悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第二部

116.恋する淑女の恋愛相談

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―――丸天井のティーサロンは⋯⋯あったあった。

 エトワールの庭園は広大で、時々迷ってしまうことがある。
 私は昔から地図を読むのが苦手なのだ。

「ユリアーナ様ですね。どうぞ、こちらへ」

 ティーサロンには専用の侍女がいると聞いたことがあったが、まさか本当にいるとは。
 人気の理由が分かった気がする。
 中へ入ると、そこにはすでにエリィ姉さんとレティシア様がいた。
 待たせてしまったようで、申し訳ない。

「遅れてしまい、申し訳ございません」
「諸用があったのでしょう? エリアーナ様から聞いております」

 その言葉にほっと息をつく。
 レティシア様が寛容な人でよかった。

「魔法戦の準備は順調ですか?」
「なんとかなりそうです。エリィ姉さんは?」
「私も大丈夫。ペアの先輩がとっても優しくて安心してる。レティシア様はどうなのですか?」
「少し不安ですが⋯⋯相手の方が補佐専門とおっしゃっていたので、わたくしは攻撃担当になりました」
「えっ⋯⋯!?」

 魔法戦に関わらず、戦闘時には大きく分けて3つの担当がある。
 攻撃と防御と補佐だ。
 攻撃役は名前通り敵と戦う役割、防御役も同じく名前通り盾や結界で攻撃を防ぐ役割で、補佐役は攻撃と防御の半々といったところだ。

―――でも、レティシア様が攻撃担当って⋯⋯。

 攻撃にも様々な種類があるが、ペアが補佐となるとレティシア様は魔法剣などの武器を使った戦法をとるのだろう。
 もし魔法のみの攻撃ならペアの人は補佐役ではなく防御役のはずだ。

「レティシア様って、武器、使えるんですか?」
「意外ですか?」
「はい」

 レティシア様は淑やかな深層の令嬢だ。
 武器を握って戦うなんて⋯⋯想像もできない。

「ノーブル様が敵に襲撃された際に守れるようにと思いまして、数年前から習っているのです」
「へ、へぇ~」
―――あ、あれ? レティシア様ってこういうタイプだったっけ??

 もし塔に囚われたとき、助けを求めるのではなくその塔を自ら爆破するようなつよつよな令嬢だったとは⋯⋯全然知らなかった。

「ユリィ、知ってる? レティシア様って素性を隠して武術大会にも出てるんだよ~」
「え!?」
「⋯⋯なんで言うのですか、エリアーナ様」
「ユリィなら他の人に教えたりしないわよ。武術大会とか興味ないだろうし」
―――あぁ、うん。そうね。興味ないね。

 興味はないけど、レティシア様が出てるっていうなら見てみたいとは思うよ?
 エリィ姉さんの中で私はいつまで本好き馬鹿なのだろう。

―――でも。私だって、最近謎の仮面をつけた騎士が活躍してるとか、そういう情報ぐらいは知ってるもん。たしか『紫蘭の姫騎士』って通り名だっけ?
「でも、びっくりよね。淑女の鑑と称されるレティシア様があの麗しの紫蘭の姫騎士だなんて」
「!? ゴホッゴホッ⋯⋯!」
「わっ、ユリィ大丈夫?」
「だ、大丈夫大丈夫⋯⋯」

 驚きでお茶を吹き出してしまっただけだ。

―――え、いま、紫蘭の姫騎士って言った? レティシア様=紫蘭の姫騎士ってこと??

 紫蘭の姫騎士は相当な実力者だと聞く。
 もし本当なら、レティシア様は男のひとりやふたり、簡単に倒せるのではないだろうか。

―――普段はお淑やかな令嬢だけど、本当はめっちゃ強い姫騎士様⋯⋯なんか、ユリに似てる。

 ユリはいつも可愛い有能なメイドさんだが、戦闘になると大きな斧を振り回して戦う。
 最初はちょっとびっくりするけど、今はギャップと言うのか、推せる要素となっている。
 ユリは基本的にお出掛けするとき以外は私の前でしか姿を見せない(裏社会でステラになってるときは例外)。
 つまり、ユリは実質私のためだけに存在するアイドルだ!
 なんて贅沢、幸せ⋯⋯。
 と、愉悦につかっている間に、話は魔法戦での服装に移っていた。

「やっぱりオーダーメイドのほうがいいかしら」
「わたくしは強くおすすめします。魔法戦は試験も兼ねていますし、今回のを含め、3回行われますから。あぁでも、冬休み明けの他校との交流戦も含めれば6回ですね。いずれにせよ、オーダーメイドして損はないかと」
「そうよね⋯⋯。レティシア様はもう頼んだの?」
「はい。今回は公式で魔法戦を行うので、ノーブル様に恥じない、最高ランクのものを仕立ててもらいました。機能性はもちろん、見栄えもバッチリです」
「想い人にはかっこいいよりもかわいいって思われたいですもんね~」
「っ⋯⋯はい。いざというときはわたくしがノーブル様をお守りしますが、やはり、守られたいなと思うことも、その⋯⋯あり、ます」
「~~そういうの、大事だと思いますよ! 好きな人に守られて嬉しくない女の子なんて、いませんもの!」
「そう、でしょうか⋯⋯」
「ええ!」
「⋯⋯ありがとうございます、エリアーナ様。そう言っていただけて、とても嬉しいです」

 レティシア様は普段あまり人に見せない自然な笑みを浮かべる。
 それも、恋する女の子の表情《かお》をしている。

―――レティシア様はいつもキリッてしてるかっこいい令嬢だけど、親しい間柄の人にはこんなふうにかわいい姿を見せてくれるんだよね。

 特に恋する乙女なレティシア様は最高に可愛い。

「実はわたくし、おふたりに相談したいことがあるのです」
―――レティシア様が⋯⋯相談?
「レティシア様から相談されるのは珍しいですね。いったいなにがあったのですか?」

 エリィ姉さんに深く同意である。

「そんな、大したことではないのですが―――おふたりは“星詠みの夜”、どうするつもりですか?」
「星詠みの夜⋯⋯?」

 なんか聞いたことがある気がするのだが、思い出せない。
 星詠みの夜って、なんだっけ。

「ユリィ、知らないの? 星詠みの夜は夏休み前に行われる舞踏会だよ」
「えっ、舞踏会!?」

 思わず顔が引きつる。
 ダンスというより運動全般が苦手な私にとって舞踏会はできる限り避けたいものだが⋯⋯。

―――今回の魔法戦と同じで、試験も兼ねているんだろうなぁ。

 エトワールの行事で、しかも試験でもあるとなれば手は抜けない。

「⋯⋯面倒だけど、普通に踊るだけだと思いますよ」
「もうっ、ユリィったら。そういうことじゃないわよ」
「じゃあどういうこと?」
「当日に着るドレスについてに決まってるじゃない! そうなのでしょう、レティシア様?」

 エリィ姉さんの言葉にレティシア様が頷く。

―――ドレス⋯⋯ドレスねぇ⋯⋯。
「特に決めてませんね」
「えぇっ!?」
「え?」
「星詠みの夜まであと3ヶ月しかないのよ?」
「? そうだけど?」
「早くドレス頼まないと届かないじゃない!」
「買う必要なくない? 家にいっぱいあるし、それを使えば⋯⋯」
「全然よくない!!」

 エリィ姉さんの体が前のめりになる。
 そんなドレスごときで大袈裟な⋯⋯と思いつつ、そういやお貴族様って無駄な出費で財力を示すんだっけ、と思い出す。
 無駄は余裕の表れだ。
 常に平常心を持って振る舞うのが貴族というもので、爵位の高い家系ならなおさらそれは求められる。

―――お気に入りのもあるし、サイズが合わなくなるまでは着たいけど⋯⋯。

 いつも同じドレスばかり着るのは体裁が悪い。
 私の行動ひとつでリンドール公爵家の名に傷をつける可能性がある。
 そうなれば、お父様やお母様はもちろん、エリィ姉さんやフィルに影響が及ぶ。
 それは私の望むことではない。

「⋯⋯⋯⋯ごめんなさい」
「星詠みの夜のドレスはどうするのがいいのか、答えて」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯新しいのを買って、着ます」
「よろしい」

 エリィ姉さんにとってオシャレや体裁は、淑女であるための大切なことだ。
 ブライト殿下の隣に立つにふさわしい女性になるために毎日欠かさず努力したエリィ姉さんはすごい。
 その礼儀作法や振る舞いは高く評価されていて、まだ成人前なのに貴族の大人に囲まれてお茶会をすることも多い。

―――でもエリィ姉さんは「学べることがいっぱいあって楽しい」って言ってるんだよね。

 人の機嫌をうかがいながら偽りの仮面を貼り付けて何時間もお話するなんて⋯⋯私にはできない。
 エリィ姉さんと私では、そもそものお茶会に対する考え方が違う。

「エリアーナ様はブライト殿下とドレスを選んだのですよね」
「はい。入学式の日に、『一緒に見に行きたい』と言われて」
「ええっ!?」

 初耳だ。
 まさか、そんなことをしていただなんて。

―――私のエリィ姉さんがぁぁっ!!

 あのブライト様のことだ。
 色やデザインを似せたものを頼んだに違いない。
 一目見ればふたりが婚約者であると分かるように。

―――⋯⋯エリィ姉さんがブライト様に染められてるみたいで、すごくヤダ。

 これは嫉妬だ。
 とっても可愛くていい子で優しいエリィ姉さんが取られてるみたいで嫌なのだ。

―――でも、ブライト様は悪い人じゃないってこと、知ってる。

 昔は腹黒とかクソ王子とか言ってたけど、実際はそんな人ではない。
 策士で、少し意地悪で⋯⋯エリィ姉さんのことを誰よりも愛している人だと、私は知っている。

「話が逸れちゃいましたね。ごめんなさい。レティシア様はドレスについて悩んでいるのですよね?」
「大まかに言えばそうです。⋯⋯星詠みの夜の舞踏会では、婚約者がいる女性の場合、殿方に贈られたドレスを着るのが伝統らしいのです。そうなると必然的に婚約者同士の服装はお互いを意識したものになります」
「そうだったのですか? だからブライト様は私を⋯⋯」

 ぽっと頬を朱に染めるエリィ姉さん。
 ブライト様め、どこまで私のエリィ姉さんを好きにさせれば気が済むのだ。

「あっ。もしかして、レティシア様、ノーブル殿下から⋯⋯」
―――ノーブル殿下から⋯⋯?

 エリィ姉さんの言葉にレティシア様は頷く。

「ドレスを含め、装飾品の類の贈り物をもらったことがないのです」
「!」

 とても、とても悲しそうな、不安そうな声が、レティシア様の口から出た。

―――婚約者《すきなひと》からの贈り物、か。

 もらえたらどれほど嬉しいことだろう。
 少なくともレティシア様にとって、宝物になるに違いない。

―――でも、自分から「ドレスをほしい」と言うのは淑女らしくない。謙虚じゃない。だから、レティシア様は言わないでいる。

 欲深いだとか、我儘だとか、思われたくないのだろう。
 純粋な恋心から来る願いでも、受け手によってはそう解釈するかもしれない。
 そんな可能性もあるからレティシア様は悩んでいるのだ。

―――うーん、どうすればいいんだろう⋯⋯。
「そういうことなら私にお任せください、レティシア様」
「エリィ姉さん?」
「なにか策があるのですか、エリアーナ様?」
「ええ。とっても簡単なことです。―――ノーブル殿下からお誘いしてもらえばいいのよ!」

 お誘いそれが来ないから困っているのでは?

「⋯⋯いったい、何をするおつもりですか?」
「詳しくは内緒です」
「“詳しく”がダメなら、“大まかに”なら教えてくれるよね、エリィ姉さん」
「そうくるかぁ⋯⋯。わかった。いいよ」

 エリィ姉さんは可愛く微笑むと、教えてくれた。

「ダブルデートならぬ、トリプルデート作戦よ」


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