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圏ガクという環境
不穏な空気
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楽しみが待っているせいだろうか、遅々として時間が進まない気がしてならない。
一週間ぐらい気が付いたら過ぎていて、約束の日もすぐに来ると思っていたのに必要以上に一日が長く感じられる。今週に入ってから、どの科目も課題が少なく、談話室での作業も終わってしまったせいで手持ち無沙汰なのも原因だろうか。
部屋に帰っても寝るくらいしか選択肢がなく、放課後の持て余す時間を教室で駄弁って潰そうと思っていたのだが、皆元はまた由々式の起業とやらにかり出されていて不在だし、そのせいかスバルの絡み方が酷くなったので早々に諦め、先輩と遭遇する確率に賭けて校内をぶらつく事にした。
その前にスバルに囓られた首筋を手洗い場の水で洗おうと便所に向かうと、タイミング悪く先客がゾロゾロと入って行く所だった。
学校と寮以外には森しかない場所だ。部活をやっている生徒も居るのだろうが、半数近くはオレらと同じで帰宅部(と言うのは違う気もするが)だろう。必然的に教室で放課後を過ごす生徒も多い。面倒な奴らだとお互い暇を持て余しているのを承知で、暇つぶし程度に厄介事をふっかけて来る連中も居る。
迷惑な連中の代表格である向田の近くでよく見かける顔を先客の中に見つけてしまったので、気持ちの悪さは我慢して便所の前を素通りしようとした。
「おっと、夷川じゃないか。こんな時間に一人で出歩いて大丈夫なのか?」
すると便所から顔を出した向田が、癇に障る声で話しかけてきやがった。無視して通り過ぎればよかったのだが、一瞬視界に入った異様な光景が気になり、つい足を止めてしまったのは失敗だった。
「どういう意味だ。お前らと絡む気ないぞ」
見ている人間を不快にさせる笑みを顔に貼り付けた向田は、オレの返事を聞くや調子に乗って更に口を開き、人を小馬鹿にした雰囲気を滲ませる。
「こっちだってお前なんかの相手をする気はないよ。今は新しい生徒会員の歓迎会をやってるんだからさ」
そう言うと向田は意味ありげな視線を便所の方へと向けた。オレが気になってしまった光景へと。
「歓迎会って……便所だぞ、ここ」
連れションとか言える人数ではない、異常な数の生徒が便所の中でひしめき合っている。その異常事態の中、更にその連中が発する妙な熱とでも言うべき空気の悪さに思わず眉を顰めた。
「そうだよ。便器は便所にないと困るだろ?」
人を馬鹿にしているのか、謎かけみたいな事を言うと向田は心底愉快そうな表情を見せる。
「同じクラスのよしみでお前にも使わせてやろうか?」
向田と連れションなんて冗談じゃない。てか、なんで便所使うのにコイツの許可がいるんだ。ふざけてんのか。
「いらねぇよ。下らない事で声かけんな」
放課後に面と向かって向田なんかと喋っている暇はない。オレには先輩との遭遇を期待した校内徘徊という大事な用があるのだ。適当にあしらおうと、そう言い捨て背中を向けたのだが、しつこく絡んで来る向田はオレの腕を掴んでまで引き止めにかかった。
「ちょっと待てよ。どうせ暇してんだろ? 少し付き合えよ」
「断る」
向田の迷惑な誘いに即答すると、奴は頬を痙攣させながらも、虚勢を張るように鼻で笑って見せた。
「クラスメイトを心配して助言をしてやろうってのに、随分な態度じゃないか、夷川」
どう見ても親切心からの心配でも助言でもなさそうだ。
生徒会室の一件以降、以前にも増して向田の不快度は上がっていた。より生徒会らしい気色の悪い空気とでも言うべきか、向田は生徒会室で目の当たりにしたホモ現場に似た空気を教室で拡散させている。
こいつ一人でも十分迷惑だが、恐ろしい事に賛同する奴も多いのが現状で、向田とその取り巻きはオレに大きな精神的な負荷をかける存在となっていた。
向田みたいな奴を長く視界に入れていると、また自分の気持ちを有耶無耶にしたくなってしまう。こんな奴らと同類なのかと考えてしまうのだ。
掴まれた手を力任せに振りほどき、威嚇するよう一睨みする。向田も不機嫌そうにこちらを睨み付けてきたが、オレは無視して背中を向け歩き出す。
「お前らのせいで、生徒会に属する資格を剥奪されたんだぜ」
向田の大声は目論見通りだろう、オレの足を止めさせた。
「……誰の事だ」
「嫌だねぇ、分かってる事をわざわざ聞くなんて。分かってるんだろ? お利口な夷川君なら、さ」
オレらのせいで生徒会をクビになった、その条件に当て嵌まるのは一人しか思い浮かばなかった。
「あの肉塊さぁ、相当お前にご立腹だぞ。いやいや『ご執心』と言うべきかな」
向田が堪えきれないといったふうに奇妙な笑い声を上げ始める。
「一人の時に奴と出くわしたら危ないんじゃないかって心配してやってるんだよ。それを無碍にするとか……酷い奴だよなぁ夷川! まあ、そうなったら面白いけどさぁ」
向田は半ば怒鳴りながら目を見開いた。
「アレにとっ捕まって、ぶっ壊れるまで嬲られたお前の事、オレらが拾ってやるよ! ガバガバで使いモンになんないかもしんないけどさぁ!」
ゲラゲラと笑う向田は、こちらを圧倒する異様な雰囲気を垂れ流す。頭痛を起こしそうな笑い声をとりあえず止めようと、再び向田と対峙すると、その目的は既に達成されていた。
向田はオレと目が合うと、汚らしい笑いを一瞬で消した。その後、奴の表情には何も残っていなかった。ベッタリと向田の顔に張り付いていたのは、なんの感情も読み取れない、まさに無表情としか言えない様子で、オレは気圧されてしまう。
「お前のおかげで随分と価値観を塗り替えられてしまったからなぁ。ちゃんとお礼がしたいんだよ」
訳の分からない事をブツブツと呟きながら、向田は掠れた声でハハッと自嘲するように笑うと、また便所の中へ消えていった。
オレは暫くその場を動けずにいたが、便所から聞こえてくる複数の呻き声にハッとして、慌てて教室へと戻った。
戻った途端、スバルが背中に飛びついて来たが、それを振りほどく気力も残っていないのか、オレはされるがままになり、コウスケがスバルを必死こいて引き剥がしてくれた。
「どうかした? 腹でも痛いの」
心配そうな顔をするコウスケに適当な返事をしながらも、頭の中は向田の言っていた事で一杯になっていた。
医務室を半壊させた後、運が良いのか一度も姿を見かけなかったせいだろう、すっかり笹倉の存在を忘れていた。
向田が口から出任せを言っている可能性は低い。見るからに粘着質っぽい笹倉が、あれだけの騒ぎに巻き込まれ黙っている訳がないからだ。
医務室の件は完全に巻き込まれただけだと言うのに、教師からの制裁対象として一緒に一括りにされた挙げ句、生徒会からも除名になったとあっては、その恨みがオレやスバルに来るのは当然の事だろう。
あの後、何も考えずに一人談話室で作業していた自分の阿呆さ加減にゾッとする。アイツに捕まったら殴る蹴るのリンチだけじゃ済まない。
「スバル……前に食堂で説教された時あっただろ。あの時、お前に蹴り入れた奴の事、覚えてるか?」
同じ状況のスバルにそう聞くと、コウスケの腕に噛みつき「んー?」と言いながら首を傾げた。
「あの豚のこと?」
「あ、あぁ。まあそうだ。最近そいつと出くわしたりしてないか?」
本当に分かっているのか、再び「んー?」と首を捻りだしたスバルの横から、コウスケが笑いながらフォローを入れた。
「そいつなら、とっくにシメたじゃん」
「あーあーあー、あの豚なぁ。オレっちの顔面に蹴り入れて、平穏無事で過ごせる訳ねぇだろ。ちゃんとシメて食堂に放り込んで来た。酢豚になった!」
酢豚なんか出たことないだろが! てか、出てても嫌だけどな。
普通そうに見えるコウスケだが、普通にスバルと連んでるだけあって、相当な曲者だったりする。
スバルに付き合ってか知らないが、新館にある食堂で昼飯を食う奴だ。一年が食堂に足を踏み入れるのは、上級生に喧嘩を売る行為そのものであり、スバル同様に度々コウスケも派手に暴れているらしい。スバルの周りには、そんな奴らがコウスケ以外にも数人は確実に居る。笹倉の件も、スバル一人でやった事じゃあないだろう。
圏ガクで上級生相手にそこまでやらかすとは……今日までオレの方に笹倉が来なかったのは、スバルたちのおかげと言えばそうなのだが、遺恨は更に根深くなっているように思えてならない。
「もっさんいねぇーし、今日はぁーえべっさんの部屋であそぼーぜ」
こっちの気も知らないで、上機嫌のスバルは笹倉の事など酢豚の一言で片付けてしまったらしく、コウスケの腕から逃れると、当然のように人の背中に飛び乗ってきた。
「……なんで皆元が居ないからって、オレらの部屋で遊ぶんだよ」
遠慮無く首に腕を巻き付けてくるスバルを剥がしながら、コウスケを睨み付けるとお手上げと言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「だって、もっさんいたらえべっさんとエロいこと出来ないじゃん」
「ホントにスバルはえべっさんのこと好きだよねー」
他人事みたいな顔した保護者の向こう脛を蹴り飛ばし、背中の問題児をなすり付けた。再び腕を囓られ出したコウスケは、力なく笑うと少しだけ真面目な顔をした。
「あのブタ……えーと名前なんだっけ? あぁ笹倉ね、そいつがどうかした? なんか浮かない顔してるけど」
他の奴らと違って無駄に話が通じそうなコウスケに、ついさっきの向田とのやり取りを話しそうになったが、周りの何とも言えない雰囲気にウンザリしてオレは「いや」と首を横に振った。暇を持て余しているのは、オレや向田たちだけではない。
この場に居る血の気の多い連中も、当然のように暇なのだ。暴れられる理由があれば、例え自分に関係なくても乗っかってくる。
「あいつ生徒会クビになったんでしょ? そうなるとマジ居場所ないらしいよ。生徒会ってだけで番長とは折り合い悪くなるみたいだからさ。そんなボッチにびびる必要ないっしょ」
オレが口を噤んだ理由を察したらしく、コウスケは意図的にだろう、軽い口調でそう言った。それで不安が全て拭われた訳ではないが、向田と話してから感じていた気持ちの悪さは薄れてくれた。
それから三十分くらい、詮無い話を右から左に聞き流していると、オレの隣……と言うにはやや近すぎる距離に陣取っていたスバルが、何かを思いだしたような声を上げて突然その場に立ち上がった。
「ヤバイ、もう四時じゃん。クララからおやつもらわねーと!」
そう言うと、スバルは周りに座っていた奴や机を蹴倒しながら、一目散に教室を出て行ってしまった。なんか妙な単語がいくつか聞こえたので、確認するようコウスケに視線をやると、自分の腕時計を見ながら「しまった」という顔をしている。スバルを追いかけるらしくコウスケが席を立ったので、オレもそれに倣ってその場を離れることにした。
一週間ぐらい気が付いたら過ぎていて、約束の日もすぐに来ると思っていたのに必要以上に一日が長く感じられる。今週に入ってから、どの科目も課題が少なく、談話室での作業も終わってしまったせいで手持ち無沙汰なのも原因だろうか。
部屋に帰っても寝るくらいしか選択肢がなく、放課後の持て余す時間を教室で駄弁って潰そうと思っていたのだが、皆元はまた由々式の起業とやらにかり出されていて不在だし、そのせいかスバルの絡み方が酷くなったので早々に諦め、先輩と遭遇する確率に賭けて校内をぶらつく事にした。
その前にスバルに囓られた首筋を手洗い場の水で洗おうと便所に向かうと、タイミング悪く先客がゾロゾロと入って行く所だった。
学校と寮以外には森しかない場所だ。部活をやっている生徒も居るのだろうが、半数近くはオレらと同じで帰宅部(と言うのは違う気もするが)だろう。必然的に教室で放課後を過ごす生徒も多い。面倒な奴らだとお互い暇を持て余しているのを承知で、暇つぶし程度に厄介事をふっかけて来る連中も居る。
迷惑な連中の代表格である向田の近くでよく見かける顔を先客の中に見つけてしまったので、気持ちの悪さは我慢して便所の前を素通りしようとした。
「おっと、夷川じゃないか。こんな時間に一人で出歩いて大丈夫なのか?」
すると便所から顔を出した向田が、癇に障る声で話しかけてきやがった。無視して通り過ぎればよかったのだが、一瞬視界に入った異様な光景が気になり、つい足を止めてしまったのは失敗だった。
「どういう意味だ。お前らと絡む気ないぞ」
見ている人間を不快にさせる笑みを顔に貼り付けた向田は、オレの返事を聞くや調子に乗って更に口を開き、人を小馬鹿にした雰囲気を滲ませる。
「こっちだってお前なんかの相手をする気はないよ。今は新しい生徒会員の歓迎会をやってるんだからさ」
そう言うと向田は意味ありげな視線を便所の方へと向けた。オレが気になってしまった光景へと。
「歓迎会って……便所だぞ、ここ」
連れションとか言える人数ではない、異常な数の生徒が便所の中でひしめき合っている。その異常事態の中、更にその連中が発する妙な熱とでも言うべき空気の悪さに思わず眉を顰めた。
「そうだよ。便器は便所にないと困るだろ?」
人を馬鹿にしているのか、謎かけみたいな事を言うと向田は心底愉快そうな表情を見せる。
「同じクラスのよしみでお前にも使わせてやろうか?」
向田と連れションなんて冗談じゃない。てか、なんで便所使うのにコイツの許可がいるんだ。ふざけてんのか。
「いらねぇよ。下らない事で声かけんな」
放課後に面と向かって向田なんかと喋っている暇はない。オレには先輩との遭遇を期待した校内徘徊という大事な用があるのだ。適当にあしらおうと、そう言い捨て背中を向けたのだが、しつこく絡んで来る向田はオレの腕を掴んでまで引き止めにかかった。
「ちょっと待てよ。どうせ暇してんだろ? 少し付き合えよ」
「断る」
向田の迷惑な誘いに即答すると、奴は頬を痙攣させながらも、虚勢を張るように鼻で笑って見せた。
「クラスメイトを心配して助言をしてやろうってのに、随分な態度じゃないか、夷川」
どう見ても親切心からの心配でも助言でもなさそうだ。
生徒会室の一件以降、以前にも増して向田の不快度は上がっていた。より生徒会らしい気色の悪い空気とでも言うべきか、向田は生徒会室で目の当たりにしたホモ現場に似た空気を教室で拡散させている。
こいつ一人でも十分迷惑だが、恐ろしい事に賛同する奴も多いのが現状で、向田とその取り巻きはオレに大きな精神的な負荷をかける存在となっていた。
向田みたいな奴を長く視界に入れていると、また自分の気持ちを有耶無耶にしたくなってしまう。こんな奴らと同類なのかと考えてしまうのだ。
掴まれた手を力任せに振りほどき、威嚇するよう一睨みする。向田も不機嫌そうにこちらを睨み付けてきたが、オレは無視して背中を向け歩き出す。
「お前らのせいで、生徒会に属する資格を剥奪されたんだぜ」
向田の大声は目論見通りだろう、オレの足を止めさせた。
「……誰の事だ」
「嫌だねぇ、分かってる事をわざわざ聞くなんて。分かってるんだろ? お利口な夷川君なら、さ」
オレらのせいで生徒会をクビになった、その条件に当て嵌まるのは一人しか思い浮かばなかった。
「あの肉塊さぁ、相当お前にご立腹だぞ。いやいや『ご執心』と言うべきかな」
向田が堪えきれないといったふうに奇妙な笑い声を上げ始める。
「一人の時に奴と出くわしたら危ないんじゃないかって心配してやってるんだよ。それを無碍にするとか……酷い奴だよなぁ夷川! まあ、そうなったら面白いけどさぁ」
向田は半ば怒鳴りながら目を見開いた。
「アレにとっ捕まって、ぶっ壊れるまで嬲られたお前の事、オレらが拾ってやるよ! ガバガバで使いモンになんないかもしんないけどさぁ!」
ゲラゲラと笑う向田は、こちらを圧倒する異様な雰囲気を垂れ流す。頭痛を起こしそうな笑い声をとりあえず止めようと、再び向田と対峙すると、その目的は既に達成されていた。
向田はオレと目が合うと、汚らしい笑いを一瞬で消した。その後、奴の表情には何も残っていなかった。ベッタリと向田の顔に張り付いていたのは、なんの感情も読み取れない、まさに無表情としか言えない様子で、オレは気圧されてしまう。
「お前のおかげで随分と価値観を塗り替えられてしまったからなぁ。ちゃんとお礼がしたいんだよ」
訳の分からない事をブツブツと呟きながら、向田は掠れた声でハハッと自嘲するように笑うと、また便所の中へ消えていった。
オレは暫くその場を動けずにいたが、便所から聞こえてくる複数の呻き声にハッとして、慌てて教室へと戻った。
戻った途端、スバルが背中に飛びついて来たが、それを振りほどく気力も残っていないのか、オレはされるがままになり、コウスケがスバルを必死こいて引き剥がしてくれた。
「どうかした? 腹でも痛いの」
心配そうな顔をするコウスケに適当な返事をしながらも、頭の中は向田の言っていた事で一杯になっていた。
医務室を半壊させた後、運が良いのか一度も姿を見かけなかったせいだろう、すっかり笹倉の存在を忘れていた。
向田が口から出任せを言っている可能性は低い。見るからに粘着質っぽい笹倉が、あれだけの騒ぎに巻き込まれ黙っている訳がないからだ。
医務室の件は完全に巻き込まれただけだと言うのに、教師からの制裁対象として一緒に一括りにされた挙げ句、生徒会からも除名になったとあっては、その恨みがオレやスバルに来るのは当然の事だろう。
あの後、何も考えずに一人談話室で作業していた自分の阿呆さ加減にゾッとする。アイツに捕まったら殴る蹴るのリンチだけじゃ済まない。
「スバル……前に食堂で説教された時あっただろ。あの時、お前に蹴り入れた奴の事、覚えてるか?」
同じ状況のスバルにそう聞くと、コウスケの腕に噛みつき「んー?」と言いながら首を傾げた。
「あの豚のこと?」
「あ、あぁ。まあそうだ。最近そいつと出くわしたりしてないか?」
本当に分かっているのか、再び「んー?」と首を捻りだしたスバルの横から、コウスケが笑いながらフォローを入れた。
「そいつなら、とっくにシメたじゃん」
「あーあーあー、あの豚なぁ。オレっちの顔面に蹴り入れて、平穏無事で過ごせる訳ねぇだろ。ちゃんとシメて食堂に放り込んで来た。酢豚になった!」
酢豚なんか出たことないだろが! てか、出てても嫌だけどな。
普通そうに見えるコウスケだが、普通にスバルと連んでるだけあって、相当な曲者だったりする。
スバルに付き合ってか知らないが、新館にある食堂で昼飯を食う奴だ。一年が食堂に足を踏み入れるのは、上級生に喧嘩を売る行為そのものであり、スバル同様に度々コウスケも派手に暴れているらしい。スバルの周りには、そんな奴らがコウスケ以外にも数人は確実に居る。笹倉の件も、スバル一人でやった事じゃあないだろう。
圏ガクで上級生相手にそこまでやらかすとは……今日までオレの方に笹倉が来なかったのは、スバルたちのおかげと言えばそうなのだが、遺恨は更に根深くなっているように思えてならない。
「もっさんいねぇーし、今日はぁーえべっさんの部屋であそぼーぜ」
こっちの気も知らないで、上機嫌のスバルは笹倉の事など酢豚の一言で片付けてしまったらしく、コウスケの腕から逃れると、当然のように人の背中に飛び乗ってきた。
「……なんで皆元が居ないからって、オレらの部屋で遊ぶんだよ」
遠慮無く首に腕を巻き付けてくるスバルを剥がしながら、コウスケを睨み付けるとお手上げと言わんばかりに肩を竦めて見せた。
「だって、もっさんいたらえべっさんとエロいこと出来ないじゃん」
「ホントにスバルはえべっさんのこと好きだよねー」
他人事みたいな顔した保護者の向こう脛を蹴り飛ばし、背中の問題児をなすり付けた。再び腕を囓られ出したコウスケは、力なく笑うと少しだけ真面目な顔をした。
「あのブタ……えーと名前なんだっけ? あぁ笹倉ね、そいつがどうかした? なんか浮かない顔してるけど」
他の奴らと違って無駄に話が通じそうなコウスケに、ついさっきの向田とのやり取りを話しそうになったが、周りの何とも言えない雰囲気にウンザリしてオレは「いや」と首を横に振った。暇を持て余しているのは、オレや向田たちだけではない。
この場に居る血の気の多い連中も、当然のように暇なのだ。暴れられる理由があれば、例え自分に関係なくても乗っかってくる。
「あいつ生徒会クビになったんでしょ? そうなるとマジ居場所ないらしいよ。生徒会ってだけで番長とは折り合い悪くなるみたいだからさ。そんなボッチにびびる必要ないっしょ」
オレが口を噤んだ理由を察したらしく、コウスケは意図的にだろう、軽い口調でそう言った。それで不安が全て拭われた訳ではないが、向田と話してから感じていた気持ちの悪さは薄れてくれた。
それから三十分くらい、詮無い話を右から左に聞き流していると、オレの隣……と言うにはやや近すぎる距離に陣取っていたスバルが、何かを思いだしたような声を上げて突然その場に立ち上がった。
「ヤバイ、もう四時じゃん。クララからおやつもらわねーと!」
そう言うと、スバルは周りに座っていた奴や机を蹴倒しながら、一目散に教室を出て行ってしまった。なんか妙な単語がいくつか聞こえたので、確認するようコウスケに視線をやると、自分の腕時計を見ながら「しまった」という顔をしている。スバルを追いかけるらしくコウスケが席を立ったので、オレもそれに倣ってその場を離れることにした。
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