学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

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平穏

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 「と、言う訳で!今日はバレンタインデーなのでお菓子を用意してみました!」

 翌日、バレンタインデー当日。如何にも警戒した顔で現れるもの、戦慄に顔を歪めている者、開き直ってどんとこいと言わんばかりの者。十人十色の顔色を見せるメンツを前に、聖月は可愛らしく微笑んで見せた。てへ、と頬に手を当てるあざとい仕草付き。対面している者たちの顔色は悪くなる一方だが。

 「俺に高宮、嵯峨野、颯斗に怜毅、晴真に悠茉。そしてNukusの面々か。何となく妥当な所か?」
 「俺、そろそろ聖に手を貸した事を後悔し始めているんだが」
 「そもそも我々はkronosなので招待を辞退すべきかと」
 「いや、止めといた方が良いんじゃない?なにせ相手はあの聖だし」
 「……」

 尊大な仕草で腕を組む竜崎。頭を抱える高宮に、すっぽかしたいがその後の嫌がらせが怖くて出来なかった嵯峨野。聖月に負けず劣らずな笑みを浮かべる颯斗に、死んだ目をして黙り込む怜毅。晴真に至っては、うさ耳パーカーのフードを極限まで引っ張って隠れようとしている。悠茉はどうやらカフェの仕事がある事を全力でアピールして逃げようとしているようだ。せっせとコーヒーを量産している。一番美味しく淹れられるが手間かかると言って滅多にしないやり方で。

 「ちょっと君たち?せっかく作って来て上げたのに失礼じゃない?」
 「それ言うならそもそも今までの行動を思い返してから言ってくれない?」
 「え、何かしたっけ?」
 「コイツ……!」

 むくれる聖月にすかさず突っ込んだのは颯斗。しかし、しれっと返され撃沈する。全く心当たりありません、と純粋な笑みを浮かべる佳人に高宮が額に青筋を浮かべた。普段ならその高宮を鎮める役目を負う嵯峨野は、この状況を乗り切る方法を必死に考えているようだ。

 「ここまで来たら凰我様に私の分も……。そうだ、主人への贈り物に従者が手を付ける訳には……!」
 「おいこら凛!俺を人身御供に差し出すな!それでも従者か!」
 「我が身の方が大事です!」
 「言い切りやがったコイツ!」

 忠臣にすらこの台詞を吐かせるとは。なりふり構っている余裕なくぎゃおぎゃおと舌戦を繰り広げる主従コンビに、Nukusの面々もかなり顔色が悪くなっている。あんまりな様子に、流石の聖月も半眼になる。

 「ああもう、分かったよこうすればいいんでしょ!」

 ぷんすか怒った聖月は、無造作に積み上げらたシュークリームの一つを手に取った。一番上などの取りやすく目につきやすい場所ではなく、何気なくとった場所。ピタリと動きを止めたメンツの前で、聖月は勢いよくかぶりついた。

 「うぉ?!いった!」
 「んー。やっぱ俺天才。最高」

 信じられないと言わんばかりに奇声をあげる高宮を他所に、聖月は満足そうにシュークリームを頬張る。チラリと見せたその断面は、いたって普通のチョコレートクリームで出来たクリームに見える。いや、これは罠でマズいものを美味しそうに食べている……?しかし、聖月は自分に害のある悪戯をしたことは一度もない。

 そこまで一瞬で思考した幹部たちが、なんとも言えない顔を見合わせ、聖月に視線を戻す。小さな口にシュークリームを押し込んだ聖月は暫くもごもごと頬を膨らませていたが、漸う飲み込んでニッコリ笑った。

 「分ったわかった。そんなに信用無いなら、もとい期待してるなら暴露してあげるよ」

 うふふ。顔の前で手を合わせた聖月はコテンと小首を傾げて、真っ赤な唇を笑みの形に刻んだ。ゾクリとするほどの色気が立ち上り。

 「さて、ここでクエスチョン。この中で、ワサビクリームをたっぷり仕込んだ当たりはいくつあるでしょう?」
 「やっぱりやりやがったコイツ!」
 「ロシアンルーレットですか?!」

 反応良く突っ込んでくれるのはKronusの二人。それ以外はほれ見た事か、と頭を抱えているようだ。しかし、悪戯付きの聖月が普通のお菓子を用意するはずがない。ある意味ホッとした様子を見せる中で、一人黙った竜崎が何事かを考えているようだ。

 「と言う訳で、全員分用意しました!一人一個ね!手に取ったら席について!一斉にかぶりついてみよう!」
 「拒否権は?」
 「無し!勿論悠茉もだよ!」
 「……っ?!」

 そそくさとバックヤードに戻ろうとする悠茉を目敏く見つけ、聖月がニッコリ笑って声を掛ける。同時にささっと携帯を操作する。一拍遅れて悠茉の携帯から着信音が。恐る恐る確認した彼は、一気に青ざめると勢いよくシュークリームの山に突っ込み一個を手にした。その眼は死んでいる。

 「……」

 その様に、拒否した場合の心理的致命傷を確認した全員。そっと顔を見合わせた次の瞬間。

 「早い者勝ちっ!」
 「おい、ソレ寄こせ!俺が目を付けたんだ!」
 「煩い!早い者がちだって言っただろ!」

 阿鼻叫喚が巻き起こった。



 暫くのち。全員にシュークリームが行き渡った事を確認して、聖月がニッコリと笑みを浮かべた。因みに、シュークリームと同時に全員に水が配布された。既に致命傷を受けて動けない兄に代わった晴真の思いやりである。

 「よーし行き渡ったね?それじゃハッピーバレンタイン!美味しく食べて帰ってね!」

 その言葉を皮切りに、全員が一瞬顔を見合わせ、意を決してかぶりつく。さて、結果は。

 「ギャーーーーーー!」

 阿鼻叫喚再び。悲鳴を上げてのたうち回った。聖月が堪えきれずに吹き出す音がかき消される。必死の形相で水を飲みほした高宮が絶叫する。

 「何だコレ?!とうがらし?!」
 「こっちは辛子の味がします……」

 隣で嵯峨野がせき込んでいる。方々から悲鳴が聞こえるなか、爆笑している元凶に幾つもの視線が突き刺さる。笑い過ぎて過呼吸を起こしていた聖月。答えられない彼に代わって声を上げたのは竜崎だった。

 「馬鹿だなお前ら」

 一人涼しい顔でシュークリームを手にした男はパカっと二つに割ったかと思うとその色を見て、この色はわさび……って事はあたりか?と呟いた。

 「言ってただろう?"この中で、ワサビクリームをたっぷり仕込んだ当たりはいくつあるでしょう?"ってな」
 「……おいまさか?!」
 「そのまさか。確かにわさびクリームは幾つか何だろう。だが、それ以外の爆弾を仕込んでいないっていつ言ったよ?」
 「卑怯だろ?!」
 「だから馬鹿って言ったろ?考えてもみろ。コイツがロシアンルーレット程度で満足するタマか」

 心底呆れた顔をする竜崎。この男は齧るフリをして食べていなかったらしい。聖月の悪戯への恐怖で視野が狭まった状態で、ロシアンルーレットに意識が流された事に、竜崎は馬鹿だと言い放つ。ワナワナと震えた高宮が絶叫する。その声に、聖月の爆笑が覆いかぶさって響き渡った。
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