学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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邂逅

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 薄暗い闇に沈み、鉄の匂いが蔓延する戦場。そこに突如響いた声は、凛とした色を含んで、左程大きな声ではなかったにも関わらず聞いた者達の動きを止めるに十分な威力を持っていた。それらの者達に釣られるように動きを止める者が続出し、徐々に中心から外側に向かって静寂が広がっていった。

 その声に覚えがある者は驚愕に目を見開き、覚えがない者は不思議そうな顔であたりを見回し始めた。中でも竜崎と怜毅の驚き様は他と一線を画していた。驚きに硬直した体の自由が戻るなり、一心不乱に周囲を見渡した。

 「龍!上だ!」

 先に見つけた怜毅が悲鳴にも似た声を上げる。パッと見上げた先には彼らが待ち続け、焦がれた姿があった。

 解体中なのか、崩れたのか定かではない、少し背の低い建物。偶然にもその周囲には光を遮る物がないせいで、雲一つない夜空に輝く月明りに照らされている。そこには、白銀に輝く満月を背に立つ華奢な人影。風に靡く腰付近まで伸ばした銀糸の髪。目深に被った黒キャップの所為でその容貌は窺う事は出来ないが、トレードマークとも目される全身黒の装束と相まってそれが誰だかその場にいる者全員に知らしめていた。

 「……ひじりっ!?」

 竜崎の口から絞り出すように、その人影の名が呼ばれる。すぐそばにいた古宮は怪訝そうな顔で竜崎と人影を交互に見やっていたが、周囲が声を漏らし始めるのを聞き、目の色を変えた。

 「嘘だろ……」
 「帰ってきた……?」
 「聖さん……皇帝っ!」

 その一言を皮切りに、一気に歓声が沸き上がる。皇帝、帰ってきた、お帰りなさい。そんな言葉が周囲を満たし、NukusとKronousには歓喜を、素戔嗚には驚愕と困惑を齎した。

 「あれが……皇帝、だと?」

 思わず古宮が呟く。それが聞こえたのかそうでないかは定かではないが、その人物の口元に笑みが浮かんだ気がした。優雅な動作でスッと手を上げた人影は、パンっと音を立てて手を打ち鳴らした。すっと鎮まった眼下の広場を見渡して満足そうに頷いた彼は、ふふふっと笑った。

 「はぁい。随分と楽しそうなことしてるねぇ。混ぜてほしいなーなんて思ったり?」

 低すぎず高すぎず。涼やかな声がコロコロと笑う。ああ、でも。そう言った彼はほっそりした白指を顎に当てて小首を傾げた。

 「一つだけ言いたいことがあるんだけど?」
 「お前が噂の皇帝か。この状況で出てきて何が言いたい?」

 即座に食いついたのは古宮。爛々と輝く目で挑発的に見上げる。ふと、竜崎の頭に嫌な予感がよぎる。いつの間にか傍に来ていた怜毅もそこはかとなく心配そうな、不安そうな顔をしている。割って入ろうとした竜崎だったが、人影の方が一歩早かった。ふふん、と薄い胸を張って堂々と言い放ったのは。

 「俺は皇帝なんて名乗った事はない!人違いだ!」
 「空気を読め馬鹿!今そんな話をしている場合か!」

 思わず竜崎が頭を抱えて叫んだのも無理はないだろう。



 あーらよっと、と気の抜けた声と共に危なげなく降り立った聖月は、軽い足取りで竜崎と古宮のいる場所に向かってきた。

 「ふふふ。人込みがきれいに分かれるなんて、モーセの気分?」
 「ちょっと黙れお前は」
 「……なるほど。馬鹿アホ間抜けの三拍子そろったクソガキ、ねぇ」

 鼻歌を歌いそうなくらいに上機嫌な聖月と頭痛を堪えるような仕草をする竜崎とあっけに取られたのちに苦笑する古宮。三者三様のリアクションに、周囲の方が戸惑い気味だ。

 「ちょっと、聞き捨てならない言葉あったけど?誰が馬鹿アホ間抜けの三拍子そろったクソガキだって?」
 「竜崎がそんな事を言っていたのを聞いたんでな。何となく納得したわ」
 「それ以外に言いようがないだろうがこの馬鹿」
 「ふーんだ。龍ちゃんなんて嫌いー。罵倒のレパートリー少なくなったんじゃない?」
 「てめぇ」

 いじけたようにそっぽを向く聖月。青筋を立てる竜崎。探していた人物が目の前にいるにも関わらず、予想の斜め上を突っ走る本人に流石の古宮もどう対応したものか悩んでいるようだ。わずかに言いよどむ古宮。そんな男を横目で見やった聖月は、ふわりと口元に笑みを浮かべる。妖艶で、挑発的な笑みを。

 「まぁ、そうは言っても仲間だしねぇ。龍以外にもいっぱいいるみたいだしぃ……身内に手を出されて黙っている訳には、行かないよねぇ?」

 古宮の背筋にゾワリとしたものが走る。無意識に身構え、油断なく華奢な人影を見つめる。単純に力比べをすれば間違いなく勝てるだろう。にも拘らずどうしようもなく警戒心を掻き垂れられる。知らず知らずのうちに気分が高揚し、獰猛な笑みが浮かぶ。

 「なら、どうする?一戦やるか?」

 ぱっと聖月の前に竜崎と怜毅が立ちはだかる。番犬さながらに威嚇する二人を押さえたのは聖月だった。スルリとその間をすり抜けて古宮の前に立ち、その巨体を見上げる。

 「うーん。それも楽しそうだけどぉ」

 そう言った次の瞬間、聖月の姿が消えた。実際には古宮の死角に入った事でそう見えただけだが、咄嗟の事に古宮の対応が僅かに遅れる。常人相手であればそれで間に合っただろうが、聖月もまた常人のそれを遥かに超える。一瞬の隙をついて足払いをかけた聖月は、その勢いを利用して古宮を投げた。倒れ込んだ男に跨ると、その胸倉を掴み、ずいっと顔を近づけた。

 「いま、けっこう、きれてんの。だからさ、じぶんでも、どうなるかわかんないし」

 ひいて、くれない?

 耳元に甘く囁きかける。まるで恋人同士のような体勢だが、その身に纏うは触れれば切れんばかりの殺気。矛盾したそれらと、冷たく輝くキャップの奥の碧い瞳。息をのんだ古宮は、くくくっと笑い目元を覆った。

 「いいねぇ。益々興味が出た」

 ひとしきり愉し気に嗤った男は、予備動作なく聖月に殴り掛かる。予期していたようにスルリと逃げた彼を負うことなくゆっくりと状態を起こした男は、ニヤリと笑った。

 「てめぇら。今夜はここまでだ」

 声を張り上げて周囲に命令する。引き下がると思っていなかったNukusとKronousのメンツは動揺し、しかし、それ以上に動揺したのは素戔嗚の者達だった。

 暴れたりない、と不満の声を上げる男たち。されど、鋭く睨みつけた古宮のまえに屈する以外はなかった。

 「俺の命令が聞けないとはなぁ?」

 リーダーの圧力に渋々ながらも引く。一人また一人と姿を消す中、ゆったりとした動作で立ち上がった古宮は踵を返した。男は一歩歩いて顔だけ振り向いた。

 「今回はてめぇの面を立ててやる。だが、次は、思いっきり可愛がってやるよ」
 「お手柔らかに?」

 獰猛な笑みと妖艶な笑みが交わって、その夜の闘いは幕を下ろした。


***********
何故か皆、上から登場したがる謎……。
やられっぱなしの描写しかない古宮さんですが、実際には竜崎と同等以上の実力者です。気まぐれで粋と言う設定ののですが……残念。
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