学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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邂逅

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 「えっと、龍?何がどうしてこうなったんだっけ?」

 状況の整理に失敗した聖月が、媚びるような笑みでを見つめる。聖月は焦っていた。あれよあれよという間に、ベットに放り投げられ男が覆いかぶさってきているのだ。てへっとかわい子ぶってみるが、対する竜崎は熱い大きな体で更に圧力をかけるだけである。

 なぜこうなっているのか。それは少し前にさかのぼる。


 ニッコリ笑顔の聖月が宣言した内容。それを聞いた面々は微妙な違いはあれど、全く同じ言葉をそれぞれの顔にどでかく書いた。

 また、なんか言いやがったぞコイツ。

 怒り、呆れ、疑問。それぞれ違ったスパイスをかけているものの、聖月ににじり寄る理由は同じ。何を言ってやがる、と詰め寄るが当の本人は何のその。のらりくらりと躱した挙句、勝手にルールを作り出した。

 曰く。

 「ひとーつ。周囲の皆々様にご迷惑をお掛けしない事。大がかりな罠を張って狩りするのは楽しそうだしいいんだけど、何の関係もない人を巻き込むのはちょっと良心が咎めるしぃ?」
 「ちょっと聖?散々振り回した挙句、更に振り回すって宣言してるも同然の僕たちに対しては良心が働かない訳?」
 「え、それ必要?」

 きょとん、と首を傾げる聖月。実に可愛らしいが、どうしようもなく殺意を掻き立てられるのは何故なのか。かつて聖月と一緒に悪戯を繰り返していた颯斗も顔を引きつらせているくらいには唯我独尊じぶんかってである。

 「ふたーつ。公平を期すために、どんでん返しが出来ない状況を作り出す事は却下。結果的にと、答え合わせの為は、まぁ、うん、仕方ない?として、狩りの最中は無しね。ついでに、直接的にあぶり出す行為も禁止」
 「狩りの対象が嬉々として狩られる舞台を整えるってどうなんだ?」
 「それが聖……」

 阿左美兄弟が目を半眼にして唸る。流石兄弟。仕草が似ている。ツッコミは入れつつも、その瞳は鋭い。聖月の出すルール。ルール自体が何かのヒントになると踏んでいるのだ。

 「とりあえずはこれだけかなー」
 「思った以上に適当ですね」
 「やり易いと言うべきか、警戒するべきか」

 Kronous勢二人が難しい顔をして考え込む。そろそろNukusと合併したらと言いそうになって、すぐに口を閉じる聖月。遠い目をして頷く。これ、絶対、ヤブヘビ。危なかったぁと汗を拭う仕草をする聖月を胡乱な顔で皆が見つめる。ふふん、と考えを一切読ませない笑みで跳ね返す。もの言いたげな嵯峨野の視線は一瞥して視線を逸らす。
 もう少し情報を、可能であれば勝負を取りやめさせるべきだ、と即座に判断した颯斗と嵯峨野が口を開こうとしたその時。

 「いいだろう」

 皆が驚きに振り向いたのは、他でもない竜崎。一番反対しそうな男が、と高宮が目を剥いているのを横目で睨むと腕を組んだ。

 「なんのつもりです?」
 「うーん。俺もちょぉっと気になるなぁ」

 嵯峨野と聖月が目元に険を乗せる。気持ち的には、槍が降っているのではないかと窓を除く怜毅と晴真に全力同意である。しかし、男が放ったのは一言。

 「言っただろう?何が何でも、どんな手段を取ろうとも、首を突っ込むと。どうせ、何を言っても何をしても、コイツが馬鹿をやるのは変わらないんだ。だったらそれに乗って勝ちゃあいい。そっちの方が早いし楽だ」

 そして必ず捕まえて、逃がさない。

 獰猛な飢えた肉食獣もかくやな瞳。言外の宣言に、ああ竜崎だ、と周りが引いてゆく。

 「うわぁ。龍ちゃん激おこだよぉ……」

 本日何回目かの台詞を吐いて後悔しても遅い。さしもの聖月の顔が盛大に引きつって天を仰いだ。その一瞬の隙をついて、骨ばった大きな熱い手が聖月のほっそりした腕をわしづかみする。

 「ほぇ……?」

 恐る恐るその腕の先をみて、ざっと血の気が下がる音がした。男の色気駄々洩れの笑み。そのまま引きずられていく。

 「と言う訳で。今日は解散。ついでに色々と言いたいこともやりたいこともあるからコイツは貰っていく」
 「え、ちょっと、誰か助けて?!」
 「うん、お灸をすえておいて」
 「思いっきりやってやれ」
 「裏切り者ぉ!」

 悲鳴を上げる聖月だが、周囲はしらっとした顔である。自業自得だ、という声が聞こえたのは気のせいか。



 そうして冒頭に戻る。ここはornerinessの二階、普段はNukusの面々が傷の手当に使ったり、仮眠室として使ったり、竜崎に至っては聖月を引っ張り込む部屋として使用されている場所。

 これはヤバい、と聖月がもがくが、そこは体格が全く違う。子猫の抵抗をあやすように竜崎がやすやすと抑え込み、じっと組み敷いた最愛の恋人を見つめる。

 「なに」
 「何を考えているのかと思ってな」
 「逃げたい」
 「逃がすかアホ」

 軽口の応酬には付き合ってくれるものの、先程までとは一転してその瞳の色は酷く冷静で。聖月はゆっくりと力を抜いて竜崎の頬に手を伸ばした。

 「今回の件、何処までが仕込みだ?」
 
 竜崎の頬を撫でていた白い手が動きを止める。

 「最初のメール。どうしてあんなものを送ってきた」
 「死んだなんて噂があったのが気に食わなかったから」
 「あのメールがなければ俺たちはおまえの存在に気付かなかったはずだ。なのに、送ってきた。完全な悪手だ」

 己の頬を包み込む温もりに目を細める竜崎。

 「それでも送ってきたのは、そうしなければならない理由があったか、損得度外視の理由があったか」
 「酷いなぁ」

 そっと目を伏せる聖月。心を暴かれるのは昔から苦手だった。だからこそ軽薄な仮面をかぶっていたのに、この男には通用しない。それが、もどかしい。

 「泣かせるのは、趣味じゃないの」
 「だろうな」

 そっと頭を下げた竜崎の額と聖月のそれが重なる。それが竜崎の愛した、合理主義でありながらどうしても切り離す事が出来なかった、聖月の弱い一面であり――強さに繋がる一面。

 「新入生歓迎会の事件もそうだ。レイプを見逃せなかった。だからこそ、小細工を仕掛けてまで動いた。そして、小細工までもフェイクとして使うことにした」
 「……」
 「そこまではいい。問題はその先だ」

 聖月の顔に一瞬だけ緊張が走る。ゆっくりと口を開いたのは、龍崎。

 「さっきの狩りの真似事。あれになんの意味があるのか」
 「ちょっとしたゲームだけど?」
 「一つ。ルールが手段に偏り勝利条件もあやふや。時間制限を設けるのがセオリーなのにそれもない。圧倒的にお前が不利。二つ。そもそもゲームを仕掛ける事自体の意味。それらにいつの間にか話が逸らされていた、過去の話を加味すると考えられるのは一つ」

 ふぅ、と息をついた竜崎が目を伏せる。

 「予期せぬ悪手によって発生した矛盾した行動。だが、掘られたくない過去の話。だからこそ、インパクトのある話題――ゲームによって誘導し、伏せたい所から目を逸らさせた」
 「龍のそう言う所、嫌い」
 「いってろ」

 ため息交じりに詰るが、竜崎にとってはなんのダメージにもならなかったようだ。

 「昼間の学園でゲームをすれば、学園に関するイベントやそこに集まる情報で見つかるのは時間の問題。だが、それで済んでしまうから過去を掘り下げる必要がなく、お前を捕まえる事に躍起になる連中はそもそもその思考自体を忘れる」
 「龍と、後は陽、朝顔あたりは引っかかってくれるといーなって言うか、是非引っかかって欲しかったけど」
 「陽はあれでいてまだ経験が浅いからな。気付くのは朝顔と朱雀だろう。どうやら俺の読みは間違ってなかったようだな」

 そっと聖月のフードを払い去る。憂いを帯びた美しい顔が月明りに照らされて、竜崎の心を揺さぶる。

 「もう一度、聞く。何があった。この数年、お前は何処で何をしていた」
 「どうしても、ココを離れないといけない、用事」
 「俺に出来る事は」
 「ない」

 端的な拒絶。竜崎には、それ以上に痛みを齎すものはないと感じる程。悔し気に、苦し気に精悍な顔が歪む。それを見る聖月も苦し気な息を吐く。頬に当てていた手を恋人の項に回し、そっと、それでいて力強く引き寄せた。

 「ごめん。ごめんね、りゅう」

 空気に溶け込んでしまうのではと思うくらいに小さな謝罪。それに対する返答は、言葉にならなかった。



 翌朝。竜崎は鳥の鳴き声で目を覚ました。そっと伸ばした手の先には、求めた温もりはなく。あったのは小さな紙切れ一つ。

 『もう一度会えることを夢見ながら、もう二度と会わないことを願ってる。』

 クシャリとその紙切れを握りしめ。顔を上げた男の瞳には固い決意が宿っていた。


**********
分かりづらい文章ですみません……。ひとまず決着。次回から平和な学園に戻ります。
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