66 / 102
「ちゃんちゃら」66話
しおりを挟む
「ちゃんちゃら」66話
海斗が職場のドアを開くと、既に社員全員が揃っているようだった。一人を除いては。
「あの、流川さん、どうしたんですか?」
海斗が土中に声を掛けると、土中は先程まで食い入るように見ていたパソコンから海斗へ視線を移した。
「あぁ、流川くん?今日はお休みだよ。」
「ヒートが酷くて熱が引かないんだって。」と海斗が聞きたいことを近くの椅子に腰掛けた池田先輩が代わりに答える。
「池田くん!プライバシーの侵害だよ!」
池田先輩は知らん顔をしている。ヒート。流川も空島と同じように自分の生理現象に悩まされていることを痛感した。いつも元気そうにバスでお喋りしていた流川の顔が苦痛に歪むのが頭に浮かぶ。
すると、海斗の背後からひょっこり水城が顔を出した。
「あの、土中班長。聞きたいことがあります。」
「もう流川くんの話を根掘り葉掘りは」
「違います。」
そう言うと水城は小さなリボンがついた鞄から一つの青紫のケースを取り出した。海斗は思わずショルダーバッグを触る。四角い固いケースが手に当たり、心底ホッとする。
水城はケースを開けることはしなかったが、土中に近寄って懇願する。
「あの、わたし婚約指輪を頂いたんです。付けて仕事してもよろしいですか?」
水城がはにかみながら大事そうにリングケースをそっと抱きしめている。その様子を見て、気がついたら海斗はショルダーバッグから手を離していた。
「へー、おめでとう」と池田先輩もぶっきらぼうに祝福をしている。
しかし、土中は腕を組んで天井と睨めっこしている。目を瞑ってずっと唸っていた。緊張しているのか、また汗が滲み始めている。
「うーん。指輪かぁ、ちょっとねぇ」
「ダメでしょうか」
水城の眉が八の字になる。土中はいつものハンカチで汗を拭きながら謝罪する。
「ごめんね。オッケーしてあげたいんだけど、前にここで働いてた人でオシャレでつけてた指輪が梱包箱の中に入っちゃってね。そのまま取引先に行っちゃったことがあったの。」
水城はガッカリと肩を落としていた。その様子は見ている側も憐れむほどだった。土中はさらに自分の汗を拭き続ける。
「水城家の指輪が紛失したなんて万が一があったら僕は、僕は!」と自分の想像で勝手に恐怖で慄いている土中を他所に、池田先輩はさっさと製品の入ったコンテナを持っていく。
「今日、流川いないんだから、ちゃっちゃとやるよー」
皆、それぞれ椅子に座って仕事に移る。チラリと顔を上げて見ると、水城はもう通常通りの表情に戻り、仕事を再開していた。
突然、隣に気配を感じたので横を見上げると土中がコンテナを持って立っていた。海斗が慌てて立ち上がると、土中はコンテナを机の上に置いた。
「海斗くん。もう見逃しも無いし、養成期間は終わりね。今日から一人前として仕事してもらいます。」
そう言って微笑んだ土中の表情を見て、海斗は言い知れぬ喜びを覚えた。
「分からないことがあったら池田くんか僕に聞いてね。」
土中がパソコンの前まで移動していくのを海斗は呆然と眺めていた。自分が戦力として数えられるのは嬉しかった。海斗は口角を少し上げながらコンテナから製品を手に取る。
しかし、さっきの水城の指輪の話を思い出し、すぐに不安が心を襲った。
順当にいけば、指輪を先に貰ったであろう自分が先に土中に指輪をつけて仕事をして良いか尋ねるべきではないか。それなのに、自分はいつまで経っても怖気付いて折角大地がくれた指輪をずっとケースの中に仕舞い込んでいる。
検品しながら顔を上げ、水城を盗み見する。水城は背筋を伸ばし、丁寧な仕草で検品している。自信の溢れたその姿はどこか大地を彷彿とさせられる。良いところのお嬢様やお坊ちゃんはみんな似たような雰囲気なのだろうか。
ー俺も、同じような育ちの良さだったら自信を持って大地から指輪を受け取れたのだろうか。
さっきのリングケースを手に持った水城の笑顔が頭に浮かぶのと同時に、指輪を渡した際の不安そうにした大地の顔が脳内にこびりついて離れなかった。
ーあんなに嬉しそうにしていたら、大地もきっと喜んだだろうな。安心しただろうな。
大地の恋愛事情は既に聞いたはずなのに、未だに海斗の心は晴れないままだった。
海斗が職場のドアを開くと、既に社員全員が揃っているようだった。一人を除いては。
「あの、流川さん、どうしたんですか?」
海斗が土中に声を掛けると、土中は先程まで食い入るように見ていたパソコンから海斗へ視線を移した。
「あぁ、流川くん?今日はお休みだよ。」
「ヒートが酷くて熱が引かないんだって。」と海斗が聞きたいことを近くの椅子に腰掛けた池田先輩が代わりに答える。
「池田くん!プライバシーの侵害だよ!」
池田先輩は知らん顔をしている。ヒート。流川も空島と同じように自分の生理現象に悩まされていることを痛感した。いつも元気そうにバスでお喋りしていた流川の顔が苦痛に歪むのが頭に浮かぶ。
すると、海斗の背後からひょっこり水城が顔を出した。
「あの、土中班長。聞きたいことがあります。」
「もう流川くんの話を根掘り葉掘りは」
「違います。」
そう言うと水城は小さなリボンがついた鞄から一つの青紫のケースを取り出した。海斗は思わずショルダーバッグを触る。四角い固いケースが手に当たり、心底ホッとする。
水城はケースを開けることはしなかったが、土中に近寄って懇願する。
「あの、わたし婚約指輪を頂いたんです。付けて仕事してもよろしいですか?」
水城がはにかみながら大事そうにリングケースをそっと抱きしめている。その様子を見て、気がついたら海斗はショルダーバッグから手を離していた。
「へー、おめでとう」と池田先輩もぶっきらぼうに祝福をしている。
しかし、土中は腕を組んで天井と睨めっこしている。目を瞑ってずっと唸っていた。緊張しているのか、また汗が滲み始めている。
「うーん。指輪かぁ、ちょっとねぇ」
「ダメでしょうか」
水城の眉が八の字になる。土中はいつものハンカチで汗を拭きながら謝罪する。
「ごめんね。オッケーしてあげたいんだけど、前にここで働いてた人でオシャレでつけてた指輪が梱包箱の中に入っちゃってね。そのまま取引先に行っちゃったことがあったの。」
水城はガッカリと肩を落としていた。その様子は見ている側も憐れむほどだった。土中はさらに自分の汗を拭き続ける。
「水城家の指輪が紛失したなんて万が一があったら僕は、僕は!」と自分の想像で勝手に恐怖で慄いている土中を他所に、池田先輩はさっさと製品の入ったコンテナを持っていく。
「今日、流川いないんだから、ちゃっちゃとやるよー」
皆、それぞれ椅子に座って仕事に移る。チラリと顔を上げて見ると、水城はもう通常通りの表情に戻り、仕事を再開していた。
突然、隣に気配を感じたので横を見上げると土中がコンテナを持って立っていた。海斗が慌てて立ち上がると、土中はコンテナを机の上に置いた。
「海斗くん。もう見逃しも無いし、養成期間は終わりね。今日から一人前として仕事してもらいます。」
そう言って微笑んだ土中の表情を見て、海斗は言い知れぬ喜びを覚えた。
「分からないことがあったら池田くんか僕に聞いてね。」
土中がパソコンの前まで移動していくのを海斗は呆然と眺めていた。自分が戦力として数えられるのは嬉しかった。海斗は口角を少し上げながらコンテナから製品を手に取る。
しかし、さっきの水城の指輪の話を思い出し、すぐに不安が心を襲った。
順当にいけば、指輪を先に貰ったであろう自分が先に土中に指輪をつけて仕事をして良いか尋ねるべきではないか。それなのに、自分はいつまで経っても怖気付いて折角大地がくれた指輪をずっとケースの中に仕舞い込んでいる。
検品しながら顔を上げ、水城を盗み見する。水城は背筋を伸ばし、丁寧な仕草で検品している。自信の溢れたその姿はどこか大地を彷彿とさせられる。良いところのお嬢様やお坊ちゃんはみんな似たような雰囲気なのだろうか。
ー俺も、同じような育ちの良さだったら自信を持って大地から指輪を受け取れたのだろうか。
さっきのリングケースを手に持った水城の笑顔が頭に浮かぶのと同時に、指輪を渡した際の不安そうにした大地の顔が脳内にこびりついて離れなかった。
ーあんなに嬉しそうにしていたら、大地もきっと喜んだだろうな。安心しただろうな。
大地の恋愛事情は既に聞いたはずなのに、未だに海斗の心は晴れないままだった。
3
あなたにおすすめの小説
あなたの家族にしてください
秋月真鳥
BL
ヒート事故で番ってしまったサイモンとティエリー。
情報部所属のサイモン・ジュネはアルファで、優秀な警察官だ。
闇オークションでオメガが売りに出されるという情報を得たサイモンは、チームの一員としてオークション会場に潜入捜査に行く。
そこで出会った長身で逞しくも美しいオメガ、ティエリー・クルーゾーのヒートにあてられて、サイモンはティエリーと番ってしまう。
サイモンはオメガのフェロモンに強い体質で、強い抑制剤も服用していたし、緊急用の抑制剤も打っていた。
対するティエリーはフェロモンがほとんど感じられないくらいフェロモンの薄いオメガだった。
それなのに、なぜ。
番にしてしまった責任を取ってサイモンはティエリーと結婚する。
一緒に過ごすうちにサイモンはティエリーの物静かで寂しげな様子に惹かれて愛してしまう。
ティエリーの方も誠実で優しいサイモンを愛してしまう。しかし、サイモンは責任感だけで自分と結婚したとティエリーは思い込んで苦悩する。
すれ違う運命の番が家族になるまでの海外ドラマ風オメガバースBLストーリー。
※奇数話が攻め視点で、偶数話が受け視点です。
※エブリスタ、ムーンライトノベルズ、ネオページにも掲載しています。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
この手に抱くぬくもりは
R
BL
幼い頃から孤独を強いられてきたルシアン。
子どもたちの笑顔、温かな手、そして寄り添う背中――
彼にとって、初めての居場所だった。
過去の痛みを抱えながらも、彼は幸せを願い、小さな一歩を踏み出していく。
ふた想い
悠木全(#zen)
BL
金沢冬真は親友の相原叶芽に思いを寄せている。
だが叶芽は合コンのセッティングばかりして、自分は絶対に参加しなかった。
叶芽が合コンに来ない理由は「酒」に関係しているようで。
誘っても絶対に呑まない叶芽を不思議に思っていた冬真だが。ある日、強引な先輩に誘われた飲み会で、叶芽のちょっとした秘密を知ってしまう。
*基本は叶芽を中心に話が展開されますが、冬真視点から始まります。
(表紙絵はフリーソフトを使っています。タイトルや作品は自作です)
【完結】初恋のアルファには番がいた—番までの距離—
水樹りと
BL
蛍は三度、運命を感じたことがある。
幼い日、高校、そして大学。
高校で再会した初恋の人は匂いのないアルファ――そのとき彼に番がいると知る。
運命に選ばれなかったオメガの俺は、それでも“自分で選ぶ恋”を始める。
好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない
豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。
とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ!
神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。
そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。
□チャラ王子攻め
□天然おとぼけ受け
□ほのぼのスクールBL
タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。
◆…葛西視点
◇…てっちゃん視点
pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。
所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる