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黎明
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しおりを挟む憎悪の瞳で、従者だった男を睨みつける最高権力者だった老人と、あと一歩でソレを手に入れられたはずだった女。這いつくばって呪詛をまき散らす彼らを見て、深央は高らかに嗤った。
「ざまぁない。ざまぁねぇな、真宮のお偉い様よぉ!」
クツクツと嗤って嗣耀に近づいた男は、ぐいっとその胸元を握りしめ顔を近づける。そのまま嘲笑を見せつけると、怒りと慟哭に染まった瞳で老人に吐き捨てた。
「まさか、ここまで上手く行くとはな」
「貴様!取り立ててやった恩を忘れたか!痴れ者め!」
「はっ!知った事か!てめぇらに取り立てられたところで反吐が出るだけだったわクソジジイ」
音を立てて嗣耀を引き倒す。痛みに呻く嗣耀に更に体重をかけて圧を掛けていく。噛みしめられた深央の奥歯が軋んで悲鳴を上げている。
「てめぇら真宮の権力争いの所為で、俺たち兄妹を庇った両親も、祖父母も皆死んでった。墓の前で、せめて椿だけは、と俺は誓った。でも、それでも、守り切れなかった。それが、どれだけの絶望か、貴様に分かるか?!」
血を吐く様な苦痛の声。痛みに呻いた嗣耀が、かっと目を見開いたかと思うと、深央に唾を吐き捨てる。
「何を言うかと思えば!さような昔の話など知った事か!弱きものは死ぬ!それだけだ!自分も、家族も守れなかった無能に、物を言う資格等ないわ!あ奴らとて、真宮の土に為れたことを泣いて喜んでいるだろうて!」
「黙って聞いていればっ」
ずっと大人しくしていた高宮だったが、余りの言い分に激昂して割って入ろうとする。同じ五大名家としても、上に立つ家柄の者としても許せなかった。
権力は、権力者を守るための物でもなければ、好き勝手使っていいものではない。かと言って、弱者をただ救済する物でもない。それは、努力した者が得られる権利であり、努力を肯定して次の機会を与える為の物。そして、下の者が何か成果を出した時には対価として与える義務を持つものであり、一方で正当な理由のもと傷を負った下の者を守る義務を象徴するもの。
まかり間違っても、権力の為に他人を踏みつけるものではないと、己の好き勝手に扱っていいものではないと、高宮は教えられて育った。力には責任が付きまとう。力のみ肯定して、責任を否定する人間に、上に立つ資格はなし。その為に高潔であれ、下の者に慕われる者であれ、ただし、舐められる者になるな。
そう言い聞かされて育った高宮には受け入れられない主張だったし、暴力には痛みが付きまとう事を十二分に知っている古宮もまた、眉をひそめて軽蔑の色をその瞳に浮かべていた。
気の収まらない高宮が怒りに任せて乱入しようとするのを、嵯峨野が必死に羽交い絞めにする。主の言い分に同意しようとも、ここでの流血沙汰は全ての努力を水に流してしまう、と彼も込み上げる怒りをかみ殺していた。見かねた怜毅がそれに手を貸した時、低い声がポツリと落ちた。
「ああ、そうだ。結局妹を守れなかった俺が弱かった。全て俺が悪いさ。力も何もなかった俺が、俺がっ!」
親しい者達の死を見送り続けた男の悲嘆。何年も己を責め続けた男の慟哭。殺しきれない怒りをぶつけるように、枯れかけの老人の体を畳に何度も叩きつけながら、深央は叫ぶ。
「だがな!それが分かっていても、それでも、てめぇらさえいなければと何度思った事か!せめて、マトモな奴が君臨すればいいと思っても、この家にそんなヤツはいない!この先も、同じ光景を何度見させられれば気が済むのかと、妹の遺体を抱きながら何度思った事か!貴様らの所為で、貴様らさえいなければと!」
一際強く叩きつけた深央は、ぐっと嗣耀の体を畳に押さえつけ唸った。
「だから決めたのさ。何年かかろうと、どれだけ血反吐を吐こうと、貴様らの傍で機を窺ってやる。いつかその首元に牙を突き付けてやると誓った。死んだ両親と妹の墓の前でな」
例え悪魔に魂を売ろうとも。それが深央の覚悟で、それを見抜けなかった嗣耀と万寿の破滅は確定した未来だった。
痛みに呻く老人からふらりと力なく起き上がった男は、そのまま後ずさったかと思うと壁に背を付けてずるずると崩れ落ちた。怒りに悲しみに憎しみに、様々な感情が混ざり合って込み上げるのを制御できずに小さく丸まって震える彼を、聖月は痛まし気に見つめそっと目を伏せた。
静かに様子を窺っていた竜崎。項垂れる聖月に音もなく近づくと、そっとその傍らに膝をついた。ノロノロと顔を上げた聖月は小さく笑みを浮かべた。
「全く。何が何やら。こんな事になるなんて想像もしてなかった」
「だろうな。なにせ、何処かの誰かは一人で抱え込めばそれで解決なんて馬鹿な事を考えているんだから」
「馬鹿って酷いなぁ」
小さく瞳を揺らした聖月。ユラユラと滲む視界を強く目を瞑る事で誤魔化そうとする。考えた事も無かった。真宮を頭ごと叩き潰し、全ての形勢を逆転する事など。そんな事は不可能だと思っていた。
しかし、聖月の惚れた男はそれを至極あっさりと成し遂げてしまった。しかも、その理由はきっと、聖月が腕の中に居ない状況が気に食わなかったから、だたそれだけ。それが分かるから、聖月は泣きだしたくなるような叫び出したくなるような感情にかられる。
「高宮どころか五大名家全部に、その周囲まで巻き込んで。挙句のはてに深央?一体どんな手品を使ったのやら」
「別に。誠心誠意頼んだだけさ。恋人を返してもらう為に力を貸してくれって」
「おいおい。あれのどこが誠心誠意頼んだだけだって?散々暴れ回ってよく言いやがる」
怒りを抑えこんだ高宮がぎこちない笑みを浮かべてツッコミを入れる。飄々とした態度で肩を竦める竜崎。頼んだだけだってのは確かだろう?とすっとぼけて見せる男に、流石の古宮まで確かに頼んだだけだなと呆れ気味だ。面倒な仕事も交渉もこっちに振りやがって、と舌戦を始める三人。
その三人を丁度雲の切れ目から顔を出した太陽が、祝福するように照らし出した。それをみた聖月は、冷えた体がゆっくりと血の気を戻すのを感じ、目元に滲んだ涙をそっと拭った。
「まったく。これだから龍は」
小さく呟いたその言葉は、誰にも届かずとも聖月自身の胸に暖かな火を灯した。
権力の裏づけになる資金源は潰した。真宮を取り囲む視線は厳しい。法的に真宮家の者達を罰する証拠も多数。社会的に抹殺するためにマスコミにも手を回してある。これで真宮のはりぼては完全に剥がし、彼らの勝利が確定した。
誰もがそう思い、ほっと息をついたその時だった。
「……もんですか」
一瞬の隙をつき、さっと赤い塊が聖月に飛び掛かる。はっと全員が振り返ったその時には、万寿が聖月をとらえていた。嗣耀に投げつけられた茶器の割れた破片をその細い首に押し付け、血走った眼で叫ぶ。
「認めないわ!真宮の権力は、支配者の権力は私の物よ!お前たち如き子供に邪魔されてたまるものですか!」
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