7 / 21
7
しおりを挟む
「アズラージアの兵が……?」
「ええ、そうよアベルト殿下。今こそ天意を試すとき。すぐに出兵して、他国の蛮族共に目にもの見せるべきよ!」
馬鹿な、とアベルトは口から出るところだった。
「国境は、アズラージアにとっても国境だ。多くの兵を派遣して刺激するようなことは……」
「まあ、なんて弱気! 殿下、いけないわ。だって殿下は次の王様でしょう?」
信じがたい気分でアベルトは目の前の女を見る。
サティ男爵令嬢は騒がしく、利己的なところもあったが、こうまで好戦的なところを見せたことはない。最低限、自分をわきまえていたはずだ。
「心配はいらないわ。出兵の準備はもうとっくにしてあるから。こんな気の利く婚約者を持って、殿下は幸せ者よ」
「……」
「さあ殿下、出兵の挨拶を」
「どうぞご武運を!」
笑顔の人々に囲まれて、アベルトは悟らざるを得なかった。
彼らの目は笑っていない。彼らは、アベルトが裏切り者だと知っているのだ。
父が倒れたことで、そうかもしれないとは思っていた。あの夜の会話から、すぐに父は倒れた。原因不明の病気とされているが恐らく毒だろう。
あの会話を聞かれていたに違いない。
彼らが毒を盛ったのだとは考えたくない。だが、毒から王を守らなくなったのなら、結果は同じことだ。
「……」
「なんて素晴らしい日!」
絶句するアベルトに、サティは底抜けに楽しそうだ。しかしその目はやはり笑っていない。どこともわからない空虚を見ているかのようだ。
アベルトはあとずさった。
「さあ」
「さあ」
「さあ、殿下!」
今までアベルトを支えてくれていたはずの人たちが、背中を押す。地獄へと突き落とす。
(いや……今までだって)
アベルトをただ神輿として扱ってきた人々だった。しかしそれでも、実際にこうした扱いを受けることはつらかった。
本当に、彼らにとってアベルトは人間ではなかったのだろう。
「まあ、なんて顔をしているの。大丈夫よ、穢れた結婚から生まれたのは殿下のせいじゃないものね?」
穢れた結婚とは、アベルトの両親の政略結婚のことだ。
彼らは前王が平民と子をなしたことを、真実の愛と褒め称えている。そうして生まれた王だというのに、愛してもいない相手と結婚したのを忌々しく思っているのだ。
「あの女、ブスのツァンテリと婚約させられたことも、可哀想だと思っているの。だからチャンスをあげる」
アベルトにとって、今、目の前にいるサティの表情こそが、耐え難いほど醜かった。彼女は王子であるアベルトを自分より下に見ている。そしてそれに喜びを感じているのだった。
「あのブスも国境に行くそうよ? だから、殺してきて」
「……」
「ツァンテリを、殺すの。そうして愛を証明して。……そしたら私の夫として生きることは許してあげる。嬉しいでしょ?」
「ええ、そうよアベルト殿下。今こそ天意を試すとき。すぐに出兵して、他国の蛮族共に目にもの見せるべきよ!」
馬鹿な、とアベルトは口から出るところだった。
「国境は、アズラージアにとっても国境だ。多くの兵を派遣して刺激するようなことは……」
「まあ、なんて弱気! 殿下、いけないわ。だって殿下は次の王様でしょう?」
信じがたい気分でアベルトは目の前の女を見る。
サティ男爵令嬢は騒がしく、利己的なところもあったが、こうまで好戦的なところを見せたことはない。最低限、自分をわきまえていたはずだ。
「心配はいらないわ。出兵の準備はもうとっくにしてあるから。こんな気の利く婚約者を持って、殿下は幸せ者よ」
「……」
「さあ殿下、出兵の挨拶を」
「どうぞご武運を!」
笑顔の人々に囲まれて、アベルトは悟らざるを得なかった。
彼らの目は笑っていない。彼らは、アベルトが裏切り者だと知っているのだ。
父が倒れたことで、そうかもしれないとは思っていた。あの夜の会話から、すぐに父は倒れた。原因不明の病気とされているが恐らく毒だろう。
あの会話を聞かれていたに違いない。
彼らが毒を盛ったのだとは考えたくない。だが、毒から王を守らなくなったのなら、結果は同じことだ。
「……」
「なんて素晴らしい日!」
絶句するアベルトに、サティは底抜けに楽しそうだ。しかしその目はやはり笑っていない。どこともわからない空虚を見ているかのようだ。
アベルトはあとずさった。
「さあ」
「さあ」
「さあ、殿下!」
今までアベルトを支えてくれていたはずの人たちが、背中を押す。地獄へと突き落とす。
(いや……今までだって)
アベルトをただ神輿として扱ってきた人々だった。しかしそれでも、実際にこうした扱いを受けることはつらかった。
本当に、彼らにとってアベルトは人間ではなかったのだろう。
「まあ、なんて顔をしているの。大丈夫よ、穢れた結婚から生まれたのは殿下のせいじゃないものね?」
穢れた結婚とは、アベルトの両親の政略結婚のことだ。
彼らは前王が平民と子をなしたことを、真実の愛と褒め称えている。そうして生まれた王だというのに、愛してもいない相手と結婚したのを忌々しく思っているのだ。
「あの女、ブスのツァンテリと婚約させられたことも、可哀想だと思っているの。だからチャンスをあげる」
アベルトにとって、今、目の前にいるサティの表情こそが、耐え難いほど醜かった。彼女は王子であるアベルトを自分より下に見ている。そしてそれに喜びを感じているのだった。
「あのブスも国境に行くそうよ? だから、殺してきて」
「……」
「ツァンテリを、殺すの。そうして愛を証明して。……そしたら私の夫として生きることは許してあげる。嬉しいでしょ?」
752
あなたにおすすめの小説
【完結】君を迎えに行く
とっくり
恋愛
顔だけは完璧、中身はちょっぴり残念な侯爵子息カインと、
ふんわり掴みどころのない伯爵令嬢サナ。
幼い頃に婚約したふたりは、静かに関係を深めていくはずだった。
けれど、すれ違いと策略により、婚約は解消されてしまう。
その別れが、恋に鈍いカインを少しずつ変えていく。
やがて彼は気づく。
あの笑顔の奥に、サナが隠していた“本当の想い”に――。
これは、不器用なふたりが、
遠回りの先で見つけた“本当の気持ち”を迎えに行く物語
「女友達と旅行に行っただけで別れると言われた」僕が何したの?理由がわからない弟が泣きながら相談してきた。
佐藤 美奈
恋愛
「アリス姉さん助けてくれ!女友達と旅行に行っただけなのに婚約しているフローラに別れると言われたんだ!」
弟のハリーが泣きながら訪問して来た。姉のアリス王妃は突然来たハリーに驚きながら、夫の若き国王マイケルと話を聞いた。
結婚して平和な生活を送っていた新婚夫婦にハリーは涙を流して理由を話した。ハリーは侯爵家の長男で伯爵家のフローラ令嬢と婚約をしている。
それなのに婚約破棄して別れるとはどういう事なのか?詳しく話を聞いてみると、ハリーの返答に姉夫婦は呆れてしまった。
非常に頭の悪い弟が常識的な姉夫婦に相談して婚約者の彼女と話し合うが……
愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。
桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。
それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。
一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。
いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。
変わってしまったのは、いつだろう。
分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。
******************************************
こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏)
7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。
婚約破棄した王子は年下の幼馴染を溺愛「彼女を本気で愛してる結婚したい」国王「許さん!一緒に国外追放する」
佐藤 美奈
恋愛
「僕はアンジェラと婚約破棄する!本当は幼馴染のニーナを愛しているんだ」
アンジェラ・グラール公爵令嬢とロバート・エヴァンス王子との婚約発表および、お披露目イベントが行われていたが突然のロバートの主張で会場から大きなどよめきが起きた。
「お前は何を言っているんだ!頭がおかしくなったのか?」
アンドレア国王の怒鳴り声が響いて静まった会場。その舞台で親子喧嘩が始まって収拾のつかぬ混乱ぶりは目を覆わんばかりでした。
気まずい雰囲気が漂っている中、婚約披露パーティーは早々に切り上げられることになった。アンジェラの一生一度の晴れ舞台は、婚約者のロバートに台なしにされてしまった。
私は王子の婚約者にはなりたくありません。
黒蜜きな粉
恋愛
公爵令嬢との婚約を破棄し、異世界からやってきた聖女と結ばれた王子。
愛を誓い合い仲睦まじく過ごす二人。しかし、そのままハッピーエンドとはならなかった。
いつからか二人はすれ違い、愛はすっかり冷めてしまった。
そんな中、主人公のメリッサは留学先の学校の長期休暇で帰国。
父と共に招かれた夜会に顔を出すと、そこでなぜか王子に見染められてしまった。
しかも、公衆の面前で王子にキスをされ逃げられない状況になってしまう。
なんとしてもメリッサを新たな婚約者にしたい王子。
さっさと留学先に戻りたいメリッサ。
そこへ聖女があらわれて――
婚約破棄のその後に起きる物語
完結 やっぱり貴方は、そちらを選ぶのですね
ポチ
恋愛
卒業式も終わり
卒業のお祝い。。
パーティーの時にソレは起こった
やっぱり。。そうだったのですね、、
また、愛する人は
離れて行く
また?婚約者は、1人目だけど。。。
婚約解消の理由はあなた
彩柚月
恋愛
王女のレセプタントのオリヴィア。結婚の約束をしていた相手から解消の申し出を受けた理由は、王弟の息子に気に入られているから。
私の人生を壊したのはあなた。
許されると思わないでください。
全18話です。
最後まで書き終わって投稿予約済みです。
お飾りの側妃となりまして
秋津冴
恋愛
舞台は帝国と公国、王国が三竦みをしている西の大陸のど真ん中。
歴史はあるが軍事力がないアート王国。
軍事力はあるが、歴史がない新興のフィラー帝国。
歴史も軍事力も国力もあり、大陸制覇を目論むボッソ公国。
そんな情勢もあって、帝国と王国は手を組むことにした。
テレンスは帝国の第二皇女。
アート王ヴィルスの第二王妃となるために輿入れしてきたものの、互いに愛を感じ始めた矢先。
王は病で死んでしまう。
新しく王弟が新国王となるが、テレンスは家臣に下賜されてしまう。
その相手は、元夫の義理の息子。
現王太子ラベルだった。
しかし、ラベルには心に思う相手がいて‥‥‥。
他の投稿サイトにも、掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる