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邂逅
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しおりを挟む古宮とその配下が熱気とともに去り、漸う場も冷えた頃。広場は沈黙に沈んでいた。誰もが待ち焦がれた“皇帝”の帰還に、半分夢のような思いを抱き、半分どうしていいか困惑を抱えていた。なんと口を開いたらいいか。そんな風に誰もが思い、口を開けては閉じてを繰り返す。そんな中、ふわりと光が舞った。静かに古宮達を見送っていた聖月がひらりと身を翻し、竜崎達に向き直ったのだ。
踊るように竜崎へと近づいた聖月は、顔を伏せ拳を強く握りしめる彼の顔をひょいっと覗き込んだ。
「りゅーう?」
甘えるように呼び掛けた聖月は、ふわりと柔らかな笑みを浮かべた。先程までとは全く違う、久しぶりの再会を喜ぶ様な――最愛の恋人に再び巡り合えたことを切なさと共に噛みしめているような、そんな泣き笑いにも似た無邪気な笑顔。その笑顔を目にした怜毅が顔を歪め、高宮と嵯峨野が顔を見合わせて一息ついたように笑む。Nukusの面々は啜り泣く者まで出始める状況である。いかにこの瞬間を待ちわびたかがうかがえる。
「ひじり」
「うん。久しぶり、龍。元気だった?」
「元気だったか、だと……?」
はにかむ聖月に、唸るように低い声を出した竜崎。きょとん、と首を傾げた聖月と、勢いよく顔を上げた竜崎の視線が絡み。双方ともにその瞳に見惚れ。
「いったぁい!!!」
「ざっけんなこの大ボケがぁ!!」
竜崎の拳が勢いよく聖月の頭に落ちた。ゴツン、といかにもな音と共に振り落とされたそれに、聖月が溜まらず頭を抱えてしゃがみ込む。有らん限りの怒声をその彼に浴びせかける竜崎。涙目で竜崎を睨みつけた聖月は、何をするんだと叫び声を上げようとした。その時。
ガバリ、と大きく温かいものに体が包みこまれた。何か、と頭が認識する前に、その慣れた体温が、慣れた匂いが、覆いかぶさってきたのが竜崎だと聖月に克明に訴えた。
「ざっけんなよ、んっとに。どれだけ、心配したと……!」
常に冷静沈着な兄貴分の男の慟哭にも似た叫び。肩口に熱さと湿り気を感じ、先程とは違う種類の涙で、聖月の視界が滲んだ。
「ん。ごめん。ほんと、ごめん」
ぎゅっとその大きな背中に縋り付いて。聖月は久しぶりの愛おしい体を存分に感じていた。
暫く後。漸く激情が落ち着いた集団は、場所を変える事にした。竜崎と怜毅は、逃がして堪るかと言わんばかりに聖月を監視し、その視線に聖月は苦笑した。
「流石に、逃げたりしないさ。逃げたいけど」
「逃げたいって言ってる時点でアウトだ。大人しく着いて来て貰うぞ」
あらら、久しぶりの説教の気配。そういってクスクス笑う聖月。流れで一緒についてきている高宮も嵯峨野も微妙な顔をしている。筋を通す事にこだわる聖月だから逃げる事もないだろうが、何せ聖月である。何が起きてもおかしくないし、そもそも、そういう意味においては彼らの信頼は一切ないと言って良い。
大罪人もかくやと言った状況で引きずられていった先は、勿論、orneriness。カラン、と音を立ててドアを開けた竜崎が先に入って行く。すかさずドアを押さえた怜毅が無言で聖月を促す。ハイハイ、と肩を竦めると大人しく従う。
ベルの音に気付いた、非戦闘員の情報組とマスターが振り向く。そして、竜崎の後ろにいる人影に気付き、固まった。颯斗は手に持っていたケーキフォークを落とし、晴真はテーブルに手をついて勢いよく立ち上がった。ガタン、とカラン、という二つの音が重なり、そして二つの絶叫が後に続く。
「聖っ……⁈」
「はいはーい、ひっさしぶりー」
「は、え、……あっつ!」
ついでにコーヒーを注いでいた悠茉が溢れた事に気付かず、思い切り手に欠けて悲鳴を上げる。そんな三人にひらひらと手をふって緩く声を掛ける。どこまで行ってもマイペースな少年である。ふっと力の抜けた年少組が崩れ落ちる。
「ああもお、ほんとに」
「聖だぁ」
颯斗は半泣きで、それでも嬉し気な笑みを零し。晴真は勢いよく歓喜の涙を流す。クシャリと顔を歪めた悠茉が見守る中ゆっくり近づいた聖月はそっと傍にしゃがみ込み、優しい手つきの頭をかき混ぜた。
「うんうん。聖だよ。ただいま。ごめんね」
「全くだよ!」
泣いて再会を喜ぶ小動物三人組。ornerinessに、暖かな空気が満ちていた。
「それで?どういうことだか説明してくれるんだろうな」
ひとしきり再開を喜び合った後。数年前までの聖月の定位置であり、最近まで空席だった席についた聖月。カフェオレを嬉しそうに啜る彼ににじり寄ったのは他でもない竜崎。さっさと話せ、と満面の笑みで圧力をかける男をみて、聖月の顔が引きつる。
「うわぁ。龍さん大激怒のお顔をされてるぅ……」
「ほぉ?ここまで来て怒らないなんて選択肢があると思ってたのか?心外だな」
逃げ道を探しても、周囲は圧力を増した実力者がそろい踏み。逃げ道は一切ない。やれやれと息をついた聖月は、うーんと唸って天を見上げ言葉を探す。
「簡単に言うと、どうしてもここを離れないといけない用事が出来て。それを伝える時間がなくて。数年たってようやく戻ってこれる状況が出来たから戻って来た?」
「ざっくりし過ぎた馬鹿」
「どうしても、ココを離れないといけない、用事が、できたの」
詳細を話せ、話せないのか、と言外に詰め寄るが、対する聖月は謎めいた笑みを口元に刷いて、そっと指をあてただけたった。世界共通の秘密のポーズをとって微笑む。しばし睨みあっていたが、視線を逸らしたのは竜崎だった。不完全燃焼ではあったがこの調子の聖月は一切口を割らないのは経験上よく分かっている。
「俺にも、話せないのか」
「うん。ごめんね」
傍に居たい、頼りにされたい男の切なる願い。それを分かっていても巻き込めないと聖月は悲し気に微笑んだ。これで話は終わり、と聖月は竜崎の頬をスルリと撫でた。苦し気に眉を寄せた男だったが、すぐに意識を切り替えて鋭く聖月を見据える。その強い視線に聖月がいきをのむ。
「まぁ、いいさ。これからたっぷり時間はある。話したくなるようにすればいいし、話さないなら勝手に調べて勝手に首を突っ込む」
「ちょっと、それじゃ意味ない」
ぷくっと頬を膨らませる。じっとりした視線を向けるが何のその。お互い様だろうと視線を返す。
「ふーんだ。いいもん。やれるもんならやってみればいい。俺のプロテクト破れるならさー」
「やってやるさ。どんな手段を取ろうともな」
「それに、いい手掛かりもあるしねー」
予想外の言葉にきょとんとする聖月?そんなのあったっけ?と記憶を探る。ニヤリ、と実に悪い顔をして笑うのは竜崎。怜毅も目に力を入れ、颯斗が挑戦的な眼差しをする。
「第九学園新入生」
「……」
ポーカーフェイスを保つが、一瞬だけ気配が揺れる。それを見逃す人間はココにはいない。聖月の反応に確信を持った彼らが獰猛に笑う。追い詰めてやる、と決意をあらわにする恋人と仲間達に、聖月は負けを悟った。仕方ないか、と諸手を上げて降伏する。
「全くもぉ。怖い人しかいないんだから、ココ」
「類は友を呼ぶって事だろ」
せっせとカフェオレの追加を出しながら、意味ありげな顔で悠真が言う。むむむ、と唸った聖月だが、ふっと肩の力を抜いた。
「確かにちょぉっと尻尾出したけど、まさかキチンと引っ掴まれてたなんてねぇ。どうしようかなぁ。どうしようかねぇ。……そぉだ。いい事思いつーいた」
ゆったりと足を組み、その足に頬杖をついた聖月はふむ、と考え込んだが、すぐに妖艶に笑った。この笑い方はろくでもない事を考えている時。皆の顔が引き締まる。
「俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
**********
ちょっとしっくりこない部分もあるので、後日、思いつき次第修正します。
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