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第二部
140.情報交換
しおりを挟む特別寮の自室へ戻ると、屋根の上で待っていたのか、窓からエヴァが入ってきた。
「女性の部屋にノックもなしに窓から侵入とは、どういうことかしら?」
いつものことになっているので、もう何も気にしていないが、一応訊いてみる。
「杜撰な警備体制だったので、一番楽な方法で入室した次第です。体調が回復したようで何より。帰って来て早々申し訳ないのですが、急ぎ、確認したいことがありまして」
「杜撰な警備体制だったら何をしてもいいと思わないでほしいのだけれど? ……私もあなたとは話をしたいと思ってたの。ちょうどよかったわ。情報交換をしましょう。そのへんに適当に座って」
「適当に座って、と言うのはよくないかと。仮にもあなたは公爵令嬢なのですよ〈氷上の魔術師〉ユリアーナ・リンドール様」
「侵入者にそこまで言われる筋合いはないわ。黙ってとっとと座りなさい」
少なくともここは私の部屋。
文句は言わないでほしい。
「何から話し始めましょうか」
「時系列順にしましょう」
「そうね。じゃあ早速だけど質問してもいいかしら? ハイネ・アルドワーズが〈竜〉の召喚前、誰と会っていたか分かる?」
「はい。調べはついています。帝国の使者と会っていたようです」
「帝国の使者……」
私の予想は、花蓮か、花蓮の仲間と会っていたと思っていたのだが……。
「魔法協会の見解は?」
「……帝国の線が濃厚とされているわ。詳しいことは分かっていないから、あくまでも予想に過ぎないけれど、あなたの情報で確定したも同然ね」
「いいえ。それは早計かと。―――あるじ様が関わっている可能性も考えられます」
「え、でも、エヴァはさっき帝国だって……」
「確認が取れているのが帝国のみ、というだけで、あるじ様が関わっていない、とは一言も言っていませんよ」
……言われてみれば、たしかに。
むぅ、エヴァが意地悪だ。
「私が言いたいのは『あるじ様が帝国と手を組んでいる』という説です。ハイネ・アルドワーズが〈竜〉を召喚したのは、あなたを殺すよう依頼が来たらだと伺っています。帝国としても、あるじ様だとしても、あなたは邪魔な存在ですからね」
「……最悪なんだけど」
「どうしようもありません。この説が現時点で最も有力です」
あるじ様と帝国。
謎の多いふたつが手を組んでるとなれば……この先、どんなことが起こるか分からない。
「ハイネ・アルドワーズが〈竜〉を召喚させることができた理由について、なにか分かったことはありますか?」
「これも予想となってしまうけれど、事前に貯めておいた魔力を使って召喚したと考えているわ」
「魔道具の類を使用した、と?」
「そうでもしないと一人で〈竜〉を召喚するのは無理よ」
「近くに協力者がいた可能性は?」
「ないわ」
「何故言い切れるのです?」
「まず帝国は真っ向勝負でない限り、関与が疑われるような危険なことはしないわ。魔道具を使って召喚できるなら、人員を派遣する必要はないでしょう? ちゃんと〈竜〉を召喚できたか確認する人は来ていたかもしれないけれど、召喚に直接かかわっていたとは思わない。あるじ様の方は、基本的に姿を現すことなんて滅多にないと思ってる。動くとしても夜。実際、5年前から一度も姿を見せていないでしょう?」
帝国もあるじ様も、自ら動くことなんてほとんどない。
現に、今回の〈竜〉召喚はハイネ先輩に行わせた。
「召喚された〈竜〉はグランティルド帝国の山脈にある住処で暮らしていたことが判明してるわ。これは絶対。事件の1週間前、何者かに眠らされて、気づいたら牢に閉じ込められていた、と話しているそうよ」
「話している? 誰がですか?」
「〈竜〉よ」
召喚された〈竜〉本人が言っていた。
気づいたら閉じ込められていて、そこで虐待を受けていたのだと。
それによる苦しみとストレス、人間への憎しみで暴れてしまったのだと。
―――この事件の一番の被害者は〈竜〉よね。
人間の醜い陰謀に巻き込ませてしまった。
〈竜〉は何も悪くないのに……申し訳ない。
「ユリアーナ様は〈竜〉の言葉が分かるのですか?」
「分かるわけないじゃない」
何を言っているんだ、エヴァは。
私みたいな一般人に〈竜〉の言葉が理解できると?
「〈竜〉と話をしたのは私じゃないわ。トール先輩―――〈色聴の魔術師〉よ」
「〈色聴の魔術師〉……」
「トール先輩のこと、エヴァはあんまり知らない感じ?」
「姿、名前は存じていますよ。あとは噂ですね。―――曰く、どんな嘘も見抜くことのできる慧眼の持ち主。曰く、誰相手でも意のままに従わせることのできる声を出す。曰く、どんな生物の言葉も理解することができる一級魔術師……。最後のは本当のようですね」
―――全部事実だって言ったら驚くのかな……?
魔力使用禁止の戦いをした場合、間違いなくトール先輩が優勝するだろう。
その身に宿す才能・能力は一級魔術師随一だ。
「⋯⋯ハイネ・アルドワーズ暗殺の件についても教えてください。こちらには暗殺されたこと以外、情報が入っていないのです」
「そうなの? 意外ね。ノイア・ノアールならこれくらい、すぐに調べられると思っていたのだけど」
「⋯⋯」
―――黙っちゃった⋯⋯。
煽ってはいけない話題だったのだろうか。
怒っては⋯⋯いないみたい。
「⋯⋯言い訳になってしまいますが、魔法協会の極秘情報は入手が極めて難しいのです。よほどのことでない限り、深入りはしません」
「今回はその『よほどのこと』ってこと?」
「そうです。協会の地下での暗殺事件。これはとても重大な事件です。〈竜〉などよりも、ずっと、ね」
エヴァは話を続ける。
「魔法協会の地下はノイア・ノアールでもよほどのことがない限り侵入を試みない場所なのです。信じられないくらい厳重な警備なのですよ、あそこは」
「警備が厳しいのは知ってたけど⋯⋯そんなにヤバいの?」
「ええ。基本、あそこに入れられたら死んだものと見做《みな》しますね」
どうやら私は地下の警備体制を甘く見ていたようだ。
エヴァなら⋯⋯ノイア・ノアールなら簡単に侵入できるものだと、つい。
―――でも、よくよく考えたら、ノイア・ノアールに侵入されちゃ困る場所じゃね?
侵入できないのが本来の在り方なのだ。
「なのに⋯⋯なのにです。敵は地下に侵入した上にハイネ・アルドワーズを暗殺した。これは異常事態です」
「敵のその後の足取りも掴めていないわ」
「「⋯⋯はぁ」」
ふたり揃ってため息を吐く。
「話をまとめますね。⋯⋯敵は帝国とあるじ様とみて間違いないでしょう。手を組んだのはユリアーナ様を殺すためで⋯⋯」
「殺すって言わないで。怖いじゃない」
「⋯⋯ユリアーナ様を抹消するために手を組んだのでしょう」
―――殺すも抹消も意味は変わんないだろ。
物騒な発言は控えてほしい。
「ハイネ・アルドワーズを暗殺したのは情報を敵側に与えないためでしょう」
「それ以外、暗殺する理由なんてないものね」
「今後、ユリアーナ様はひとりで出歩かないこと。なるべくこちらもユリアーナ様から目を離さないよう命じておきます」
「⋯⋯まるで私が問題児みたいな発言ね」
「実際、面倒事を引き寄せる才能をお持ちではありませんか」
「好きで面倒事に巻き込まれてるわけじゃないわよ!」
できることなら脇役になりたい。
なれないから困っているのだ。
「⋯⋯あなた、さっき『目を離さないよう命じておきます』って言ったわよね?」
「それがなにか?」
「あなた以外にもノイア・ノアールの人がエトワールにいるの?」
「いますよ」
サラリと肯定するエヴァ。
「私の知ってる人? 前みたいに〈竜〉が来ても大丈夫な人?」
「全く問題ありません。数秒あれば〈竜〉などひとりで倒せるぐらい強いです」
「ウィリアム様と同じぐらい強いってこと? すごいわね」
「あなたを狙う刺客は予想外な人物ばかりなので、下手な護衛は置けないのですよ」
―――それはそう⋯⋯。
知らぬ間に敵が増えてるんだよなぁ。
私はなんにも悪いことしてないのに。
生きてるだけで狙われるとか、意味が分からない。
「私は一旦、ノイア・ノアールへ報告をしに帰ります。あぁ、そうそう。戸締まりはしっかりしてくださいね」
「はいはい」
そう言いながら窓から出て行くエヴァ。
冷涼な風が部屋の中に入って来る中、私は思った。
―――窓はドアじゃないんだけど。
――――――――――――
著者から/
次回、裏話となります。
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