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第二部
118.愛の真偽
しおりを挟むアルトゥール様と話そうと思ったのはいいものの⋯⋯いつ話せばいいのか分からない⋯⋯。
「とりあえず、魔法戦用の服を見るか。この店で合ってるか?」
「はい。合ってますよ」
「魔法戦用の服⋯⋯?」
魔法防御が施された鎧みたいなやつってこと?
それっていっぱいお金を持ってる人が魔法戦で有利にならない?
「ある程度の魔法防御が施された服は許可されているのですよね。魔法防御にもランクがあって、上限が指定されているはずです。魔法戦の前にそれらの検査が行われますし、ルールの範囲内での工夫は評価にも反映されます」
「そうなのですか、アルトゥール様? 詳しいですね」
「⋯⋯ありがとうございます」
―――おや? なんか一瞬、躊躇いがあったような⋯⋯ま、いっか。
さて、そうとなれば何を買うべきだろうか。
魔法防御の服は一級魔術師の正装があるけれど、一級魔術師が纏うものをただの学校の魔法戦で使うわけにもいかない。
魔法防御のレベルも高いから、検査には通らないだろう。
あと他に持っている魔法防御の服は⋯⋯あ。
「⋯⋯制服でよくね?」
「えっ、何言ってるのユリィ!?」
「いや、だって、制服にも魔法防御が施されてるでしょ? わざわざ新しいのを買う必要はないのではと思って⋯⋯」
エトワールの制服には敵襲を想定して魔法防御が編まれている。
すべてを防ぐわけではないが、質は良い。
―――なんせ、リュカ様が監修してるからね。
リュカ様は私と同じ一級魔術師で〈籠織の魔術師〉の二つ名を持つ防御や結界を作るのが得意な人だ。
一級魔術師のまとめ役で、真面目で誠実。
普段は討伐依頼を引き受けたり防護結界や防護服を作ったりしている。
「制服で参加する人もいますが、それだけの人なんておりませんよ、ユリアーナ様。ローブぐらいは身につけています」
「じゃあローブだけ買います」
「じゃあ、って⋯⋯」
だって、制服っていうリュカ様の保証付き魔法防御の服と、お飾りだけどローブがあればそれで十分じゃない?
舞踏会やお茶会は理解できるけど、魔法戦で着飾りたいっていう気持ちはよく分からない。
着飾るって言うより、お金をかける、かな。
一番無駄な出費では?
「では、私もユリアーナ様と同じようにローブだけ買おうと思います」
「アルトゥール様⋯⋯?」
「だめでしたか?」
「いえ。そんなことはありません。ただ、その⋯⋯意外だなと思いまして」
もしかして、ひとりだけ質素(に見えるよう)な服だと浮いちゃうと思うから、合わせてくれたのかな。
そうだとしたら申し訳ない。
今からでも遅くないはずだ。
アルトゥール様の気持ちを聞かないと⋯⋯。
「あの、アルトゥール様⋯⋯」
「すみません。そこにあるローブ、ふたつください」
「!? え、え? アルトゥ⋯⋯」
「それでは私とユリアーナ様は外で待っていますので、気にせず楽しんでください」
「?? あの、アルトゥール様?」
アルトゥール様に手を引かれ、私は店の外へと出る。
―――どうしたのかな、アルトゥール様。
今のアルトゥール様、全然アルトゥール様らしくない。
アルトゥール様は何も言わずに手を取ったり、説明もせず行動に移すようなお方ではないはずだ。
誰よりも周囲を見ていて、気配りのできる、素晴らしい人だ。
なのに、どうして―――。
「⋯⋯あの、アルトゥール様」
考えられることは、ひとつしかない。
「怒ってますか?」
「⋯⋯⋯⋯」
アルトゥール様は何も言わない。
こちらに背を向けているのみで、何も、しない。
「アルトゥール様を怒らせるようなことをしたのなら、ちゃんと⋯⋯ちゃんと謝ります。謝っても許されないことなら⋯⋯私にできることを、教えてください。婚約破棄でも、なんでも―――」
「っ⋯⋯そんなことしません!」
アルトゥール様はバッと振り返り、そう、大きな声で言った。
「婚約破棄だなんて、そんな⋯⋯そんなこと、しません。したくないです。もしユリアーナ様が望むのなら、受け入れますが⋯⋯」
しかし少ししたあと、アルトゥール様は「いいえ」と訂正した。
「ユリアーナ様が婚約破棄を望んだとしても、私は、受け入れられません」
「アルトゥール様⋯⋯?」
「どんなに嫌われたとしても、私は、貴女を手放したくないのです。貴女だけは失いたくないのです」
まるで、愛の告白のようではないか。
アルトゥール様、なんか、いつもと違う。
ちょっとおかしい。
「⋯⋯ユリアーナ様の言う通り、私は怒っていたのかもしれません。エリアーナ様とは姉妹仲が良いだけで、他意はないのだと、それは知っています。ずっと貴女をそばで見てきたから、知っています」
けれど、とアルトゥール様は続けた。
「もしかしたら私は嫌われているのではないかって、時々、思ってしまうんです」
「そんなこと⋯⋯」
「ない、と言うのでしょう? 嘘だったとしても、本当だったとしても、そう言います」
感情の証明は、できない。
だからこそ人は言葉を尽くし、相手に伝える。
―――つまり⋯⋯どういうこと?
アルトゥール様の言いたいことがよく分からない。
言い方がすごくアレなんだけど、アルトゥール様は私のことを好いていて、私がエリィ姉さんと一緒にいると自分は嫌われてるのかもって思ってるってこと?
いやいや、そんなことある?
私はエリィ姉さんやレティシア様みたいに可愛くてかっこよくておしとやかな令嬢じゃない。
むしろ逆を行くタイプだ。
なのに―――
「ユリアーナ様」
哀しみと苦しみ、少しの切なさと熱を秘めた瞳が映る。
たくさんの感情が、アルトゥール様を駆け巡っているのが分かった。
「愛しています」
そして、アルトゥール様が選んだのは、愛を伝える言葉だった。
「盲目の私を受け入れてくれたときから、ずっと、そう思っています。貴女は私に、光をくれた。手紙を書くときは魔力液のインクを使って、私にも読めるようにしてくださった。氷の鈴のおかげで、常人と同じ世界を見ることができるようになった。全部⋯⋯全部、嬉しかった」
まるで宝物を語るかのようにアルトゥール様は話す。
その姿はとても楽しそうで、美しい。
「ユリアーナ様、好きです。貴女を愛しています」
愛、だなんて。
私に、私自身に、アルトゥール様の愛を受ける価値なんてない。
「貴女との婚約は、政略的な利益のためのものではありません。少なくとも私にとっては、好きな人との恋愛結婚です」
アルトゥール様にはもっとふさわしい人がいるはずだ。
私なんかより、もっと、素晴らしい人がいるはずだ。
まだ知らないだけで、出会ってないだけで。
「公爵令嬢だからではない。一級魔術師だからではない。貴女だから⋯⋯ユリアーナ様だから、私は好きなのです」
⋯⋯そんなの、ほんの少しの間だけだ。
愛は、永遠ではない。
私はそれを知っている。
誰よりも知っている。
―――愛してる、だなんて、言わないでほしい。
アルトゥール様が嫌いだからじゃない。
むしろ人として尊敬してるし、すごいなって思ってる。
でも―――
「勘違い、したくないんです」
愛されてないと知るのは、残酷だ。
それも、愛されていると思っていただけ、辛くなる。
傷ついて、傷ついて、傷だらけになって、由良は自分の愚かさに気づいたのだ。
愛されるはずが、なかったのだと。
「嘘だと、言ってください」
家族愛も、友愛も。
ましてや恋愛は、人を狂わせる。
毒に侵されたら、戻れなくなる。
前世のような思いはしたくない。
期待した分だけ、信じた分だけ、裏切られた時の反動は大きい。
もう私は、傷つきたくないのだ。
だから―――
「嘘などではありません」
まっすぐな目で、アルトゥール様はそう言った。
この人はいつもそうだ。
必ず、必ずと言っていいほど目を合わせて物事を口にする。
だからなのだろうか。
アルトゥール様の言葉は、嘘を言っているようには聞こえないのだ。
―――あっ⋯⋯。
アルトゥール様が近づいて、そして、唇に柔らかな感触を感じた。
それは、とても優しい愛の示し方だった。
アルトゥール様の言葉は嘘ではないのだと、本当のことなのだと、ゆっくりと身体に刻まれる。
最初は何が起きているのか分からなくて、でも、だんだんと理解して、理解しきった頃にはアルトゥール様が私から少し離れた。
「⋯⋯これで、分かってもらえましたか?」
「~~っ」
―――「分かってもらえましたか?」じゃないよ!!
さっきの「愛してる」の真偽以上に嘘であると信じたい!
あわあわとする私に、アルトゥール様はふっと微笑み、耳元でささやく。
「可愛らしいですね」
「っ!!」
可愛いって⋯⋯反応のことだよね!?
そりゃ、私は前世でも恋愛したことないし、本でしか見たことない、恋愛初心者だけどさぁ!!
顔が熱くなり、全身へと広がるような、そんな心地がした。
「たしかにブライトの言う通りでしたね」
「えっ⋯⋯?」
「これからはちゃんと言葉にして伝えようと思います」
ブライト様が言ってたのって―――
『あなたはもっと素直になったほうがいいですよ、アル。気持ちはちゃんと言葉で伝えないと相手には届きません。いろいろと鈍い人には特に、ね』
もしかしてこれ?
このセリフが原因なの!?
「ユリアーナ様」
「はいっ⋯⋯!」
色々と興奮で声が大きくなる。
「これからは自分の気持ちを素直に言おうと思います。ユリアーナ様に男性として好きになってもらえるよう、頑張りますね」
「が、頑張らなくていい、です⋯⋯」
「いえ。頑張ります。ユリアーナ様は少々、というか、かなり鈍いようですので」
「に、鈍くないです!」
「言葉にするのをためらって手紙で想いを伝えていたはずなのに、当のユリアーナ様は『政略結婚だから』という理由で嘘だと思っていたそうじゃないですか。そんな勘違いされては困ります」
「うっ、それは⋯⋯」
―――だって、アルトゥール様の気持ち、知らなかったし⋯⋯あ、愛されてるだなんて⋯⋯。
とにかく、信じられなかったのだ。
「ユリアーナ様」
―――あっ⋯⋯。
アルトゥール様が再び私に近づく。
―――待って、待って待って待って。
これ以上は、私⋯⋯っ。
「やめなさい、アル」
ギリギリのところで制止をかけたのは、ブライト様だった。
「ブライト⋯⋯」
「素直になれ、とは言いましたが、そこまでやれとは言ってませんよ」
「そこまで⋯⋯?」
「見えてないのですか? あなたの婚約者、限界みたいですよ」
「え? ⋯⋯あ」
きっと私は真っ赤な顔になってるに違いない。
美男美女の耐性はあるけれど、どうやら私は自分に向けられる恋愛感情にはめっぽう弱いらしい。
「ユリィ、ユリィ。いったんこっちおいで」
「~~エリィ姉さん⋯⋯っ」
―――助けにきてもらえてよかった⋯⋯っ。
すぐさま私はエリィ姉さんに駆け寄り、ぎゅっと抱きしめる。
「アルトゥール様。ユリィのことを愛しているのは知っていますが、節度を持った言動をお願いしますね」
「⋯⋯申し訳ございませんでした」
「ユリアーナの恋愛耐性のなさ、舐めないほうがいいと思うぞ」
「⋯⋯⋯⋯ノーブルだけには言われたくありません」
「はぁ? なんでだよ?」
「「「「「ノーブル(様)が一番鈍いから(です)」」」」」
「??」
―――レティシア様の想いに全く気づいてないノーブル様に、恋愛耐性どーのこーのなんて言われたくない。
その後無事、星詠みの夜の舞踏会で使うドレスを選び終えた。
今回のトリプルデートの目的であるノーブル様とレティシア様の仲は少しだけ縮まったと信じたい(全くふたりのことを見れていないのでよく分からないのだ)。
欲を言うならば、アルトゥール様との距離は、もう少し広くしたい。
でないと私の心臓が持ちそうにないのだ。
――――――――――――
補足/
一級魔術師の正装について補足します。一級魔術師は紺地の軍服的な形をしています。⋯⋯が、使うのは国王などが集まる場所のみで、普通の仕事や討伐時はローブを羽織ってます。
裏地には魔法防御や自動に綺麗になる魔法陣が刺繍されていて、もし売ったら3年は豪遊できる金額となります。もちろん作ったのはリュカです。
補足2/
肝心な星詠みの夜のドレスですが、アルトゥールがデザインから色、装飾品まで選んで贈ることになりました。星詠みの夜は異学年交流魔法戦が終わった後の行事となります。お楽しみに。
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