学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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黎明

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 赤い血が一筋、真っ白な細い首につい、と垂れる。そのコントラストが何処か妖艶で。でも、ソレを作った女は狂った姿をさらし高校生組を一気に緊張の坩堝に叩き落とした。

 「おいおい。丸裸にされたってのに、まだ権力だのなんだのって言ってんのか。大丈夫かこの女」
 「さてな。一つ言えるのは大丈夫だったら、こんな様を晒して居ないって事だな」

 冷ややかな声で話すのは古宮と高宮。まだ抵抗するか、と力の亡者を相手に戦慄さえ感じていた。どうにか刺激しないように宥める方法は、と模索しようとする。一歩間違えれば、割れた破片が聖月の頸動脈を切り裂く。険しい顔をした二人だったが、ふと巡らせた視線の先に意外なものをみて、目を見開く。

 言ってみれば恋人を人質にされた状態の竜崎。一番激怒しているのは彼だろうと思っていたし、その背後に控える怜毅と颯斗は予想に違わず怒りをあらわにしていた。しかし、その当の本人は至って冷静だった。ちらり、と一瞥するとポケットに手を突っ込んで傍観の体勢を取ったのだ。

 「竜崎?」
 「あら。よっぽどコイツが大切なのね。いいわ。コイツを真っ赤に染めたくなければ、私を見逃しなさい。そしたら、これから先も贔屓にしてあげても良くってよ」

 竜崎の姿勢を、聖月が人質に取られた為に動けなくなったと誤解した万寿。その瞳を一片の期待に輝かせ、傲慢にも取引しようとする。ここまでの大事件を引き起こしたのは竜崎であると流石の万寿も理解していた。高宮と古宮、それ以外の二家まで支配して事を進める竜崎。この状況を利用すれば、真宮の権力もその男の能力も手に入り更なる贅が、と愚かにも幻想を夢見たのだ。

 しかし、付き合いの長い高宮と、付き合いが短くてもその短期間に散々こき使われまくった古宮としては、竜崎がその程度でどうにかなるとは思っていなかった。今度は何を企んでる、と嫌そうな顔をする高宮と興味深々の古宮を視界から追い出した竜崎は、面倒そうに声を掛けた。

 「いつまで、大人しくしているつもりだ、馬鹿」
 「な?!」

 万寿の事など視界に入っていないと言わんばかりのその態度。真っすぐ見据える先には、彼の愛する存在であり、時にはその姿に憧れまで抱いた存在。これまで進んできたのは道なき道だろうが、この先の道は作ってやったんだ、いい加減進め。それが出来ないなど言わせない。そんな挑発的な視線に、聖月は驚いた様な顔をして、次の瞬間、くすっと困ったように笑った。

 「ホントもう、滅茶苦茶」
 「煩い。つか、この程度の事なら散々やって来ただろう。今まで俺がどれだけお前に振り回されてきたと思ってる」

 その気分を味わいやがれ、と傲然と言い放つ竜崎。完全に無視された状態の万寿が怒りと屈辱に顔を染めてその腕に力を入れたその時。

 するり、とその細腕に白い指が絡みつき、一瞬の隙をついて抜け出したかと思うとその勢いを利用して万寿を投げた。壁に叩きつけられた万寿はあっけに取られたが、すぐに背中の痛みに呻いた。すっと首の血を掬い取った聖月は、白い指についたそれを赤い舌でゆっくりと舐め上げた。

 「ひぅっ!」

 ゆっくりと目の前にしゃがみこんだ聖月をみて、万寿の喉がひくりと動く。青ざめ顔を歪める女は哀れだった。胸に渦巻く思いは沢山あれど、聖月はそっと目を伏せて小さく嗤った。再び目を開けて万寿を視界に映した時には、真宮の恐怖と呪縛から解放されて晴れ晴れとした瞳をしていた。

 「さようなら。また会える日を夢見ながら、もう二度と会わない事を祈ってる」

 それがお互いの為だよね、と笑った聖月。初めて本当の意味で自由になった体は、とても軽かった。


 それから間もなく警察のサイレンが聞こえ、屋敷中がにわかに騒然とした。しかし、深央の手配と、使用人達の真宮家に対する嫌悪からすぐに警察が招き入れられ、リストにあった者達が次々に連行されていった。意識を失ってぐったりした嗣耀と、何事かを喚き散らす万寿が連行されるのを見送っていた聖月。すっと背後に慣れた気配を感じ振り返る。

 「全く。不良が何しているのさ」

 聖月は泣き笑いだ。竜崎はだまって方眉を上げるだけ。何時もと変わらないそのクールな表情に、聖月はクスクス笑った。

 「不良って普通、警察嫌いで逃げ回る立場でしょうに。それを利用するなんて」
 「邪道もいいとこだな」

 高宮も呆れ顔だ。若干の後味の悪さはあるがやっと大一番が終わった、と解放感にあふれた様子である。もっとも、竜崎は全く意に介していないが。

 「んなもん、簡単だろ」

 しれっとした顔で言った男は、ニヤリ、と好戦的に笑って見せた。

 「一つ。相手が相手なんだ。真正面からぶつかってどうなるよ。ただ喧嘩をふっかけるだけじゃあ、何も変わらない。只時間をロスるだけ。お前は戻ってこず、俺たちはお先真っ暗。そんな負け戦して堪るかっての。暴力で解決する事はあるだろうか、今回はそうじゃなかったってだけだ」

 その笑顔は、勝ち目のない相手に向かっていくときや、追い詰められた時に浮かべる笑顔で。

 「二つ。俺たちのモットーだろ。欲しいものは手に入れる。例えどんな手段を使おうとも。今回はそれがこれだったというだけの話だ」

 いつもと変わらない笑顔で無茶を通す。

 「まぁ、Nukusに入ってあれこれしてなきゃ、格上相手のほぼ負け戦に挑む度胸なんてつかなかったさ」

 竜崎はそう言って不敵に笑う。お前が俺を、俺たちをここまで連れてきたんだ、とその瞳が語っている。あっけらかんとした竜崎にポカンと口を開けた聖月。いやいや、と苦笑する。

 「たしかに、ウチNukusで散々格上相手にやらかしまくったけど、今回は規模が違い過ぎるでしょ」

 ちらり、と高宮の方をみて呟く。高宮も呆れ顔をしている。彼らは内部に居るからこそ、その権力の大きさを身に染みて知っている。格上相手の負け戦、なんて軽く言える相手ではないだろうとため息をついたのだが。それを吹き飛ばしたのは、颯斗の笑い声だった。

 「あはは。なに言ってるのさ、聖月?」

 ニヤリと笑った彼は、至って普通の事を言うように言った。

 「数も力も格上の相手に喧嘩を売って、なりふり構わず手段も問わず、価値に言って欲しい物を手に入れる。それがNukusじゃん」

 だから、とからりとわらった颯斗は何でもないように言い放つ。

 「ほら、こんなの何時もの喧嘩と何も変わらない」 

 何も知らない部外者だからこその、一歩間違えれば傲慢ともとれる無茶。事を起こす前に無理だ、と誰もが諦める無茶をあっさり何時もの喧嘩と同じだと実行してしまう怖い物知らずの無知。呆気にとられ、でも確かにNukusらしい、と聖月は笑った。しかしまぁ、となんとも言えない顔になった竜崎が、居心地悪そうに頭を掻く。

 「今回の件で不良稼業はお仕舞いだがな」
 「お仕舞い?何で」

 ためいき交じりの竜崎の言葉に聖月は首を傾げた。チラリと視線を交えた高宮が真剣な顔をする。

 「今回、五大名家の残り二つを動かす条件があってな。それが、聖月、お前を差し出す事だ」
 「はいぃ?」

 全く展開の読めない言葉に聖月の顔が引きつった。知らない間に策謀が進められて実行されたかと思えば、いつの間にか人身御供もかくやな状況に投げ込まれているらしい。驚くのも無理はないだろう。嫌な予感がする、と早速逃亡を考え始める聖月。しかし、相手が竜崎となると逃げるのにも苦労する、と八方塞がりな状況に頭を抱える。高宮と竜崎も何と説明していいのか、と微妙な顔で考え込んでいる。

 「取り込み中にアレだがな。サツが割り込むタイミングを計ってるぞ」

 そこに口を出したのが、面白そうに様子を窺っていた古宮。彼が示す先には、スーツ姿の警察官がもの言いたげな顔で立っていた。

 「申し訳ありませんが皆さんにも事情聴取を」
 「……話は後だな」

 ひとまずこれで事は終わりだ、と竜崎が閉め。警察官に従ってぞろぞろと移動する皆を見送った聖月は、静かに後ろを振り返った。違う警察官に声を掛けられ漸う立ち上がった深央と目が合う。小さく笑みを向けられて、聖月は微笑み返した。

 何百年とこの国を支配した真宮家が、この日、ついにその横暴さゆえに没落した。その権力に運命を翻弄された二人の青年の開放と共に。


********
ひとまず真宮家編は終了。想像以上にあっけない幕引きで作者としても不完全燃焼……。しかし、悔しい事に今のところはこれ以上を思い浮かべられなかったので、いつか出直します。すみません……。
この先ですが、残り数話を使って、聖月君が支払う対価について話が進み完結という流れになります。もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。
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