ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」番外編12話

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「ちゃんちゃら」番外編12話


 空島は大きな和風住宅の門の前で大きく深呼吸をした。
ーまさか、こんなことになるとは。

 空島が盛大に鳥舟にお酒を掛けた際、鳥舟は笑っていた。それは空島たちを落ち着かせる為とかではなく、面白いことが始まった、といった雰囲気だったのを空島は覚えている。
 鳥舟はマスターの服を借りて、彼自身の服は自分でクリーニングに出すと言っていた。しかし、自分のせいで起きたことなので、空島はクリーニング代の支払いとマスターの服の返却は自分がやると約束した。
 本当だったら、どこかお店で会う予定が、編集者と家で打ち合わせがあるというので、空島は鳥舟の家を訪れることになった。

 門の外側からも立派な松の木が見える。恐らく庭も広いのだろう。鳥舟はもう両親も他界していて自分しかいないから大丈夫、と言っていたが、寧ろ鳥舟と二人っきりになる方が空島を不安にさせていた。
 インターフォンを鳴らすと、暫くして鳥舟が現れる。家でもいつもと変わらず、笑みを浮かべながら迎え入れてくれる。
「やあ、いらっしゃい。悪いね、わざわざ来てもらっちゃって。」
「あの、これ。」
 空島は服が入った紙袋を鳥舟に差し出す。
「本当にすんませんでした。」
「いいよ、いいよ。」
 鳥舟は手を横に振りながら、もう片方の手の平で家の中を指し示す。
「せっかく来たんだから、お茶してきなよ。」
 空島は一度断ったが、鳥舟が寂しそうな顔をしたので、渋々広い家の中へ足を踏み入れた。
 座布団に腰を下ろすと、鳥舟はお茶とお茶菓子を出してくる。
「家に誰もいなくなっちゃったからね。来客は楽しみの一つなんだよ。」と一人ソワソワしている空島に声を掛ける。空島は目の前に置かれた饅頭を凝視する。
「あ、とりあえず饅頭にしたんだけど、他のにするかい?」
 空島は慌てて首を振って饅頭を手に取る。柔らかい皮の中からたっぷりのこし餡が口の中に広がる。

「空島くんは、甘い物好きなんだね。」
「え?」
 空島は目を見開きながら唇についたあんこを拭う。鳥舟はにんまり笑いながら空島を見ている。まるで犯人の見当がついた名探偵のようだった。
「だって、とても嬉しい顔してたよ。よく食べるの?」
 空島は動揺しながら「いや。」と口元まで上げていた饅頭をテーブルの上まですぐ下ろした。
「全然食べてませんでした。」
「久しぶりで感動したのかな。」と鳥舟は微笑んだ。

「それも失恋が原因なのかい?」
 空島は俯く。
「まあ、そうと言えばそうかもしれないっす。強くなりたいと思って。無意識に甘い物も封印してたのかも。」
「そういえば護身術も習いたがってたね。どうして強くなりたいの?」
 空島は動揺して彼の服にお酒を溢したことを申し訳なく思い、手短に自分の身に起きたことを話した。鳥舟は微笑みながら黙って聞いていた。

 空島が言い終えると、なぜか鳥舟の方が一息ついたかのようにお茶を飲んでいた。
「そっか。だから君は髪を伸ばすのも甘い物を食べるのも怖いんだ。」
 鳥舟は湯呑みをテーブルに置いた。
「あと、αもね。」
 空島の肩が強張った。
「空島くん。はっきり言うけど、短髪でいることも、甘い物を食べないのも、強さに関係ないよ?」

 鳥舟の言葉はもっともだった。そして薄々気づいていた。自分がそうやって強がっていたことも。大地にあんなことを言っておきながら誰よりもΩやαに対して偏見を持って諦めていたことも。αという存在を恐れ、鳥舟という本来の相手の本質をちゃんと見ようとしなかったことも。

 空島は身体が熱くなるのを感じた。苦しそうに胸を押さえて体勢を崩す空島を見て、鳥舟は颯爽と近寄る。それを押し除けるように手の平を鳥舟の前に突き出した。
「来ないで下さいっ、ヒートなんで」


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