現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

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再会

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 ライラの故郷の村にはアルフライラという花がある。
 故郷の村の名前も同じだ。
 彼女の名前は、故郷のこの花の名前からもじって名付けられた。
 ライラとは春先に咲き誇る蜜を大量に蓄えて育つ、青くも黒さを残すような花を咲かせる。
 黒い頭髪に、蒼い耳と毛皮と尾が目立つ彼女には似合った名前かもしれない。

 聖女らしからぬもう戻りたくない、そう尾を抱えてごねるライラをしかし、リー騎士長は責めなかった。
 戻るもいい、止めるもいい。
 どこに行っても自分が守ります。
 彼はそういうスタンスだったからだ。

 ライラが子供らしさを捨てたのは、村の境目を知らせる巨大な一本杉をあの河原から見つけることができたからだ。元来、ライラは好奇心が強い。
 人生に対する挑戦をすることに、物怖じしない性格だったことが功を奏したのかもしれない。
 ここまでは誰もが知る、聖女ライラ。
 あそこから向こうは、誰も名前だけは知っているけど、特別扱いがあるかないのか。
 それははっきりしない世界。
 やはり不安は尽きなくてどうにも覚悟ができない。
 リー騎士長はそんな時にこんな返事をくれた。

「ライラ。彼との約束は二人でしたことでしょう? 待っていてもいなくても、貴方にも彼にも主からの明確な罰を与えるという神託がない以上、悩むのはおよしなさい。それよりも、待っているはずの家族に会うこと、これからは農民として生きていくことを心に命じるべきです。もちろん、聖女として教会の奥で生きることも悪くはない。聖女は永久職位ですからな」

 そう言い、リー騎士長は助け舟を出してくれる。
 まずは神殿の下部組織にあたる教会に身を置くべきかもしれない。
 
「実家には――私が住んでいた二階の茅を干しているあの部屋はまだあるでしょうか?」
「どうでしょうな? 新しい子供が生まれていればもう十年。蒼狼族は生まれてからの成長は人間並みとあなたが言われていた。連絡を取り合えばそれは早く分かるが、そうしたくない面もありますからな」
「王太子殿下の怒りですか」
「ええ、こんな国境沿いの小さな村など、どう扱われてもおかしくはない。今は大人しく現実を見るべきですな」
「ええ……」

 その会話からほぼ一日、着きましたよとリー騎士長が肩を揺らして起きるまで、ライラはまったく起きる気配がなかった。

「もう? こんなに早く……?」
「ああ、眠らせておきましたから。直前になって暴れられても困りますのでな」
「リー騎士長……。今後は私に魔法をかけることを禁じます。眠っているのに聖女相手に魔法を発動させれるなんて、あなたはどれだけ高位の魔法使いなのですか、まったく……」
「それよりも、開けますよ? みんなが待ってる」
「へっ、ああ! そんなちょっと待ってまだお化粧も何も――」
「要りませんよ、みなには急遽、問題が起きて戻ったという話にしているのですから。旅に疲れ切っているというほうが良いのです。ほら、そんなに尾で隠しても丸わかりです。覚悟をお決めなさい」
「うー……恨みますからね!?」
「幾らでも?」

 そう言い、彼は村の衆が待っているであろう馬車の扉を開けた。
 そこは東側で陽光がまぶしく差し込み、それまで薄暗かった車内にいたライラは思わず目を瞑りそうになった。

「聖女様のお戻りだ!」
「ちょっ、打ち合わせと違う……」

 リー騎士長の低くもよく通る声は戦場でよい指揮官を果たすだろうと思われた。
 ようやく目がなれたライラが見渡すと、そこには数十人の村人―ー多く自分と同じ蒼狼族。質素な身なりと野良作業で誰もが腰や背中を弱らせていて、屈強なはずの仲間でもしゃんっと背筋を伸ばせている者は少なかった。
 老齢の男性が数名、そこに年寄が多く続き、ライラと同年代の若者はむしろ少ないくらい。
 二十代から三十代の男女は朝のこの忙しい時間を割いてきてくれたのだろう、よく戻って来たという視線の中にもう戻らなかったんじゃないのか、という奇異の視線や、何か問題を――新たな税金などを持ってきたのか。というそんな敵視する視線や、明らかに身分が違う者に対して誰もが放つ、嫉妬と侮蔑の視線も混じっていた。

「よく戻られた、ライラ。久しいな」
「あなた……ウロブ長老様?」
「おお、覚えておったか」

 杖がなくては歩けない貧相な老人が前に出て、馬車から姿を現したライラへと一礼する。
 他の村人も何か含むものはあるだろうが、全員がこの作法に従っていた。
 だが、数名の若者たちが離れた樹に寄り添うのが見える。その少し後ろには神殿関係者であろう、馬に乗った神殿騎士も数名、彼らを待ち構えていた。

「長老、よく覚えています。まだお元気そうでよかった」
「お互い様だな、ライラ。お前がわしらと同じように槍を奮い魔族と戦っていると聞いては、みな魂から鼓舞されておった。ああ、いや、そんな話はあとにしよう。おい」

 その呼びかけに長老の後ろに控えていた屈強な若者――ライラと年の頃は変わらない、全身が蒼い純粋な蒼狼族の若者が立ち上がる。
 その背丈はライラより頭一つ高く、胸板は厚く、手は女性のように細かったが、ライラを支えるその掌は剣ダコがつぶれてごつごつとしていた。

「お手をどうぞ」
「ありがとう」

 触れただけで分かる並々ならぬ魔力量、それは神官かと間違うほどに強く、彼の腰にある剣を抜けば、神殿騎士でも敵わないほどに強いかもしれない。
 左の目尻に薄く剣の傷跡を持つ彼は――ライラは彼を見て一瞬で悟ってしまう。
 この男……一流の武人となって目の前に立つ彼こそが――自分が会いたくてやまなかった許嫁、アレンなのかもしれない、と。
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