ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」番外編11話

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「ちゃんちゃら」番外編11話 


「あーら、カッコいい男じゃない!!」
 開店したばかりのBARの店内で野太い黄色い声が上がる。空島は不貞腐れながらもバーコートに身を包み、テーブルを拭く。マスターはこちらを何度もニヤニヤしながらチラ見してくる。想像通りの展開で大きな溜息が口から出る。やはりマスターは鳥舟を自分の恋人候補として見ているようだった。
 鳥舟はマスターの様子には特に触れず、飲み物を注文していた。
「良いBARですね。飲み屋街の裏側にこんな穴場スポットがあるとは知りませんでしたよ。」
「あら、褒め上手なのね~」
 マスターは堀が深いイケメンに褒められて、すっかり上機嫌だった。
「まさか、ソラちゃんを助けた人がこんな燻し銀な男だったなんて。なんでもっと早く言わなかったのよ、ソラちゃん!」
「そんな、わざわざ容姿のことなんて言いませんよ。」
「んもー!隠してたわね!」
 鳥舟がじっくり自分たちの会話ややり取りを眺めているのが伝わってくる。恐らく小説のネタにしようとしているのだろう。
「鳥舟ちゃんはソラちゃんどう思ってるの?」
 突然のちゃん付けと直球な質問に空島は転けそうになった。何を言ってるんだ、この人は。
 しかし、鳥舟はちゃん付けには触れず、真面目に内容を考えてる様子だった。空島はテーブルを拭きながらも思わずそっちに耳を傾けてしまう。
「そうだなぁ。最初は襲われて気が動転してるのかなぁと思ってたんだけど、今日改めて会ってみて、あ、やっぱり面白い子だなと思ったよ。」
「なんすか、それ。」
 気がついたら鳥舟のすぐ近くまで歩みを進めていた。
「だって、君の周りで色んなことが起きるし。君自信も面白い発言するし。」
「そんな面白い発言してないっすよ。」
「親の脛齧りとか」
「それは本当にすんませんでしたけど」
 空島はハッとした。マスターがニヤついた顔でこちらを凝視していたからだ。また揶揄われてしまう。
「鳥舟ちゃん。この子、失恋してやさぐれてるのよ。だから一緒に慰めてあげてほしいの。」
「そうなの?」
 単純に疑問に感じているといった表情の鳥舟に少し気まずそうに空島は口を開く。
「失恋って、もう何年も前っすよ。」
「立ち直るのに掛かる時間は人それぞれだからね。」
 空島は困った。この男と話してると何だか傷が癒えてしまう気がした。
「でも、立ち直らないと前へは進めないからねぇ。」とマスターは両手を顎につけて天井を眺める。
「そんなにひどいフラれ方をしたの?」
「別にフラれたっていうか、会わなくなったっていうか。」
 あまりにもセンシティブな話題なので、今日まともに話したばかりの鳥舟に詳細を話す気にはなれなかった。しどろもどろになっている空島を鳥舟は黙ってじっと見ていた。
 マスターも詳しく話さず、鳥舟に寄って耳打ちするような仕草で「ソラちゃん、髪長かったらしいんだけど、失恋してからはずっと髪伸ばしてないらしいのよ。」
「え、髪伸ばしてたの?」
 空島はマスターを睨んだ。マスターは素知らぬ顔をしている。
「えー、見たいなぁ。写真とかないのかい?」
「ソラちゃん、持ってるでしょ」
「もう消しました。」
 空島は口を尖らせながら、そっぽ向いた。
 本当はまだ消していない。どうも消去ボタンに指が向かなかった。木待先輩を切り取って、それで安心したのかもしれない。
「もー、ソラちゃんったら!可愛かったのに~」とマスターは頬を膨らませている。

「じゃあ、伸ばしてみたら?」
 マスターのお酒を作る手が止まり、空島も鳥舟を凝視する。
「もう傍にいない人の為に自分の見た目の幅を狭める必要はないだろう。」
 空島は台拭きを持つ手に力が籠る。
「相手との思い出を断ち切りたいなら、敢えて当時の姿をして過ごしてみても良いんじゃない?君が嫌じゃなければ、逆に踏ん切りがつくかもしれないよ。」
 マスターは「なるほどねぇ。」と感心しながら鳥舟の話をじっくり聞きながら出来上がったロックグラスを空島に渡す。
 空島はウェイターの仕事を真っ当する為に鳥舟の前にグラスを置こうとする。

 しかし、鼓動が速まり、持つ手が緩む。そして、中に入ったウイスキーが鳥舟に向かって散水する。それは、まるでホースで水撒きをするかのように、勢いがあった。


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