ゼロから千まで

三旨加泉

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「ゼロから千まで」19話

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「ゼロから千まで」19話


 あまりにも零一が即答したので千歳は目を丸くした。
「ど、どうして?」
「あ、いや…」
 零一の歯切れの悪さが不自然に感じられた。百合愛と気まずいのだろうか。
「大丈夫だよ。零一と付き合ったって話はまだ言ってないから。」
「あら!付き合ったの!?」
 突然の大声に驚きながら見上げると、祖母がクッキーの缶を持ちながら硬直していた。
「あらあら。お父さん。千歳に恋人が」
「まだ早い。」
 祖母は満面の笑みだが祖父はずっと口角が下がっている。そんな祖父の顔を祖母は挑戦的な笑みで覗き込む。
「お父さん。昨日、千歳には零一くんみたいな人が必要だって言ってたじゃない。」
「そうなんですか?」
 零一が驚きながら祖父を見るが、祖父は黙って首を振る。
「ばあさんの妄想だ。」
「あら、私のせいにして」と祖母は口に手を当てて控えめに笑った。
 千歳はチラリと零一を一瞥したが、零一は自分と違って全く動揺していなかった。
「やらんぞ。やらんからな。だから、そんなちゃらついた髪にしてるのか。許さんからな。」
「よく似合ってるよ、ちーちゃん。」
「おい、甘酸っぱい空気にするな。」
 憤慨する祖父のすぐ横に祖母がスッと近寄る。
「おじいさん。千歳ももう高校生ですよ」と膨れっ面をしている祖父を祖母が笑いながら宥めている。
「お祖父さん」
「おまえにそんなことを言われる筋合いは無い」
 相変わらず孫に訪れた春を受け入れられない祖父だが、そんな祖父に零一は真面目な顔ではっきりと言った。
「お孫さんは僕が守ります。」
「おまえさんには百年早い。」
 子どもの頃だったら零一がこんなに堂々と祖父に物を言うことなんて一度もなかった。いつも零一は千歳の後ろをついて歩く金魚のフンだと同級生たちに揶揄われていたのが遠い昔のことのように千歳には思えた。ふと隣を見ると、ニコニコと笑っている祖母と目が合った。
「千歳。零一くんのような人は逃しちゃダメだよ。ちゃんと手綱握ってないと。おばあちゃんのワンポイントアドバイス。」と悪戯っ子のような笑みを浮かべている祖母に千歳は苦笑した。
 祖母が持っているクッキーを一枚まるごと口に頬張る。甘いバターの香りは零一が持ってくるメロンパンと少し似ていた。

 その後、暫くみんなで他愛もない話をしていたが、祖父はずっと零一を警戒し、祖母はその様子を見て笑っていた。そして帰る際、祖父母は「明日退院だからね。」と念を押すように千歳に言ってきた。
「分かってるよ。もーさすがにうちでも明日の用事くらい忘れないって」と憤慨していると、千歳の横にいた零一が「ねぇ」と小声で声を掛けてきた。

「なに?」
「本当に百合愛がここに来て、仲直りしたの?」
「え?うん。」
 零一の表情は深刻そうだった。確かに別れたばかりだというのに、これから顔を合わせるかもしれないと思ったら気まずいものなのかもしれないな、と千歳は納得することにした。
 零一は何か言いたそうな顔をしていたが、祖父母と一緒に病室を出て行った。

 すると、彼らと入れ替わりで看護師の女性がお盆を持ってこちらへやってくる。
 時計を見ると、もう午後六時だった。そんなに時間が経っていたのかと思っていると、看護師はお茶碗などが乗ったお盆を置きながら訊いてきた。
「あら、彼氏くん、もう帰ったの?」
 看護師の顔を見ると、彼女はまるで少女漫画でも読んでいるかのような表情をしていた。
 どうやら看護師たちの間でも千歳と零一の関係性は話題になっているらしい。
 千歳が頷くと看護師は「今日は泊まりじゃないのね。」とポツリと呟く。
「そんな、二回目は、無いです。」
 挙動不審に目を泳がせる千歳を見て初めはおかしそうに笑っていた看護師だが、はたと顎に手を当てた。
「あら?他の人のも混ぜて三回目じゃない?」
「え?」
「やだ、わたし他の人と間違えたのね。」と恥ずかしそうに看護師は口に手を当てていた。しかしすぐに気を取り直して看護師の顔になり、「明日の退院の手続きなんだけどー」と千歳に説明を始めた。

 千歳は説明を聞きながら窓の外から見える景色を見納めることにした。


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