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第二部
裏.秘密の森の屋敷
しおりを挟むそこは緑の美しい森だった。
木漏れ日に照らされ、川のせせらぎが聴こえた。
森の奥へ進み、ある木の前で足を止める。
周りに誰もいないことを確認し、その木の根元に手を触れ、俺はいつものように詠唱を始めた。
「深緑の扉よ、開け」
森が動くのを肌で感じた。
壮大な自然の力だ。
俺たち人間なんかよりも、ずっと長く行き続ける自然の力。
数歩後退すると、地面に大きな扉が現れ、「ギギギ⋯⋯」という音と共に地下へ続く階段ができた。
下へ降りると扉が閉まり暗くなる。
何度も行き来しているので、何も見えなくとも進むのは容易だった。
数分歩くと光が見えて、外に出た。
一面緑の草原だった。
その中心に木でできた大きな屋敷が建っていて、テラスにひとりの女性が佇んでいた。
「あるじ様」
「あら。おかえりなさい。ジュライ」
「ただいま帰りました」
どうやらあるじ様はお茶を飲んでいたようだ。
テーブルにカップとティーポットが置かれている。
「例の件の報告に参りました」
「どうだった? うまくいった?」
「っ、申し訳ございません……」
今日は、任務失敗の報告をしに来た。
最近は成功続きだったから、それもあって普段よりも気まずさがあった。
「その反応は……うまくいかなかったのかしら?」
「……はい。ご期待に応えることができず、申し訳ございません」
俺は、不要な人間になってしまっただろうか。
あぁ、俺がもっとしっかりしていれば……!
「謝らなくていいのよ。今回のお願いはとってもとっても叶えるのが難しいって分かっていたもの。ジュライは悪くないわ。一生懸命頑張って、頑張ったけど、結果が出なかっただけなのでしょう? マナにお願いしたとしても、きっとうまくいかなかったに違いないわ」
「いえ。マナの方がうまくやれたかもしれません。俺の……俺の、力不足です」
あるじ様の願いをすべて叶えられる人間になりたい。
もっと多くの知識が欲しい。
その知識を活用する賢さが欲しい。
それらを得なければあるじ様の期待に応えられないなんて、俺は欠陥のある人間だ。
いや、人間ですらないのかもしれない。
人形とか、駒とか……あるじ様のために生きる者だ。
俺は、あるじ様のために存在しているのだと、強く思っている。
「そんなに自分を責めないで、ジュライ」
「ですが……」
あるじ様は立ち上がると、俺を優しく抱きしめて、小さな手で俺の頭を撫でた。
俺はびっくりしてしまって、その場から動けなくなってしまった。
「ジュライは頑張り屋さんよ。私はそれを知ってるわ。誰よりも知ってる。あなたがどれだけ自分を貶そうとも、誰かに罵られようとも、私は、私だけは、ジュライを肯定するわ。あなたは生きていいのだと、私はあなたを必要としているのだと、教えてあげる」
「あるじ様……」
「だからそんなふうに自分を卑下しないで。私の大好きなジュライを、自分自身の手で傷つけないで」
あるじ様はそう言うと、俺に深い口付けをした。
温かい、柔らかな感触が伝わる。
そして、思い知らされる。
俺はあるじ様のものなのだと。
「……約束、してくれる?」
ほんのりと熱を帯びた瞳で俺を見つめるあるじ様。
あるじ様は、少しずるいお方だ。
俺があるじ様のお願いを拒むことなんてできないと、分かっているはずなのに。
俺は地面に跪きあるじ様に約束する。
「はい。お約束いたします。あるじ様」
「本当に?」
「本当です」
あるじ様はそれを聞くと、俺をぎゅっと抱きしめて「いいこ、いいこ」と言って、再び頭を撫でた。
これはちょっと恥ずかしい。
あるじ様からしたら、自分はまだ小さな子供なのだと思わせられるからだ。
「ジュライ」
「はい」
「一緒にお茶してくれない?」
「よろこんで」
俺はこの先ずっと、あるじ様の傀儡として生きていくのだろう。
それを俺自身も望んでいる。
だけど、ふと思うことがある。
もし、俺やマナが死んでしまって、あるじ様がひとりになってしまったら。
この人は、どうなってしまうのだろう、と。
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