悪役令嬢の妹(=モブのはず)なのでメインキャラクターとは関わりたくありません! 〜快適な読書時間を満喫するため、モブに徹しようと思います〜

詩月結蒼

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第二部

119.恋愛感情は抱いてないけど……

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 トリプルデートのあと、寮の部屋に戻った私はすぐにユリを呼んだ。 

「ユ~リ~!!」
「⋯⋯お呼びですか、ご主人様」
「ううぅっ⋯⋯!」

 ぎゅっと強く逃げられないように抱きつく。
 今の私にはユリしかいない。

「どうしたのですか、ご主人様。大きな声を出すと隣室に迷惑ですよ」
「ぐすっ、うぅっ⋯⋯防音結界張ってるから平気」
「それはよかったです。⋯⋯もしや、誰かにいじめられて」
「そうじゃないけどそんな感じ⋯⋯」
「!! 名前を教えてください。すぐにやります」

 ユリなら半殺しだろう。
 だが、別に私はやっつけてほしいわけじゃない。
 だって―――

「相手はアルトゥール様だからダメ」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」

 ぽかんとするユリ。
 まあ、その反応になるよね。

「アルトゥール様がご主人様をいじめたのですか? 理解できません」
「いじめじゃないって」
「では、なにを?」
「っ、⋯⋯、⋯⋯~~キ」
「き?」
「―――キス、された⋯⋯っ」

 思い出すだけで羞恥心でいっぱいになる。
 人通りのある街なかでされた⋯⋯絶対誰かに見られた⋯⋯消えてしまいたくなる。

「⋯⋯他には?」
「えっ、えっと⋯⋯あ、愛してるって、言わ、れた」
「ご主人様、それ、どういう意味でアルトゥール様がおっしゃられたのか、分かりますか?」
「れ、恋愛的に、でしょ⋯⋯? アルトゥール様がそう言ってた、けど⋯⋯」
「けど?」
「~~っそ、そんなことあるわけないよなぁって、思って⋯⋯」
「思いたくない、の間違いでは?」
「うぐっ⋯⋯」

 分かっている。
 あんなに真剣に言われて、嘘だと言う方が失礼だ。

―――アルトゥール様は私を愛している。

 その事実がまだ、私の中で受け入れられていないだけだ。

「個人的にいつご主人様はアルトゥール様の好意に気づくのかと思っていましたが⋯⋯まさかアルトゥール様本人が告白からキスまでするとは思ってもいませんでした」
「ユリ、アルトゥール様の気持ちに気づいてたの!?」
「なにをそんなに驚いているのですか、ご主人様。あれほど熱烈な手紙が届いていたではありませんか」
「で、でも、政略結婚だし⋯⋯」
「従来の政略結婚となる男女は手紙なんて書き合いませんよ。贈り物はせいぜい誕生日ぐらいですし、そもそも贈らない場合もあります」
「そ、そうなの⋯⋯?」
「ええ。だからアルトゥール様は運が良いのですよ。恋愛婚です。それも、親同士が認める婚約です」

 なんて素晴らしいのでしょう、とうっとりするユリちゃん。
 主人の恋愛でキュンキュンしないでもらえますかねぇ?

「それで、ご主人様はどうなのですか?」
「え?」
「アルトゥール様の想いを知って、どう思ったのですか?」
「私は⋯⋯」

 今日の出来事を振り返り、自分に問う。

『愛しています』
『少なくとも私にとっては、好きな人との恋愛結婚です』
『公爵令嬢だからではない。一級魔術師だからではない。貴女だから⋯⋯ユリアーナ様だから、私は好きなのです』

 そう、言われて。
 好きだと、言われて。

「⋯⋯⋯⋯嬉しかった」

 愛されているのだと思うと、満たされた気がした。

「すごく、嬉しかった。こんな私を好きになってくれる人がいたんだって思うと、すごく、嬉しかった」

 言ってからものすごく恥ずかしくなり、布団にくるまる。

―――なんだろ、これ。嬉しいんだけど、恥ずかしい、みたいな⋯⋯。

 複雑な感情だ。
 一言で言い表せない、そんな感じの、とってもとっても難しい感情。
 初めて経験する、未知の感情⋯⋯。

―――こ、恋、とか? ⋯⋯いや待てよ私。未知の感情=恋心と思っちゃダメでしょうが!

 前世はもちろん、今世でも恋愛など正直よく分かっていない私には確信ができない。
 だからこそ、慎重にならなければ。

―――こういう男性が人気~とか、このセリフはドキドキする~とか、そういう知識はあるけど⋯⋯。

 すべて本の中の世界のことで、現実世界に起こっていることではない。
 もし起きていたとしても、見たことがない。
 良いように言えば夢がある、悪いように言えば現実的ではないのだ。

―――物語は、人の夢と願いからできている。

 お城に住みたい。
 熱烈な恋をしたい。
 かっこいい自分になりたい。
 魔法を使ってみたい。

―――そしてそれはいつしか、現実となる。

 空を飛びたいと願い、飛行機ができ。
 海を渡りたいと思い、船が誕生した。

―――だから、もしかしたら、それは自分の死後かもしれないけれど、望みが形になるかもしれない。夢が、叶わないと思われた夢が、叶うかもしれない。

 だから世界はおもしろいのだ。

―――でも、進化それと|《恋愛《これ》とは全然違うっ!

 小説とかでよくある理想的な恋愛(?)が現実世界に起こるってどーゆーことなの!?
 しかも、しかもそれが自分自身の身に起こるとか、信じられない!
 普通、起こるとしたらエリィ姉さんとか、レティシア様とか、あるいは主人公ヒロインであろうカレン・ミラーとか、主要人物あっちサイドの出来事では?
 なんで私に起こってんのよ⋯⋯!

―――てか、主人公ヒロイン格のはずのカレン・ミラーはなにやってんのよ。

 乙女ゲーム系とかだと、攻略対象がいるはずだ。
 それとも、そもそも攻略対象がいないのか?
 カレン・ミラーって恋愛しない系主人公ヒロインってこと?
 そんなことある??
 大抵、結婚する・しないに関わらず、恋愛シーンはある。

―――こんなに出てこないってことは⋯⋯他に考えられる相手は幼馴染とかよね。

 もしそうだとすると、私は手が打てない。
 ⋯⋯いや、でも手を打つは必要はないのか。
 まったく関係ないだろうし⋯⋯って、エリィ姉さんたちは悪役令嬢役の疑惑があるんだっけ?
 となると気は抜けないし⋯⋯ううっ、面倒くさい!

―――あとは誰だろ⋯⋯⋯⋯あ。

 思い出した。
 前に花蓮と会ったとき、言ってた。

『この世界はね、剣と魔法のファンタジー世界なの! 王道の金髪碧眼の王子様と、苦労人のもう1人の王子に、末っ子のかわいい王女様。恋に一途な公爵令嬢に、ちょっと危険な香りのする裏社会の人。盲目の貴人なんて呼ばれてる人もいるの。……この世界には私の好きが詰まってるの』

 攻略対象は、表社会の人間だけとは限らない。
 ルアやエヴァも含まれてる。
 いわゆる、隠しキャラだろう。

「それでご主人様。ご主人様はアルトゥール様に対して恋愛感情を抱くのですか?」
「ぅえっ!? あっ、ユ、ユリか⋯⋯」
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「う、うん。大丈夫大丈夫。ちょっと他のこと考えてた」

 恋について考えてるうちにこの世界のことについてまた考えていた、だなんて、話が飛躍しすぎている。

「えっと、なんの質問だっけ?」
「ご主人様がアルトゥール様に対して恋愛感情を抱いているか否かについてお訊きしました」
「あぁ、それは⋯⋯って、そんなこと訊いたの!?」
「はい。訊きました。知りたいので教えてください」

 素直なのはいいことだけど、ここまではっきり言われるとなぁ⋯⋯。

「抱いてない。恋愛感情なんて、抱いてない」
「ですが、ドキドキはすると?」
「⋯⋯⋯⋯まぁ、そういうこと、かな⋯⋯」
「そうでしたか」
「⋯⋯ち、ちなみにあるって言ったら、どう思ったの?」
「やはり嘘だったのですか!?」

 ばっ、と身を乗り出すユリ。

「やはりって何!? てか、違う! 違う違う違う! 興味! 興味本位で訊いたの! 恋愛感情、抱いてないから!」
「それは失礼いたしました。⋯⋯そうですね。もし抱いていたら―――チョロすぎると思います」
「ユリちゃん!?」

 主人に対してチョロいとかひどくない??
 私のユリちゃんって、こんなこと言う子だったっけ??
 それとも思春期?
 思春期なのかな?
 そもそもに複製体に思春期とかあるの??

「ご主人様のことですから、簡単には恋に落ちないと思っていました。それに、その程度で落ちるのは二次元のチョロインだけで十分です。現実に存在しているなら、その人の脳は美しい花で咲き乱れているかと」
―――わ~~。

 ユリ、今うまーく包んでたけど、要は『三次元の頭お花畑女は痛い』って言いたいのよね?
 それは私も同感。
 ⋯⋯にしてもユリちゃん、本当にどうしたのかしら。
 やっぱり裏社会の人エヴァと一緒にいるとそういう思考になっちゃうのかな?
 どうか本来の可愛い可愛いユリのままであってほしいな。

「これは私個人の意見ですが⋯⋯完全なる両思いになるまでのじれじれも尊いです。むしろ状況によって、じれじれは両思い後よりも尊いときがございます。結婚ギリギリまでじれじれするのも良きかと」
「主人の恋愛を娯楽にしないでくれない!?」

 どうかユリだけは私の味方でいてほしい⋯⋯。

「そろそろ時間です。今日はゆっくりお休みになったほうがいいかと」
「ん、そうだね。もう寝るか」

 ネグリジェに着替え、ベッドに入る。

「あ。ご主人様、言い忘れていたことがあります」
「なーにー?」
「アルトゥール様はご主人様に『男性として好きになってもらえるよう、頑張りますね』とおっしゃられていたのですよね?」
「ん? うん。それがどうかしたの?」
「どうか、人目のないところでアルトゥール様とふたりきりにならぬよう、お気をつけください。密室は特に危険です。大きめのベッドがあるとさらに危険です。いいですね?」
「⋯⋯? ⋯⋯、⋯⋯~~っ!」

 分かりましたか、とユリに尋ねられ、私は力強く首を縦に振った。

「では、おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ」

 ユリは姿を消し、部屋がしんと静かになる。

―――なんか、すごい一日だったな。

 きっとこの日を私は一生忘れられないだろう。
 ごろごろ、ごろごろとベッドの上で転がる。
 心も身体も、今日の出来事による熱で興奮しているのだ

―――眠れそうにない⋯⋯。

 明日は平日、学校。
 アルトゥール様と、会う。
 想像しただけでおかしくなりそうで、なるべく他のことを考えようとするけれど、頭からアルトゥール様が離れない。
 美しい白髪。
 整った顔。
 だんだんと近づく美貌―――

―――って、なに考えてんの私! 変態!

 結局この日はほとんど寝れなくて、【治癒】と【回復】で身体的疲労は消すことができたが、精神は全く安定しなかった。
 むしろ悪化したような気がする。
 どうしてこんなことになっているのだろうか。
 私は、私は自分の好きなことができればいいのに!
 平穏な脇役モブ人生はまだまだ遠い。


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