圏ガク!!

はなッぱち

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新学期!!

人の一線

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「修理は難しそうですね」

 慌てて確認すると、タイヤが片方外れていた。元からそうだったのか、根元からぐにゃりとへし折れ、どう頑張っても修理は無理そうだった。

「では、解体してしまいましょうか」

 どこから見つけたのか、霧夜氏はそう言うや早々に木製のハンマーを構えている。

「え、壊すんですか?」

「はい、粗大ゴミとして処理します。このままではかさばりますので……夷川君、少し離れて下さい」

 乱心したのか、霧夜氏はハンマーで代八車をあっと言う間にスクラップにした。涼しげな表情で行われる破壊行動に内心ビビる。

 淡々と片付けを遂行する霧夜氏に軍手を手渡され、後処理の手伝いをした。

 ゴミ捨て場と車庫を往復する途中、他の教師が何度か喫煙所にやって来たが、霧夜氏の姿を見ると誰もが畏まって、挨拶をするなり煙草を一本も吸わずに戻って行った。逃げるように去る背中を微笑で見送り声もかけない所を見るに、霧夜氏は嫌煙家なのかもしれない。

 そのおかげで、無駄な労力を使わずに(普通なら絶対に絡んでくる教師への無駄な説明が省けたのだ)健全な労働にのみ尽力した。

 霧夜氏が打ち壊す備品を黙々と運んでいたら、いつの間にか辺りは暗くなり始めていた。墓場の面積は半分ほどになった。汗で濡れた体に肌寒さを感じさせる風が吹く。もう、先輩の試験は終わっただろうか。

「夷川君、こちらへ」

 ふと薄暗い空を見上げ、ぼんやり先輩の事を考えていると、車庫の中に設置……と言うか放置されたベンチに座る霧夜氏が手招きしていた。次はベンチをぶっ壊すのかと近寄れば、ここに座るように勧められる。

「お手伝い、ありがとうございました。おかげで随分とスッキリしました」

 スッキリしたと言っても半分は残ったままだ。オレは曖昧に相槌を打ちながら、遠慮なく霧夜氏の隣に腰掛けた。

「だいぶ涼しくなりましたが、動いているとまだ汗ばみますね。どうぞ、喉が渇いたでしょう」

 ペットボトルの緑茶を手渡される。ありがたく受け取ると、一気に半分くらいを飲み干してしまった。

「金城君の試験は終わったそうです。もうじき戻って来ます」

「……合格、したんでしょうか?」

 霧夜氏には向き合わず、目の前に止めてあるバスの悲惨な車体を眺めて呟く。

「どうでしょう。そこまでは聞いていませんが、私は大丈夫だと思っていますよ」

 残った緑茶を飲もうか、少し迷いながら手の中でペットボトルを揺らす。その小さな水音と、外で鳴く虫の声だけが聞こえる空間で、霧夜氏は何か言葉を探しているようだった。

「金城君が戻って来たら、なんと声をかけますか?」

 場を繋ぐ為か、唐突にそう尋ねられた。オレが先輩を待ち伏せていた事は見破られていたようだ。申し訳なさと、少しばかりの恥ずかしさで、車庫の中だというのに顔が夕日のように赤く染まる。

「おかえりって言いますかね。まあ、今のオレらにとっては、ここは住処なんで」

 もっともらしい事を言えたらいいのだが、赤面してしまった焦りから、大して考えずに答えてしまう。『お疲れ』とか『よくやった』みたいな台詞も浮かんだが、自分の事ながら何様だ! という気持ちになってしまったのだ。

 すると、霧夜氏は静かに「そうですか」と言った。余程、オレの答えが間抜けだったのか、声は酷く淡泊に聞こえ、思わず霧夜氏の方を向いて、その表情を確認してしまう。霧夜氏は、声と同じく少し厳しい顔をしていた。視線に気付いた霧夜氏がふとこちらを向く。目が会うと厳しい表情が和らいだ。

「私の祖父は、人を殺しました」

 明日の天気でも話題にするような気安さで、霧夜氏はとんでもない事を言い出した。反応に困る衝撃の告白だったが、霧夜氏はまるで冗談だと言うように「戦争ですよ」と付け加えた。

「父が幼かった頃は、戦時中の事を誇らしげに語る時もあったそうですが、晩年はただ慚愧の念ばかり零しておりました」

 霧夜氏がオレから視線を外す。どこか遠くを見ている横顔から、オレも視線を外した。

「家族を忘れ、自分すらも忘れてしまっても、祖父の心の中にずっと存在する人がいました。その人の事を尋ねると、祖父が撃った弾丸で死んでしまった友人だと教えてくれました。襲撃に遭い恐怖から敵も味方も分からず反撃して、気付けば隣に居たはずの友人が背中に穴を開けて倒れていたそうです」

 軽い口調のせいか、霧夜氏の声は頭の中にすんなり入り込んでくる。世間話にしては重すぎる内容なので、条件反射的に相槌を打たないよう黙って耳を傾けた。

「不思議なのですが、自分の事は忘れてしまっているのに、その人の事は詳細に覚えていましてね、祖父自身会った事のないその人の家族に謝るのです。どうして自分が生き残ったのかと、涙ながらに言うんですよ」

 どこまでも軽い、なんなら小さく笑いを挟みながらも霧夜氏はそこまで一気に喋ると口を閉じた。

「人の心は私たちが思っているほど丈夫には出来ていません。きっと祖父の心は、とうの昔に壊れていたのだと思います」

 喉が渇いて、残ったお茶に口を付ける。温いはずのお茶が妙に冷たく感じた。

「それでも、私も父も、私たち家族は、祖父が生き残って、私たちと同じ穏やかな時間を一緒に過ごせてよかったと思っているんです。ずっと『その人』が心の中に居たせいでしょうね。笑う事の少ない、どちらかと言うと恐いお爺ちゃんでしたが、私は祖父が好きでした」

 重たいなぁと胸中で愚痴る。同時にありがたいなぁと目頭が熱くなる。溢れそうになるモノをお茶と一緒に体の中に流し込む。

「先輩がもし壊れてるなら、オレが直します。元通りにはならないだろうけど、絶対に嫌ってくらい笑わせてやります」

 唐突にした宣言を霧夜氏は「はい」と穏やかな声で受け止めてくれた。

「帰れる場所があれば、いつか傷は癒えます。たくさんの傷痕は残るでしょうが、膿んで腐り落ちたりしません。それはきっと救いになります」

 霧夜氏は立ち上がり、数歩靴音を響かせる。立ち去るでもなく、立ち止まった霧夜氏の背中を見ると、逡巡するようにぎこちなく振り返った。

「夷川君、少し席を外してくれますか」

 そして申し訳なさそうに、車庫を出て行けと言う。

「慣れない事をして、久し振りに一服したくなりました」

 懐から封の切っていない煙草を取り出し苦笑する霧夜氏。嫌煙家ではなく、禁煙していただけらしい。禁煙を破らせてしまい逆に申し訳なく思い、オレは素直に車庫を後にした
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