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「ちゃんちゃら」49話
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「ちゃんちゃら」49話
海斗は震える手で人参を賽の目切りしていた。他のおかずは大原が作ってもらう代わりに、自分は責任重大な野菜スープを作ることになった。
細かく切るのはまだ慣れず、大きさはバラバラになってしまった。チラリと視線だけ上げると、大和がこちらの様子を窺っているので、なおさら手が震えた。
しかし、野菜を煮込む際は自然と緊張感が解れていった。
スープは海斗が子どもの頃に漬物マヨネーズごはんの次によく作った料理だった。こっそり買って冷蔵庫に入れておいた野菜やお肉、ソーセージなど適当に鍋に入れて煮ていた。たまに食材を使い過ぎて怒られたことがあったので、いつも入れる食材は三種類と決めていた。しかし、今回は思い切って野菜やソーセージに加えてキノコも入れてしまった。今は背徳感よりも好奇心の方が勝っていた。
海斗は料理の中で煮込む作業が一番好きだ。特に、この透明な水にコンソメやトマト缶などを入れた際に色が変わるのがまるで魔法を使っているようで、子どもながらに楽しかった。その魔法が掛かった液体をクルクルおたまで回すのもまた何か実験をしているようで、心を弾ませたのと同時に安心感も覚えていた。
海斗がかき混ぜている間にスープは出来上がっていた。人数分のスープ皿に移し、大原と一緒に作った料理たちをテーブルへ置いた。一見すると奇妙な状況だが、海斗は大和と向かい合って食事を始めた。海斗は自分が口をつける前に大和を観察した。大和は真っ先に自分が作ったスープを手に取ったので心臓が一瞬跳ねた。
子どもの頃によく食べていたスープを他人に食べられるだけでも緊張するのに、相手が友人の父親だとなるとその緊迫感もひとしおだった。
大和は一口スープを口に運んでからゆっくり咀嚼している。その姿は品があり、そんな人が自分が作った大雑把スープを飲んでいる光景は何とも異様だった。
海斗が見守っていると、大和は顔を上げてこちらを見つめる。一体なにを言われるのかと、海斗はスプーンを置いて黙って俯いて大和の言葉を待った。
「雨音の味に似ている。」
「あまね?」
大和はスプーンを持ったまま頷いた。
「私の妻で、大地の実母だ。」
海斗は目を丸くした。
「え?本当に、似てるんですか?」
大和はまた頷いた。
「彼女の作る料理は気取らず、素朴な味付けでね。私もよく好んで作ってもらっていた。」
懐かしそうに目を細める大和を見て、海斗は視線を落とし、自分が作ったスープを見つめる。不揃いな野菜たちがさっき掬った反動でゆらゆらとスープの中で揺れていた。
「その、雨音さんのこと好きなんですね。」
「あぁ。大事な人の一人だ。」
大和もスープを見つめている。視線は交じわり合っていないのに、心は通じたような気がした。
大和はゆっくりスープを底から持ち上げるように掬う。
「大地は私と口論になった際、必ず雨音の元に向かうんだ。雨音はいつも大地の話を聞いていたからな。」
大和はスプーンの上に乗った不揃いの野菜たちを眺める。
「辛かったのは私だけではないのに、父親失格だな。」
「え?」
思わず海斗は聞き返した。今までの海斗が見てきた大和は息子の為に頭を下げる責任感の強い父親というイメージが出来上がっていたので、失格という言葉には衝撃を受けた。
大和はスプーンをまたスープの底に戻す。
「さっき、大地は私と口論をすると雨音の元に行くと言ったね。」
「はい。」
「甘えていたのは大地だけじゃなく、私もそうなんだ。」
海斗は目を丸くした。大原は静かに自分で淹れたお茶を飲んでいる。
「いつも雨音が大地を甘やかしてくれたから、私が大地に厳しい言葉を言えたんだ。人並みの努力すらできないようでは、この先やっていけないからな。」
「それは、金城家の跡継ぎとして、ですか?」
「当たらずも遠からずだな。」
大和は首を振った。
「別に大地が金城グループの跡を継がなくても良い。」
意外だった。そう感じたのは、大地の話だと、てっきり父親から跡を継がなければならないという圧力があるものだと海斗は思っていたからだ。
「しかし、別の会社で働くにしても、自分で起業するにも、どうしても金城家の名前はついて回ることになる。」
海斗が首を傾げるのを見て、大和は微笑みながら、海斗を真っ直ぐ見る。まるで生徒に説明する先生のようだった。
「本人は気にしてなくても、周りは金城家出身のことを気にするんだ。まっさらな状態で見てくれる人なんて、そうそういない。他人からの評価なんてそんなものだよ。」
海斗は雫から聞いた話を思い出した。Ωという理由で大和との結婚を白い目で見られたことを。自分も、これから仕事する際、他人からそんな目で見られるのだろうか。
海斗が物思いに耽っていると、大和はなにかを察したのか、自嘲気味に言った。
「そんな息子が辛い思いをしたとしても、雨音が優しく迎え入れてくれるだろう、支えてくれるだろう、と思っていた。しかし、そんな雨音がいなくなって、私は大地との接し方が分からなくなってしまってね。」
大和はスープを飲んだ。
「雫には当時よく相談に乗ってもらっていた。しかし結局、大地には寂しい思いをさせてしまったな。」
「じゃあ、これからはたくさん食事しましょう。」
大和と大原が顔を上げる。
「雫さんが言ってたんですよね。ご飯食べて栄養つけて楽しくおしゃべりしましょうって。」
海斗はスープ皿を持ち上げてスープを直飲みする。
「大地も大和さんも、楽しくおしゃべりしましょう。」
大和はキョトンと海斗を見ていたが、やがて声を上げて笑い始めた。釣られて大原も小さく笑っている。そんな二人を見て今度は海斗がキョトンとする。
「そうだな。今日は最高のスープをありがとう。」
海斗が大和の食膳を見るとスープは空になっていた。
海斗は震える手で人参を賽の目切りしていた。他のおかずは大原が作ってもらう代わりに、自分は責任重大な野菜スープを作ることになった。
細かく切るのはまだ慣れず、大きさはバラバラになってしまった。チラリと視線だけ上げると、大和がこちらの様子を窺っているので、なおさら手が震えた。
しかし、野菜を煮込む際は自然と緊張感が解れていった。
スープは海斗が子どもの頃に漬物マヨネーズごはんの次によく作った料理だった。こっそり買って冷蔵庫に入れておいた野菜やお肉、ソーセージなど適当に鍋に入れて煮ていた。たまに食材を使い過ぎて怒られたことがあったので、いつも入れる食材は三種類と決めていた。しかし、今回は思い切って野菜やソーセージに加えてキノコも入れてしまった。今は背徳感よりも好奇心の方が勝っていた。
海斗は料理の中で煮込む作業が一番好きだ。特に、この透明な水にコンソメやトマト缶などを入れた際に色が変わるのがまるで魔法を使っているようで、子どもながらに楽しかった。その魔法が掛かった液体をクルクルおたまで回すのもまた何か実験をしているようで、心を弾ませたのと同時に安心感も覚えていた。
海斗がかき混ぜている間にスープは出来上がっていた。人数分のスープ皿に移し、大原と一緒に作った料理たちをテーブルへ置いた。一見すると奇妙な状況だが、海斗は大和と向かい合って食事を始めた。海斗は自分が口をつける前に大和を観察した。大和は真っ先に自分が作ったスープを手に取ったので心臓が一瞬跳ねた。
子どもの頃によく食べていたスープを他人に食べられるだけでも緊張するのに、相手が友人の父親だとなるとその緊迫感もひとしおだった。
大和は一口スープを口に運んでからゆっくり咀嚼している。その姿は品があり、そんな人が自分が作った大雑把スープを飲んでいる光景は何とも異様だった。
海斗が見守っていると、大和は顔を上げてこちらを見つめる。一体なにを言われるのかと、海斗はスプーンを置いて黙って俯いて大和の言葉を待った。
「雨音の味に似ている。」
「あまね?」
大和はスプーンを持ったまま頷いた。
「私の妻で、大地の実母だ。」
海斗は目を丸くした。
「え?本当に、似てるんですか?」
大和はまた頷いた。
「彼女の作る料理は気取らず、素朴な味付けでね。私もよく好んで作ってもらっていた。」
懐かしそうに目を細める大和を見て、海斗は視線を落とし、自分が作ったスープを見つめる。不揃いな野菜たちがさっき掬った反動でゆらゆらとスープの中で揺れていた。
「その、雨音さんのこと好きなんですね。」
「あぁ。大事な人の一人だ。」
大和もスープを見つめている。視線は交じわり合っていないのに、心は通じたような気がした。
大和はゆっくりスープを底から持ち上げるように掬う。
「大地は私と口論になった際、必ず雨音の元に向かうんだ。雨音はいつも大地の話を聞いていたからな。」
大和はスプーンの上に乗った不揃いの野菜たちを眺める。
「辛かったのは私だけではないのに、父親失格だな。」
「え?」
思わず海斗は聞き返した。今までの海斗が見てきた大和は息子の為に頭を下げる責任感の強い父親というイメージが出来上がっていたので、失格という言葉には衝撃を受けた。
大和はスプーンをまたスープの底に戻す。
「さっき、大地は私と口論をすると雨音の元に行くと言ったね。」
「はい。」
「甘えていたのは大地だけじゃなく、私もそうなんだ。」
海斗は目を丸くした。大原は静かに自分で淹れたお茶を飲んでいる。
「いつも雨音が大地を甘やかしてくれたから、私が大地に厳しい言葉を言えたんだ。人並みの努力すらできないようでは、この先やっていけないからな。」
「それは、金城家の跡継ぎとして、ですか?」
「当たらずも遠からずだな。」
大和は首を振った。
「別に大地が金城グループの跡を継がなくても良い。」
意外だった。そう感じたのは、大地の話だと、てっきり父親から跡を継がなければならないという圧力があるものだと海斗は思っていたからだ。
「しかし、別の会社で働くにしても、自分で起業するにも、どうしても金城家の名前はついて回ることになる。」
海斗が首を傾げるのを見て、大和は微笑みながら、海斗を真っ直ぐ見る。まるで生徒に説明する先生のようだった。
「本人は気にしてなくても、周りは金城家出身のことを気にするんだ。まっさらな状態で見てくれる人なんて、そうそういない。他人からの評価なんてそんなものだよ。」
海斗は雫から聞いた話を思い出した。Ωという理由で大和との結婚を白い目で見られたことを。自分も、これから仕事する際、他人からそんな目で見られるのだろうか。
海斗が物思いに耽っていると、大和はなにかを察したのか、自嘲気味に言った。
「そんな息子が辛い思いをしたとしても、雨音が優しく迎え入れてくれるだろう、支えてくれるだろう、と思っていた。しかし、そんな雨音がいなくなって、私は大地との接し方が分からなくなってしまってね。」
大和はスープを飲んだ。
「雫には当時よく相談に乗ってもらっていた。しかし結局、大地には寂しい思いをさせてしまったな。」
「じゃあ、これからはたくさん食事しましょう。」
大和と大原が顔を上げる。
「雫さんが言ってたんですよね。ご飯食べて栄養つけて楽しくおしゃべりしましょうって。」
海斗はスープ皿を持ち上げてスープを直飲みする。
「大地も大和さんも、楽しくおしゃべりしましょう。」
大和はキョトンと海斗を見ていたが、やがて声を上げて笑い始めた。釣られて大原も小さく笑っている。そんな二人を見て今度は海斗がキョトンとする。
「そうだな。今日は最高のスープをありがとう。」
海斗が大和の食膳を見るとスープは空になっていた。
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