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少しだけ
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家に帰りシャワーを浴びた緒川支部長は、部屋着に着替えて眼鏡を掛け、新聞を手にソファーに倒れ込むようにして身を沈めた。
家で一人になると、愛美の事で胸も頭もいっぱいで、何も手につかない。
いくら新聞の文字を目で追っても、何も頭に入って来ない。
愛美は今頃どうしているだろう?
愛美と高瀬FPが楽しそうに笑いながらひとつの傘に寄り添って歩く姿を想像すると、激しく苛立って胸がモヤモヤした。
あの後はまっすぐ帰ったのかとか、もしかしたらいい雰囲気になって今も一緒にいるんじゃないかなどと考え、嫉妬でおかしくなってしまいそうになる。
だけど約束を守れず愛想をつかされてしまった自分には、愛美を責める資格などない。
愛美を好きな気持ちに変わりはないけれど、悲しませるくらいなら潔くあきらめた方がいい。
頭ではそう思っているのに、できることなら愛美と一緒にいたいし、愛美を誰にも渡したくない。
そんな事を言う勇気もないくせに、往生際の悪い自分に嫌気がさした。
もう寝てしまおうとソファーからノロノロと立ち上がった時、スマホの着信音が鳴った。
スマホの画面にはマスターの名前と電話番号が表示されている。
緒川支部長はこんな時間になんだろうと思いながら電話に出た。
「もしもし?」
『おぅ政弘。もう帰ってるか?』
「はい。もう寝ようかと思ってたところです」
『じゃあもう少しだけ起きて待ってろ。昨日実家から送ってきたリンゴ、今から届けるから。いいな?』
「はぁ……わかりました」
緒川支部長は首をかしげながら電話を切った。
まだ店を閉める時間でもないのに今から届けるという事は、今夜はあまりにも暇だから店を早じまいして、その帰りに寄るつもりなのかも知れない。
そんなことを考えながら再びソファーに身を沈めた。
10分ほど経った頃、緒川支部長の部屋のチャイムが鳴った。
緒川支部長はマスターが来たのだと思いながら、インターホンのカメラモニターも確認せず、玄関のドアを開けた。
しかしそこにはマスターではなく、リンゴの入ったビニール袋を手に提げた愛美が立っていた。
「え……愛美……?」
緒川支部長は愛美の事を考えすぎてついに幻覚でも見え始めたのかとか、もしかして自分はすでに眠っていて、夢を見ているんじゃないかなどと思いながら、しばし呆然と立ち尽くす。
愛美は気まずそうに目をそらしてビニール袋を差し出した。
「これ……マスターに頼まれたので……」
「あ……うん……。ありがとう……」
どうやら夢でも幻でもないらしい。
緒川支部長が差し出された袋を受け取ろうと手を伸ばした時、愛美がためらいがちに口を開いた。
「あの……この間は……看病してくださって、ありがとうございました……」
「え?ああ、うん……」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので、緒川支部長が戸惑いながら袋を受け取ると、愛美はうつむいたまま小さな声を絞り出す。
「……ちゃんと話も聞かないで……ひどいことばっかり言って、ごめんなさい……」
それだけ言って頭を下げると、逃げるようにその場を離れようとした愛美の手を、緒川支部長は慌てて掴んだ。
「愛美、待って」
緒川支部長は掴んだ手を引き寄せ、愛美を思いきり抱きしめた。
「ごめん……少しだけ、このままでいさせて……」
愛美は緒川支部長の腕の中で、温もりと鼓動が伝わってくるのを感じていた。
緒川支部長の大きな体にすっぽりと包まれていると、あたたかくて心地がよくて、ずっとこうしていて欲しいような気持ちになる。
「ごめん……。愛美が俺の事なんか大嫌いなのも、迷惑なのもわかってるけど……これで最後にするから……」
緒川支部長の言葉と優しい声に、愛美の目から涙が溢れた。
(バカ……私がその声で聞きたいのは、そんな言葉じゃないよ……)
小さく肩を震わせて涙を流している愛美に気付いた緒川支部長は、困った顔をして手を離した。
「ごめん……。俺にこうされるの、泣くほどイヤだった……?」
「イヤです……」
「やっぱり……?ホントにごめん……」
「離したら、イヤです……」
「そっか。離したら……え?」
今度は幻聴でも聞いているのかと、緒川支部長は首を傾げている。
愛美は緒川支部長の広くて温かい胸に顔をうずめた。
「私が聞きたいのは『ごめん』じゃありません……。『これで最後』は……もっと聞きたくない……」
緒川支部長はおずおずと愛美の背中に腕を回して、包み込むように優しく抱きしめた。
そして、大きな手で愛しそうに愛美の髪を撫でた。
「俺は……愛美が好きです。大好きです。離したくない……。めちゃくちゃ大事にするから、ずっと俺のそばにいてくれますか?」
耳のそばで優しく囁く甘い声に、愛美は涙を流しながらうなずいた。
「ホントに大事にして下さいよ……?」
「約束する。この約束だけは何があっても守る」
「じゃあ……この間のドタキャンは許してあげます」
愛美が顔を上げて微笑むと、緒川支部長は心底ホッとした様子で嬉しそうに笑った。
「そのかわり、今度ちゃんとデートして下さいね」
「うん、もちろん!」
愛美はまた緒川支部長が人懐こく尻尾を振る大型犬のように見えて、思わずクスッと笑う。
「それから……もう一度、言ってくれます?」
「ん……?」
緒川支部長は優しく微笑み、指先で愛美の頬を濡らす涙を拭って耳元に唇を寄せた。
「めちゃくちゃ大事にするから、ずっと俺のそばにいて。大好きだよ、愛美。絶対離さない」
特別甘くて優しい声で囁いて、緒川支部長は愛美の柔らかい唇にそっと口付けた。
(私も好きです……政弘さん……)
声に出して伝えるのはまだ照れくさくて、愛美は心の中でそう言って『政弘さん』の広い背中に腕を回した。
家で一人になると、愛美の事で胸も頭もいっぱいで、何も手につかない。
いくら新聞の文字を目で追っても、何も頭に入って来ない。
愛美は今頃どうしているだろう?
愛美と高瀬FPが楽しそうに笑いながらひとつの傘に寄り添って歩く姿を想像すると、激しく苛立って胸がモヤモヤした。
あの後はまっすぐ帰ったのかとか、もしかしたらいい雰囲気になって今も一緒にいるんじゃないかなどと考え、嫉妬でおかしくなってしまいそうになる。
だけど約束を守れず愛想をつかされてしまった自分には、愛美を責める資格などない。
愛美を好きな気持ちに変わりはないけれど、悲しませるくらいなら潔くあきらめた方がいい。
頭ではそう思っているのに、できることなら愛美と一緒にいたいし、愛美を誰にも渡したくない。
そんな事を言う勇気もないくせに、往生際の悪い自分に嫌気がさした。
もう寝てしまおうとソファーからノロノロと立ち上がった時、スマホの着信音が鳴った。
スマホの画面にはマスターの名前と電話番号が表示されている。
緒川支部長はこんな時間になんだろうと思いながら電話に出た。
「もしもし?」
『おぅ政弘。もう帰ってるか?』
「はい。もう寝ようかと思ってたところです」
『じゃあもう少しだけ起きて待ってろ。昨日実家から送ってきたリンゴ、今から届けるから。いいな?』
「はぁ……わかりました」
緒川支部長は首をかしげながら電話を切った。
まだ店を閉める時間でもないのに今から届けるという事は、今夜はあまりにも暇だから店を早じまいして、その帰りに寄るつもりなのかも知れない。
そんなことを考えながら再びソファーに身を沈めた。
10分ほど経った頃、緒川支部長の部屋のチャイムが鳴った。
緒川支部長はマスターが来たのだと思いながら、インターホンのカメラモニターも確認せず、玄関のドアを開けた。
しかしそこにはマスターではなく、リンゴの入ったビニール袋を手に提げた愛美が立っていた。
「え……愛美……?」
緒川支部長は愛美の事を考えすぎてついに幻覚でも見え始めたのかとか、もしかして自分はすでに眠っていて、夢を見ているんじゃないかなどと思いながら、しばし呆然と立ち尽くす。
愛美は気まずそうに目をそらしてビニール袋を差し出した。
「これ……マスターに頼まれたので……」
「あ……うん……。ありがとう……」
どうやら夢でも幻でもないらしい。
緒川支部長が差し出された袋を受け取ろうと手を伸ばした時、愛美がためらいがちに口を開いた。
「あの……この間は……看病してくださって、ありがとうございました……」
「え?ああ、うん……」
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので、緒川支部長が戸惑いながら袋を受け取ると、愛美はうつむいたまま小さな声を絞り出す。
「……ちゃんと話も聞かないで……ひどいことばっかり言って、ごめんなさい……」
それだけ言って頭を下げると、逃げるようにその場を離れようとした愛美の手を、緒川支部長は慌てて掴んだ。
「愛美、待って」
緒川支部長は掴んだ手を引き寄せ、愛美を思いきり抱きしめた。
「ごめん……少しだけ、このままでいさせて……」
愛美は緒川支部長の腕の中で、温もりと鼓動が伝わってくるのを感じていた。
緒川支部長の大きな体にすっぽりと包まれていると、あたたかくて心地がよくて、ずっとこうしていて欲しいような気持ちになる。
「ごめん……。愛美が俺の事なんか大嫌いなのも、迷惑なのもわかってるけど……これで最後にするから……」
緒川支部長の言葉と優しい声に、愛美の目から涙が溢れた。
(バカ……私がその声で聞きたいのは、そんな言葉じゃないよ……)
小さく肩を震わせて涙を流している愛美に気付いた緒川支部長は、困った顔をして手を離した。
「ごめん……。俺にこうされるの、泣くほどイヤだった……?」
「イヤです……」
「やっぱり……?ホントにごめん……」
「離したら、イヤです……」
「そっか。離したら……え?」
今度は幻聴でも聞いているのかと、緒川支部長は首を傾げている。
愛美は緒川支部長の広くて温かい胸に顔をうずめた。
「私が聞きたいのは『ごめん』じゃありません……。『これで最後』は……もっと聞きたくない……」
緒川支部長はおずおずと愛美の背中に腕を回して、包み込むように優しく抱きしめた。
そして、大きな手で愛しそうに愛美の髪を撫でた。
「俺は……愛美が好きです。大好きです。離したくない……。めちゃくちゃ大事にするから、ずっと俺のそばにいてくれますか?」
耳のそばで優しく囁く甘い声に、愛美は涙を流しながらうなずいた。
「ホントに大事にして下さいよ……?」
「約束する。この約束だけは何があっても守る」
「じゃあ……この間のドタキャンは許してあげます」
愛美が顔を上げて微笑むと、緒川支部長は心底ホッとした様子で嬉しそうに笑った。
「そのかわり、今度ちゃんとデートして下さいね」
「うん、もちろん!」
愛美はまた緒川支部長が人懐こく尻尾を振る大型犬のように見えて、思わずクスッと笑う。
「それから……もう一度、言ってくれます?」
「ん……?」
緒川支部長は優しく微笑み、指先で愛美の頬を濡らす涙を拭って耳元に唇を寄せた。
「めちゃくちゃ大事にするから、ずっと俺のそばにいて。大好きだよ、愛美。絶対離さない」
特別甘くて優しい声で囁いて、緒川支部長は愛美の柔らかい唇にそっと口付けた。
(私も好きです……政弘さん……)
声に出して伝えるのはまだ照れくさくて、愛美は心の中でそう言って『政弘さん』の広い背中に腕を回した。
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