現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央

文字の大きさ
13 / 34

斜面

しおりを挟む
 ひどい顔……まぶたは腫れてるし、目元には隈まである。ぼさぼさの髪、耳の手入れも尾の毛づくろいもできてない。一晩以上泣いて悩んでまた泣いて――そこい写る獣人の少女は誰だろう?
 ライラが落ち着きを取り戻し、ようやく鏡を見る気になれたのは、前日の朝だった。

 翌朝には村に着く、そう思ってたまたま手鏡を手にしてみたらこれだ。
 まるで別人のような疲れ切った顔をしている自分がいるのを見て、ライラは一瞬、言葉を失った。

「おや? 蒼狼が黒狼になっておりますな、聖女様?」
「黒狼!? リー騎士長っ、言い過ぎですっ!!」
「いやすいません、よくよく見るとこの世でも最上位の美しさを持つ、我が主、水の精霊王の聖女たるライラ様ではないですか。今朝もその尾も……何ですか、その抜け毛のひどさは……」 

 川岸近くに馬車を止めて水を汲みに行って戻って来たリー騎士長は絶句する。
 ライラの尾はまるで、しぼんでしまった。
 そんな表現が適切なほどに細くなっていたからだ。

「……すと、れす……? ですか、ね?」
「ライラ……考えすぎですよ……まったく。首に巻けばいいマフラーになるのに」
「リー騎士長? 神殿を出てから扱いが雑になっていませんか!?」
「雑ではなく、もう神殿騎士長としての役割を隠さなければならない。そう思っているのですよ、聖女様」
「隠す? でも騎士長は私の護衛では?」
「もちろんその通りです。しかし、聖女様はこれからは一村人として生きていかなければなりません。聖女としての役割を終え、これからは言い方は失礼ですが……」
「また、農奴としての村の生活を送らなければなりません、ですか?」
「ええ、そこです。貴方はその身分に戻らなくてもいいかもしれませんが、村での特別扱いを郷里の彼らが受け入れるかどうか。自分は心配ですよ」
「どうでしょうか。六歳から一度も戻っておりませんから両親も兄弟もどうなったか。新しい妹でもいるといいのですが」
 
 それにしてもマフラーは暴言です、とライラは頬を膨らませて抗議する。
 上着を脱いでいた彼女の尾は、ようやく自由に動けたとばかりにしぼんでいたそれを少しばかり膨らませて、ゆらゆらと揺れながら主人と同じくリー騎士長に抗議をしていて、騎士長は思わず微笑んでしまっていた。

「もう、笑わないでください!」
「失礼。しかし、その尾は動ける程度には回復したようですな。ストレスというより、聖女様が尾を虐めすぎたのでは? さんざん、引っ張ったりかじったりされてましたからな」
「見ていたんですね!? 私のあんな姿を? 信じられない」
「目の前にいるのだから仕方ありませんな。まあ、車内の床上に落ちた毛の量を見ると一目瞭然ですが」
「……毛の! 冬毛に生え変わる時期なの! 多分……」
「そういうことにしておきましょう。しかし、ご家族ですか。朝食を用意しておきますから、とりあえず川で顔を洗われては? さすがにこの季節は入れませんがね」
「水を魔法で引き上げて桶に入れて加熱すればお湯になるけど、さすがにここでは……。村に入る前に教会に寄りたいですね。身体を清めて戻りたいです」
「ライラ……」

 リー騎士長は思わずため息を漏らした。
 身分の話をしたばかりなのに。彼女はずっと聖女だが、神殿関係者からは身を引いて生活することになるのに、と。

「あ……そうでした、ね。もう、神官を辞退したのでした……」
「教会には神殿から派遣された人間がおりますが、貴方の方が位は上です。相手ももしかしたら移動などになるかもしれないと危機感を覚えているかもしれない」
「先に挨拶には行けるけど、そこから先は厄介になってはだめ、ということですね。どこにいても権力の問題は絡んでくる」
「左様ですな。まずは朝食にしましょう。話はそれからだ」
「ええ、リー騎士長」

 ライラは川に行き精霊王に祈りを捧げみたが、主は居るようで居ないようなそんな感じしかしなかった。返事はなく、しかし、魔法は問題なく使える。まだ聖女として見捨てられてはいないのだと思うと、少しだけ安心できた。
 馬車に戻り、リー騎士長が用意した硬いパンや携帯食、川で得たのだろう魚などが起こされた焚火によって炙られ、もしくは温められ、焼かれて香ばしい香りを鼻に送り込んでくる。
 食事ができるありがたみに感謝しながら、ライラはそれらを食べているとリー騎士長はいくつかの質問をしてきた。それらは多くが蒼狼族に関するもので、一族の習慣やどんな特性があるのか雰囲気、よそ者に対しての許容度などをそこそこ詳しく聞かれた。

「家族ですが、獣人は多産と聞きます。蒼狼族もそうですか? 村には百人もいないと聞いていますが」
「……蒼狼族は普通の獣人とは違います。多産ではなく、一度身ごもれば四年は胎内に、それから出産となり寿命は二百から三百年。だから、農奴としては適しているのです」
「家族を引き離して奴隷として扱うなら、そうですな。しかし、三百年とは羨ましい。普通の獣人は人間よりも短命だというのに。犬や猫が短命なように、肉体的には人を凌駕していても短い寿命が普通だ」
「そうですね、だから殿下も側妃にすると決まった時にせいぜい、半世紀程度だと思われたのでしょう。実際、村に純粋な蒼狼族はいませんから。多くは混血でその寿命も他の獣人と変わりません。子供を産む時期だけは変化がないようですけど」
「ではもし新しい家族がいたとしても……」
「まだ、四歳か五歳。でしょう、多分。姉と呼んでもらえるかどうか不安です」

 明日の朝、とうとう、自分の人生の岐路がやってくる。
 一つの心に生まれた二つの道。
 でも、ライラにいま見える道は険しくも困難な、急斜面の登り路だった。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです

白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。 ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。 「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」 ある日、アリシアは見てしまう。 夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを! 「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」 「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」 夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。 自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。 ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。 ※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

【完結】『妹の結婚の邪魔になる』と家族に殺されかけた妖精の愛し子の令嬢は、森の奥で引きこもり魔術師と出会いました。

夏芽みかん
恋愛
メリルはアジュール王国侯爵家の長女。幼いころから妖精の声が聞こえるということで、家族から気味悪がられ、屋敷から出ずにひっそりと暮らしていた。しかし、花の妖精の異名を持つ美しい妹アネッサが王太子と婚約したことで、両親はメリルを一族の恥と思い、人知れず殺そうとした。 妖精たちの助けで屋敷を出たメリルは、時間の止まったような不思議な森の奥の一軒家で暮らす魔術師のアルヴィンと出会い、一緒に暮らすことになった。

偽聖女と蔑まれた私、冷酷と噂の氷の公爵様に「見つけ出した、私の運命」と囚われました 〜荒れ果てた領地を力で満たしたら、とろけるほど溺愛されて

放浪人
恋愛
「君は偽物の聖女だ」——その一言で、私、リリアーナの人生は転落した。 持っていたのは「植物を少しだけ元気にする」という地味な力。華やかな治癒魔法を使う本物の聖女イザベラ様の登場で、私は偽物として王都から追放されることになった。 行き場もなく絶望する私の前に現れたのは、「氷の公爵」と人々から恐れられるアレクシス様。 冷たく美しい彼は、なぜか私を自身の領地へ連れて行くと言う。 たどり着いたのは、呪われていると噂されるほど荒れ果てた土地。 でも、私は諦めなかった。私にできる、たった一つの力で、この地を緑で満たしてみせる。 ひたむきに頑張るうち、氷のように冷たかったはずのアレクシス様が、少しずつ私にだけ優しさを見せてくれるように。 「リリアーナ、君は私のものだ」 ——彼の瞳に宿る熱い独占欲に気づいた時、私たちの運命は大きく動き出す。

聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました

AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」 公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。 死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった! 人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……? 「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」 こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。 一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。

処理中です...