ちゃんちゃら

三旨加泉

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「ちゃんちゃら」番外編10話

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「ちゃんちゃら」番外編10話


「ここも色んな人が現れるから、よく来るんだよ。」と鳥舟が地面に腰を下ろした。辺りを見渡すと、そこは河川敷だった。空島も倣って腰を下ろし、景色を眺める。下を見ると、老夫婦が散歩していたり、子どもたちがキャッチボールをして遊んでいる。

ーキャッチボールなんて久しくしてないな。
 空島が物思いに耽っていると、隣に一組の男女が同じように腰を下ろしてきた。女の方は金髪で赤いネイルをしていて、男の方はマスターと鳥舟とは違う意味で図体が大きかった。汗かきなのか、夏でもないのにハンカチで顔を拭いている。
 鳥舟の顔を横目で見遣ると、視線は空だったが、耳は隣の男女へ傾けているようだった。空島も特に口を開くことなく、同じように目線を空へ移した。

「まさかジョギングしていたら池田くんと遭遇するとはね。」
「あんた、ダイエット始めたんだ。」
「ずっと始めてるんだけどね」と男は苦笑いを浮かべた。
 池田と呼ばれる女性は足を伸ばし、両手を後ろにつく。
「離婚したの体型が原因じゃないの?」
 水を飲もうとしていた男は盛大に咽せた。
「違うよー。妻の不倫が原因だよ。僕といても楽しくないって他の男と会ってたんだ。」
「ほったらかしてたんじゃないの?現に今も一人でジョギングしてるじゃん。」
 男は勢い良く被りを振る。
「ジョギングは離婚してから始めたんだよ!」
 池田は爆笑している。正直そんなに笑える話ではないと思うが。

 池田は体勢が辛くなったのか、首を上に向け、「あー」と声を出す。
「慰謝料請求しないなんて、あんた馬鹿だよ。」
「でも、妻に楽しくないって言われた時、妙に腑に落ちてね。何にも言えなくなっちゃったんだ。」
 外でキャッチボールをしている子がボールを投げ、もう片方の子が綺麗にグローブでキャッチした。いつもより上手くいったのか、投げた子は嬉しそうに向かい側にいた子に駆け寄っていく。

 池田は鼻で笑った。
「まあ、あたしも似たようなもんか。」
「池田くんは悪くないよ。」
 さっきまでの柔らかい声が鋭く、切れ味が良くなったのを驚きながら池田は男を見る。
「池田くん、君はよく子どものことで自分を卑下してるけど、僕からしてみれば子どもの有無なんて関係ないよ。君は素敵な女性だよ。」
「あはは。口説き文句も普通なんだね、班長。」
 笑っている池田を見て、顔を真っ赤にしながら俯く男は、相変わらず顔の汗を拭いていた。

 暫く二人は空島たち同様、空を眺めていたが、女の方が立ち上がり、お尻についた土を手で払った。
「じゃあ、あたしはもう行くから。」
「池田くんも走るの?」
「あたしは車。」
 その言葉に男は手をモジモジさせる。
「え。じゃあ、僕も乗せてくれたりは」
「班長はダイエットしなよ。」
 男は急いで立ち上がる。
「ま、待ってよ!僕もうだいぶ走ったから!」
 まるで生まれたての小鹿のような足の動きに彼の限界がきてるのは一目瞭然だった。それでも男は懸命に足を動かし、お尻に土をつけながら彼女の後を追って行った。

 鳥舟も同様に立ち上がり、お尻の土を落とした。
「まさか、彼らも知り合いとか言わないよね?」
 空島は顎に手を当てて唸った。
「いやー、たぶん知らないっすね。でも、一応、知り合いに聞いてみるっすね。」
 鳥舟は笑みを浮かべている。どうやら、また何か良いアイディアが頭に浮かんだようである。

「今日はなんだかついてるなぁ。散歩はもう終わりだけど、君はこれからどうするの?」
 空島も立ち上がる。
「これからはバイトっす。」
「じゃあ、そこまで送るよ。」
「いいっすよ。」
 空島はあまり鳥舟の近くに居たくなかった。長時間、言葉を交わさずとも気まずさを感じない、そんな彼に対して居心地の良さを覚えてしまっている自分を心の中で責め立てた。
 誰かに惚れるのはもううんざりだ。自分が惚れるのは相手の表面だけで、中身はどんなものか分かったもんじゃない。

 顔を上げると、鳥舟が微笑みながらこちらを凝視していた。その瞳に吸い込まれそうになったので、すぐ視線を逸らした。
「たぶん、バイト先にも面白い人いるでしょ。」
 当たりだ。そして一番会わせてはいけない人物だと踏んだ。空島の反応を見て、鳥舟は全てを察したように、近くに体を寄せて優しく声をかける。その優しい声が今は恐怖を感じた。
「知りたいなぁ。邪魔しないからさ。」
 空島は口を引き結び、顔を反対側に向けるが、見ていなくても彼の微笑みから放たれる圧を背中で感じていた。

 この時、空島は自覚した。自分はこの手のおねだりに弱いということを。

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