んだことで一変する。  妹は聖女と呼ばれ、もてはやされる一方で、アリシアは周囲に気付かれないよう、妹の影となって魔神の眷属を屠りつづける。  これから先も続くと思われたこの、妹に功績を譲る生活は、魔神の封印を補強する封魔の神儀をきっかけに思いもよらなかった方へ動き出す。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

【完結】聖女を害した公爵令嬢の私は国外追放をされ宿屋で住み込み女中をしております。え、偽聖女だった? ごめんなさい知りません。

藍生蕗
恋愛
 かれこれ五年ほど前、公爵令嬢だった私───オリランダは、王太子の婚約者と実家の娘の立場の両方を聖女であるメイルティン様に奪われた事を許せずに、彼女を害してしまいました。しかしそれが王太子と実家から不興を買い、私は国外追放をされてしまいます。  そうして私は自らの罪と向き合い、平民となり宿屋で住み込み女中として過ごしていたのですが……  偽聖女だった? 更にどうして偽聖女の償いを今更私がしなければならないのでしょうか? とりあえず今幸せなので帰って下さい。 ※ 設定は甘めです ※ 他のサイトにも投稿しています

報われなくても平気ですので、私のことは秘密にしていただけますか?

小桜
恋愛
レフィナード城の片隅で治癒師として働く男爵令嬢のペルラ・アマーブレは、騎士隊長のルイス・クラベルへ密かに思いを寄せていた。 しかし、ルイスは命の恩人である美しい女性に心惹かれ、恋人同士となってしまう。 突然の失恋に、落ち込むペルラ。 そんなある日、謎の騎士アルビレオ・ロメロがペルラの前に現れた。 「俺は、放っておけないから来たのです」 初対面であるはずのアルビレオだが、なぜか彼はペルラこそがルイスの恩人だと確信していて―― ペルラには報われてほしいと願う一途なアルビレオと、絶対に真実は隠し通したいペルラの物語です。

悪役令嬢なので最初から愛されないことはわかっていましたが、これはさすがに想定外でした。

ふまさ
恋愛
 ──こうなることがわかっていれば、はじめから好きになんてならなかったのに。  彩香だったときの思いが、ふと蘇り、フェリシアはくすりと笑ってしまった。  ありがとう、前世の記憶。おかげでわたしは、クライブ殿下を好きにならずにすんだわ。  だからあるのは、呆れと、怒りだけだった。 ※『乙女ゲームのヒロインの顔が、わたしから好きな人を奪い続けた幼なじみとそっくりでした』の、ifストーリーです。重なる文章があるため、前作は非公開とさせていただきました。読んでくれたみなさま、ありがとうございました。

処理中です...