学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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邂逅

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 闇に沈んだ街の暗部に数えられる場所。そこには、まばらにたった電柱たちが、チカチカと苦し気に、それこそ力を振り絞るように僅かな光を生み出していた。闇と光がまばらに混ざるその場所で、いくつもの影が蠢いていた。

 そこに、黒い服を身に纏った一団と、カラフルな色合いの団体が音もなく静かに近寄っていた。鉄筋がむき出しのビルに囲まれた広場。数少ない電柱がその戦力を裂いて熱気とともに煌々と照らし出すその場所に立った彼らは、警戒を怠る事無く真っすぐに目の前のビルを睨みつけた。数秒の後、するりと鉄筋の上に男が一人姿を現した。

 「よぉ。待ってたぜNukusの龍とKronousの朱雀よぉ」
 「冥府」

 二階に当たるだろうその場所に立った冥府――古宮巽が気さくに声を掛けてくる。それに応じて低い声を出したのが朱雀こと高宮。龍と名乗る竜崎に至っては言葉も無く殺気を纏って古宮を睨みつけている。おお、こわ、と思ってもない言葉を口にしながら軽く肩を竦める巽。それなりの高さがあるにも関わらず躊躇なく鉄筋に腰掛ける。片膝を立てて抱え込んだ男は、実に楽し気に眼下の青年達を見下ろしている。

 「全く、降りてくる気配すらないとは。礼儀がなっていないというのは本当らしいな」
 「礼儀はその場によって変わるものさ。ついでに言うと、上から見下ろすのが最高の眺めってのが俺の持論でね」
 「結局のところ、全ての行動は、相手がどう取るかでその印象もなにも変わる。正しいと思っていても、相手がそうと思わなければただの押しつけ。それを独りよがりと言うんだ。知ってるか?」
 「それはいい事をしった。覚えておこう」

 軽く交わされる舌戦。その間に、お互いが間合いと空気を読み、主導権を握らんとする。一瞬即発のその空気。常人であれば飲み込まれて指一本動かせないその状況で、しかし、男は嬉々として爆弾を投げ込んだ。

 「しかし、残念だ。お前たちを刺激すれば会えると思ったのだがな。例の"皇帝"とやらに」
 「貴様」

 あからさまな挑発。乗ったのは竜崎。高宮もその背後に控える嵯峨野、怜毅も普段ならば窘めるだろうが、何も言わない。彼らにとっての地雷でもある事や、竜崎への信頼がそうさせた。今回はNukusに大きく関わる事。元々竜崎が中心となる事は話し合っていた。一歩下がった高宮に代わるように、じりっと一歩前に出た竜崎が地に這うかのような低い声で威嚇する。

 それ以上口を開けばどうなるか分かっているのだろうな。

 無言の圧力をかける竜崎。その背後で仲間達も圧力を増して身構えている。きひひ、と周囲の者達から忍び笑いが漏れる。早く、早く。戦わせろ、殴らせろ、血を流させろ。そんな異様な空気が這い寄ってくるようだ。手下たちの飢えに、古宮の喉がクツクツと笑い声を立てた。

 「そうとは思いたくなかったが、これは噂通りなのかもなぁ?そうとしか考えられないよなぁ?仲間と縄張りが侵されてんのに出てこないんだもんなぁ?」

 古宮の口角が三日月を描くように上がる。

 「――――噂だと、死んだんだってな?まさか、本当に死んでたとは、かの有名な“皇帝”が、よぉ」
 「冥府っ!!」

 闘いの幕を切って落とすその言葉。かっと目を見開いた竜崎が目にもとまらぬ速さでポケットから出したものを投げつける。銀の尾を引きながら古宮に押し迫ったは、紙一重の所で躱され、その崩した体勢に逆らうことなく古宮は鉄筋から滑り降りた。両手をポケットに突っ込んだまま音もなく降り立った古宮に、一瞬で肉薄した龍崎が殴り掛かる。

 「そぉ焦んなよ。今夜はたっぷり楽しもうぜぇ?」
 「抜かせ!」

 ぱしっと拳を受け止めた古宮が竜崎に顔を近づけて凄絶に笑う。一蹴した竜崎が更に攻撃を仕掛け、位置を目まぐるしく入れ替えながら目にもとまらぬ速さの攻防が繰り返された。それに触発され、それぞれの勢力がぶつかり合う。中心に双方のリーダーを務める男たちの戦いを置いて。

 「やるじゃねぇか。一般の不良の分際で」
 「そりゃどぉも。そっちはヤクザの家系の癖に対したことねぇな!」

 交わされる拳を躱し、すかさず蹴りを叩き込む。余裕な動作で受け止められ次の攻撃にシフトする。一進一退の攻防に古宮の熱が上がってくる。一瞬の隙を突かれ竜崎の右フックが古宮の頬をとらえた。勢いに逆らわず間合いを取った古宮がペッと唾を吐きだした。それは紅く染まっていた。

 「いいねぇ。つか、それだけの腕がありながらどうして"皇帝"なんてのに従ってる?俺のところに来るか?」
 「冗談。てめぇとアイツを一緒にすんな」
 「ますます興味が出た。そんなに秀でたやつだというのか?」
 「まさか。アイツはただの馬鹿アホ間抜けの三拍子そろった悪戯好きのクソガキだ」

 拳と共に交わされる言葉。思いがけない悪態に、流石の古宮もあっけに取られる。その隙を見逃さず今度は見事に蹴り飛ばされる。微かに眉をひそめた古宮は、しかし、竜崎の蹴りをその程度で受け止められるだけ強者であるという事だろう。ますます気を引き締める竜崎。そんな彼を古宮が呆れ顔を見やる。

 「そんなやつによく付いて行くな」
 「まぁな。俺もそう思う」

 ひょいっと肩を竦めた竜崎は、ふっと表情をやわらげてどこか遠くを、それも優し気で愛おし気な瞳で見やる。
 「でもな、あんな馬鹿でもな、アイツなりの義があって、生き方がある。それに惚れちまったから仕方ない」
 「成程。らしい回答だな!」

 一瞬で柔らかな空気を引っ込めた竜崎と間合いを詰める古宮。戦いを再開する。

 怒号と悲鳴、血の匂いと鈍い音。そこかしこで殴り合いが勃発し、相手を倒しては倒される。手足があり得ない方向に曲がる者もいれば、ピクリとも動かず倒れ込んだ者もいる。熱気に包まれ、理性を亡くし。最早誰が味方で誰が敵で。何のために目の前のモノを殴っているか分からなくなってくる。

 一分か、十分か、一時間か、はたまたそれ以上か。時間の感覚もなくなったそんな時だった。

 古宮が、竜崎が。襤褸雑巾の様になり、血まみれになって尚、お互いの顔に向かって力強く拳をはなったその瞬間。



 「それまで!双方、引け!」
 闇夜に銀の光が煌いた。


**********
 喧嘩シーンは流れ(展開や長さ)の関係や、作者の実力不足で大幅カット。もっと力を付けてからリベンジします……。すみません……。
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