ゼロから千まで

三旨加泉

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「ゼロから千まで」36話

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「ゼロから千まで」36話


 アパートに着くなり、千歳は食べ終わったアイスの棒を咥えながら絨毯の上に寝っ転がる。
「危ないよ、ちーちゃん。棒は捨てて」
「はーい。」
 千歳が身じろぎしながらゴミ箱に向かっていく。まるで匍匐前進しているかのようだった。そんな千歳を見て微笑む零一だったが、気を抜くにはまだ早かった。
 百合愛はまだ千歳を諦めていないだろう。いつまでこの息を呑む状況が続くのだろうか。
 そんな途方もないことを考えていると、気がつけば千歳が棚からDVDケースを取り出してきた。
「ねぇねぇ、これなに?」
 DVDケースのジャケットを見て慌てて千歳からケースを奪い取る。かなり動揺した零一の様子に千歳はにんまりと笑みを深める。
「隠されると余計気になるー」と無理矢理零一の腕からケースをさらに奪おうとする。しかし、零一はそれを身を翻して避ける。千歳が悔しそうにこちらを睨んでいた。そして負けじとジリジリとにじり寄ってくる。
 零一は観念したかのようにDVDケースを千歳に差し出した。
「それ、恋愛映画のDVDだよ。」
「恋愛映画?」
「そう。」
 あまりピンとこなかったのか、千歳はきょとんとしている。相手にとっては何かお宝を見つけた気分だったのかもしれない。
「隠すように後ろにあったから零一の秘密を握ったと思ったのにー」
 千歳はたまに鋭い時がある。がっかりしている千歳に零一はケースを開いて中のDVDを取り出す。
「当たってるよ。」
「ん?」
「確かに、これは秘密。」
 またしても千歳がポカンと口を開けていると、零一はDVDプレイヤーにDVDを入れ、再生を始める。画面にはお馴染みの製作会社のロゴが表示される。初めは目をぱちくりさせながらテレビの画面を眺めていた千歳だったが、映画が始まると食い入るように観ていた。そんな千歳を零一は横目で見遣りながら映画を眺める。
「ちょっと、勉強してたんだ。」
「なにを?」と映画を観ながら千歳が訊く。
「恋愛ってものを。」
 千歳は零一を見るかわりに画面に映し出された手を繋ぐ男女の様子を眺めていた。
「れいちゃんが?」
「うん。」
「れいちゃんは知ってると思ってた。」
「全然。全然知らなかったんだ。」
 千歳は微笑んでいた。
「なんだ、れいちゃんも一緒だったんだ。」
「でも、ちーちゃんを好きだって自覚してからは、分かったような気がするんだ。」
 千歳がこちらに顔を向ける。いつも爛々と輝いている瞳を細めるように彼女は笑っていた。
「うちも。まだよく分かんないけど、なんとなく、その気持ち分かるような気がするんだ。」
 ベッドに腰掛けながら千歳は足をブラブラさせる。
「ねぇ、れいちゃんにとって、愛ってなに?」
 零一はテレビに向けていた身体を千歳にゆっくり向ける。
「相手の幸せと自由を願うことかな。」
「自由?」
 零一は困り眉で画面に映し出されたカップルのキスシーンから目を逸らした。
「相手の嫌がることはしたくないんだ。我慢させたりするのも、自由を奪ってるような気がしてさ。好きな人にはいつも自分らしく笑っていて欲しいんだ。」
「じゃあ、もし好きな人が嫌がることをしてきたら?」
「ちーちゃんが嫌なら拒否していいんだよ。」
 千歳は背中をベッドに倒し、天井を見つめ始める。
「自分らしくねぇ」
 ポツリと呟いた千歳の言葉が映画の音に混じりながら耳に届く。
「じゃあ、れいちゃんにとって、自分らしく笑えるのは、うちと一緒にいるってこと?」
 零一は声を上げて笑った。
「そうだね。ずっと気づいてたのに、すごい遠回りしちゃった。ちーちゃんは?」
「うちもれいちゃんと一緒にいる方が自分らしくいれるって思う。」
 千歳はニッコリ笑っていた表情をゆっくり戻し、零一の腕を引っ張る。
「れいちゃんと一緒にいると変な気持ちになることもあるけど、でもやっぱりれいちゃんが隣にいる方が良いって思えるんだ。これが恋ってやつなのかな?」

 千歳は零一の顔を見て訊いたが、零一は映画を観ていた。彼は少し目を泳がせながら言った。
「ちーちゃんは本当にはっきり言うよね。」


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