ちゃんちゃら

三旨加泉

文字の大きさ
22 / 102

「ちゃんちゃら」22話

しおりを挟む
「ちゃんちゃら」22話


 金城大地は多くの妊婦や妊夫に囲まれた待合室の壁に寄りかかっていた。待合室には様々なカップルがいた。パートナーと式場やドレスの話をしている者、家の間取りについて話をしている者もいる。名前を呼ばれるとパートナーに支えてもらいながら、一緒に診察室に入って行くのを大地は横目で見遣る。

 いま見ている光景は自分たちのあったかもしれない未来。自分が壊したものなのだということに大地は自分自身に苛立ちを覚えた。そして、この光景を下腹部を心配しながら海斗も通ったのだと考えると具合が悪くなってきた。海斗の吐き気がうつったと言うには虫が良すぎる話だった。

 大体の患者が待合室を去っていった頃、診察室からひょっこり白髪混じりの気の良さそうな老人が顔を出す。
「金城さん?どうぞ。」
 大地は驚きながらも診察室に入った。老人は椅子に腰掛け、大地に丸い椅子に座るよう促す。その際にネームプレートに南雲という文字を大地は見つける。
「えっと、時間を取ってくれてありがとうございます。南雲先生。」と大地が頭を下げると、南雲先生は手をヒラヒラと振る。
「あー、いいよいいよ。そんな畏まらないで。」
 そう言うと、南雲先生はジッと大地を凝視する。
「やー、良かった良かった。来ないんじゃないかと思ってたよ。」
「いや、さすがに予約してるのにすっぽかしたりしないですよ。」
「あー違う違う。」
 手をパタパタと左右に振り、南雲先生は朗らかに笑う。
「海斗くんから聞いてる時は、お相手の人と会うことは無いだろうなぁって思ってたからさ。」
 大地は俯き、顔を赤らめた。向こうからすれば大地は、何の責任も取らず、海斗に残酷な仕打ちをした張本人だと思われていてもおかしくはなかったからだ。大地の様子を見て南雲先生は今度はケタケタと笑った。
「いやー、来てくれてありがとう。よく頑張ったね。」
 先生の言葉に思わず緊張で固まっていた表情が解けた。まさかこんな自分を労う人がいるとは思わなかったからだ。

「海斗くんから話はどこまで聞いたの?」
「子供を、堕したってことは聞きました。」
「そうかそうか。」とうんうんと南雲先生は頷き、腕を組んだ。
「彼、結構悩んでいたんだけどね。最終的には経済的な理由と身内の問題で堕胎を選んだんだ。」
「身内?」
 南雲先生は「うん。」と頷き、横にあるパソコンをチラ見した。
「彼、頼れる身内がいないみたいでね。お金も余裕が無いし、こんな環境で産んでも子供の負担が大き過ぎるって言っててね。」
 大地は海斗の現実を見据えた発言に胸が痛んだ。自分がもっと早く覚悟を決めていたら、どっちの懸念も解消できたのに、と膝の上で握り拳を作った。
「海斗くん、あまり感情が顔に出ないタイプなんだろうけど、だいぶ堪えていたみたいだね。憔悴してるのは見ていて分かったよ。」
「そう、ですか。」
 大地は海斗と別荘で話した時を思い出した。確かに具合は悪そうだったが、受け答えもしっかりしていて、どちらかというと冷静に見えていた。しかし、どうやらそれは勘違いだったみたいだ。

「それで、あまりにも子どものことを気にしてたみたいだから、水子供養を勧めてみたんだ。」
「水子供養。」
 自分には聞き馴染みが無い言葉だったが、意味は理解している。
「僕の知り合いにお坊さんがいるから、紹介したんだ。供養はどうする?って話になったら、彼、母親と同じ永代供養にするって言ってね。」
 どうやら海斗一人でお墓の管理をしていく自信が無かった為、無縁仏にならないよう、海斗の母が亡くなった時と同じ形で弔ったらしい。
ーあいつ、一人で弔ったのか。

 大地が海斗が一人で永代供養塔に合掌している様子を想像した。物思いに耽っていると、南雲先生が視線を外しながら頬杖をついて言った。
「彼、中絶手術を終えてから、ずっと心ここに在らずな状態だったから、少しでも前は進めるように水子供養を勧めたんだけどねぇ。」
 海斗がそこまでお腹の中の子供に考えていたのは意外だった。堕胎したという話の時もかなり気まずそうにはしていたが、特に引き摺っているようには見えなかった。

 大地の全く心当たりの無い顔を見て南雲先生は唸った。
「うーん、どうしよう。これ、言うべきなのかな…」
 今までのどんな話でも落ち着いていた南雲先生が初めて動揺している様子を見て大地は眉を顰めた。正直、聞くのが怖かったが、今聞かないときっと後悔するのと今後、海斗と一緒にいる為には絶対に知らなければならない事だと、大地は直感で気づいていた。
「教えていただけませんか?俺、ちゃんと向き合いたいんです。」
 南雲先生は頬杖をついていた手を膝の上に置いた。

「彼、自殺を図ろうとしたらしいんだ。」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

あなたの家族にしてください

秋月真鳥
BL
 ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。  情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。  闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。  そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。  サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。  対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。  それなのに、なぜ。  番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。  一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。  ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。  すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。 ※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。 ※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

流れる星、どうかお願い

ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる) オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年 高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼 そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ ”要が幸せになりますように” オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ 王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに! 一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが お付き合いください!

ふた想い

悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。 だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。 叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。 誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。 *基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。 (表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)

この手に抱くぬくもりは

R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。 子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中―― 彼にとって、初めての居場所だった。 過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

処理中です...