王子と公爵令嬢の駆け落ち

七辻ゆゆ

文字の大きさ
6 / 21

6

しおりを挟む
 王が倒れ、危険な状態にあるという情報は、公爵派にもすぐに伝わった。下位貴族ばかりの王家など、話が漏れないはずがない。

「ようやく元凶にも終わりが来たということか」

 ミラッダ公爵は深い皺を歪めて微笑み、グラスを掲げた。
 長かった。半分平民の王、彼が王位についたことから、全ては始まった。たとえ平民の母を持つ王子がいたところで、他の王子が即位するなら何の問題もなかったのだ。
 だが正当なる王妃の子を押しのけて、王となってしまった。

 すべてはそこからだ。

「ようやく、ようやくですな。彼らも出来の悪い王子の対応に手を取られ、気を抜いたのでしょう」
「はっ、だとしたら、なんとも可哀想なことだ。敵はまさに身内ということか」
「マリーエ王妃の血も、平民の愚かな血をすすぎきれなかったものと見える」

 今日もツァンテリは表情を変えることなく、話し合いの食卓についている。冷えてもやわらかい肉をナイフが丁寧に、じっくりと、音を立てずに切り裂く。時間をかけて彼女はそれを咀嚼した。

 王へ暗殺者を差し向けるようなことは、もう何度も、日課のように行われてきた。そして王はそれを切り抜けてきたのだ。
 必ず毒見がいたし、護衛もいた。周囲に置くものの中に裏切り者はいなかった。注意深い以上に嗅覚が優れていたのかもしれないし、単に運がよかったのかもしれない。

「王家の悪運も尽きた。これより我らの時代だ」
「おう!」
「しかし、こうなれば、あの凡庸王子も早いうちになんとかしなければ」
「ああ、もはや期待する価値もない。それに、まさかこれだけ早く婚約を決めるとは」
「なんとしても次代を産むつもりだろう。恥知らずめ」

 王が倒れた情報とともにもたらされたのが、王子の婚約だ。
 こんな時にと眉を潜めるタイミングだが、もし王が倒れてすぐに亡くなってしまっていたら、さすがになかった話だろう。そういう意味では、王の命があることは王家派にとってわずかな幸いだった。

 アベルト王子の新しい婚約者は、サティ男爵令嬢だった。
 乳母の娘だという。ツァンテリは王子の乳母が男爵夫人だったことに驚いたが、王はやはり人を見る目はあったのかもしれない。乳母を抱き込むことができれば、王子は簡単に亡き者とされていたのだから。

 ツァンテリは上品にワインを飲みながら、もう実質、彼らは夫婦のような暮らしをしているのかもしれないと思った。
 王がいなくなれば、アベルト王子は唯一の王家のものだ。跡取りをすぐに求めても不思議ではない。

 想像してみようとしたが上手くいかない。

 アベルト王子について、ツァンテリはほとんど何も知らないのだ。どういったものを好み、どんなふうに女性に対応して、どんなふうに笑うのか、知らない。
 だから彼と男爵令嬢のことも想像できない。

 ただ、一緒にいられることは羨ましいと思った。
 隣にいたときの安心感は、他の誰ももたらしてくれない。

「ツァンテリ、前のとは違って、次の婚約者はきちんとした血筋の男だ。安心して彼に従いなさい」
「はい、お祖父様」

 何も聞いていなかったが、自分の婚約の話が始まっていたらしい。どうであれツァンテリは頷くだけだった。
 何も期待などしていない。
 ただ、やはりアベルトのことを思っていた。

「さて、めでたい話はここまでだ。みな気を引き締めて聞いてくれ。トゥンテ辺境伯領地の国境に、アズラージアの兵が集まっている。国境を超えてくるわけではないが、こちらを伺っているそうだ」
「そんな」
「攻めてくるつもりなのか!?」
「まだそこまでの段階ではない。辺境伯も話し合いを試みている。しかし、物資を持ち込み、基地を築こうとしている様子があるようだ」

「王が倒れたことを知ったのか……?」
「かもしれないな。王家は隠しているつもりのようだが、こちらも簡単に知れた情報だ」
「役立たずどもめ……」

 さんざん無能無能と王家を馬鹿にしている彼らだが、実際に無能すぎると困るのだ。せめて他国の侵略を阻止する程度はしてもらわなければ。

「だがこれは好機でもある!」

 公爵は力強く言った。

「他国の侵略を退けたとなれば、国民は必ず味方につく。その者こそが次の王にふさわしい」
「な、なるほど」
「間違いない!」
「だが、損害が出ては……」

「なに、国境に兵を集め勇を見せれば、アズラージアの兵などすごすごと引き下がるだろう。もし国境を超えてきたとしても、所詮は小国の兵、苦も無く打ち取れるはずだ」

 彼の目には輝かしい未来が見えているのだろう。公爵は孫娘に向かって言った。

「ツァンテリ、将来の夫とともに辺境へ行け。なに、おまえはついていくだけで良い。おかしなことはするなよ。次の王を産む大事な体なのだから」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。

佐藤 美奈
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」 弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。 結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。 それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。 非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……

【完結】白い結婚はあなたへの導き

白雨 音
恋愛
妹ルイーズに縁談が来たが、それは妹の望みでは無かった。 彼女は姉アリスの婚約者、フィリップと想い合っていると告白する。 何も知らずにいたアリスは酷くショックを受ける。 先方が承諾した事で、アリスの気持ちは置き去りに、婚約者を入れ換えられる事になってしまった。 悲しみに沈むアリスに、夫となる伯爵は告げた、「これは白い結婚だ」と。 運命は回り始めた、アリスが辿り着く先とは… ◇異世界:短編16話《完結しました》

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

完結  やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね

ポチ
恋愛
卒業式も終わり 卒業のお祝い。。 パーティーの時にソレは起こった やっぱり。。そうだったのですね、、 また、愛する人は 離れて行く また?婚約者は、1人目だけど。。。

お飾りの側妃となりまして

秋津冴
恋愛
 舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。  歴史はあるが軍事力がないアート王国。  軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。  歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。  そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。  テレンスは帝国の第二皇女。  アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。  王は病で死んでしまう。  新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。  その相手は、元夫の義理の息子。  現王太子ラベルだった。  しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。  他の投稿サイトにも、掲載しております。

【完結】貴方が好きなのはあくまでも私のお姉様

すだもみぢ
恋愛
伯爵令嬢であるカリンは、隣の辺境伯の息子であるデュークが苦手だった。 彼の悪戯にひどく泣かされたことがあったから。 そんな彼が成長し、年の離れたカリンの姉、ヨーランダと付き合い始めてから彼は変わっていく。 ヨーランダは世紀の淑女と呼ばれた女性。 彼女の元でどんどんと洗練され、魅力に満ちていくデュークをカリンは傍らから見ていることしかできなかった。 しかしヨーランダはデュークではなく他の人を選び、結婚してしまう。 それからしばらくして、カリンの元にデュークから結婚の申し込みが届く。 私はお姉さまの代わりでしょうか。 貴方が私に優しくすればするほど悲しくなるし、みじめな気持ちになるのに……。 そう思いつつも、彼を思う気持ちは抑えられなくなっていく。 8/21 MAGI様より表紙イラストを、9/24にはMAGI様の作曲された この小説のイメージソング「意味のない空」をいただきました。 https://www.youtube.com/watch?v=L6C92gMQ_gE MAGI様、ありがとうございます! イメージが広がりますので聞きながらお話を読んでくださると嬉しいです。

愚か者は幸せを捨てた

矢野りと
恋愛
相思相愛で結ばれた二人がある日、分かれることになった。夫を愛しているサラは別れを拒んだが、夫であるマキタは非情な手段でサラとの婚姻関係そのものをなかったことにしてしまった。 だがそれは男の本意ではなかった…。 魅了の呪縛から解き放たれた男が我に返った時、そこに幸せはなかった。 最愛の人を失った男が必死に幸せを取り戻そうとするが…。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える

土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。 そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。 彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。 王族の結婚とは。 王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。 王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。 ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

処理中です...