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第二部
115.〈幻燈の魔術師〉
しおりを挟む「ユリィ、ユリィ!」
「どうしたの、エリィ姉さん?」
「今日、空いてる? 暇?」
「うーん⋯⋯」
「もしかして、なにかある?」
「⋯⋯いや、すぐに終わるから大丈夫。何かあるの?」
「実は今日ね、放課後にレティシア様とお茶会する予定なの。ユリィも一緒に、どうかなって」
レティシア様とエリィ姉さんとのお茶会か。
いつもはリズ様も一緒だから、ちょっと不思議な感じだ。
「私でよければ、行きたいな」
「ほんと? じゃあ、レティシア様にユリィも参加すること、伝えておくね。今回は庭園の丸天井のティーサロンを使えるの! 楽しみにしててね」
「わかった」
エトワールの庭園にはお茶会ができる丸天井のティーサロンがある。
素敵な雰囲気と小洒落た感じが人気で、完全予約制なんだとか。
男女の告白スポットにもなっているらしい。
―――さてと。
お茶会に間に合わせるためにも、早めに用事を片付けるとしよう。
向かうは―――保健室。
コンコンとドアを軽く叩き、中に入る。
「失礼します。ユリアーナ・リンドールです」
そこには白衣を着た女性が私を待っていた。
紅梅色の髪にローズグレイの瞳。
「久しいな。ユリアーナ」
「お久しぶりです。ミア様」
魔法科学者兼〈幻燈の魔術師〉の二つ名を持つ一級魔術師―――それがミア・トレニアという女性だ。
「お元気そうで⋯⋯はないですね」
今は健康そうな顔をしているが⋯⋯ミア様の普段の生活を知っていれば、魔法でクマを隠していることぐらい分かる。
ミア様の目の下にクマがなかった日などないのだ。
今日は三徹ぐらいだろうか。
「ちゃんと幻影で隠してるつもりだったんだが⋯⋯腕が鈍ったな」
「何も知らない人だったら分かりませんよ。私が幻影魔法を使っていると思ったのは、普段からミア様が不摂生な生活を送ってると知っているからですよ」
「不摂生⋯⋯? まあ、規則正しい生活をしているとは思ってないが」
「自己認識できているようでよかったです」
ミア様はクマが隠れていれば淑やかな印象の女性だが、中身は少年のような口調の不摂生星人だ。
仕事が忙しいのも分かるが、自分の体を大切にしてほしい。
「それで、『エトワールのカウンセラー室に来い』だなんて、急にどうしたのですか?」
前にポポロに届けてもらった手紙に、そう、簡潔に書かれたミア様の手紙が入っていた。
「今日から週一でエトワールの心理カウンセラーを務めることになった。その報告を口頭でしたくて、呼び出したんだ」
「心理カウンセラーですか? なんでまた、そんなお仕事を?」
「⋯⋯ライゼ様に一級魔術師の仕事とは別に頼まれたんだよ。季節の始まりってのは体調を崩しやすいし、いろいろと問題が発生しやすいからな。他のやつでもいいんじゃないかと思ったんだが⋯⋯今年は新入生が双子の王子だろ? 来年のことも考えると、信用できる人に頼みたかったんだとさ」
ブライト様とノーブル様がいる今、何か問題を起こすわけにはいかない。
誰が殿下たちを狙ってもおかしくないと考えると、ライゼ様の采配は正しい。
「でも、意外です。ミア様が忙しいことぐらいライゼ様も分かっているでしょうに⋯⋯」
「なにか、緊急で対応しなきゃならんとき、権力が強いほうがいいだろ? 一級魔術師って肩書はそういう面では便利なんだ。それに⋯⋯私以外の一級魔術師が心理カウンセラーだなんて、うまくいくとは思えん」
「たしかに⋯⋯」
特に今の一級魔術師はみんな、心理カウンセラーには向かない人たちだろう。
ライゼ様はそもそもにエトワールの理事長だし、リュカ様やウィリアム様は広く顔が知られているから事が広まりやすい。
他の一級魔術師は⋯⋯うん、見た目や性格の時点で心理カウンセラーにはなれない。
そういったことも考えてライゼ様はミア様を選んだのだろう。
ミア様は事情を知らない人には幻影で別人に化けて過ごしているだろうから〈幻燈の魔術師〉だとバレることはまずないし、人から情報を引き出すのがうまい。
最も適任と言えるだろう。
「手紙をもらった時はびっくりしましたけど、こうしてお話できてよかったです。理由すら書かれていないだなんて、ミア様らしくなかったですから」
「それはすまなかった。急ぎで書いたものだから、正直、あんまりよく覚えていないんだ」
「⋯⋯何かあったのですか? 急ぎで書かなければならないほど、大きな何かが」
「ああ、あった。―――学会に送る論文の締切が迫っていたんだ」
―――私情でしたか⋯⋯。
もっと大事なことだと思っていたのだが⋯⋯。
けど、何もないほうが平和でいい。
「いやぁ、あれは本当に危なかった。睡魔と締切という名の強敵ふたりをひとりで相手してたからな」
―――片方の敵はミア様自身の日頃の行いによるものでは?
しかし、魔法科学者は名が挙がるほど仕事量が増え、不摂生な生活を送る人が多くなるのだと言う。
もはや不摂生な生活をすることは魔法科学者になる上で通らざるを得ない道と言えるのかもしれない。
―――お茶会までまだ時間はある⋯⋯。
時計を確認して、私はミア様に触れる。
そして―――
「ミア様。失礼します」
「んー?」
―――【就眠】
その瞬間、手のひらにビリビリとした刺激が伝わる。
「っ⋯⋯」
―――【就眠】専用の防御魔法⋯⋯!
「私を殺すとしたら、まずは無抵抗にする必要があるからな。【就眠】なんてかけられたらすぐにやられるだろ? 眠くても寝れないんだよ、いろんな意味でな」
それで、とミア様は続ける。
「どういうつもりだ、ユリアーナ」
「⋯⋯」
「質問を変えようか。―――誰に頼まれた?」
「⋯⋯っ」
教えるな、と言われているのだが、これは言ったほうが良さそうだ。
そうしないと、これ以上ミア様に対抗するのは難しくなる。
「⋯⋯ライゼ様です」
「ライゼ様が? それは予想外だな。頼まれた理由は?」
「『ミアを無理矢理にでも寝かせてやってくれ』としか言われておりません。本当にそれだけです」
ミア様の手紙と一緒に届いたライゼ様からの手紙。
そこにはミア様と同じように、簡潔で短いこの一文が書かれていた。
―――ライゼ様はおそらく、ミア様に休日的なものを与えたかったんだろうな。
エトワールの心理カウンセラーとなれば、仕事場で魔法科学者としての仕事をするとは思えない。
いつ生徒が来るか分からないから、やりにくいのだ。
これにより、ミア様は生徒が来ない限り休んでいられる。
―――でも、寝るわけにもいかない。⋯⋯そこで私の出番というわけだ。
もしもの保険と一緒にいれば誰かが訪ねてきても対応できるから、ミア様は安心して寝られるだろう。
ライゼ様はそう考えたに違いない。
「なるほどな。だから私を半強制的に寝かせようとしてたってわけか」
「説明せずに眠らせようとしてすみませんでした。このことを言ったらミア様、余計に寝れなくなるかなって思って⋯⋯。ミア様、他人に頼るのあんまり好まないですし」
「そうだな。―――だが、人の好意を無下にするのも私は好まない」
「!」
「もし嫌でなければ、私の安眠に付き合ってくれないか?」
「嫌なわけないじゃないですか。ミア様にはいつもお世話になってます。そのお礼だと思ってください」
「そうか。⋯⋯ありがとう」
そう言うと、ミア様は防御魔法を解除してすぐに眠りについた。
三徹に加えて【就眠】ともなれば、当然のことだろう。
「―――ユリ」
「はい。ご主人様」
「ミア様のこと、お願いしてもいい? しっかり休んでもらいたいから、邪魔はできるだけ排除してほしい」
「平和的で穏便に、ですよね。承知しました」
すぅすぅと可愛らしい寝息が聞こえる。
この様子ならお茶会から帰ってくる前に目覚めることはないだろう。
「ありがとう。それじゃあ、また後で」
「はい。また後で。いってらっしゃいませ、ご主人様」
「うん。行ってくる」
外にはエヴァがいるから不審者が入ることはまずないだろうし、入ってきたとしてもユリがいる。
警備はばっちりだ。
―――ゆっくり休んでくださいね、ミア様。
どうか、ミア様にとって良い時間となりますように。
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