ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」50話

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「ちゃんちゃら」50話


「おや、懐かしいな。」
 大和はベッドの上に置いてある水色のテディベアを手に取る。
「憶えてるんですか?」
「あぁ、もちろん。」
 大和はテディベアの耳を優しく撫でる。
「雨音が大地にプレゼントをしたいって騒いだからな。」
 そういえば、確かに大地はそんなことを言っていたな、と海斗はテディベアを貰った経緯を思い出した。
「大地が欲しがってるように見えたっていうのが理由なんですよね。」
 しかし、海斗の言葉に大和は返事をしなかった。海斗が大和の方を見ると、彼は苦笑していた。大原は車を出しにガレージへ向かって行ってしまったので、この部屋には海斗と大和の二人しかいない。暫く二人が無言でテディベアを眺めていると、大和が独り言のようにポツリポツリと話し始めた。
「雨音は普段はおっとりしていて滅多に自分の意見を主張しないんだが、急に頑固になって譲らなかったり、周りがあっと驚くようなアイディアを出したりと不思議な女性だった。」
 大和は水色のテディベアの手を上に持ち上げた。その様子はまるでこちらにテディベアが挨拶をしているかのようだった。
「このテディベアも、その話の一つだ。」
 テディベアは相変わらず笑っている。
「彼女からはっきりと聞いたわけではないが、水色が好きなんだと思う。出会った時も水色の紫陽花の形をしたバレッタをよくつけていた。」
 海斗はテディベアと視線を合わせる。今となっては少し色は褪せてきているが、買った当時はもっと明るい水色だったのだろうな、と海斗は思った。
 海斗はもっと大地の母親の話を聞きたくて、大和の話の続きを待った。しかし、一向に大和が口を開く気配が無かったので、見上げて大和の顔を確認すると、彼もまた上を見上げていた。なにか、見えない何かから視線を逸らしているように海斗には見えた。

「それから少しして、雨音の癌が見つかった。末期だった。」
 窓の外の紅葉が風に揺れ、葉をいくつか地面に落とした。大和は見上げるのをやめて、そんな窓の外の光景を眺め始めた。
「私も最初はテディベアなんて大地は興味ないだろうと言ったんだ。最近流行りのゲームや玩具の方が喜ぶだろうって。それでも、そのテディベアをあげたいと雨音は譲らなくてね。」
 大和は自分の口を手で覆った。
「今思えば、あいつ、分かっていたのかもしれないな。だから、態々自分の好きな色をしたぬいぐるみを選んだのかもしれん。」
 海斗はテディベアをただ眺めることしかできなかった。さきほどまで微笑ましく見ていたものが、今ではなんだか落ち着かず、テディベアの目を直視できなかった。それでも、テディベアは笑っていて、自然と彼に目が行った。

「じゃあ、ずっと大地を見守ってたんですね、この熊は。」
 
 大和は呆気に取られていたが、笑ってテディベアの肩に手を置いた。
「そうだな。今までお疲れさま。」
 それは、まるで長年働いた社員を労うような仕草だった。
「君も、どうか仲良くしてやってくれ。」
 海斗は喜んで頷いた。


 それから大原が車を停め終え、客室のドアを開けて知らせに来るまで、海斗は大和と他愛もない話をした。もう初めて会った時の緊張感はどこかへ飛んでいっていた。
 大原に声を掛けられて大和は名残惜しそうだったが、椅子から立ち上がった。しかし、彼はドアではなく、部屋の角にひっそりと置かれてある黒い金庫の前へ移動していった。大和は金庫を開けなかったが、手でそっと触れた。
「大地からお金を貰ったそうだな。」
 海斗は身体を強張らせた。
「すみません。やっぱり手術代欲しいからってそんな大金強請るのは、不味かったですよね。」
「いや、別に手術でなくても使ってくれて構わない。」
 あっさり大和が承諾したので海斗は憮然とした。
「あの子がもし、また君に失礼な態度を取ったら倍にして要求してくれても構わない。いや、キッパリ振ってやってくれ。」
「そ、それはいくらなんでも」
 海斗が慌てて首を振った。しかし、大和の顔は笑っているが、どうやら本気の様子だったので海斗の顔は引き攣った。

 大和は海斗に軽く会釈をしてから大原が停めてくれた車に乗車し、去り際にサイドガラスからこちらに小さく手を振っていた。
 海斗は、あの水色のテディベアを持って、それを二人で一緒に手を振り返した。


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