圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクという環境

毒ジュースと野菜ジュース

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 周りはスバルのやらかす事の後始末をするであろうコウスケを労いながら送り出していたのだが、当の本人は輪から離れると、さっきまでヘラヘラ笑っていた顔を消し、つまらなそうな表情をしていた。

「あれ? えべっさん、もしかして付き合ってくれんの」

 オレに気が付いていたらしいコウスケは、ちょっと気の抜けた表情を浮かべてそう聞いてきた。

「いや、疲れたから寮に戻る。スバルが寮長に絡む現場は見たくない」

「スバルの呼び方でよく分かったねーって、まあ、まんまか」

 コウスケはハァとため息を吐きつつ、事情を説明してくれた。

 今の時間帯、寮長は新館の食堂で優雅にお茶を飲んでいるそうで、その茶菓子をスバルにくれる約束をしているのだとか。昼食時に我が物顔で食堂を使うスバルをどうにかしろと三年に言われた寮長が、苦肉の策として猛獣を餌付けする事にしたらしい。

「でもお前ら、ずっと食堂で飯食ってるんじゃないのか?」

「うん、食ってるよん。あぁ、えっとね、最初は食堂のど真ん中の席で食ってたんだけど、どーもその席、番長の席だったらしくてねー。違う席で食えって言われてさ。スバルは嫌だって言ってたんだけど、その時の寮長の飯にデザートでプリン付いてたんだよね。んで、寮長にプリンくれるならっていう条件で席を動いたんだけど……それからスバルが味を占めちゃって、こんな感じに」

 髭の席で飯食ってたのか。初日の顛末もそうだが、髭って意外と一年には甘いのかな? いや、一年だけじゃなくて、番長とか言われてるけど派手に暴れるイメージが今の所ない。まあ、腹の中身が捻れるような痛みを忘れられない身としては、軽々しく考えていいような事柄ではないのだが。

「えべっさん、砦まで一緒に行こっか?」

 校舎を出て新館へと向かうコウスケは、少し歩いた先で足を止め、こちらを振り返って言う。

「なんで?」

 オレはコウスケの意図が読めずに首を傾げた。ちなみに『砦』というのは一年の部屋がある旧館の四階の事を指す。一応、寮則で他学年の侵入が禁止されているから、そこは一年にとって安全地帯という意味で、いつの間にかそう呼ばれるようになっていたのだ。

「笹倉の事が気になってるんでしょ?」

 向田とのやり取りを言わなかったのに、言い当てられて少し動揺してしまった。コウスケは人の良さそうな、けれど裏にスバル並な暴力性をちらつかせながら笑って見せる。

「多分けっこう悲惨な目に遭ってたから、スバルにはもう手を出そうとは思わないだろうけど……えべっさんはその場にいなかったもんね。ちょい気になるのも分かるし、念の為ってね」

 正直、皆元以外のクラスの連中は苦手だ。そんな奴らの中で、コウスケは空気を読んでくれているのかオレも話しやすい……でも、どうしても受け付けない部分もある。

「今はスバルの方が気になる。早く行けよ」

 素っ気なく答えると、コウスケはやれやれと言いたげに肩を竦めて軽く走り出した。コウスケの背中を見送りながら、オレは自分が思っていた程この圏ガクに馴染めていない事を自覚した。

 何人かの上級生の視線を感じ、少し緊張しながら旧館への道を歩く。

 良くも悪くも……いや良くはないか、初っぱなから目立ちまくったオレは一年の中でも認知されている部類に入ってしまう。笹倉の事がなくとも、可能な限り単独での行動はしない方がいいのだが、ずっと誰かと連んでいるのは疲れるので割と一人で彷徨いている。けれど運がいいのか、そういう時にあまり絡まれた事はなかったのだ。

 そのせいで危機感というのが薄れつつあるのも事実で、少し気を付けてみようと今日はちょっと早足で自室を目指していた。

 玄関で靴を脱いで、そのまま廊下をぺたぺたと進む。尞内では上履きのような室内履きが一人一足準備されているのだが、本来なら玄関の下駄箱に置いておくべきそれは、現在自室にて保管されている。

 大きな下駄箱は仕切り一つない大雑把な作りで、そこに置いてしまうと寮生の共有物という扱いになってしまうのだ。室内履きだけに限らず運動靴や傘なども例外にはならない。うっかり朝そこに置いてしまうと、帰って来た時には絶対に無くなっている。

 暗黙の了解という奴なのだろうが、上級生の二年すら殆ど使用しない下駄箱の例外は、誰も触れないくらい悪臭を放つ靴くらいで、主に部活をやっている奴ならしく見るからにそれらはどれも汚い。

 尞内の廊下はお世辞にも掃除が行き届いているとは言い難く、部屋に帰る頃には靴下は真っ黒に汚れてしまう。出来れば室内履きを学校に持って行こうと考えるのだが、カバンを持ち歩く習慣がないので、つい手ぶらで部屋を出てしまい、その試みは実行に移された事がなかった。

 食堂の前を通り、薄暗い階段へと向かう途中、ふと喉の渇きを覚え、自販機の方へと条件反射で視線をやると、真剣な顔をしてあの微妙な味のジュースを啜っている先輩を目撃してしまった。

 校舎内を彷徨く度胸が今日は見出せなくて、半ば諦めていた先輩との遭遇。あまりの僥倖に声をかけるのさえ勿体なく思い、先輩がこんな所で何をしているのか、暫く観察する事にした。

 先輩は微動だにせず、やや眉間に力を入れながら、何かに必死で堪えるよう目を瞑っている。

  一応ジュースを吸ってはいるらしく、ストローはその中をジュースが通っている色を示しているのだが、オレなら一分とかからず空にしてしまうというのに、オレが観察を始めてから数分、先輩はずっとその姿勢のままだった。

 てか吸ってはいるけど、全く飲んではいないな、アレ。

 キョロキョロと周りを確認して、先輩に連れが居ない事を再度確認すると、オレは偶然通りかかった風を装って先輩の前に立った。

「こんな所で何してんの?」

 声をかけると先輩がうっすらと目を開ける。ベンチに腰掛ける先輩とバッチリ目が合うと、先輩は助かったと言いたげにストローから口を離した。

「いやぁー、その、ん。苦手を克服しようと思って」

 手にしたジュースの紙パックに視線をやり、困ったような顔をして先輩はそう答えた。

「こんなもん克服したって意味ないだろ? 絶対に良い栄養素なんて一つも入ってないぞ、この味」

 成分表を見ても、なんとか色素が何種類もあったり、人工甘味料らしきカタカナが表の半分以上を占めていたりする。『良い栄養素が入ってない』なんてポジティブな表現ではなく、『体にとって害にしかならない』と言った方が手っ取り早そうな飲み物だ。

 飲めなかろうと問題は何一つない。例えば飲み水がこれしかないという状況にでも陥らない限り、克服する意味は全くないと言える。

 先輩は怪訝な顔をするオレを見て、きまり悪そうに笑って腰を上げた。

「セイシュンも何か飲むか?」

 ポケットから小銭を取り出そうとする先輩の手から、ジュースを目にも止まらぬ早さで奪ってやった。実はおこぼれを狙っていたりしたのだが、ちょっと行儀が悪すぎた。

「コラ、それは止めとけ。絶対に体に悪そうな味だから。こっちの果物とか野菜とか入ってるヤツにしとけって」

 先輩がジュースを取り返そうと手を伸ばして来る。オレはそれより早く、既成事実を作ってやろうとジュースに口をつけた。ジワリと広がる久し振りの微妙な味は、一瞬で胸焼けを起こすくらい甘さに磨きがかかっていたが、そんな事より先輩の唇が触れていたストローの感触で頭が一杯になる。

「…………旨いか?」

「……ビミョー」

 よくそんなモノを口に出来るなぁと言いたげな顔を先輩にされてしまう。

 金がある頃、毎日のように飲んでいた時は、このビミョーさが堪らなかったのだが、半分ほど一気飲みした今、もう一度口をつけようとは思えないくらいに、オレの味覚は正常に戻りつつあった。

 中身に関しては価値を失った訳だが、ストローの方はまだまだ魅力的で、オレは弄ぶように咥えたままでいたのだが、新しいジュースを買ったらしい先輩にヒョイと奪い返されてしまった。

「ほら、これと交換な。野菜ジュースでさっき飲んでた分を相殺しとけ。なんか、こう、健康的な意味でな」

 遠慮無く野菜ジュースも頂く。野菜ジュースって言っても半分くらい果物が入っているから飲みやすい。口の中を洗い流すと、ようやく一呼吸つけた。まあ、間接的な接触を取り上げられた事は残念に思うのだけど。

 先輩が再びベンチに腰を下ろしたので、オレもちゃっかり隣を陣取った。先輩は自分の分を買っていなかったようで、オレは半分ほど残った野菜ジュースを差し出す。

「先輩も相殺した方がいいよ」

 何か言いたげだったけど、先輩は大人しくジュースを受け取ってくれる。ジッとその横顔を、オレが口をつけていたモノに口をつける先輩を凝視してしまった。嬉しいってのは違う気がするけど、なんか良いな。

 野菜ジュースを一口飲んで、口の中がようやくスッキリしたらしい先輩の手から、残りを失敬して一気に飲み干した。

「ご馳走様でした」

「ん、どういたしまして」

 紙パックを畳んで手を合わせてお礼を言うと、先輩は呆れ半分だろうが笑ってくれた。
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