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新学期!!
流血出迎え
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先輩を待つなら車庫より確実な場所がある。日も暮れだした今なら目立つまい。校内をぐるりと囲うフェンスの横を足早に歩く。無駄に広い敷地を実感して、見つかるのではないかと少し焦る。半ば走りながら目的の場所へと滑り込む。
よくよく見ると、半分朽ちている校門。それでも学校らしく見えるその影に座り込んだ。突っ立ったままだと、校舎から丸見えだが、こうして校門の影に入れば見つからないだろう。
ぼんやり眺める車の出入りで慣らされた道が、日が落ちて薄暗い木々の中に飲み込まれているようでちょっと恐い。ついでに作業で汗をかいたせいで、心地良い程度の涼しさが寒気に感じられる。寒さから逃れる為に膝を抱えて丸くなった。
ふと懐かしさを覚えて舌打ちする。誰も帰って来なくなった家で、一人が当たり前になるなんて考えもしなかった、母さんが帰って来るのを待ち侘びていたあの頃を思い出してしまったのだ。
寂しさを懐かしく感じる自分が可笑しくなって少し笑った。
「先輩は帰ってくる。そんで……お預け食らってる分を色々ヤルんだ」
リビドーで郷愁を追い払う。夏の終わりは呆気なくていい。少々気温が下がろうと、オレの熱量は変わらない……どころか、どんどん上がっていくのだから。
「痛ッってぇ!」
ガツンと頭に衝撃を受けてオレは地面に蹲る。タイヤが土や石を踏む音、悲鳴のようなエンジン音が遠ざかっていく。もうもうと上がる土煙に咳き込みながら、起き上がると、すっかり日が落ちて建物の灯りだけが照らすグラウンドを一台のワゴン車が爆走していた。
「ヤベェ寝てた!」
待ちくたびれて寝ていた不覚から立ち直るべく、即行で追いかけようとするが、変な格好で寝ていたせいか、その場で足が絡み転けてしまった。あちこち痛んだが無視して、車を追ってグラウンドを全速力で走る。てか、車庫に向かっている車がなんでアクセル全開なんだ。敷地内に入ってるんだから、ちょっとは減速しろよ!
全く追いつける気がしないが、走らない訳にはいかない。頭も足も腕も痛かったが、とにかく走った。
「先輩!」
車庫から出てくるフラフラした足取りの人影が見えた。教師の誰かが酔っ払って帰って来たのかと思ったが、体格から見てそれは先輩だった。例え山が丸々私有地だろうと、飲酒運転はヤバイので当然と言えば当然なのだが、圏ガクの教師はやりかねないと思わせる何かがある。
「先輩! 先輩?」
気付けと大声で呼びかけながら走るが、どうにも様子がおかしかった。車酔いかと思ったが、先輩は夏休みにそんな素振りは見せなかった。不安に思い必死に駆け寄ると、先輩はオレの目の前でバタリと倒れてしまった。
「金城、どうした……っ夷川! お前その顔なんだ!」
「先生、先輩がいきなり倒れた!」
先輩を引きずり起こしていると、担任が気付いてゆるく走り出した。けれど、人の顔を見るや、何事だと顔色を変えて飛んで来た。
「ッ……金城と殴り合ったのか?」
「そんな訳あるか! 多分、爆走する車が飛ばした石にでも当たったんだろ。そんな事より先輩だ! フラフラしてたと思ったら、いきなり倒れたんだ。どうしたらいい!?」
「こんな所に転がしとく訳にもいかねぇだろ。医務室に連れてくぞ。お前も来い」
担任は面倒臭そうに先輩を軽々と抱え上げると「校門前のゴミはお前だったのか」とぼやいて、あんな所に居ると轢かれるぞと忠告してくれた。どうやら、校門は朽ちているのではなく、時々車が体当たりをかましているらしい。
何度も事故ってるなら注意しろよと、石程度で済んだ幸運に腹を立てる暇もなく、オレたちは旧館の医務室になだれ込んだ。
ダラダラと頭から血を流す奴の方が緊急を要すると、先輩をベッドにほったらかしにしてオレの手当をしようとするので、洗って寝たら直ると抗議したが却下された。
先輩が意識を取り戻した時、今のオレの姿を見たらまた倒れると説得され、激痛伴うじいちゃんの治療を受けている内に担任はいつの間にかいなくなっていた。
「じいちゃん、先輩は本当に大丈夫? もっとちゃん……大きい病院で検査とかした方がいいんじゃね?」
オレを痛めつけた後、ベッドで寝かされた先輩を診てくれるじいちゃんに声をかけると、何故かオレの心配は笑い飛ばされた。
「そない心配せんでもえぇ。勝ボンはちょっと疲れただけやで。ゆっくり寝かしたったら目ぇ覚める」
じいちゃんは、先輩の肩まで薄手の布団を掛けてやりながら、最後に額に手を置き「あー……ちょっと熱もあるかぁ」と氷嚢を作るようオレに指示を出した。
戸棚から何年も使っていないような、専用の容器を引っ張り出し、埃を払って冷蔵庫から氷を入れられるだけ入れたら「あかんあかん、そんな岩みたいな枕で寝られへんがな」と笑われてしまった。
「清ボン、ちゃんと飯は食うたんか?」
氷の適量を教えてもらいながら、時計を確認すると夕食の時間は過ぎてしまっていた。正直に言うと追い出される気がして「食べた」と答えたのだが、腹まで返事をしてしまい失敗に終わる。
「じいちゃん、オレ、先輩が目覚めた時に側にいたいんだ……だから、今晩ここにいさせて下さい」
旧館なので、例え断られても夜中に侵入するのは容易い……が、出来れば正攻法で先輩の近くにいたかった。馬鹿正直に頼みを口にすると「はあはあ」とじいちゃんは頷いた。
「清ボンもえらい怪我しとるからなぁ。今日はここで寝たらえぇ。晩飯は」
先輩の近くに居られる約束を取り付けた直後、医務室の扉が乱暴に叩かれた。そして、返事も聞かずに扉は勝手に開かれ、両手にトレーを持った担任が片足上げて立っていた。
「晩飯は届いたなぁ。あーほれ清ボン、机片付けるの手伝いぃ」
言われるままに机を片付け、危うく轢きかけた口止めか、担任の持って来てくれた新館食堂の夕食をご馳走になった。じいちゃんが口添えをしてくれ、今夜医務室で過ごす事に担任の了承も得た。担任は何か言いたそうだったが、結局何も言わず空になった食器だけを持って部屋を出て行った。
よくよく見ると、半分朽ちている校門。それでも学校らしく見えるその影に座り込んだ。突っ立ったままだと、校舎から丸見えだが、こうして校門の影に入れば見つからないだろう。
ぼんやり眺める車の出入りで慣らされた道が、日が落ちて薄暗い木々の中に飲み込まれているようでちょっと恐い。ついでに作業で汗をかいたせいで、心地良い程度の涼しさが寒気に感じられる。寒さから逃れる為に膝を抱えて丸くなった。
ふと懐かしさを覚えて舌打ちする。誰も帰って来なくなった家で、一人が当たり前になるなんて考えもしなかった、母さんが帰って来るのを待ち侘びていたあの頃を思い出してしまったのだ。
寂しさを懐かしく感じる自分が可笑しくなって少し笑った。
「先輩は帰ってくる。そんで……お預け食らってる分を色々ヤルんだ」
リビドーで郷愁を追い払う。夏の終わりは呆気なくていい。少々気温が下がろうと、オレの熱量は変わらない……どころか、どんどん上がっていくのだから。
「痛ッってぇ!」
ガツンと頭に衝撃を受けてオレは地面に蹲る。タイヤが土や石を踏む音、悲鳴のようなエンジン音が遠ざかっていく。もうもうと上がる土煙に咳き込みながら、起き上がると、すっかり日が落ちて建物の灯りだけが照らすグラウンドを一台のワゴン車が爆走していた。
「ヤベェ寝てた!」
待ちくたびれて寝ていた不覚から立ち直るべく、即行で追いかけようとするが、変な格好で寝ていたせいか、その場で足が絡み転けてしまった。あちこち痛んだが無視して、車を追ってグラウンドを全速力で走る。てか、車庫に向かっている車がなんでアクセル全開なんだ。敷地内に入ってるんだから、ちょっとは減速しろよ!
全く追いつける気がしないが、走らない訳にはいかない。頭も足も腕も痛かったが、とにかく走った。
「先輩!」
車庫から出てくるフラフラした足取りの人影が見えた。教師の誰かが酔っ払って帰って来たのかと思ったが、体格から見てそれは先輩だった。例え山が丸々私有地だろうと、飲酒運転はヤバイので当然と言えば当然なのだが、圏ガクの教師はやりかねないと思わせる何かがある。
「先輩! 先輩?」
気付けと大声で呼びかけながら走るが、どうにも様子がおかしかった。車酔いかと思ったが、先輩は夏休みにそんな素振りは見せなかった。不安に思い必死に駆け寄ると、先輩はオレの目の前でバタリと倒れてしまった。
「金城、どうした……っ夷川! お前その顔なんだ!」
「先生、先輩がいきなり倒れた!」
先輩を引きずり起こしていると、担任が気付いてゆるく走り出した。けれど、人の顔を見るや、何事だと顔色を変えて飛んで来た。
「ッ……金城と殴り合ったのか?」
「そんな訳あるか! 多分、爆走する車が飛ばした石にでも当たったんだろ。そんな事より先輩だ! フラフラしてたと思ったら、いきなり倒れたんだ。どうしたらいい!?」
「こんな所に転がしとく訳にもいかねぇだろ。医務室に連れてくぞ。お前も来い」
担任は面倒臭そうに先輩を軽々と抱え上げると「校門前のゴミはお前だったのか」とぼやいて、あんな所に居ると轢かれるぞと忠告してくれた。どうやら、校門は朽ちているのではなく、時々車が体当たりをかましているらしい。
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先輩が意識を取り戻した時、今のオレの姿を見たらまた倒れると説得され、激痛伴うじいちゃんの治療を受けている内に担任はいつの間にかいなくなっていた。
「じいちゃん、先輩は本当に大丈夫? もっとちゃん……大きい病院で検査とかした方がいいんじゃね?」
オレを痛めつけた後、ベッドで寝かされた先輩を診てくれるじいちゃんに声をかけると、何故かオレの心配は笑い飛ばされた。
「そない心配せんでもえぇ。勝ボンはちょっと疲れただけやで。ゆっくり寝かしたったら目ぇ覚める」
じいちゃんは、先輩の肩まで薄手の布団を掛けてやりながら、最後に額に手を置き「あー……ちょっと熱もあるかぁ」と氷嚢を作るようオレに指示を出した。
戸棚から何年も使っていないような、専用の容器を引っ張り出し、埃を払って冷蔵庫から氷を入れられるだけ入れたら「あかんあかん、そんな岩みたいな枕で寝られへんがな」と笑われてしまった。
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「じいちゃん、オレ、先輩が目覚めた時に側にいたいんだ……だから、今晩ここにいさせて下さい」
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