学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

文字の大きさ
22 / 84
邂逅

8

しおりを挟む

 闇に沈んだ街の暗部に数えられる場所。そこには、まばらにたった電柱たちが、チカチカと苦し気に、それこそ力を振り絞るように僅かな光を生み出していた。闇と光がまばらに混ざるその場所で、いくつもの影が蠢いていた。

 そこに、黒い服を身に纏った一団と、カラフルな色合いの団体が音もなく静かに近寄っていた。鉄筋がむき出しのビルに囲まれた広場。数少ない電柱がその戦力を裂いて熱気とともに煌々と照らし出すその場所に立った彼らは、警戒を怠る事無く真っすぐに目の前のビルを睨みつけた。数秒の後、するりと鉄筋の上に男が一人姿を現した。

 「よぉ。待ってたぜNukusの龍とKronousの朱雀よぉ」
 「冥府」

 二階に当たるだろうその場所に立った冥府――古宮巽が気さくに声を掛けてくる。それに応じて低い声を出したのが朱雀こと高宮。龍と名乗る竜崎に至っては言葉も無く殺気を纏って古宮を睨みつけている。おお、こわ、と思ってもない言葉を口にしながら軽く肩を竦める巽。それなりの高さがあるにも関わらず躊躇なく鉄筋に腰掛ける。片膝を立てて抱え込んだ男は、実に楽し気に眼下の青年達を見下ろしている。

 「全く、降りてくる気配すらないとは。礼儀がなっていないというのは本当らしいな」
 「礼儀はその場によって変わるものさ。ついでに言うと、上から見下ろすのが最高の眺めってのが俺の持論でね」
 「結局のところ、全ての行動は、相手がどう取るかでその印象もなにも変わる。正しいと思っていても、相手がそうと思わなければただの押しつけ。それを独りよがりと言うんだ。知ってるか?」
 「それはいい事をしった。覚えておこう」

 軽く交わされる舌戦。その間に、お互いが間合いと空気を読み、主導権を握らんとする。一瞬即発のその空気。常人であれば飲み込まれて指一本動かせないその状況で、しかし、男は嬉々として爆弾を投げ込んだ。

 「しかし、残念だ。お前たちを刺激すれば会えると思ったのだがな。例の"皇帝"とやらに」
 「貴様」

 あからさまな挑発。乗ったのは竜崎。高宮もその背後に控える嵯峨野、怜毅も普段ならば窘めるだろうが、何も言わない。彼らにとっての地雷でもある事や、竜崎への信頼がそうさせた。今回はNukusに大きく関わる事。元々竜崎が中心となる事は話し合っていた。一歩下がった高宮に代わるように、じりっと一歩前に出た竜崎が地に這うかのような低い声で威嚇する。

 それ以上口を開けばどうなるか分かっているのだろうな。

 無言の圧力をかける竜崎。その背後で仲間達も圧力を増して身構えている。きひひ、と周囲の者達から忍び笑いが漏れる。早く、早く。戦わせろ、殴らせろ、血を流させろ。そんな異様な空気が這い寄ってくるようだ。手下たちの飢えに、古宮の喉がクツクツと笑い声を立てた。

 「そうとは思いたくなかったが、これは噂通りなのかもなぁ?そうとしか考えられないよなぁ?仲間と縄張りが侵されてんのに出てこないんだもんなぁ?」

 古宮の口角が三日月を描くように上がる。

 「――――噂だと、死んだんだってな?まさか、本当に死んでたとは、かの有名な“皇帝”が、よぉ」
 「冥府っ!!」

 闘いの幕を切って落とすその言葉。かっと目を見開いた竜崎が目にもとまらぬ速さでポケットから出したものを投げつける。銀の尾を引きながら古宮に押し迫ったは、紙一重の所で躱され、その崩した体勢に逆らうことなく古宮は鉄筋から滑り降りた。両手をポケットに突っ込んだまま音もなく降り立った古宮に、一瞬で肉薄した龍崎が殴り掛かる。

 「そぉ焦んなよ。今夜はたっぷり楽しもうぜぇ?」
 「抜かせ!」

 ぱしっと拳を受け止めた古宮が竜崎に顔を近づけて凄絶に笑う。一蹴した竜崎が更に攻撃を仕掛け、位置を目まぐるしく入れ替えながら目にもとまらぬ速さの攻防が繰り返された。それに触発され、それぞれの勢力がぶつかり合う。中心に双方のリーダーを務める男たちの戦いを置いて。

 「やるじゃねぇか。一般の不良の分際で」
 「そりゃどぉも。そっちはヤクザの家系の癖に対したことねぇな!」

 交わされる拳を躱し、すかさず蹴りを叩き込む。余裕な動作で受け止められ次の攻撃にシフトする。一進一退の攻防に古宮の熱が上がってくる。一瞬の隙を突かれ竜崎の右フックが古宮の頬をとらえた。勢いに逆らわず間合いを取った古宮がペッと唾を吐きだした。それは紅く染まっていた。

 「いいねぇ。つか、それだけの腕がありながらどうして"皇帝"なんてのに従ってる?俺のところに来るか?」
 「冗談。てめぇとアイツを一緒にすんな」
 「ますます興味が出た。そんなに秀でたやつだというのか?」
 「まさか。アイツはただの馬鹿アホ間抜けの三拍子そろった悪戯好きのクソガキだ」

 拳と共に交わされる言葉。思いがけない悪態に、流石の古宮もあっけに取られる。その隙を見逃さず今度は見事に蹴り飛ばされる。微かに眉をひそめた古宮は、しかし、竜崎の蹴りをその程度で受け止められるだけ強者であるという事だろう。ますます気を引き締める竜崎。そんな彼を古宮が呆れ顔を見やる。

 「そんなやつによく付いて行くな」
 「まぁな。俺もそう思う」

 ひょいっと肩を竦めた竜崎は、ふっと表情をやわらげてどこか遠くを、それも優し気で愛おし気な瞳で見やる。
 「でもな、あんな馬鹿でもな、アイツなりの義があって、生き方がある。それに惚れちまったから仕方ない」
 「成程。らしい回答だな!」

 一瞬で柔らかな空気を引っ込めた竜崎と間合いを詰める古宮。戦いを再開する。

 怒号と悲鳴、血の匂いと鈍い音。そこかしこで殴り合いが勃発し、相手を倒しては倒される。手足があり得ない方向に曲がる者もいれば、ピクリとも動かず倒れ込んだ者もいる。熱気に包まれ、理性を亡くし。最早誰が味方で誰が敵で。何のために目の前のモノを殴っているか分からなくなってくる。

 一分か、十分か、一時間か、はたまたそれ以上か。時間の感覚もなくなったそんな時だった。

 古宮が、竜崎が。襤褸雑巾の様になり、血まみれになって尚、お互いの顔に向かって力強く拳をはなったその瞬間。



 「それまで!双方、引け!」
 闇夜に銀の光が煌いた。


**********
 喧嘩シーンは流れ(展開や長さ)の関係や、作者の実力不足で大幅カット。もっと力を付けてからリベンジします……。すみません……。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

処理中です...