剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ

文字の大きさ
20 / 104
第三章 博徒の雛と老剣士

M機関より

しおりを挟む
ってえ!」

諸肌脱ぎで思わず顔をしかめる草介の身体には、あちこちに痣ができている。
あれから毎日のように続く由良乃との稽古で付いたもので、それらは正確に人体各部の急所に浮かび上がっていた。

「じっとせよ。要らぬところに薬が付く」

痛がる草介に隼人が塗ってやっているのは、由良乃が託した打ち身に効く膏薬だ。
請われての稽古であり大の男が相手とはいえ、由良乃にしてもそれなりに気には掛けていることが伝わってくる。

「お由良ちゃんに塗ってもらいてえ」
「たわけ」

膏薬を塗る隼人の指が力加減を誤り、草介が痛みで飛び上がる。
ほとんど全力で打ち掛かっていくようになった草介だったが、相変わらず由良乃にはかすりもしないどころか、その杖術にいよいよもって翻弄されるばかりだ。
が、初めの印象とは存外なことに、由良乃は筋道立てて言葉で技の理合を説くことにも長けていた。
剣を相手にする場合は決して杖や棒を斜めに斬り込ませないこと、拳や小手など痛みで戦闘能力を奪える箇所を打つこと、突くときは瞬間的に体重を預けて素早く引き戻すこと等々……。
融通無碍でしかも強力な技の数々を、いつしか草介も夢中で自家薬籠中の物にせんと学び取っていた。

「草介さんが担いでいる天秤棒では、この杖術の技の半分も遣えないでしょう」

実は由良乃は早い段階で、そんなことを念押ししていた。

「杖術はご覧のように手の内で素早く滑らせることが肝となります。ですが天秤棒の形と太さでは、それがままならない。それでもいくつもの技を知っている、見たことがある、というのは重要です」

つまり剣に対してその弱点を徹底的に攻める杖術の技は、様々な局面で応用できるというのだ。
脚夫の勤め中もっとも手近な打撃武器になるのは郵便を振り分ける天秤棒だが、たとえば鍬の柄や箒、ともすれば木の枝などそこいらにあるものを瞬時に武器として扱うことも可能となる。
また得物の間合いに頼ることなく、長い物を短くも遣って自在な距離で柔軟に戦う胆力も重視していた。
身をもって体感するそんな教えの数々を、草介は随分と気に入ったようだった。
その点由良乃はいい師匠だったといえるだろう。

「されど草介、師に向かって”お由良ちゃん”では示しがつかぬぞ」
「だよなあ。かわいい顔しておっかねえからなあ」
「そういう意味ではない」
「おいらああいうツンとした感じのに弱えんだよなあ」
「………」

草介が打ち据えられながら稽古に励む日々は、いつしか二月ふたつき三月みつきと過ぎていった。
その間にも瀬乃神宮を経由してもたらされる御留郵便は絶えることなく、隼人と草介ばかりでなく時には由良乃もともに書状や物品を届ける任務をこなすようになっていた。

そんなある日、由良乃が緊迫した面持ちで足早に隼人の元を訪れた。

「片倉先生」

手には一通の書状を携えている。
隼人はそれを見やるとぴくりと片眉を上げ、押し戴くように受け取って丁寧に文を開いた。
気を利かせて席を外そうとした草介を手で制し、由良乃にも見えるよう日の光にかざす。

「……なんでえこりゃあ」

草介がとぼけた声を出したその先には、線と点のみが記された奇妙な手紙。

「モールスだ。暗号ではない」

文面に目を走らせながら隼人が説く。
電信はすでにあったが傍受を防ぐため、御留郵便御用ではまず使わない連絡方法だった。

「“M機関”。我らの雇い主からだ」

ぽかんとする草介に由良乃が軽く頷いて、

「御留郵便を統括する、政府の特務機関です」

と短く補足した。
文面を追うごとに隼人の表情は険しくなり、読み終えるなり草介と由良乃の二人を真っすぐに見据えた。

「ついに帯刀が御禁制となるそうだ。ついては士族の反発を抑えるため、ある書状を届けよとのこと。由良乃どのと草介も共に向かうようお達しだ」

九州へ発つぞ――。

時は明治9年(1876年)、3月弥生を迎えたばかりのことだった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!??? そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

札束艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 生まれついての勝負師。  あるいは、根っからのギャンブラー。  札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。  時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。  そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。  亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。  戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。  マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。  マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。  高オクタン価ガソリン製造プラントもまるごと買い取り。  科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

処理中です...