遠すぎた橋 【『軍神マルスの娘と呼ばれた女』 3】 -初めての負け戦 マーケットガーデン作戦ー

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01 ヤヨイ、航空偵察隊へ配属になり、偵察機をぶっ壊す

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 その朝、シビル族の族長ヤーノフは二人の妻と六人の子供たちと寝入っているところを起こされた。

「ぞ、ぞ、ぞくちょうっ!」

 見れば戸口に村の関の見張り役に置いていたイワンが青い肌をさらに青くして息せき切って立っているではないか。

「何事だイワン! こんな、まだ夜も明けきらぬうちに!」

 二人の美しい金髪の妻はいずれもしどけない姿を晒すに忍びなく、上掛けで魅惑的な肌を隠した。

「てっ、て、てててっ・・・」

「落ち着かんか、イワン! いったい何がどうしたというのだ!」

 子供たちの内最も大きな娘が瓶からすくった水を柄杓のままイワンに授けた。イワンはそれを喉を鳴らして飲み干すと、言った。

「て、帝国軍が、帝国軍が、攻めてきましたあっ!」

「・・・なんだと!」

 ヤーノフは毛皮を引っ掴みイワンを突き飛ばして外に出ると微かに響く、ドーン、ドーンという、あの一度聞いたら忘れられない忌まわしい帝国の爆裂弾の音を聞き、かつての悪夢を想い出して身震いした。

「急ぎ村の者たちを起こせ、敵襲だ!」

 村中に響き渡る大声で叫び、長く伸び切った髪を掻き毟りつつ、起き抜けで回らない頭で今何をすべきかを必死に考えた。

 とにかくも、逃げる。

 結局、それしか思い浮かばなかった。

 裏の山、それでもダメなら、より北の奥深くに。帝国軍の兵士たちが身震いしそうなほどの凍てついた北の奥地へ。逃げるしかない!

 だがここで、自らの立場を思い出した。

 逃げるといってもどれぐらいの期間か。季節は冬に向かっている。北に逃げるはいいが、食はどうするか。冬ごもりの食は一族総出で担いでも一冬越せるほどの量にはならない。

 とにかくも、どれほどの軍勢が押し寄せているのか、この目で確かめねば。

「イワン、案内しろ!」

 怯え切っているイワンの尻を叩いて、村はずれの関の向こう、山の谷を這い上ってどうにか南を望める高台に出た。

 ヤーノフは息を呑んだ。

 夏前に仕掛けてきた帝国に散々に叩きのめされたオム族の話を伝え聞いたところでは、その勢力はせいぜい20を下回るものだったという。

「たった20にやり込められて逃げて来たというのか。しかも女子供を置き去りにしてか」

 オム族の腰抜けぶりを腹を抱えて嘲笑ったヤーノフだった。

 それが・・・。

 今彼が目にしているのはその数十倍数百倍にも達する大軍勢だった。

 その軍勢の中に閃光がいくつも見え、恐ろしい音が聞こえたかと思うと頭上を甲高い鳴き声を上げながら竜が駆け抜け、ヤーノフの背後で大地が炸裂した。

「み、み、皆殺しにされる!」

 ヤーノフの頭にはもう、逃げるの一手しかなかった。食がどうであろうと、今この命を守らねばならぬ。

「ひ、引けーっ! 皆の者、北に、北に引くのだーっ!」

 そう叫びつつ、朝靄の覚めやらぬ村を捨て一族全てをとにかく北へ逃すだけで精一杯だった。

 むろん、来年の春に計画していた南への侵攻など思いもよらぬ。

「来年は、いやこれは、再来年も無理かもしれぬ・・・」

 逃げ支度の村人たちを急かせながら、ヤーノフは青い肌に冷たい汗を浮かべつつ暗澹たる思いで南の空を仰いだ。


 


 


 

「コンタクト!」

 操縦席でゴーグルをした若い女性が叫んだ。

 シーン・・・。

 ひゅー・・・。

 飛行場のだだっ広い滑走路の上を初冬の風が吹いた。風はうまい具合に向かい風。風力5。

「コンタクト!」

 シーン・・・。

 若い女性はようやくゴーグルを外して背後の座席に座っている同じような歳の男を振り向いた。若い男は両の掌を空に向け、

(どうしようもないね・・・)

 諦め顔をして膝の上の航空地図に目を落とした。

 女性は操縦席から身を乗り出して機首のプロペラにいる壮年の男に叫んだ。

「コン、タクト!」

(サッサと回せ!)

 そんな怒りを込めたつもりで。

 ゴーグルの男は空を仰いで溜息をつき、ようやくプロペラに手を掛けた。

 ブルンッ、ブルルルル・・・。

 機体はようやく命を与えられ、脈動を始めた。

「ったく。素直に掛けなさいよ。めんどくさいわね」

 独り言ちながら、再びゴーグルを嵌めた。

 プロペラを回した男は翼の下を潜って右側のシートに上がって来た。グローブをした左手で親指を立てて見せた。

 チッ!

 女性操縦士は舌打ちをして壮年の男を睨むと左手を上げて大きく回し滑走路脇に立っているカーキ色のいくつかの人影に合図した。人影たちはそれに応えやはり大きく手を振った。

「行きましょう」

 右の男がブレーキをリリースするとスロットルをジワリと入れた。

 グレー一色の飛行機はゆっくりと動き出し、機体尾部の補助輪を動かすハンドルでクルッと向きを変えた。そして滑走路に進入するとおあつらえ向きの向かい風に向かってスロットルを全開した。

 グワーンッ・・・。

 左の女性が両足のフラップペダルを一杯に踏む。機体はスルスルとスピードを上げて尾部が浮いた。注いで翼の下の主脚が滑走路を離れた。女性が操縦桿をじわっと引くと尾部の昇降舵がやや上を向いた。飛行機は機首を上に向けゆっくりと上昇を開始した。キャノピーはない。風防ガラスがあるだけで、首から上はむき出しだった。だが分の厚い飛行服のおかげでさほど寒さは感じない。

 計器をチェックしていた右の男は、

「オールグリーン」

 全て異常なし、と言った。

「ラジャー」

 操縦している女性が答えた。

 飛行機は徐々に高度を上げながら一路南西の方角に進路を取った。

 高度三千まで上昇し水平飛行に移ると、女性飛行士は壮年の男に言った。

「ユーハブ」

「・・・アイハブ」

 ようやく女性操縦士は脚の間から立っている操縦桿を手放した。

「しつこいようだが、機長はオレだからな」

「・・・」

 この男とはどうにも相性が悪い。

 ヤヨイはウザい機長を無視して後のシートの若い男を顧みた。アランは二人の諍いに係わるのにウンザリしたのか、首を垂れて寝ていた。それでしかたなく眼下の景色に目を落とした。

 機体は丁度西部国境に展開する第三軍の上を飛んでいた。後方から続々と増援の部隊が前線に向かっているのが見える。旗手の掲げる旗からその部隊が第十八軍団であることがわかる。

 さらに行くとすでに配置について出撃命令を待っている第11軍団所属の第二機甲師団の車両が見えてきた。その主力は第二近衛軍団から引き抜かれてきた第二近衛戦車大隊だ。三個戦車中隊と一個偵察車小隊で編成されていて、陸軍の50ミリ野砲を搭載しているマーク1型戦車が30両ほど並んでいるのが見えた。もちろん、帝国陸軍が装備する史上初の戦車だ。

 そのすぐ西側には同じ第11軍団の歩兵部隊がびっしりと陣地を連ね、文字通りアリの這いこむ隙も無く警戒に当たっている。

 そしてさらに向こう側に広大な非武装地帯が広がり、飛行機が目指すのはさらにその向こう、敵地チナ王国の心臓部に近い港町、アルムだった。

「国境を越えます。もう少し高度を取った方がいいのでは? 高射砲の射程に入っていますよ。燃料も節約できますしね。チナがパクリに成功していれば、ですけど」

 飛行機は高度が高いほど燃費も良くなる。

「わかってる」

 まったく素直じゃない。性格の悪い壮年の男はあてつけがましくヤヨイを睨み、フラップペダルを踏んだ。スピードは落ちるが、安全第一だった。

 

 すでに今回の帝国挙げての総力戦の幕は上がっていた。

 西のチナに対するには、まず背後の東と北の国境の安全を図らねばならない。

 北に対しては、ヤヨイも最初の作戦で派遣された第十三軍団や第四、第十五軍団が、かつてレオン少尉がやった「威力偵察」を大々的に行い、強く牽制する作業が終了していた。東のノール王国に対しては、ヤヨイの聞いたところでは外交戦で中立を勝ち取るとのことだった。西のチナ王国への大規模侵攻の準備は着々と進んでいた。


 

 ヤヨイが正式に「特務少尉」に任官してからふた月が経とうとしていた。

 全てを覚悟して受け入れた士官だった。

 もしかして潜入活動をやらされるのか。行くとしたら時節柄、チナだろう。でも、この白い肌とブルネットはどうするのだろうか。全然チナ人に見えない。それは化粧でゴマかせるとしても、この隆い鼻はどうするのだろう。整形か? そんな技術があるのだろうか。それに言葉。ヤヨイはチナ語が喋れない。どうするどうするとイライラしていたら、

「カプトゥ・ムンディーの南にヒコージョーがある。そこに行ってふた月勉強して来い」

 ウリル少将からの命令で、いきなり勉強させられるハメになった。

 正式にウリル機関の士官となってから、機密に接する機会が増えた。その「ヒコージョー」もその一つだった。

 なんだろう、「ヒコージョー」って。頭の中を「?」だらけにしながら行ってみれば、そこに空を飛ぶ機械があった。

「! ♡・・・」

 幼いころからいつかあの空に浮かぶ月に行ってみたいと思い続けていたヤヨイは、その「ヒコーキ」に瞬く間に魅了された。旧文明が生みだした空を飛ぶ技術はガソリンエンジンの小型化さえ実現できればというところまで来ていたのはバカロレアで知識としては知っていた。だが、実際に目の前にし、その手で触れたそれは惚れ惚れするような魅力を放っていた。

 極秘のうちに帝国が開発していた小型ガソリンエンジンがすでに実用化されていたのをそこで初めて知ったのだ。

 カラテの手練れのヤヨイである。計器飛行ではない、むしろ身体を駆使して操る「ヒコーキ」の操縦はすぐ覚えた。最初は飛び上がってからの巡航から始め、最も難しい離陸や着陸もひと月でマスターした。

 だが、「体育」はよくても「座学」はヤヨイを苦しめた。

 昼間飛行場で過ごした後、近くの宿舎で夜中まで「チナ語」を習得せねばならなかった。元々ヤヨイの頭は数式向きにできていた。だから単語を覚えたり、構文を覚えたり、チナ語独特の絵のような文字を覚えたりが死ぬほど辛かった。まだ北の野蛮人やチナ兵相手に格闘している方がラクだった。あまりにもイヤ過ぎてチナ語を見るだけで眠くなった。会話はチナ人街から連れてこられた商店のオヤジとかオバちゃん相手にして練習した。

 そのようにして「ヒコーキ」はまずまず、「チナ語」はなんとかというレベルで卒業し、言わば、「ウリル機関航空偵察隊」として実務に着いたのがつい半月前だったのである。

 航空偵察はまず、牽制として攻撃する予定の北の野蛮人の領域から始めた。

 敵地上空を飛んで湿式感光板による光学撮影を行うものであった。

 ヤヨイはそこで思いがけない人物と再会した。

「アランじゃないの! 元気そうね」

「やあ! 噂は聞いてるよ。キミもすっかり有名になったなあ・・・」

 例のレオン少尉の事件で最後の前哨陣地の丘の上で一緒に戦ったアラン・フリードマンが資源調査院から派遣されて来ていた。

「仕事は面白い? アラン」

「いやあ・・・。あの時のキミとリーズルとの作戦に比べりゃあ、退屈な毎日さ」

 彼は藪にらみの目を細めて頭を掻いた。

「それこそ、バカロレアの海洋歴史学科に行って黴臭い古い史料を漁ったり、山に入って測量したり・・・。そんな毎日だからねえ・・・。実は今日君が来るって聞いて、楽しみにして来たんだよ」

 もう半年前にもなる、第十三軍団のレオン少尉の反乱事件。

 レオン・ニシダという偵察部隊の少尉が帝国に対して武装蜂起した一件の鎮圧に、ヤヨイはその反乱鎮圧とレオンの拘束を命じられたのだが、その折にレオン一味の捜索活動で協力してくれたのがアランだったのだ。彼の地獄耳のような聴力と、夜間でも千メートル先の木の葉の動きさえ見通す目の良さが無ければその任務を全うすることは難しかった。

「でもさ、もう馬だけはカンベンだからな」

 あはは、とヤヨイは笑った。アランは乗馬が下手だった。それを無理やり乗せた時の彼のへっぺり腰を想い出して笑えてしまった。

「それは大丈夫。アランはただ座ってるだけでいいから。素晴らしい絶景付きでね!」

 ヤヨイの言葉通り、飛行機は北に向かい国境から100キロまでの野蛮人たちの生息圏の上空を飛行したが、アランはただ隣の大きな写真機のシャッターを切り、感光板を交換するだけで良かった。何千キロ彼方には、今は北極になっている、帝国人の心の故郷であるヨーロッパがあった。その方角を望み、

「本当だ。素晴らしい眺めだよ」

 と、アランは言った。

 飛行場に帰投後、撮影された看板は直ちに現像され、北の国境を守る第4、第7、第13、第15の各軍団に配られ、各軍団は精密な敵情を得て地理に迷うことなく存分にその絶対的な威力を野蛮人たちに見せつけた。

 その後、本命であるチナの国土の上空を何度も飛行し、ほぼチナ領土の東半分の写真偵察を終えつつあった。

 そして今日、その最終日を迎えたというわけなのだった。

「アラン、そろそろ起きて。予定地点上空よ」

 ヤヨイは振り向いてアランの前の機体をポンポン叩いた。右側には標高4000メートル級の、既に山頂に雪を頂いた山脈が聳えている。

「ん、ああ・・・。もう着いたの。やっぱりヒコーキは速いなあ。うわ、寒ぶっ! ブルルルッ」

 偵察機はチナ領土の、南に大きく出っ張った半島の根元に差し掛かっていた。眼下は一面緑の平原で、その向こうに湖が小さく霞んで見える。湖の先には三つの島が続いていて、つい二か月前、帝国海軍第一艦隊旗艦のミカサが拿捕された狭い海峡が見えてきた。

「ほーんと。ヒコーキだと、あっという間ねえ・・・」

 あれだけ苦労したミカサ奪還の軌跡も、はるか三千メートル上空から見れば取るに足りないことのように思えるから不思議だった。

 ワワン中将、ヨードル曹長、負傷したチェン副長に、あのチナの女首領。処刑されたカトー参謀長、そして、ルメイ艦長・・・。

 それら忘れられない記憶を反芻しているうちに、通り過ぎてしまうほどの距離と速度だった。

「もう少し左に寄ってください」

 アランがファインダーを覗きながら言った。

 機長が反応しないので、ヤヨイは彼の腕を叩いた。

「聞こえた?」

「聞こえてるよ!」

 偵察機はやや左に舵を切った。

 ほーんと、めんどくさい男・・・。今度フライトするときは、彼を外してもらおう。

「よし。いいよ。ほんじゃ、最初の一枚・・・、よし、と!」

 彼はすぐに感板を入れ替え、次の撮影に備えた。

 そのようにして、事前に指示されたコースを偵察機は飛んだ。最終目的地は大きな半島の西の付け根の港町、アルムの街である。

 その撮影を終えると、偵察機は機首を返した。

 往路は大きな半島の縁に沿うように南に弧を描くように飛んだが、帰りは直行する。北の4000メートル級の山脈を今度は左に見ながら一路帝国を目指した。

 と、

 ドンッ、ドンッ!

 すぐ近くで爆発音と爆雲が開いた。

「高射砲だわ。機長、もっと高度を!」

「わかってるって!」

 チナはやはり帝国の70ミリ砲も模倣していたのだとこれでわかった。自ら技術を磨かず、帝国から盗み続けていた、卑しい国。その行き方ももう、間もなく終わる。

 速度がやや落ち、機種が上がった。

 だが、そこで問題が起きた。

「どうも、エンジンの様子がおかしい。気筒の爆ぜ方にムラがある」

 言われてみればそれまで心地よい振動を与え続けていたエンジンの音が、

 ブロッ、ブロロッ、ブロッ・・・。

 そんな風に不安定になっていた。地上を走る車と違い、空を飛ぶヒコーキはエンジンの止まるときが、死ぬときである。

「燃料は?」

「まだ十分にある」

「じゃあ、点火プラグかしら。少し吹かしてみたら?」

「いちいちうるさいな! これからやろうと思っていたところだ!」

 彼はヤヨイが操縦を習った折の教官だったのだが、彼女が瞬くうちに操縦法をマスターしてしまったのが気に入らなかったらしいのだ。だが、今年に入って初めて実現した技術なのである。先生も生徒も師匠も弟子もあるものか。

 それ以来、ヤヨイと同乗すると彼は機嫌が悪くなる。だが、これは任務だ。感情で左右されてはたまらない!

「アイハブ!」

 操縦を代われ、とヤヨイは言った。男は無視している。

「アイハブ! あなたにはムリよ。代わりなさいっ!」

「やかましいわ、小娘!」

 機体は徐々に高度を落とした。帝国の国境までは、あと200キロはある。

 エンジンの不調であれば、仮にヤヨイに操縦を代わったところで大差ないだろう。だが、不時着するならそれなりの技量が必要なのだ。

 この男はメンツに、私情に囚われている。彼に任せると、危ない。

 ヤヨイは直感した。

「操縦を代わらなければ、殺すよ!」

 全員の命がかかっている。背に腹は、代えられなかった。

 男はヤヨイの正体を知っている。やっと大人しく操縦を明け渡した。

「・・・ユーハブ」

 ヤヨイは操縦桿を握り、眼下に目を凝らした。ソフトランディングするためには、なるべく平坦で、柔らかくて、かつ機体が沈まないところがいい。出来れば人里離れたところなら、最適だ。ここは敵地なのだ。

 次第に高度を下げて行く機体に焦りを感じつつ、帝国の方角である東を目指しつつ、エマージェンシー・ランディングできる適地を探した。

「あそこ、好さそうね・・・」

 少し先にチナワインの産地であろう、ブドウ畑が見えてきた。

「みんな、衝撃に備えて! 胴体着陸するよ!」

 エンジンはすでに止まっていた。万一に備えて残った燃料を捨てた。

「行くよっ!」

 ガガガガガガッ・・・。

 巧みに操縦桿とフラップとを制御して、数十本のブドウの木を薙ぎ倒しつつ、ヤヨイはなんとかブドウ畑のど真ん中に機体を下ろすことに成功した。

 どっと疲労が押し寄せた。

「みんな、すぐに離れて!」

 燃料は捨てたが、発火する恐れがあることはすでに学んでいた。三人はベルトを外し、機外に這って出た。

「感板は?」

 アランは背嚢を指さし、

「ちゃんとある」

 ニンマリ笑って見せた。

 ヤヨイは安堵して自分の背嚢を機体から引っ張り出し、中から爆薬を取り出した。敵地だから機体の回収は出来ない。そうした時のために、爆薬を持ってきていた。この最新技術の塊のような機体を無傷で残すわけには行かないからだ。

 ヤヨイが爆薬を機体にセットしていると、

「動くな!」

 機長が銃を構えてヤヨイを狙った。

「あなた、正気なの?」

 機長に背を向けたまま、ヤヨイは尋ねた。

「おう! 正気も正気、大正気だ! よくもいままでオレをコケにしてくれたな。オレァ、この飛行機の操縦に一年もかけてんだぞ、たった一か月そこらのお前とは年季が違うんだ。それを、女のくせしてエラそうに!」

「だって、あなた、下手くそなんだもの、しょうがないじゃないの」

「うるせえ!」

「おい、ヤヨイ!」

 アランが窘めた。これ以上この男を怒らせるなと言いたいのだろう。

「あなたはこの後どうしようって言うの?」

 爆薬のセットを続けながら、ヤヨイは尋ねた。

「決まってらあ! この機体とお前らをチナに売りつけんのよ。お前、チナの兵隊を散々殺したんだってなあ。いわば、チナのお尋ね者さ。お前を突きだしゃ、高く売れるぜェ・・・」

「バカだな、お前」

 とアランが言った。

「そうさ。このバカ娘。身の程を知れってこった!」

「違うよ。バカはお前だよ、おっさん!」

「あ?」

 ヤヨイはゆっくりと立ち上がりつかつか歩いて機長の持つ銃を掴んだ。当然機長は引き金を引いたのだが、引き金が、動かなかった。

「・・・え?」

 彼の額に冷や汗が浮かんだ。

「ホント・・・。バカな男ね。安全装置ぐらい、外しておくものよ」

 ヤヨイはグイッと銃を捩じり男の手から奪うと右の手刀で男の首を打った。

  教官だった男は、まるで芯になっていた針金が熔けてしまった人形のようにその場にくずおれた。ヤヨイは頽れた男の身体をズルズル引きずって、

「アラン、見てないで、手伝ってよ!」

「・・・はいはい。結局、こうなるんだもんなあ」

 機長の死体を翼の上に引っ張り上げ、据え付けたそれぞれの爆薬に信管を差し、リード線を引っ張って機体から離れた。

「ここらでいいかしらね。伏せて、アラン」

 二人は、ブドウ畑の低い畝の陰に腹ばいになった。

「行くよ」

 ヤヨイはリード線に繋がれたスイッチを捻った。

 ズドーンッ!

 大きな爆発が起き、機体は四散し、ブドウ畑に深い穴が開いた。伏せたヤヨイとアランの背中にも、良質のブドウを育てた土が降り積もった。

 燃え上がった機体の大きな炎を背に、ヤヨイは立ちあがり肩の上の土を払った。

「さ、行きましょ」

 と言った。

 その畑の主の家だろうか。近くにあった農家から爆発に驚いて家の者たちが飛び出した後の厩を見つけた。上手いことに、多少馬格は小さいが若い二頭が爆発に驚いてブルンブルンと前足を上げて嘶いていた。

「ラッキー♡」

「ええっ! ウソだろ。馬はカンベンって言ったじゃないか!」

「・・・文句言わない」

 膨れるアランを馬に乗せ、手綱を紐で引っ張って、ヤヨイはもう一頭に跨って厩を飛び出した。

 後ろで習ったばかりのチナ語が、泥棒、とか、待て、とか叫んでいるような気がしたが、もちろん、聞こえないフリをした。

「や、ヤヨイッ!」

 へっぺり腰で馬の首にしがみついているアランが叫んだ。

「なあに?」

「お、オレ、キミと一緒にいると、死ねる気がしない」

「あらそう。よかったじゃないの」

 二人はそんなふうに東の国境を目指した。
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