圏ガク!!

はなッぱち

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学生の本分

圏ガクの優等生

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 圏ガクでは、期末試験後は一切の通常授業がない。その代わり、赤点を取った生徒の補習が朝から晩まで行われる。大半の生徒が補習を受ける中、幸いにもそれらを免れた生徒は自室学習という名目で少し早めの夏休みのような状態になっていた。

「暇だな」

 全教科パスした一年はオレと狭間だけだったらしく、静まり返った寮内で二人、時間を持て余す。朝飯を一緒に食い、虚ろな目をした同室二人を見送り、部屋に帰ってみると、本気で何もやる事がなくて、オレは畳の上で大の字になって寝転がっていた。狭間は寝転がったオレを転がしながら、部屋の掃除を始めたが小さい部屋だ、ものの数分で終わってしまい困ったように笑いながら、ちょこんと遠慮気味に腰を下ろした。

「自室学習って言われても困っちゃうよね。ここ、机もないし」

 確かに一年の部屋は、勉強出来る環境ではないよな。オレはゴロゴロしているのも飽きて起き上がると、狭間の正面に座って暇の潰し方を模索する。

「なあ狭間、お前やりたい事ってなんかねぇの?」

「え? やりたい事? えっと……そう、だな、寮の大掃除とかしたいかな」

 学校は大掃除が予定されているが、寮の方はそれがないらしい。実に狭間らしい希望で、本当はちょっと聞いた事を後悔もしたが、このまま部屋でウダウダしているよりはマシだろうと、オレは立ち上がる。

「んじゃ、行こうぜ。どこからやる?」

 首を傾げながら見上げてくる狭間に、掃除をしようと提案すると、あわあわ言いながら慌て出す。

「いいよ、いいよ。また、お休みの日とか放課後に少しずつやるから。せっかくお休み……みたいな日だよ。夷川君はゆっくりしてて」

「じゃあ、今日ここで丸一日どうやって潰すんだよ」

 何もない部屋で顔を見合わす。こんな時、由々式なら起業とやらに全力投球するだろうし、皆元なら朝でも昼でも夜でも寝て過ごすだろうが、オレと狭間には明確な指針がない。同じ考えに至ったらしく、困ったように笑って狭間も立ち上がってくれた。

 オレが選択を間違ったと気付くのに、そう時間はかからなかった。穏やかに微笑みながら腕まくりをした狭間は、今までオレたちに見せた事のなかった本気を出したのだ。

 オレらという枷のなくなった狭間は、正に家事の鬼だった。無駄になる動きが一切なく、右から左に移動するだけで数個の作業を同時にこなし、額に汗を浮かせながらも一度も止まる事なく、一階にある共有スペースの掃除を済ませやがった。必死でついて行こうとして、手伝い所か逆に仕事を増やすオレが居なければ、午前中だけで寮一棟の大掃除を完了させる勢いに正直引いた。

「夷川君、付き合ってくれて、ありがとう」

 オレはと言えば、集めたゴミを捨てに行こうとして、ゴミ箱を見事に蹴り飛ばし廊下にぶちまけたり、モップで水拭きをしようとして、バケツの水を床にぶちまけたり……邪魔にしかならなかったと言うのに、まるで嫌味のような言葉を本心で言ってのける狭間の度量に打ちのめされる。

 狭間の底知れ無さに少しばかり恐怖を覚えながら、ゴミすら一人で運ばせてもらえなくなったオレは、二人並んでゴミを捨てに行く。「ありがとう」に「ごめん」と返すのは躊躇してしまい、黙々と狭間に従って体を動かしていると、何度目かのチャイムが聞こえてきた。

「もう、お昼休みになっちゃったね。早いなぁ」

 腹の減り具合さえ見落とす程に余裕のないオレは、狭間のその言葉でようやく自分が空腹だと気付いた。チャイムに追随するように鳴き出したオレの腹の音を聞きながら、狭間は何故か嬉しそうに笑って見せた。

「今なら購買に一番乗りだね。急ごう」

 ゴミ箱を元の位置に戻し、食堂へ向かうと購買はまだ準備中だったが、それすら自然と手伝う狭間のおかげで、気をよくしたおばちゃんからタダで総菜パンをいくつか貰ってしまった。毎日配給のオレにとって、そのおばちゃんの好意は紛れもなく僥倖で、総菜パンを両手に抱えスキップ一歩手前くらいの勢いで、いつも皆元と使う席を確保する。

 飲み物を買いに行った狭間の帰りを待つ間、テーブルに置いた総菜パンをうっとりと眺める。定番の焼きそばパンにカレーパン、ほんのりあったかい作りたてっぽいホットドッグに最上ランクの(卵、ツナ、ハム全てが入っている)サンドウィッチ、試作品とシールの貼られたグラタンパンにコロッケサンド。圏ガクで考えられる贅沢の全てをかき集めたような食卓だった。

 片っ端から今すぐにかぶり付きたい欲求が半端ないが、狭間が帰って来るのを待たねば。これらの半分は狭間の昼食でもあるのだ。そう分かっていても、目の前の光景はあまりに眩しすぎた。せっかく温かいホットドッグは冷める前に食べた方がいいに決まっているとか、四つも入っているサンドウィッチは別に一つくらい先に食べても分からないんじゃないかとか。そんな情けない思考で頭がいっぱいになってしまった。

 誘惑してくるパン共をジッと見つめているから駄目なんだ。こいつらを視界から閉め出せば、あと数分くらい待つのは余裕のはず。オレはとにかく目を隠せと、机に突っ伏して待つ事にした。

「どうしたの、気分でも悪い?」

 伏せっていたせいで、戻って来た狭間にいきなり心配をさせてしまった。違うと否定しながら顔を上げると、オレの目の前にジュースがポンと置かれているのに気付く。

「狭間、オレの分は必要ないって言っただろ」

 少し声を低くして狭間に視線をやる。困ったような顔で「でも」と言い出したが、オレはジュースを狭間の方へと押し返す。

 掃除を手伝ってくれたお礼とでも言いたいのだろう。そんな物をいちいち受け取っていたら、仕送りのないオレに狭間らがいくら使うか分からない。だから、オレは極力こういう金のかかる好意は受け取らないようにしている……まあ、例外は居るが。

「それはセイシュンの分だぞ。狭間の分もちゃんとあるんだから、狭間にやったら駄目だ」

 いつの間にやら背後に立っていた例外が、ちょっと拗ねたような声で文句を言いながら、人の頭の上に何かを置いた。振り返ろうとして、頭が少し揺れたのだろう、ボトンと手元に落ちてきた物にオレの心は鷲掴みされる。

 重量からして正に購買の帝王、同じサンドウィッチというカテゴリーにありながら、旧館の購買ではなく、新館でのみ販売されている数量限定のカツサンド! 二年の阿呆がわざわざ旧館の食堂で、決して一年の手が届かないカツサンドを見せびらかしながら、食っているのを目撃した日から心の奥底に沈めた欲求が、ドバッと唾液となって口の中に溢れた。

「エビカツもあるぞ」

 エビカツ! エビカツサンド! 思わず隣の席に座った先輩に人目も憚らず、抱きついてしまう所だった。豪華な昼食たちが居並ぶテーブルと、先輩、狭間の顔へ順繰りに視線をやってしまう。なんで先輩が居るのか聞こうとして、狭間の方を向こうとするのだが、どうしても目の前にあるパン共が気になって視線が定まらない。

「ん、腹減ったな。飯にしよう」

 餌を前にした犬みたいなオレを憐れだと思ったのか、先輩は率先してテーブルに並ぶパンに手を伸ばした。狭間も行儀良く手を合わせ目配せしてくる。オレらは「いただきます」と仲良くハモって先輩の後に続いた。

 先輩が持参してくれたカツサンド共へ一番に手を付ける。分厚いカツを挟んだそれらは、それぞれ二切れずつ。厨房から包丁を借りてこようかと提案する狭間に、先輩は食い飽きてるから二人で分けていいと言ってくれた。ありがたく、念願のカツサンドを一口、市販のトンカツソースではなさそうな上等なソースをたっぷり染みこませたカツは、厚みがあるのに驚く程に柔らかくて必死にならねば二口で食べ終わりそうになる。

 包装のビニール袋の上にかじったカツサンドを置いて、先輩の方へと差し出す。ホットドッグを咥えたまま、不思議そうな顔をする先輩にオレは少し無理なお願いをした。

「先輩、カツサンド半分とホットドッグ半分交換して」

 贅沢でそして卑しい話だが、オレはこのテーブルの上に居る奴ら全部を食ってみたかったのだ。オレにとっては、一日限定五食の奴も、昨日売れ残った奴も、ある意味同じなのだ。このテーブルにあるパン全部、毎日配給を胃に詰め込みながら、横目で盗み見ていたんだからな。

 先輩は口に入っていた分をもぐもぐと咀嚼した後、ジッと強請るような眼差しで見つめ続けたオレにホットドッグの残りを手渡してくれた。

「お前、これ全部食いたいなーとか思ってるだろ」

 呆れたような声が聞こえるが、残念ながら『食いたいなー』という程度では済まない。絶対に食ってやるつもりだ。

 その意思を伝えるべく、ホットドッグを一口かぶりながら頷くと、先輩は狭間に包丁を借りてきて欲しいと頼んだ。狭間がおかしそうに笑いながら席を立つと、説教モードの声で先輩に名前を呼ばれる。

「セイシュン、そんなに腹減ってるのか? 狭間がすごく驚いた顔してたぞ」

 狭間の分までオレが食っちまうんじゃないかと心配してくれているらしい。その心配は無用だ。オレは半分くらいになったホットドッグを包み紙ごと机に置き、狭間の方へと滑らせた。全部を一人で食う訳じゃない、みんなで分けるのだと行動で示したら、いきなり頬をつねられた。

 つねられているせいで聞き取り辛い声で「なにすんだ!」と抗議する。そんなに痛みはないが、先輩が何を言いたいのか分からず、体を隣に向けると、困ったような顔で笑われてしまう。

「お前らは普段から回し食いしてるのか? それなら問題ないけど……多分、してないだろ」

 素直に頷いて肯定すると、先輩はオレの頬から手を離してくれた。

「セイシュンはあんまり気にしないみたいだけどな。人が食ってた物を食うのは普通じゃないんだぞ」

 先輩が何を言いたいのか理解し、恥ずかしさとかそれとは別の妙な心地の悪さとか、そういうモノに急かされて、自分が勝手に押しつけたカツサンドへ手を伸ばしたら、先にヒョイと取り上げられてしまう。

「俺らの間では大丈夫だけどな。誰かが一緒の時は控えような」

 カツサンドを口に入れ、軽く手を払うと先輩はオレの頭をいつもより控えめに撫でた。顔がにやけそうだったので、狭間に押しつけようとしたホットドッグをもう一度口に突っ込み、それを阻止すると、包丁を取りに行ったはずの狭間が、またいくつかパンを抱えて戻って来た。

 果物ナイフという物だろうか、ケースに入った小さな包丁と、今度は菓子パンが、あんパンにジャムパン、クリームパンが机の上に追加される。それらは先輩に対するプレゼントならしく、今日の昼食は二人の人望によってデザート付きのフルコースになった。
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