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逃げたい背中
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「会いたくないと思われていますか? それとも会いたくて仕方がない、もしくは会って謝罪したい。それとも……死んでいてくれたら気が楽だ、とか?」
「いいえ、いいえっそんな――死んでいてくれたらなどと、思っては……いません。主が精霊王が彼に罰を下そうというのであれば、すべて受け止めたい。ライラはそう思っています」
「罪悪感だけ、ですか」
「ええ……」
「うーん。難しいですな。しかし、言えることも一つありますよ」
「それはどんなことですか、リー騎士長」
「会って話をなさい、男と女の仲とはえてしてそんなものだ。二人にしか分からない距離というものがあります。それは誰かが親切に語った言葉ではかれるようなものじゃない。怖くて、苦しくて、それでいて温かい特別なものを感じることが出来る。二人だけの特別な感情をね」
「……リー騎士長はまるで賢者のように語られるのですね?」
「結婚すれば分かりますよ。子供を持てばもっとわかる。家庭を成し、家族を養い、子供が独立し、やがて孫を連れてくる。そこまで行ければ言いようのない幸せがあるとかないとか。自分にはもう……あり得ない過去ですがね。貴方はこれからだ、悩む時間もまた楽しいですよ」
「楽しく、なんか――ありません。相手に強いてしまった人生なんて、罪深い」
肩を狭めてライラは全身をぎゅっと自ら抱きしめていた。
大型犬が主に叱られたときにふてくされて、丸まってしまったような印象をリー騎士長は覚えてしまう。耳を伏せ、尾は垂れ下がり、それを丸めて顔の前で大事そうに抱きかかえる。そんな感じだ。
あいにくとその尾を抱き締めるまではいかなかったが。
「九果のライラ、でしたか?」
「え? それは忌み名です。好きではありません」
「身長と同じほどの長槍を手に、水の大輪を咲かせ孤高に挑むさまはまるで九つの華が咲いたような攻撃を成す。そんな噂からの通り名でしたな。魔族もなかなかいいセンスを持っている」
「それはっ! ええそうですよ。この手はまともではない、普通の女性ではあり得ない血で染まっています。聖女というよりも魔女ですから……」
「それは他の神官も、私も同じだ。この王国の為に命を賭けて来たのだから誰にも後ろ指を指される覚えはありませんよ。あるとすれば、それは王でありこの国の主だけだ。そう思わなきゃ、戦争なんてやってられない。後ろ向きなのもいいが、彼がもし待っていたら? ライラ、貴方は魔女だから罪深いからといって彼をあきらめるのか? その人生を提供してくれた相手を?」
「提供させてしまった、の間違いです。アレンはもっと幸せになれる場所があるかもしれないのに」
「だがまだ会っていない。再会しなければ、何も始まらない。しかし舞台の幕は上がっているんですよ、ライラ。戻ると決めた時点で、一度は離れたことで降りてしまったその幕を貴方が上げた。でしょう?」
「否定はできませんけど、それならやっぱり……」
聖女といっても中身はまだまだ恋を知らない、一人の少女。
知っているのは祈ること、政治や法律、国の運営、そして戦争。結局、この国のためといい利用するだけしておいて追い出そうとする神殿も、王族も罪なものだ。リー騎士長はそう思った。
その間に挟まれて彼女はこれまでも、これからも何かの制約を受けもし、有事の際は駆り出されるかもしれない。
魔族との戦場で見せた、圧倒的な魔力……それは精霊王の加護が合ってできたのかもしれないが、兵士の心を集めつなぎとめるには効果的だ。
誰か待っている男がいるなら、さっさと結婚させてから国外に逃がしてやりたい。
リー騎士長は頭のどこかでそう考えていた。
「ライラ、決断が鈍いですな」
「だってどうすればいいか――分からない……」
「はあ。貴方も幼いし、相手も幼い。決めたのはそれぞれの責任でもあるし、恋愛の男女問題は半々ですよ。お互いに罪がある。十年もの時間はなかなか簡単には語れないでしょうが、いやなら戻らないという手もありますが?」
「それは出来ません……もう、神殿から連絡も行っているでしょうから」
「では、お覚悟を決めてください。もし、責任を取れと言われたらそれこそ、結婚すればいいではないですか」
「はっ!? 結婚?? いえ、そんな――それは……」
「待っていてくれているかもしれない。でも、もう忘れられているかもしれない。色んな悩みが心の中で交錯して結論がでないのでしょう?」
ライラはまた身体を小さくしてしまう。
もしかしたら本当の獣のように丸まるのではないか、リー騎士長にそう思わせたほどだ。
膝を抱えてその間に顔を伏せていた。しかし、獣耳はこちらに少しだけ向いていて、何か言葉を待っているようにも見える。
「もし、嫌われていたら? 戻ってくるなんてどういうつもりだと言われたら? 私はどうすればいいですか?」
「……村にしばらく、数日でも数週間でもいい。いて、落ち着いたら新しい恋愛をするなり、好きにすればよいのでは? 精霊王様が責任を取れというならば、取ればいいでのですよ。しかし、そこまでは言わないでしょうがな」
「どうしてそう思うの? リー騎士長?」
「貴方がそれを言いますか? 主の声を一番最初に受けるのは大神官様か貴方でしょう?」
「逃げたいです。もう、悩むのが怖い」
「逃げてもそれは背中を追いかけてきますよ。向き合わないと」
ライラの心で結論は出ているらしい。
いまはそれを実行するまでの間の短い不安を抱えているのだろう。
最後は自分で決めることですよ、聖女様。
リー騎士長はまた膝の間に顔をうずめたライラにそう思い微笑んでいた。
「いいえ、いいえっそんな――死んでいてくれたらなどと、思っては……いません。主が精霊王が彼に罰を下そうというのであれば、すべて受け止めたい。ライラはそう思っています」
「罪悪感だけ、ですか」
「ええ……」
「うーん。難しいですな。しかし、言えることも一つありますよ」
「それはどんなことですか、リー騎士長」
「会って話をなさい、男と女の仲とはえてしてそんなものだ。二人にしか分からない距離というものがあります。それは誰かが親切に語った言葉ではかれるようなものじゃない。怖くて、苦しくて、それでいて温かい特別なものを感じることが出来る。二人だけの特別な感情をね」
「……リー騎士長はまるで賢者のように語られるのですね?」
「結婚すれば分かりますよ。子供を持てばもっとわかる。家庭を成し、家族を養い、子供が独立し、やがて孫を連れてくる。そこまで行ければ言いようのない幸せがあるとかないとか。自分にはもう……あり得ない過去ですがね。貴方はこれからだ、悩む時間もまた楽しいですよ」
「楽しく、なんか――ありません。相手に強いてしまった人生なんて、罪深い」
肩を狭めてライラは全身をぎゅっと自ら抱きしめていた。
大型犬が主に叱られたときにふてくされて、丸まってしまったような印象をリー騎士長は覚えてしまう。耳を伏せ、尾は垂れ下がり、それを丸めて顔の前で大事そうに抱きかかえる。そんな感じだ。
あいにくとその尾を抱き締めるまではいかなかったが。
「九果のライラ、でしたか?」
「え? それは忌み名です。好きではありません」
「身長と同じほどの長槍を手に、水の大輪を咲かせ孤高に挑むさまはまるで九つの華が咲いたような攻撃を成す。そんな噂からの通り名でしたな。魔族もなかなかいいセンスを持っている」
「それはっ! ええそうですよ。この手はまともではない、普通の女性ではあり得ない血で染まっています。聖女というよりも魔女ですから……」
「それは他の神官も、私も同じだ。この王国の為に命を賭けて来たのだから誰にも後ろ指を指される覚えはありませんよ。あるとすれば、それは王でありこの国の主だけだ。そう思わなきゃ、戦争なんてやってられない。後ろ向きなのもいいが、彼がもし待っていたら? ライラ、貴方は魔女だから罪深いからといって彼をあきらめるのか? その人生を提供してくれた相手を?」
「提供させてしまった、の間違いです。アレンはもっと幸せになれる場所があるかもしれないのに」
「だがまだ会っていない。再会しなければ、何も始まらない。しかし舞台の幕は上がっているんですよ、ライラ。戻ると決めた時点で、一度は離れたことで降りてしまったその幕を貴方が上げた。でしょう?」
「否定はできませんけど、それならやっぱり……」
聖女といっても中身はまだまだ恋を知らない、一人の少女。
知っているのは祈ること、政治や法律、国の運営、そして戦争。結局、この国のためといい利用するだけしておいて追い出そうとする神殿も、王族も罪なものだ。リー騎士長はそう思った。
その間に挟まれて彼女はこれまでも、これからも何かの制約を受けもし、有事の際は駆り出されるかもしれない。
魔族との戦場で見せた、圧倒的な魔力……それは精霊王の加護が合ってできたのかもしれないが、兵士の心を集めつなぎとめるには効果的だ。
誰か待っている男がいるなら、さっさと結婚させてから国外に逃がしてやりたい。
リー騎士長は頭のどこかでそう考えていた。
「ライラ、決断が鈍いですな」
「だってどうすればいいか――分からない……」
「はあ。貴方も幼いし、相手も幼い。決めたのはそれぞれの責任でもあるし、恋愛の男女問題は半々ですよ。お互いに罪がある。十年もの時間はなかなか簡単には語れないでしょうが、いやなら戻らないという手もありますが?」
「それは出来ません……もう、神殿から連絡も行っているでしょうから」
「では、お覚悟を決めてください。もし、責任を取れと言われたらそれこそ、結婚すればいいではないですか」
「はっ!? 結婚?? いえ、そんな――それは……」
「待っていてくれているかもしれない。でも、もう忘れられているかもしれない。色んな悩みが心の中で交錯して結論がでないのでしょう?」
ライラはまた身体を小さくしてしまう。
もしかしたら本当の獣のように丸まるのではないか、リー騎士長にそう思わせたほどだ。
膝を抱えてその間に顔を伏せていた。しかし、獣耳はこちらに少しだけ向いていて、何か言葉を待っているようにも見える。
「もし、嫌われていたら? 戻ってくるなんてどういうつもりだと言われたら? 私はどうすればいいですか?」
「……村にしばらく、数日でも数週間でもいい。いて、落ち着いたら新しい恋愛をするなり、好きにすればよいのでは? 精霊王様が責任を取れというならば、取ればいいでのですよ。しかし、そこまでは言わないでしょうがな」
「どうしてそう思うの? リー騎士長?」
「貴方がそれを言いますか? 主の声を一番最初に受けるのは大神官様か貴方でしょう?」
「逃げたいです。もう、悩むのが怖い」
「逃げてもそれは背中を追いかけてきますよ。向き合わないと」
ライラの心で結論は出ているらしい。
いまはそれを実行するまでの間の短い不安を抱えているのだろう。
最後は自分で決めることですよ、聖女様。
リー騎士長はまた膝の間に顔をうずめたライラにそう思い微笑んでいた。
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