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犬と獣(ケダモノ)
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翌日。
いつものように出社した愛美は、ゆうべの事を思い出すと甘くて照れくさい気持ちになり、少しドキドキしながら支部のドアを開けた。
緒川支部長は難しい顔をしてパソコン画面を眺めている。
「おはようございます」
「おはよう」
いつも通り顔を上げもせずに挨拶をする緒川支部長に、愛美は思わずムッとした。
職場なのだから当たり前かとは思うものの、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
休憩スペースの掃除を終え、内勤パソコンを開いて支社からの業務連絡を確認していると、緒川支部長が内勤席のそばにやって来て、書類の束をドサッとデスクの上に置いた。
「菅谷、これ大至急、支社にデータ送信しといて」
「……わかりました」
ニコリともせず大量の仕事を任せてサッサと席に戻る緒川支部長の背中を、愛美はイラッとしながらにらみつけた。
(やっぱ支部長なんか嫌い!!)
夕方。
定時に仕事を終えて何事もなく自宅に帰り着いた愛美は、キッチンで夕飯の準備をしていた。
ジャガイモ、人参、玉ねぎ、しめじ、鶏胸肉を煮込み、シチューのルーを入れて溶かし、仕上げに牛乳とコーンも入れてまた煮込む。
鍋からは美味しそうな湯気が上がっている。
無性にシチューが食べたくなって久しぶりに作ったら、少々作り過ぎてしまったようだ。
こんなにたくさんの量だと、食べきるには何日かかるだろうと思いながらお玉でシチューをかき混ぜていると、スマホの着信音が鳴った。
テーブルの上のスマホの画面に映る名前を見て愛美は笑みを浮かべる。
「もしもし……」
『もしもし愛美?今家にいる?』
緒川支部長の優しい声が電話越しに耳に響くと、すぐそばで話し掛けられているようでドキドキする。
「はい、家にいます」
「あのさ……柿、好き?」
「果物の柿ですか?大好きですよ」
「良かった。お客さんに柿をもらったんだけどね……こんなにたくさん一人で食べきれないから、今から持って行ってもいいかな?」
愛美はコンロの火を止め、少し考える。
「いいですけど……晩御飯、もう済みました?」
「いや、まだだよ。さっき帰ったとこだから」
「私もこれからなので……良かったら、晩御飯一緒にどうですか?」
ほんの一瞬間があってから、緒川支部長の嬉しそうな声が聞こえた。
「うん!それじゃ、急いでシャワー浴びてから行くよ」
電話を切ってから、愛美は緒川支部長の嬉しそうな声を思い出して、一人でクスクス笑った。
(なんかかわいい……。ホント別人……)
緒川支部長は電話を切って慌ててバスルームに飛び込み、嬉しそうに口元をゆるめながらシャワーを浴びる。
昨日、愛美からハッキリとした言葉では気持ちを聞けなかったけれど、こちらの気持ちを受け入れてくれた事が嬉しかった。
もっと一緒にいたいと言う気持ちはあったものの、夜も遅く次の日も仕事があるので、そのまま車で家まで送り届けた。
本当は帰り際に『明日の夜、仕事が終わったら会おう』と言おうかと思った。
しかし予定外の仕事で帰りが遅くなったらまた愛美を待たせてがっかりさせてしまうと思うと言い出せなかった。
約束もできないままで朝からいつも通りに出社したけれど、やはり支部で顔を合わせた愛美の目は冷たく、仕事中の自分の事はやっぱり嫌いなんだなとか、それでも普段の自分の事は好きになってもらえるだろうかとか、自信がなくて落ち込みそうになった。
それでもなんとか平静を装って仕事をこなし、夕方に訪れたお客さん宅で、お茶と一緒に美味しい柿をご馳走になった。
その家の庭の木になったと言う甘くて美味しい柿をたくさんもらったので、支部で職員に配ろうかとも思ったけれど、全員に行き渡る数には足りず、誰かに剥いてもらって夕礼の後にでもみんなで食べようかと思った時、愛美の家を突然訪れる口実になりはしないかと思い付いた。
仕事中は嫌われているのは明らかだし、ハッキリした気持ちを聞いていない事もあって、愛美の事を『恋人』と言ってもいいのか、まだ自信がない。
本当は毎日だって会いたい気持ちはあるけれど、約束もせず突然会おうと言っても迷惑がられはしないだろうかと不安になる。
だけど今日は運良く仕事が早く終わり、いつもよりかなり早く会社を出る事ができたので、さりげなく愛美に会いに行こうと決めた。
急いで家に帰り、ほんの少しでも会えればと思いながら愛美に電話をすると、愛美の方から食事に誘ってくれた。
もしかしたら『急に言われても無理』と行って会うのを断られるかもと思っていただけに、愛美からの食事の誘いは余計に嬉しかった。
緒川支部長はシャワーを済ませて普段着に着替えると、濡れた髪を適当にタオルで拭いて眼鏡を掛け、柿の入ったビニール袋を手に胸を弾ませながら愛美の家に向かって車を走らせた。
いつものように出社した愛美は、ゆうべの事を思い出すと甘くて照れくさい気持ちになり、少しドキドキしながら支部のドアを開けた。
緒川支部長は難しい顔をしてパソコン画面を眺めている。
「おはようございます」
「おはよう」
いつも通り顔を上げもせずに挨拶をする緒川支部長に、愛美は思わずムッとした。
職場なのだから当たり前かとは思うものの、なんだか肩透かしを食らった気分だ。
休憩スペースの掃除を終え、内勤パソコンを開いて支社からの業務連絡を確認していると、緒川支部長が内勤席のそばにやって来て、書類の束をドサッとデスクの上に置いた。
「菅谷、これ大至急、支社にデータ送信しといて」
「……わかりました」
ニコリともせず大量の仕事を任せてサッサと席に戻る緒川支部長の背中を、愛美はイラッとしながらにらみつけた。
(やっぱ支部長なんか嫌い!!)
夕方。
定時に仕事を終えて何事もなく自宅に帰り着いた愛美は、キッチンで夕飯の準備をしていた。
ジャガイモ、人参、玉ねぎ、しめじ、鶏胸肉を煮込み、シチューのルーを入れて溶かし、仕上げに牛乳とコーンも入れてまた煮込む。
鍋からは美味しそうな湯気が上がっている。
無性にシチューが食べたくなって久しぶりに作ったら、少々作り過ぎてしまったようだ。
こんなにたくさんの量だと、食べきるには何日かかるだろうと思いながらお玉でシチューをかき混ぜていると、スマホの着信音が鳴った。
テーブルの上のスマホの画面に映る名前を見て愛美は笑みを浮かべる。
「もしもし……」
『もしもし愛美?今家にいる?』
緒川支部長の優しい声が電話越しに耳に響くと、すぐそばで話し掛けられているようでドキドキする。
「はい、家にいます」
「あのさ……柿、好き?」
「果物の柿ですか?大好きですよ」
「良かった。お客さんに柿をもらったんだけどね……こんなにたくさん一人で食べきれないから、今から持って行ってもいいかな?」
愛美はコンロの火を止め、少し考える。
「いいですけど……晩御飯、もう済みました?」
「いや、まだだよ。さっき帰ったとこだから」
「私もこれからなので……良かったら、晩御飯一緒にどうですか?」
ほんの一瞬間があってから、緒川支部長の嬉しそうな声が聞こえた。
「うん!それじゃ、急いでシャワー浴びてから行くよ」
電話を切ってから、愛美は緒川支部長の嬉しそうな声を思い出して、一人でクスクス笑った。
(なんかかわいい……。ホント別人……)
緒川支部長は電話を切って慌ててバスルームに飛び込み、嬉しそうに口元をゆるめながらシャワーを浴びる。
昨日、愛美からハッキリとした言葉では気持ちを聞けなかったけれど、こちらの気持ちを受け入れてくれた事が嬉しかった。
もっと一緒にいたいと言う気持ちはあったものの、夜も遅く次の日も仕事があるので、そのまま車で家まで送り届けた。
本当は帰り際に『明日の夜、仕事が終わったら会おう』と言おうかと思った。
しかし予定外の仕事で帰りが遅くなったらまた愛美を待たせてがっかりさせてしまうと思うと言い出せなかった。
約束もできないままで朝からいつも通りに出社したけれど、やはり支部で顔を合わせた愛美の目は冷たく、仕事中の自分の事はやっぱり嫌いなんだなとか、それでも普段の自分の事は好きになってもらえるだろうかとか、自信がなくて落ち込みそうになった。
それでもなんとか平静を装って仕事をこなし、夕方に訪れたお客さん宅で、お茶と一緒に美味しい柿をご馳走になった。
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仕事中は嫌われているのは明らかだし、ハッキリした気持ちを聞いていない事もあって、愛美の事を『恋人』と言ってもいいのか、まだ自信がない。
本当は毎日だって会いたい気持ちはあるけれど、約束もせず突然会おうと言っても迷惑がられはしないだろうかと不安になる。
だけど今日は運良く仕事が早く終わり、いつもよりかなり早く会社を出る事ができたので、さりげなく愛美に会いに行こうと決めた。
急いで家に帰り、ほんの少しでも会えればと思いながら愛美に電話をすると、愛美の方から食事に誘ってくれた。
もしかしたら『急に言われても無理』と行って会うのを断られるかもと思っていただけに、愛美からの食事の誘いは余計に嬉しかった。
緒川支部長はシャワーを済ませて普段着に着替えると、濡れた髪を適当にタオルで拭いて眼鏡を掛け、柿の入ったビニール袋を手に胸を弾ませながら愛美の家に向かって車を走らせた。
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