圏ガク!!

はなッぱち

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圏ガクの夏休み

事件現場

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 かなりゆっくり朝食を食べ終えた後でも、まだ時間は七時にもなっていなかった。さて今から一仕事かと思ったのだが、初日から人数は集まらないだろうと予想していたらしく、特に仕事は用意していないとの事だった。

「まあ、あったとしても、今日はさせられないわね」

 村主さんは公民館に戻ると、オレと小吉さんを見て渋い顔をした。オレも同じく小吉さんの方を見て、似たような渋い顔をしていたと思う。理由は一目瞭然。小吉さんは山を下りる時、二度ほど荷台から転げ落ちた訳で、本人はいたってケロッとしていようと、汚れた服やあちこちに出来た擦り傷は正常な状態ではなかった。

 何故かオレを見る小吉さんの表情も何か言いたげで、なんとなく自分の手首に視線をやると、そこに出来た痣を見て、ようやく自分も同じような状態だったと気付く。昨日、香月たちにやられた傷が思い出したように痛んだのだ。

「先生は午前中、買い出しに行かれるんでしたよね? でしたら、その間に私がこの子たちを病院に連れて行きます」

 村主さんの申し出に慌てて「自分が行きます」と答える担任だったが、何か思い出したような顔をして、唸りだしてしまった。

「マリカちゃん、きっと待ち構えていますよ。遠慮せず任せて下さいな」

 カラカラ笑う村主さんに頭を下げながら、担任はオレたちに向き直り、くれぐれも迷惑をかけないようにと厳命すると、逃げるように軽トラに飛び乗り走り去ってしまった。

「じゃあ君たち、少し早いけど行きましょうか」

 仕切り直すように言う村主さんは、悪戯っぽく笑うと、

「さっき話した事件のあった病院、このしがない村で一番賑わってる所、響総合病院へ」

なんとも反応に困るような事を言ってくれた。

 公民館から病院へは、またしても徒歩だった。まだ早朝のおかげで涼しい……とは言えないまでも、汗が吹き出すほどに暑くはなかったが、決して近いとは言い難い距離を歩かされた。

 道中、小吉さんが他意はなく「村主さんは車に乗らないんですか?」と聞いたら(暗に車に乗せろと言っているようなものだが、小吉さんが言うとそうは聞こえないから不思議だ)自分の車は二人乗りだからと申し訳なさそうな答えが返って来た。公民館の駐車場に派手なスポーツカーがあったのだが、もしかしなくとも村主さんの車はアレなんだろうか。普通のおばさんが乗る車とは思えないが、村長ともなるとそれくらい普通なんだろうか。そんなどうでもいい事を考えながら、ひたすら足を動かしていると、視界に真新しい看板が見えてきた。

 響総合病院と書かれた看板の先に、こじんまりした規模の、これまた真新しい個人病院が建っている。『総合病院』と聞いて、もう少し大規模なイメージが頭にあったので、拍子抜けしてしまったのだが、道中に見てきた村の風景を思えば、それでも立派な方だと妙に納得してしまった。

 五台分ほどの駐車場があり、その脇に小さな花壇もあった。何の花かは分からないが、日中の日差しに負けない強い種類なのだろう、色とりどりの沢山の花が花壇いっぱいに咲き、それにじょうろで水をやっている女の人がいた。

「おはよう、マリカちゃん。先生はまだご自宅かしら?」

 遠目に見ても小綺麗な人だと思ったが、村主さんの声に気付き振り返った姿を見て、一瞬ドキッとしてしまう。とんでもなく綺麗な人だったからだ。

「小夜子さん、おはようございます。パパも一緒に来ていますよ……あら、もしかして」

 数ヶ月の男子校生活でロクに女の姿を見なかったせいで、自分の感覚がバカになってる気もするが、じょうろを置き、こちらに駆け寄って来る人は紛れもなくいい女だった。

 半袖の白いシャツに膝の隠れる丈の長い紺色のスカート、派手さを微塵も感じさせない服装だが、ふんわり揺れる柔らかく纏められた髪やほんのり色づいた頬や唇は、化粧品か整髪料のCMかと思うほどの破壊力があった。

「貴方たち、圏ガクの学生さん?」

 真っ直ぐ走ってきたその人は、こちらの気など知らず、欲求不満の男子高校生の手をいきなり握ってきた。見上げてくる瞳はパッチリと大きく、空気に混ざる嫌味のない良い匂いが鼻孔をくすぐり、オレは恥ずかしいくらい赤面する。

「引率の先生はどちらにいらっしゃるの?」

 オレと小吉さんの手を握ったまま、その人はオレらの背後をしきりに覗き込み、誰もいない事に眉をハの字にして表情を曇らせた。

「彼らの引率役は私。谷垣先生なら買い出しに向かわれたわよ」

 硬直するオレらに村主さんが助け船を出してくれた。手に触れていた柔らかな感触がパッと離れる。

「んもう、小夜子さんイジワルです。それで、谷垣先生はどちらにお出かけになったの?」

「何処とは聞いてないけど、多分国道沿いのディスカウントショップじゃないかしら?」

「やだ、そんな遠くに? 急がないと追いつけなくなっちゃう」

 オレらにとって毒のような、多大な色気を振りまきつつ、その人はクルリと背中を向けて駐車場に止めてあった原付に飛び乗った。スカートの裾がほんの少し捲れ白い膝が露わになり、本格的に心臓がバクバクと鳴り出したのだが、次の瞬間に聞こえた明らかに原付のエンジン音ではない爆音に全て持っていかれた。

「マリカちゃん、安全運転よ!」

 村主さんが叫ぶと同時に、濛濛と上がる排気ガスだけを残して、オレたちの目の前を原付が猛烈な勢いで走り抜けた。

 咳き込むオレらを置いて、村主さんは一人、病院の中へと入って行ってしまった。

「なんだったんだ? 今の人」

 無駄に心の中を引っかき回された気分で、隣に同意を求めるよう聞いてみると、

「あの人がお医者先生のお嬢さんだよ」

その正体を小吉さんはあっさり教えてくれる。まあ、そうだろうなとは思っていたが、オレが知りたいのは別の事だった。

「なんでお医者先生のお嬢さんが、ウチの担任の追っかけをしてるの?」

 嵐のように去っていた原付を追うように視線を向けながら言うと、排気ガスをもろに浴びた小吉さんは涙の滲む目元を擦り、おかしそうに笑って見せた。

「さっき聞いた話の中で、当時の三年生を引率してた先生ってのがいただろ? それが谷垣先生なんだよ」

 そりゃあ災難な話だなぁと思いつつ、先を待っていると、小吉さんは「アレ? これで分かんないかな?」と残念そうな顔をした後、驚くような事を言い出した。

「必死で自分を守ってくれた谷垣先生に、お嬢さん惚れちゃったらしくてさ。すごい熱烈なアプローチされてるんだ」

「…………それって、その本気で?」

「ん、本気も本気だ。マジマジだ」

 そう言う小吉さんは何かを悟ったような顔でオレの疑問を肯定しやがる。自分の純情を踏みにじられたような気がして、その場に膝をついてしまうが、病院の入り口から村主さんが召集をかけたので、折れた心を修復出来ぬまま急いで立ち上がり病院へと向かう。

「あんなオッサンのどこがいいんだ」

 ついボソッと本音が出てしまった。すると小吉さんが、反論出来ないような事を屈託なく言いやがった。

「すげぇ優しいオッサンだからじゃねーの」

 車の運転は死ぬほど荒っぽいけどな! と心の中で反発してみるが、それはそれでお似合いなのかもなと、走り去った明らかに排気量のおかしい原付を思い出し、少しだけオレも笑えた。

 空調の効いた室内には、すでに数人の診察待ちをしている婆さんたちが居て、オレと小吉さんに心地悪い視線を向けてきた。並べてあるスリッパに履き替え、先客から離れた場所に座ろうとすると、診察室だろうか、目の前の扉が開いて、中からヒョロッとした眼鏡の男が出て来た。

 小吉さんが小学生みたいな元気な声で挨拶すると、小学校の先生みたいに「はい、おはようございます」と丁寧に返事してくれた男は、オレらに中へ入るよう勧めてくれた。

 先客がいるのに、これじゃあ明らかに順番抜かしだと、婆さんたちの方を一瞥すると、男はニッコリと笑って「大丈夫だから」とオレたちの肩をポンと叩いた。なんとなく申し訳なくて、婆さんたちに軽く頭を下げてから診察室へと足を踏み入れる。

 部屋に入ると、一足先に入室していた村主さんが、ザックリとオレらの紹介を済ませてくれた。さっき聞いた通り、男は圏ガクと聞いても不快な感情を一切見せず、柔和な顔で静かに頷いていた。
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