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裏話
終末――8
どれほどの時が経ったのだろうか。いや、もしかしたら左程も経っていないのかも知れない。時間の感覚も忘れる程の興奮と熱気、血の匂いに満ちた広場。
竜崎と怜毅は、協力して聖月に近づこうとするもの達を排除していた。高宮は手下を連れて素戔嗚の幹部を潰しに行っている。背後から嵯峨野の涼やかな声が仲間達に指示を出しているのを聞き流しつつ、竜崎は額の汗と口元の血を同時に拭った。視線を走らせた先には、聖月が古宮と踊るように闘っていた。
聖月が身を翻すたびに、月の光を溜め込んだ銀糸の髪が孤を描く。それを目隠しに肉薄した闇夜を纏った古宮が拳を叩き込む。ダンスのステップを踏む様に軽やかに交わした聖月がお返しとばかりにその体に蹴りをお見舞いする。
すかさずその足を捉えた古宮が引っ張って聖月の体勢を崩したかと思うと、肘鉄を落とす。それを器用に受け止めた聖月が勢いを利用して古宮に全体重をかける。いかに聖月が軽くとも不意打ちで全体重を掛けられれば古宮も一瞬バランスを崩す。その一瞬の隙を捉えて聖月が古宮の体を下敷きに地面に叩き落とす。
受け身を取り切れずに痛みに呻く古宮。その巨体に跨った聖月が、拳を古宮の顔に振り落とす。紙一枚分の隙間を残して止まったその拳の下で古宮がニヤリと笑った。
「やるな。体格と力に劣るお前がどうして名をあげたのかが気になっていたが、まさか数回殴り合っただけで相手の癖や思考を読み取って完璧に攻撃を予測するとは。頭脳派とは聞いていたが、ここまでとはな」
「そりゃ、どーも」
荒い息の下で聖月がふわりと笑う。突き付けられた拳が、小さく震えている事に気付き古宮が目を細めた。ヤバいかも、と聖月がぱっと次の動きに移ろうとしたが。
「遅ぇ」
ぱっとその細い手首を掴んだ古宮が軽々と聖月の体を持ちあげたかと思うと、その胴に蹴りをお返しする。吹っ飛んだ聖月はどうにか数歩の距離で体勢を戻して勢いを殺す。避けようとしたが間に合わず、重い蹴りを食らった腹を庇って蹲る。一連を見ていた竜崎が舌打ちをする。
限界か。そう呟いて竜崎は怜毅に視線を送った。それに気付いた怜毅が黙ってうなずいたかと思うと、竜崎がカバーしていた場所まで守備範囲を広げた。それを確認した竜崎は古宮が動く前に、と聖月の元に走り寄り庇うように前に立つ。
肩越しに聖月の様子を窺うと、痛みに顔を顰めて腹を庇っているようだが、その瞳は好戦的にキラキラと輝き闘志を失っていないようだ。しかし、その顔色の悪さが目に付く。体力のない聖月は、戦闘中に恐ろしい勢いで頭を回転させている事も相まって戦闘可能時間が極端に短い。さて、古宮の意識をどうやって自分に向けるか、と竜崎は考えたが。
「場が白けちまったか」
ふっと肩の力を抜いた古宮が苦笑する。周りを見てみろ、と促されてようやく気付く。周りの者達が動きを止めて様子を窺っている。完全に沈黙した空気を、古宮は場が白けたと評したのだ。
「さっき、思い切り投げられて地面に伏された時だな。ったく。その細い体で良くやるぜ」
ゆらり、と立ち上がった聖月に向けてニヒルに笑う。目を瞬かせた聖月は、くすっと小さく笑い返す。
「そりゃ、どーも」
そして後ろに手を組んだ聖月が、小さく首を傾げて柔らかく笑んだ。ふわりと風を孕んで髪が揺れた時、雲に隠れていた満月が顔を出し、清らかな光を降り注ぐ。汗にまみれ、血を流し、土に汚れているにも関わらず、まるでこの世のものと思えない美しさを全く損なわない聖月。
降ってわいた幻想的な光景に毒気を抜かれて立ち竦んでいた古宮は、ああ、と何かに気付いたように笑った。
「ニュクスって、もしかして」
そういってチラリと竜崎に視線を投げかけると、自慢げな笑みにぶつかった。
「俺たちの光。それも、ギラギラとした日の光ではなく、冷徹でありながら穏やかで落ち着いた月の光。……俺たちの女神、さ」
「なるほどな」
恥じらうことなく告げられた言葉に、古宮は吹き出した。そのまま我慢できない、といった風情で笑い始める男を不思議そうに見ていた聖月は、説明を求めて竜崎の服の裾を引いたが、竜崎は穏やかな瞳で聖月を見下ろすだけ。ややあって諦めた聖月が面白くないと言わんばかりに自分の袖を弄るのを見て、竜崎も吹き出す。
聖月の気付かない事実。彼らの族、ニュクスは、本来Nukusという英単語を当てたものではない。Nyxが本来の綴りであり、その意味は夜の女神。
突如現れ、夜の街を支配した同じ人間と思えない中性的な美貌の少年。全くプロフィールを公開しない謎に満ちた在り方と相まって、誰とはなしに聖月をNyxと呼んだ。それをNukusと誤解した聖月の一言によってそれが定着しただけで、本当は聖月を信奉し敬愛する事を込めた呼名だったのだ。
ひとしきり笑って満足した古宮は、姿勢を正した。むくれていた聖月が、またやるかとばかりに顔を輝かせ、聖月をこれ以上闘わせられないと竜崎が構える。しかし、その二人に古宮は軽く手を振っただけだった。
「なんか、興が削がれたしここまでだ。十分満足させてもらったさ」
「ふぇ?」
がーん、とショックを受けた顔で立ち竦む聖月。どんだけ喧嘩が好きなのかと苦笑した古宮は素戔嗚の者に撤収を命じる。立っている人数もかなり少なくなっていたためか、思った以上に不満の声も出ず粛々と引いていく。あからさまに肩を落とす聖月に、古宮は笑った。
「流石に神様に手を出すのはアレだからな」
「だから、どういう意味?!」
キャンキャンと噛みつく聖月を、竜崎があっさりと捉えて腕に閉じ込める。聖月の限界も見抜いたうえでの撤退だろうと察していた竜崎が目で礼を述べるのに対し、片手をあげて答えた古宮は背を向ける。
「ま、また機会があったら相手してやる」
その言葉を最後に去っていった古宮は、それ以来聖月たちの前に姿を現す事はなかった。
これが、Nukus――Nyxの最後の戦いの記録である。
********
これにて、再び完結にさせて頂きます。聖月と竜崎がいちゃラブしている話が思いつけたら、また出没するかも……。なんて、いつになるか分かりませんが(笑)
これまでお付き合いくださいました皆さまに、お礼申し上げます。ありがとうございました!
また、御目に掛かれる日が来ることを祈って。
竜崎と怜毅は、協力して聖月に近づこうとするもの達を排除していた。高宮は手下を連れて素戔嗚の幹部を潰しに行っている。背後から嵯峨野の涼やかな声が仲間達に指示を出しているのを聞き流しつつ、竜崎は額の汗と口元の血を同時に拭った。視線を走らせた先には、聖月が古宮と踊るように闘っていた。
聖月が身を翻すたびに、月の光を溜め込んだ銀糸の髪が孤を描く。それを目隠しに肉薄した闇夜を纏った古宮が拳を叩き込む。ダンスのステップを踏む様に軽やかに交わした聖月がお返しとばかりにその体に蹴りをお見舞いする。
すかさずその足を捉えた古宮が引っ張って聖月の体勢を崩したかと思うと、肘鉄を落とす。それを器用に受け止めた聖月が勢いを利用して古宮に全体重をかける。いかに聖月が軽くとも不意打ちで全体重を掛けられれば古宮も一瞬バランスを崩す。その一瞬の隙を捉えて聖月が古宮の体を下敷きに地面に叩き落とす。
受け身を取り切れずに痛みに呻く古宮。その巨体に跨った聖月が、拳を古宮の顔に振り落とす。紙一枚分の隙間を残して止まったその拳の下で古宮がニヤリと笑った。
「やるな。体格と力に劣るお前がどうして名をあげたのかが気になっていたが、まさか数回殴り合っただけで相手の癖や思考を読み取って完璧に攻撃を予測するとは。頭脳派とは聞いていたが、ここまでとはな」
「そりゃ、どーも」
荒い息の下で聖月がふわりと笑う。突き付けられた拳が、小さく震えている事に気付き古宮が目を細めた。ヤバいかも、と聖月がぱっと次の動きに移ろうとしたが。
「遅ぇ」
ぱっとその細い手首を掴んだ古宮が軽々と聖月の体を持ちあげたかと思うと、その胴に蹴りをお返しする。吹っ飛んだ聖月はどうにか数歩の距離で体勢を戻して勢いを殺す。避けようとしたが間に合わず、重い蹴りを食らった腹を庇って蹲る。一連を見ていた竜崎が舌打ちをする。
限界か。そう呟いて竜崎は怜毅に視線を送った。それに気付いた怜毅が黙ってうなずいたかと思うと、竜崎がカバーしていた場所まで守備範囲を広げた。それを確認した竜崎は古宮が動く前に、と聖月の元に走り寄り庇うように前に立つ。
肩越しに聖月の様子を窺うと、痛みに顔を顰めて腹を庇っているようだが、その瞳は好戦的にキラキラと輝き闘志を失っていないようだ。しかし、その顔色の悪さが目に付く。体力のない聖月は、戦闘中に恐ろしい勢いで頭を回転させている事も相まって戦闘可能時間が極端に短い。さて、古宮の意識をどうやって自分に向けるか、と竜崎は考えたが。
「場が白けちまったか」
ふっと肩の力を抜いた古宮が苦笑する。周りを見てみろ、と促されてようやく気付く。周りの者達が動きを止めて様子を窺っている。完全に沈黙した空気を、古宮は場が白けたと評したのだ。
「さっき、思い切り投げられて地面に伏された時だな。ったく。その細い体で良くやるぜ」
ゆらり、と立ち上がった聖月に向けてニヒルに笑う。目を瞬かせた聖月は、くすっと小さく笑い返す。
「そりゃ、どーも」
そして後ろに手を組んだ聖月が、小さく首を傾げて柔らかく笑んだ。ふわりと風を孕んで髪が揺れた時、雲に隠れていた満月が顔を出し、清らかな光を降り注ぐ。汗にまみれ、血を流し、土に汚れているにも関わらず、まるでこの世のものと思えない美しさを全く損なわない聖月。
降ってわいた幻想的な光景に毒気を抜かれて立ち竦んでいた古宮は、ああ、と何かに気付いたように笑った。
「ニュクスって、もしかして」
そういってチラリと竜崎に視線を投げかけると、自慢げな笑みにぶつかった。
「俺たちの光。それも、ギラギラとした日の光ではなく、冷徹でありながら穏やかで落ち着いた月の光。……俺たちの女神、さ」
「なるほどな」
恥じらうことなく告げられた言葉に、古宮は吹き出した。そのまま我慢できない、といった風情で笑い始める男を不思議そうに見ていた聖月は、説明を求めて竜崎の服の裾を引いたが、竜崎は穏やかな瞳で聖月を見下ろすだけ。ややあって諦めた聖月が面白くないと言わんばかりに自分の袖を弄るのを見て、竜崎も吹き出す。
聖月の気付かない事実。彼らの族、ニュクスは、本来Nukusという英単語を当てたものではない。Nyxが本来の綴りであり、その意味は夜の女神。
突如現れ、夜の街を支配した同じ人間と思えない中性的な美貌の少年。全くプロフィールを公開しない謎に満ちた在り方と相まって、誰とはなしに聖月をNyxと呼んだ。それをNukusと誤解した聖月の一言によってそれが定着しただけで、本当は聖月を信奉し敬愛する事を込めた呼名だったのだ。
ひとしきり笑って満足した古宮は、姿勢を正した。むくれていた聖月が、またやるかとばかりに顔を輝かせ、聖月をこれ以上闘わせられないと竜崎が構える。しかし、その二人に古宮は軽く手を振っただけだった。
「なんか、興が削がれたしここまでだ。十分満足させてもらったさ」
「ふぇ?」
がーん、とショックを受けた顔で立ち竦む聖月。どんだけ喧嘩が好きなのかと苦笑した古宮は素戔嗚の者に撤収を命じる。立っている人数もかなり少なくなっていたためか、思った以上に不満の声も出ず粛々と引いていく。あからさまに肩を落とす聖月に、古宮は笑った。
「流石に神様に手を出すのはアレだからな」
「だから、どういう意味?!」
キャンキャンと噛みつく聖月を、竜崎があっさりと捉えて腕に閉じ込める。聖月の限界も見抜いたうえでの撤退だろうと察していた竜崎が目で礼を述べるのに対し、片手をあげて答えた古宮は背を向ける。
「ま、また機会があったら相手してやる」
その言葉を最後に去っていった古宮は、それ以来聖月たちの前に姿を現す事はなかった。
これが、Nukus――Nyxの最後の戦いの記録である。
********
これにて、再び完結にさせて頂きます。聖月と竜崎がいちゃラブしている話が思いつけたら、また出没するかも……。なんて、いつになるか分かりませんが(笑)
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