ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」21話

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「ちゃんちゃら」21話


「辞める?大学を辞めるんですか?」
 思わず耳を疑い、大原はそのまま聞き返してしまった。
 海斗は顔は俯いているが、表情は薄ら微笑を浮かべていた。
「うん、いいんだ。」
 大原は海斗がまるで未練のない表情だったのが気がかりだった。
「元々ギリギリのお金で大学に入ったから、留年とかする余裕も無いし。働こうと思う。」
「遠慮してるんですか?お金の事ならこちらで工面するので気になさらないで下さい。」
 しかし、海斗は浮かない顔だった。
「どうせ大学に行っても泉谷みたいな奴から白い目で見られるから、いいんだ。」と苦笑している。
「そうですか。」と大原もこれ以上、話を続けない方がいいと判断し、それ以上追及するのはやめた。
 暫く沈黙が続いたが、突然なにかに気づいたかのように海斗は慌てて付け加えた。
「いや、今の話、大地には言わないで欲しいんだ。」
「どうしてですか?」
 海斗は気まずそうに視線が泳がせる。
「いや、その、大学辞めるのは言っていいんだけど、その理由とかは、知らなくていいかなって」
 明らかに海斗が大地に気を遣っているのは一目瞭然だった。本来なら、大地にお金を要求したり、婚約を迫ったり、いくらでもやりようはあったと思う。しかし、海斗はそれらを実行する事なく、一人で決断し、ましてや大地の傍から離れていこうとしている。

「お優しいんですね、貴方は。」
 大原はなんて言えば分からず、ありきたりな言葉しか口から出なかった。しかし、その言葉を聞いた海斗は、さっきまで苦笑していたのが嘘のように能面のような顔に一変した。どうしたものかと大原が目を丸くしていると、海斗が一言呟いた。
「優しくないよ、俺は。」
 大原はまた謙遜しているのだろうと思い、その言葉を否定する。
「そんな事ないですよ。大地様のことを考えて下さっているのですから。」
「優しくない。」
 今度はきっぱりと否定されたので、大原は口を噤んだ。どうやら、海斗にとっては言われたくない言葉だったようだ。今後、「優しい」という言葉を使う時は細心の注意を払わなければ、と大原は頭の中で考えた。
 そんな大原に気づいたのか、罰が悪そうに海斗は自分の頭を掻く。
「あー、そうじゃなくてー。うーん。」
 海斗がベッドの上で胡座をかいて唸る。どうやらこちらに気を遣ってなにか話そうとしているようだ。

 少しして、海斗は小さくため息をついて話し始めた。
「俺、そんな優しいやつじゃないんだ。」
 海斗はまた同じことを喋った。
「大地は俺のこと、偶然会って、偶然親しくなった仲だって思ってるかもしれないけど、違うんだ。」
 海斗の瞳に影が落ちたので、大原はちゃんと海斗の顔が見えるよう、椅子を座り直した。
「俺ん家、貧乏なんだ。本当は高卒で働こうと思ってたんだけど、あの人、母さんが死んで、あの人がまだ使い切ってないお金を使って大学に行ったんだ。その方が、良いところに就職できると思って」
 海斗は指を組んだ。
「あー、貧乏って言ったけど、実質、貧乏だったのは俺だけね。」と態と海斗は照れ臭そうに笑っている。大原は息を呑んだ。
「俺、自分の父親には会ったことないんだけど、たぶん相場より多く養育費貰ってたと思うんだよね。でも、ほとんどはあの人のパチンコとか酒代に消えちゃってさ。」と全く洒落にならない話を海斗は笑いながら洒落にしていた。

「だから、まさか財閥のお坊っちゃんが普通の大学にいるとは思わなくて、びっくりしたなぁ。」
 海斗は顔の前に手を組み、虚空を見つめていた。
「あーこれはチャンスだって思ったんだ。あいつと一緒に行動するようになったら、少しは就活も有利になれるんじゃないかって。笑っちゃうよなぁ。」
 海斗は鼻で笑っていた。別に誰を笑うでもなく、自分自身を嘲り笑っているように大原には見えた。
「だから、大地の言っていたことは、あながち間違いじゃなかったんだ。」とようやく海斗は大原を見た。
「嘘をつくとバチが当たるんだ。よくあの人、あー、母さんが言ってた。自業自得だったんだ。」
 ここでようやく大原は海斗がなぜ大地に対して軽蔑な態度を微塵に見せないのか見当がついた。

「どうしてバチが当たると言われたんですか?なにか、あったんですか?」
 大原の質問に少し意外そうに海斗はしていたが、また冷笑を浮かべて話し始めた。
「あぁ、おれ小学生の頃、一度だけあの人の財布から500円玉を抜き取ったことがあったんだ。どうしても遠足のおやつが買いたくってさ。子どもも色々大変なんだよ。一人だけお菓子持ってないってなると色々と、さ。あの人、普段は金遣いが荒い癖にがめついんだ。最初、出掛ける前に500円玉が無いって言われたんだけど、知らないふりしたんだ。でも、遠足から帰ってきた時にお菓子の袋が見つかっちゃって。そん時に言われたんだ。あの日はこっぴどく叱られたなぁ。」
 ここまで言って海斗は恥ずかしそうに大原から視線を逸らした。
「あー、なんか喋りすぎたな、うん。」と首の裏を掻く。

「じゃあ、どのみち見つかったのなら、いっそのこと千円持っていっても良かったかもしれませんね。」
 予想外の大原の発言に海斗は目を丸くした。そして吹き出すように笑った。途中、「イテテ」と気がついたように首を押さえている。
「あんた、面白い人だな。」
 微笑んでいる大原に海斗は涙を指で拭いながら言った。

「なあ、さっきの話、大地に話しといてよ。そうしたら、もう俺に気を遣ったり、傍にいようなんて思わないだろうからさ。」


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