ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」67話

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「ちゃんちゃら」67話


 心に靄が溜まった状態のまま海斗はタイムカードを切った。ロッカー室に向かおうかと思ったが、ふと窓の外を見ると水城が職場の方へ走っていくのが見えた。いつも優雅な彼女とは思えないほど慌てた様子に海斗は自然と足が向かった。

 恐る恐る検品室の窓から覗くと水城の姿が見えなかった。おかしいと思い、下を見遣ると彼女は屈んで何やら探し物をしているようだった。嫌な予感がしつつも海斗は慎重に職場のドアに手を掛けた。
 ドアが開く音がしたことに気づいた水城はこちらを勢い良く振り向く。海斗の存在を認識すると、今にも泣きそうな目でこちらへ歩み寄って来る。
「海斗さん。」
 いつも背筋を伸ばしている彼女が縮こまっている姿はまるで小動物のようだった。
「リングケース、見ていませんか?鞄の中をいくら探しても無いんです。」
 海斗は何も心当たりが無いのに冷や汗をかいた。水城の涙目になりながらも助けを乞う姿は痛々しく、無意識に同情を誘われた。海斗は何も言わずとも床や棚などを探し始める。それを見た水城は「ありがとうございます!」と安堵しながらも懸命に辺りを探していた。
 土中は事務仕事に行ってしまったのか、はたまた会議に行ったのかは分からないが、やりかけの仕事が寂しくテーブルの上にずっと置かれてある。暫く二人で探したが、リングケースは見つからない。

「違う場所に落としてしまったのでしょうか。」と水城は小さく溜息をつきながら頰に手を当てている。
 リングケースは小さいが、あんな高級そうな見た目のケースがここの部屋にあったら気付きそうなものだ。海斗も自然と焦りを覚える。
「おかしいですね。ずっと鞄に入れてたのに」
 水城の発言に海斗は無意識にショルダーバッグを触っていた。自分のリングケースは無事だろうか、と危機感が海斗を襲った。さりげなくショルダーバッグを触るが、あの固い感触が無かった。
 焦った海斗はショルダーバッグを開けて中身を確認する。中は自分の影で暗くなってよく見えなかった。慌てて手でバッグ内を弄ると、水色のテディベアの下に見覚えのある青紫のケースが出てきた。どうやら下の方へ潜ってしまっていたみたいだ。
 海斗がふーと息を吐いてリングケースを戻そうとすると、すぐ後ろから震えた声が聞こえた。

「そのケース、見つけて下さったんですか?」
 海斗は背中を向けたまま固まる。じんわりと額に汗が滲み始める。無言の海斗を他所に正面に水城が立つ。
「やっぱり。リングケースだわ!」
 水城は喜びの声を上げている。海斗は今の状況を中々飲み込めず、呆然と立ち尽くすしかなかった。
 水城は海斗をジッと見つめている。まるで何か合図を待っているようだった。そう、水城は待っているのだ。海斗がこのリングケースを自分に渡してくれるのを。
 海斗は顔を上げる。水城と目が合った。彼女は涙目になりながら、こちらを見て微笑んでいる。しかし、その表情はどこかぎこちなかった。

 ここでようやく海斗は水城が無理をして笑っていることに気づいた。
 それもそのはずである。なぜなら、彼女から見た海斗はまるで見つけたリングケースを独り占めしようと自分のバッグに入れようとする盗人にしか見えないからだ。
 それに気づいた海斗は緊張のあまり、呼吸もうまく出来なかった。
 それでも水城は慈しみの目で海斗を見てくる。彼女が必死に海斗を信じようとする真っ直ぐな瞳が海斗を射抜く。

 気がついた時には、海斗は自分の手にあったリングケースを彼女の手の中へ置いていた。


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