学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――

天海みつき

文字の大きさ
77 / 84
平穏

1

しおりを挟む
 お久しぶりです。お気に入り登録してくださった皆様、本当にありがとうございます。お陰様で100人という大台を達成する事ができました。
 お礼と記念に……と考えていたのですが、中々思いつかず。ふともうすぐバレンタインだな、と思った瞬間に聖月君が頭の中でニヤリと笑ってくれました(笑)。時系列的には終末と幕開の間位でしょうか。転校する前、聖月君高校一年生の2月です。
 バレンタインネタで全3話。お楽しみいただけたら幸いです。

**********


 バレンタインデー。元は聖ウァレンティヌスが殉教した日に由来するこの日、各企業の販促活動に支配された民たちが恋のイベントとしてチョコレート菓子を差し出す。

 「うふふ。誰か、しかも、聖人なんてとっておきの人の命日を恋のイベントにするとかイミフすぎるぅ」
 「そんな性格の悪そうな顔でコケにするのはお前だけだよ」

 げんなりした顔で突っ込むのは蓮。ニヤニヤとあくどい顔で笑う友人に、冷たい一瞥を贈る。もっともその程度で怯む相手ではない。

 「え、だって、キリスト教ってなかなかいい性格してると思わない?祝祭に指定されている日って大体誰かの命日だよ?普通、死んだ日って悼む日であって、喪に服す的な行動起こすべきじゃない?」
 「殉教が神聖視されている以上、殉教はめでたいんだろ」
 「あはは。人の命を何だと思ってるんだろうねぇ。死んだら他の人が幸福になれるとか、世界が平和になるとか。そんな超常的な事が発生するならとっくに世界は平和で幸せに満ちてると思わない?」
 「知るかよ。俺は無信教だから興味ないし。……それよりも」

 ケラケラと三大宗教の筆頭を貶している友人の台詞をぶった切ったかと思うと、蓮は半眼にした瞳でギロリと美しい青年を睨みつけた。きょとん、とする顔は実に美しいが、本性を知っている者としては実にイラッとさせられる。眉間に皺を寄せて天を仰いだ蓮は、絞り出すように呻き声をあげた。

 「何で俺がこんな事に付き合わなきゃなんないの?!」

 両手いっぱいに抱えたるは、小麦粉、タマゴ、牛乳、その他諸々。朝っぱらから聖月の襲撃を受けて引っ張り出された蓮は、見事に荷物持ちをさせられていた。

 「そんなの決まってるじゃない!」

 にっこり可憐に笑って見せる絶世の佳人。しかし、その笑顔がどことなく黒く見えるのは、偏見だろうか。ぱん、と顔の横で手を合わせた聖月は十人を十人魅了する満面の笑みで宣った。

 「バレンタインのお菓子を作る全力で嫌がらせする為さ!」
 「ちょっと聞こえちゃいけない副音声が聞こえた気がするんだけど?!」
 「失礼な!この清廉潔白純粋無垢な僕の姿が見えないの?!」
 「見えるか!寝言は寝て言えこの馬鹿!」

 何処までいっても信用ならない友人の台詞に絶叫する蓮。青い空に消えていくソレを不満そうな顔をして聞いていた聖月は、ぷくりと頬を膨らませた。



 事の発端は、前述の通り。バレンタインを翌日に控えたこの日、偶然にも土曜日と休日だった。そもそも、ナンバーズと総称される九つの学園の日常は、ハードである。国内最高峰の教育を施す関係で、授業のレベルは一般の学校のソレとは格が違う。それに加えて生徒によっては委員会活動や、部活動も積極的に行う。学業においてもそれ以外においても、学園の生徒である以上は結果を出さなければペナルティが課される。

 その為、日々の活動に手を抜く者はおらず、休日は英気を養う為に死んだように眠る者も少なくない。蓮もその内の一人だった。

 しかし、あくまで少なくない、と言うだけ。つまり、例外が存在する。そんな生活をしていてなお、エネルギーをあり余せている者もいるのだ。そして、言わずもがな、蓮の親友を自称するはた迷惑な存在もまた、後者に含まれるわけで。

 「レンれん蓮くーん!朝だよ起きろー!」
 「うへぇ?!」

 暖かな布団でぬくぬくしながら微睡んでいた蓮。突然部屋の扉が開いたかと思ったら、勢いよく重いものが降って来た。蓮はたまらず奇声を上げて飛び起きた。寝起きで動かない頭を無理やりたたき起こして状況を把握しようとする。そして真っ先に目に飛び込んできたのは。

 「ちょ、な、どうやって入って来やがった聖月!」
 「わぁ蓮君のキャラが崩れてるぅ!めっずらしぃ!」
 「だまらっしゃい!」

 蓮のベットに零れ落ちる白銀の絹糸。優美な線をシーツに描くその髪の持主が、爽やかな朝日に照らされて、それは麗しい蕩けた笑みを浮かべて寝そべっている光景。普段は隠しているその姿だが、既にカミングアウト済み。一瞬でその正体と状況を理解し怒声を浴びせる。しかし、ケタケタと笑うだけの聖月に、蓮の頭が早速痛み始める。言ってやりたいことは山ほどある。山ほどあるのだが。

 「何さ」
 「……別に」

 ”他人の不幸は密の味”がモットーであると豪語するこの友人は寧ろ嬉々として躱し、更に嫌がらせをしてくるだろう。小首を傾げて可愛らしく聞いてくる聖月に、ため息をついた蓮。諦めの境地に達していた。

 「で、こんな貴重な休日の朝早くから何の用」
 「ふっふっふー。良くぞ聞いてくれました蓮君!実は、僕にはとても重要なミッションがあるのです!」
 「……はぁ」

 優美な動作で上体を起こした聖月は、ふふん、と薄い胸を張る。この時点ですでに嫌な予感しかない蓮の引きつった顔ににっこりと笑みを返して宣言した。

 「明日はバレンタインデー!他人の意のままに動くのは癪だけど、今回だけは乗ってやろうじゃない!と言う訳で、買い物行くよ!」
 「いや、絶対聖月の考えるバレンタインデーって一般の人が考えるソレとは思いっきり乖離しているはずだよね?!」

 思わず突っ込みを入れた蓮。漸く頭が回ってきた事を自覚すると同時に、ふと一つの疑問が頭をよぎった。

 「ってか、そもそもどうやって部屋に入ってきたわけ?聖月は特待生で一人部屋。ここの鍵持ってないでしょ」
 「え、何言ってるの蓮君」

 じゃん、という声と共に取り出したのはよくよく見覚えのある鍵。目を剥く蓮に対し、聖月は満面の笑みを浮かべて見せる。

 「勝手にスペアを作ったのか?!」
 「まっさかぁ。そんな悪いことしないよぉ。だって俺、風紀委員だもん。こんなのちょっと言い訳すれば手に入る」
 「なお悪いわ!職権乱用だ馬鹿!誰だコイツに権力与えたの!」
 「え、龍に決まってるじゃん!文句言いたいなら行って来れば?」

 蓮は崩れ落ちる以外の選択肢がなかった。


 そんなこんなで、朝から引っ掻き回された蓮。外出届が無ければ敷地から出られないと足掻くも、聖月には通じず。どこからともなく取り出された蓮の外出許可証を見せられた時点で、蓮の貴重な休日の使い道は決まった。

 そして、現在に至る。ああじゃない、こうじゃない、と連れまわされた挙句に荷物持ちをさせられてぐったりした蓮を連れて聖月が向かったのは自分の部屋。学園のシステムは厳しいが、それに応じたように結果を出す者には好待遇が与えられる。聖月は高性能キッチン付きの一人部屋に住んでいた。

 「……で?聖月って料理できたっけ?」
 「失礼な。料理なんてレシピ覚えれば簡単に出来るじゃん。本職を目指すわけじゃないんだし」

 あっさりと返された言葉に、蓮は乾いた笑いを零した。そうだった、性格はともかくハイスペックだった、どうせならもう少しマトモな奴にスペックを与えるべきじゃなかったか神様よ。そんな失礼な事を思いつつ、蓮は肩を竦めた。そのスペック故に苦労してきた事もまた理解しているので言わないが。

 壊滅的な音痴故に原曲が何か分からない鼻歌を歌いつつ、聖月が買ってきたものを整理している。疲れの残る体をソファに預けながら蓮はふむ、と考え込んだ。

 「お菓子関係のものは結構一般的な物買ってたけど、何作るつもり?」
 「良くぞ聞いてくれました!今回はシュークリームを作っちゃいまーす!」

 振り返った聖月はそれはそれは楽しそうである。経験があるから分かる。この顔をしている時はろくでもない事を考えている。蓮は買ってきたものを改めて思い返し、顔をひきつらせた。

 「えっと。ちなみには料理に使うんだよね?」
 「それは出来上がってからのお楽しみ?」
 「……俺、要らない」
 「えー。そんな事言わずに。ね?」

 明らかにお菓子作りに関係ないであろうを頭に浮かべた蓮はそっと部屋を後にしようとする。触らぬ神に祟りなし。もっとも、蓮の願いが叶う訳もなく。妖艶な笑みを浮かべた聖月の圧力に屈した蓮は、どうにでもなれと自棄になったとかいないとか。


 数時間後。ソファに倒れたままピクリとも動かない蓮を横目に、聖月は口元を三日月の形に刻んだ。目の前には大量に盛られたシュークリームの山。見た目で行くと美味しそうである。こんがりと焼きあげられたシュー。形もふっくらしていて美しい。実際口に含めばさっくりとした食感が口を楽しませるだろう。

 「さぁて。最後の仕上げ」

 ふふふ。込み上げる笑みをかみ殺しきれず零した聖月はポケットから携帯を取り出した。ぱぱぱっと打ったメールの文面は。

 「"明日の12時、ornerinessに来られたし。時間までに現れなかった場合は……その時のお楽しみだお(⋈◍>◡<◍)。✧♡"っと」

 めぼしい人物に一斉にメッセージを送信する。ウットリとした様子で携帯に唇を寄せた聖月は待ち切れなさそうにキスをする。

 「楽しみだなぁ」

 何も知らない人には、恍惚を。聖月を知っている人には、戦慄を。それぞれ抱かせる美しい笑みを浮かべた聖月はふと、己の口元についたチョコレートクリームに気付き、赤い舌でなめとった。

 「うん。完璧っと」

 口の中に広がる控えめな甘さを堪能して自画自賛すると、聖月はせっせとシュークリームを詰め始めた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

血のつながらない弟に誘惑されてしまいました。【完結】

まつも☆きらら
BL
突然できたかわいい弟。素直でおとなしくてすぐに仲良くなったけれど、むじゃきなその弟には実は人には言えない秘密があった。ある夜、俺のベッドに潜り込んできた弟は信じられない告白をする。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する幼少中高大院までの一貫校だ。しかし学校の規模に見合わず生徒数は一学年300人程の少人数の学院で、他とは少し違う校風の学院でもある。 そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語

あと一度だけでもいいから君に会いたい

藤雪たすく
BL
異世界に転生し、冒険者ギルドの雑用係として働き始めてかれこれ10年ほど経つけれど……この世界のご飯は素材を生かしすぎている。 いまだ食事に馴染めず米が恋しすぎてしまった為、とある冒険者さんの事が気になって仕方がなくなってしまった。 もう一度あの人に会いたい。あと一度でもあの人と会いたい。 ※他サイト投稿済み作品を改題、修正したものになります

好きな人がカッコ良すぎて俺はそろそろ天に召されるかもしれない

豆ちよこ
BL
男子校に通う棚橋学斗にはとってもとっても気になる人がいた。同じクラスの葛西宏樹。 とにかく目を惹く葛西は超絶カッコいいんだ! 神様のご褒美か、はたまた気紛れかは知らないけど、隣同士の席になっちゃったからもう大変。ついつい気になってチラチラと見てしまう。 そんな学斗に、葛西もどうやら気付いているようで……。 □チャラ王子攻め □天然おとぼけ受け □ほのぼのスクールBL タイトル前に◆◇のマークが付いてるものは、飛ばし読みしても問題ありません。 ◆…葛西視点 ◇…てっちゃん視点 pixivで連載中の私のお気に入りCPを、アルファさんのフォントで読みたくてお引越しさせました。 所々修正と大幅な加筆を加えながら、少しづつ公開していこうと思います。転載…、というより筋書きが同じの、新しいお話になってしまったかも。支部はプロット、こちらが本編と捉えて頂けたら良いかと思います。

不幸体質っすけど、大好きなボス達とずっと一緒にいられるよう頑張るっす!

タッター
BL
 ボスは悲しく一人閉じ込められていた俺を助け、たくさんの仲間達に出会わせてくれた俺の大切な人だ。 自分だけでなく、他者にまでその不幸を撒き散らすような体質を持つ厄病神な俺を、みんな側に置いてくれて仲間だと笑顔を向けてくれる。とても毎日が楽しい。ずっとずっとみんなと一緒にいたい。 ――だから俺はそれ以上を求めない。不幸は幸せが好きだから。この幸せが崩れてしまわないためにも。  そうやって俺は今日も仲間達――家族達の、そして大好きなボスの役に立てるように―― 「頑張るっす!! ……から置いてかないで下さいっす!! 寂しいっすよ!!」 「無理。邪魔」 「ガーン!」  とした日常の中で俺達は美少年君を助けた。 「……その子、生きてるっすか?」 「……ああ」 ◆◆◆ 溺愛攻め  × 明るいが不幸体質を持つが故に想いを受け入れることが怖く、役に立てなければ捨てられるかもと内心怯えている受け

天使の声と魔女の呪い

狼蝶
BL
 長年王家を支えてきたホワイトローズ公爵家の三男、リリー=ホワイトローズは社交界で“氷のプリンセス”と呼ばれており、悪役令息的存在とされていた。それは誰が相手でも口を開かず冷たい視線を向けるだけで、側にはいつも二人の兄が護るように寄り添っていることから付けられた名だった。  ある日、ホワイトローズ家とライバル関係にあるブロッサム家の令嬢、フラウリーゼ=ブロッサムに心寄せる青年、アランがリリーに対し苛立ちながら学園内を歩いていると、偶然リリーが喋る場に遭遇してしまう。 『も、もぉやら・・・・・・』 『っ!!?』  果たして、リリーが隠していた彼の秘密とは――!?

処理中です...