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圏ガクの夏休み
恐怖の学校行事
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それを合図にオレは立ち上がる。切りのいい所まで読書を続けるという霧夜氏に挨拶を済ませ、図書室を退室し、一人で積み本遊びをしている稲継先輩を連れ出そうと隣を訪れる。想い人の来訪に浮かれているらしい稲継先輩は、本で出来た城門とでも言うべき大作を完成させていた。もちろん、人が通り抜けられる隙間などはない。
「稲継先輩、ここで寝ますか?」
先輩に向かって言うべきでない、呆れが嫌味なくらい滲む声で話しかけると
「…………どうしろって言うんだ」
自分でも阿呆さ加減が分かっているのだろう、疲れた声が聞こえてきた。
予想を裏切らない稲継先輩の片付けっぷりを目の当たりにして、お約束になりつつある自分の役割をまっとうする。バランスを今にも崩しそうな一箇所を押さえようとして、オレは見事に城門を大破させた。しゃがんでいたらしく本を頭から被った稲継先輩と対面する。
「こうするしかない……と、思いますよ」
ムクッと立ち上がった稲継先輩が仄かに殺気を纏い出したので、慌てて今日の収獲をチラ見せして、その場を収めた。こうなってしまうと、少しばかり捻くれた子犬のようだなと、強引に小吉さんの迎えに誘い旧館へと二人で向かう。
旧館に着くと、玄関でモタモタと靴を履き替えていた小吉さんを見つけた。「おかえり」と後ろから声をかけると、疲れの色が見て取れた小吉さんの顔が一気に明るくなったので、少しホッとした。
小吉さんに対して、相変わらず無愛想な稲継先輩だったが、まあ急に愛想よくなっても恐いかと思い黙って見ていたが、普段は食べない夕食前に採って来たらしい小吉さんのトマトをバクバク食べていたので笑ってしまった。稲継先輩は無愛想なんじゃなくて、正真正銘の不器用なのだなと、第二図書室での片付け方を見た今なら素直にそう思えた。
「え、夷川、夷川っ! み、見たか。さっき、稲っちがトマト食ってた!」
夕食を終えて一人黙々と弁当箱を洗っていると、小吉さんがかなり前のめりに駆け寄ってきた。空っぽになったカゴを見せびらかしながら、鼻息荒く嬉しそうな顔で報告は続く。
「前にな、頼んで食ってもらった時は何も感想とかな、言ってくんなかったのに、今日は『不味くはない』って言ってくれたんだ!」
「当たり前じゃん。小吉さんのトマトは美味しいんだから」
へへへと笑って後ろ頭を掻く小吉さんは、稲継先輩の分かりづらい謝罪に気付いたのか「もしかして」とハッとした表情を見せる。
「稲っち、美容の為にトマト食べたのかな?」
確かにトマトって健康に良いとか聞いた事はあるが、だからってあの稲継先輩が美容だの健康だのの為にトマトを貪り食うってのは、冗談にしても斜め上すぎる発想だった。それは違うだろと、稲継先輩なりの謝罪なんじゃないかと言おうとしたら、さっきまでの嬉しさで弾けそうだった小吉さんの顔が少し萎んでしまっていた。
「前にさ、きゅうり……畑で出来たやつな、珍しく山センが欲しいって言うからさ、一番きれいに出来たのんを持って行ったんだ」
よほど山センに酷い目に遭わされたのだろう、小吉さんの声はどんよりと落ちていく。
「そしたら、おれのきゅうり……食わずに……薄く切ったきゅうり、ちんこに張り付け出して、美ちんこ目指すとか言って、おれのきゅうりが」
凄絶な話に言葉を詰まらせ大粒の涙を零し始める小吉さんには悪いが、オレはあまりの阿呆さに爆笑してしまった。
「うぅぅううう、せっかく作ったのに、食えなくなっちまったんだ。稲っちも、女神来るから、美容とか気にして、そ、そその内、おれのどまど、とまどにちんこ突っ込んだりするかもしれない」
爆笑するオレの横で、小吉さんは号泣し始めた。トマトにちんこ突っ込むって、美容と言うよりオナホにしてるだけじゃん。絵面を想像すると腹がよじれるくらいおかしかったが、大事に育てた野菜が無残に使い捨てられると、本気で泣いている小吉さんを放置は出来ない。
「小吉さん、別に稲継先輩は美容に目覚めてないから安心しろよ」
山センが植え付けたろくでもないトラウマを消し去るのは難しいが、そのせいで滝のように流れる涙と鼻水は……まあ、オレでも拭えるのだ。小吉さんのポケットからはみ出た手ぬぐいを引き抜き、慣れた手つきで顔を拭かせて頂く。
「昨日の事、もう怒ってないって言いたかったんだよ、きっと」
ジッとされるがままの小吉さんは「そうかなぁ」と不思議そうに呟いたので「そうだよ」と力強く肯定してやった。ぐっしょり濡れた手ぬぐいをサッと洗いしっかり絞って手渡すと、オレの言葉を信じる気になったらしい小吉さんが
「じゃ、じゃあ今日は、冷蔵庫に帰るか」
嬉しそうに提案してくれた。
風呂に入って汗を流し、先輩の部屋で昨日食べて美味しかった缶詰をいくつか持参して、冷蔵庫へと戻る。外とは雲泥の差がある、ひんやりした空気が扉を開くと漏れてきて、体の芯まで冷え切るまではエアコンは何とも心地の良いものだと実感した直後、オレは静かに扉を閉めた。
「んあ? どうしたんだ? 入らないのか?」
先に歩いていたオレが足を止めたので、後ろを歩く小吉さんが背中にぶつかった。冷蔵庫の中で見た光景が見間違いであって欲しいと思いつつも、さっき変な話を聞いたばかりで確実に嫌な予感しかしなかったので、冷蔵庫に帰るのは日を改めようと小吉さんを説き伏せようとしたが、その前に背後の扉が勢いよく開いてしまった。
「遅かったな! さぁ入れ! もう試合は始まってるぞ!」
室内から流れてきたのは、エアコンの冷気だけではなく、テレビから流れる大音量の女の喘ぎ声。そして、オレらの前で仁王立ちしているのは全裸の山セン、それだけでも異常なのに完全に臨戦態勢というおまけ付き。全力でその場を飛び退くが、事態に気付いていない小吉さんが山センの魔の手に捕まってしまった。缶詰を放り出して、慌ててオレも小吉さんの手を掴む。
「ほんと、マジで何ッ? 何やってんだよ山センッ!」
全裸でフル勃起中の男を前に軽く混乱中のオレは、聞いてはいけない事を聞いてしまった。
「何って、見れば分かるだろ。男と男の勝負! 第一回オナカップ! ちんこの持久力を競う夏休み恒例の学校行事だ」
んな学校行事あってたまるか!
「参加を拒否する奴は即刻ホモの烙印を押される。男として、その屈辱を耐えられるのであれば逃げ出すがいい! あーあと夷川、お前に関してはアレだぞ、ホモだと分かったらシンシンとの関係を認めるようなものだから、色々な方面で覚悟しとけよ」
他人事だと爆笑出来たのに、自分が巻き込まれると微塵も笑えねぇ。
「オナってるとこ見せ合うなんて正気じゃねーよ! それこそ、ホモみたいじゃねーか!」
こんな阿呆な事を真顔で言い出す奴、どう相手していいのかさっぱり分からん。口を開けば開く程に逃げ道が閉ざされていくような気がするが、こんなに堂々と校内で全裸になる奴を目の前にして、こちらも変なテンションになりかけていた。そんなオレを山センが「馬鹿野郎!」と急に一喝する。
「誰がオナニーするって言ったぁ! 今回は射精力じゃなく持久力勝負だと言っただろうがぁ!」
大声に怯んでしまった一瞬、小吉さんごと冷蔵庫の中へ引っ張り込まれてしまった。室内には、すでにこの学校行事に参加している先輩方がお二人。全裸ではないが、その股間からはしっかりとホモでない証拠が出されている。
「ビビって勃起しなくてもホモ決定だからな」
覚悟を決めたようにズボンを下ろす小吉さんと、髭のホモ疑惑の行方を見定めようとする稲継先輩と矢野の殺気立った視線を前に、郷に入っては郷に従えと、その日オレは人として大切な何かを自分の手で壊してしまった。
悪夢としか言い様のない一夜が明け、惨劇の舞台だった冷蔵庫を抜け出し、先輩の部屋へ逃げ込み、温かいカフェオレで傷を癒やそうとお湯を沸かす。
「お前、何飲む?」
一緒に逃げて来た矢野君が、スティック状のインスタントコーヒーの箱を向けて聞いてきたので、前に先輩がブレンドしてくれた激甘の二本を取り自分のマグカップに入れる。矢野君も自分の分を用意してオレの隣にマグカップを並べて置いた。
無駄な会話は一切ない。けれど、早朝の空気と似た沈黙が室内に流れようと、何故か居心地は悪くない。
夕べあった出来事は、人として大切な何かをぶっ壊してしまったが、それだけではなかった。お互いの性癖を余すことなく披露し合い、羞恥を越えた先に妙な連帯感が生まれ、何故か矢野君と和解していた。山センの化け物並の持久力を前に、早々にオナカップの上位争いから脱落した者同士、どうした事か気付いたら慰め合っていた。
あまりに情けない絵面なので詳細は省くが、お互いの傷に塩を塗り込むのではなく、生温かく見守ろうというスタンスに落ち着くまでは、口汚く罵り合っていたが、上位三人との差に愕然とし現実逃避の末、モーニングコーヒーを一緒に飲む仲にまで進展した。
まあ、オナカップに参加した事で、髭とのホモ疑惑を払拭出来たのも大きいだろう。それを思えば、少々の屈辱すら安いモノと割り切る事も可能だったが『第二回オナカップ』は射精力勝負で飛距離を競うという脅威的な予告を前に、そんな殊勝な事を思えるはずもなく。
当面、オナカップの開催阻止がオレらの共通目標だった。なんせ、最下位はペナルティが会場の清掃だというのだから、変な所で意地を張っている場合ではない。
「矢野君、ブラックでいいの? 甘いのあるよ」
沸騰したお湯を注ぐと、見るも苦そうなブラックコーヒーが出来上がる。適当に吹き冷まし、マグカップに口をつける矢野君は、甘い飲み物なんて男が飲むもんじゃねぇとでも言いたそうな顔をした。
「朝っぱらから、よくそんな甘い物を飲めるな」
斑の泡を舌先で舐めていたら、そんな呆れた声が聞こえた。
「無駄に消費したカロリーを補充してんだって。別に甘いのが好きな訳じゃねーから」
一応反論しておく。一晩中、AVを見続けて精も根も尽き果てたのだ。オレの言葉から夕べの事を思い出したのか、矢野君は盛大に顔を顰めた。
「昼間あれだけ盛っといて、あの元気と言うか無駄なやる気は異常だ」
課外活動がどんなモノなのか知っている矢野君は、深刻そうな顔で溜め息を吐く。山センの手土産になった奴らは例外なく、帰りのバスでのびている訳だから、まともな場所ではない事を推測は出来たが、本当の所どうなっているのか多少の興味と言うか恐いモノ見たさで、つい矢野君に聞いてしまった。
「山センの課外活動って、いつもどんな事やってんの?」
かなり酷い目に遭っているとしか思えない姿で帰ってくるのに、矢野君も他の連中も連日ではないものの何度も繰り返し参加しているのだ。
夕べ手土産にと思って持って行った缶詰を開けながら、山センの地獄のハーレムについて、矢野君は都市伝説でも話すような口調で語り出した。
地元の高校、その茶道部で繰り広げられているのは、小吉さんの言っていた通り乱交ならしい。地元の高校で参加しているのは女子のみで、男は山センか山センが連れて来る圏ガクの奴だけで、どうしてか地元の高校の男子生徒は全くいないのだとか。
人数は多いときで十人近く、少ない時でも五人。山セン一人では穴に対して棒が足らないという訳で、矢野君や他の奴らが召集される。ハーレム要員は全員、山センに惚れているというか一応『彼女』とされているが、全員が全員いわゆるビッチで山セン以外の男とも平気でヤリまくる。ヤれるなら男でもいいと生徒会に浸かっていた歯抜け共が宗旨替えしたのは、山センのハーレムのおかげだろうな。
「何人かはマジでいい女がいるんだけどよぉ、ヤバイのはマジでヤバイ。人類か疑うレベルの奴が混ざってて、それの相手すんのがキツイ」
キツイと言いながらも、しっかり仕事をこなしている矢野君は、おそらく常人が持ち得ない、山センに近い感性を持ってしまっているのだと思う。尊敬も軽蔑もしないが、ここはその感性を遺憾なく発揮して頂かなくてはならない。
「夜まで弄ろうという気が起こらないくらい、課外活動でちんこを酷使させる。これしかないと思う」
悪夢のオナカップ第二回目を回避するべくオレは案を出す。そうだなと同意してくれる矢野君はポンとオレの肩を叩き
「頑張って来い」
いい笑顔で後輩を生け贄に捧げようとした。
「いや、オレは無理だから」
即答すると何のフォローか「大丈夫だ」と矢野君は真顔になる。
「目ぇ瞑ってればギリいけるから」
目を開けてられないような相手に向かって行くなよ。オレは目を開けてられる相手でも、乱痴気騒ぎを毎日繰り広げる女なんて願い下げだが。
「そうじゃなくて、オレ謹慎中だから。当分、学校から出られない」
事実を言葉にし、矢野君にオレらの未来がかかっていると視線に乗せて熱く伝えると、観念したのか「行けばいいんだろーが、行けば!」とその場にバタンと倒れてしまった。
「……骨は拾えよ」
もう既に燃え尽きた感のある声で呟く矢野君に、健闘を祈ると敬礼をした。
「稲継先輩、ここで寝ますか?」
先輩に向かって言うべきでない、呆れが嫌味なくらい滲む声で話しかけると
「…………どうしろって言うんだ」
自分でも阿呆さ加減が分かっているのだろう、疲れた声が聞こえてきた。
予想を裏切らない稲継先輩の片付けっぷりを目の当たりにして、お約束になりつつある自分の役割をまっとうする。バランスを今にも崩しそうな一箇所を押さえようとして、オレは見事に城門を大破させた。しゃがんでいたらしく本を頭から被った稲継先輩と対面する。
「こうするしかない……と、思いますよ」
ムクッと立ち上がった稲継先輩が仄かに殺気を纏い出したので、慌てて今日の収獲をチラ見せして、その場を収めた。こうなってしまうと、少しばかり捻くれた子犬のようだなと、強引に小吉さんの迎えに誘い旧館へと二人で向かう。
旧館に着くと、玄関でモタモタと靴を履き替えていた小吉さんを見つけた。「おかえり」と後ろから声をかけると、疲れの色が見て取れた小吉さんの顔が一気に明るくなったので、少しホッとした。
小吉さんに対して、相変わらず無愛想な稲継先輩だったが、まあ急に愛想よくなっても恐いかと思い黙って見ていたが、普段は食べない夕食前に採って来たらしい小吉さんのトマトをバクバク食べていたので笑ってしまった。稲継先輩は無愛想なんじゃなくて、正真正銘の不器用なのだなと、第二図書室での片付け方を見た今なら素直にそう思えた。
「え、夷川、夷川っ! み、見たか。さっき、稲っちがトマト食ってた!」
夕食を終えて一人黙々と弁当箱を洗っていると、小吉さんがかなり前のめりに駆け寄ってきた。空っぽになったカゴを見せびらかしながら、鼻息荒く嬉しそうな顔で報告は続く。
「前にな、頼んで食ってもらった時は何も感想とかな、言ってくんなかったのに、今日は『不味くはない』って言ってくれたんだ!」
「当たり前じゃん。小吉さんのトマトは美味しいんだから」
へへへと笑って後ろ頭を掻く小吉さんは、稲継先輩の分かりづらい謝罪に気付いたのか「もしかして」とハッとした表情を見せる。
「稲っち、美容の為にトマト食べたのかな?」
確かにトマトって健康に良いとか聞いた事はあるが、だからってあの稲継先輩が美容だの健康だのの為にトマトを貪り食うってのは、冗談にしても斜め上すぎる発想だった。それは違うだろと、稲継先輩なりの謝罪なんじゃないかと言おうとしたら、さっきまでの嬉しさで弾けそうだった小吉さんの顔が少し萎んでしまっていた。
「前にさ、きゅうり……畑で出来たやつな、珍しく山センが欲しいって言うからさ、一番きれいに出来たのんを持って行ったんだ」
よほど山センに酷い目に遭わされたのだろう、小吉さんの声はどんよりと落ちていく。
「そしたら、おれのきゅうり……食わずに……薄く切ったきゅうり、ちんこに張り付け出して、美ちんこ目指すとか言って、おれのきゅうりが」
凄絶な話に言葉を詰まらせ大粒の涙を零し始める小吉さんには悪いが、オレはあまりの阿呆さに爆笑してしまった。
「うぅぅううう、せっかく作ったのに、食えなくなっちまったんだ。稲っちも、女神来るから、美容とか気にして、そ、そその内、おれのどまど、とまどにちんこ突っ込んだりするかもしれない」
爆笑するオレの横で、小吉さんは号泣し始めた。トマトにちんこ突っ込むって、美容と言うよりオナホにしてるだけじゃん。絵面を想像すると腹がよじれるくらいおかしかったが、大事に育てた野菜が無残に使い捨てられると、本気で泣いている小吉さんを放置は出来ない。
「小吉さん、別に稲継先輩は美容に目覚めてないから安心しろよ」
山センが植え付けたろくでもないトラウマを消し去るのは難しいが、そのせいで滝のように流れる涙と鼻水は……まあ、オレでも拭えるのだ。小吉さんのポケットからはみ出た手ぬぐいを引き抜き、慣れた手つきで顔を拭かせて頂く。
「昨日の事、もう怒ってないって言いたかったんだよ、きっと」
ジッとされるがままの小吉さんは「そうかなぁ」と不思議そうに呟いたので「そうだよ」と力強く肯定してやった。ぐっしょり濡れた手ぬぐいをサッと洗いしっかり絞って手渡すと、オレの言葉を信じる気になったらしい小吉さんが
「じゃ、じゃあ今日は、冷蔵庫に帰るか」
嬉しそうに提案してくれた。
風呂に入って汗を流し、先輩の部屋で昨日食べて美味しかった缶詰をいくつか持参して、冷蔵庫へと戻る。外とは雲泥の差がある、ひんやりした空気が扉を開くと漏れてきて、体の芯まで冷え切るまではエアコンは何とも心地の良いものだと実感した直後、オレは静かに扉を閉めた。
「んあ? どうしたんだ? 入らないのか?」
先に歩いていたオレが足を止めたので、後ろを歩く小吉さんが背中にぶつかった。冷蔵庫の中で見た光景が見間違いであって欲しいと思いつつも、さっき変な話を聞いたばかりで確実に嫌な予感しかしなかったので、冷蔵庫に帰るのは日を改めようと小吉さんを説き伏せようとしたが、その前に背後の扉が勢いよく開いてしまった。
「遅かったな! さぁ入れ! もう試合は始まってるぞ!」
室内から流れてきたのは、エアコンの冷気だけではなく、テレビから流れる大音量の女の喘ぎ声。そして、オレらの前で仁王立ちしているのは全裸の山セン、それだけでも異常なのに完全に臨戦態勢というおまけ付き。全力でその場を飛び退くが、事態に気付いていない小吉さんが山センの魔の手に捕まってしまった。缶詰を放り出して、慌ててオレも小吉さんの手を掴む。
「ほんと、マジで何ッ? 何やってんだよ山センッ!」
全裸でフル勃起中の男を前に軽く混乱中のオレは、聞いてはいけない事を聞いてしまった。
「何って、見れば分かるだろ。男と男の勝負! 第一回オナカップ! ちんこの持久力を競う夏休み恒例の学校行事だ」
んな学校行事あってたまるか!
「参加を拒否する奴は即刻ホモの烙印を押される。男として、その屈辱を耐えられるのであれば逃げ出すがいい! あーあと夷川、お前に関してはアレだぞ、ホモだと分かったらシンシンとの関係を認めるようなものだから、色々な方面で覚悟しとけよ」
他人事だと爆笑出来たのに、自分が巻き込まれると微塵も笑えねぇ。
「オナってるとこ見せ合うなんて正気じゃねーよ! それこそ、ホモみたいじゃねーか!」
こんな阿呆な事を真顔で言い出す奴、どう相手していいのかさっぱり分からん。口を開けば開く程に逃げ道が閉ざされていくような気がするが、こんなに堂々と校内で全裸になる奴を目の前にして、こちらも変なテンションになりかけていた。そんなオレを山センが「馬鹿野郎!」と急に一喝する。
「誰がオナニーするって言ったぁ! 今回は射精力じゃなく持久力勝負だと言っただろうがぁ!」
大声に怯んでしまった一瞬、小吉さんごと冷蔵庫の中へ引っ張り込まれてしまった。室内には、すでにこの学校行事に参加している先輩方がお二人。全裸ではないが、その股間からはしっかりとホモでない証拠が出されている。
「ビビって勃起しなくてもホモ決定だからな」
覚悟を決めたようにズボンを下ろす小吉さんと、髭のホモ疑惑の行方を見定めようとする稲継先輩と矢野の殺気立った視線を前に、郷に入っては郷に従えと、その日オレは人として大切な何かを自分の手で壊してしまった。
悪夢としか言い様のない一夜が明け、惨劇の舞台だった冷蔵庫を抜け出し、先輩の部屋へ逃げ込み、温かいカフェオレで傷を癒やそうとお湯を沸かす。
「お前、何飲む?」
一緒に逃げて来た矢野君が、スティック状のインスタントコーヒーの箱を向けて聞いてきたので、前に先輩がブレンドしてくれた激甘の二本を取り自分のマグカップに入れる。矢野君も自分の分を用意してオレの隣にマグカップを並べて置いた。
無駄な会話は一切ない。けれど、早朝の空気と似た沈黙が室内に流れようと、何故か居心地は悪くない。
夕べあった出来事は、人として大切な何かをぶっ壊してしまったが、それだけではなかった。お互いの性癖を余すことなく披露し合い、羞恥を越えた先に妙な連帯感が生まれ、何故か矢野君と和解していた。山センの化け物並の持久力を前に、早々にオナカップの上位争いから脱落した者同士、どうした事か気付いたら慰め合っていた。
あまりに情けない絵面なので詳細は省くが、お互いの傷に塩を塗り込むのではなく、生温かく見守ろうというスタンスに落ち着くまでは、口汚く罵り合っていたが、上位三人との差に愕然とし現実逃避の末、モーニングコーヒーを一緒に飲む仲にまで進展した。
まあ、オナカップに参加した事で、髭とのホモ疑惑を払拭出来たのも大きいだろう。それを思えば、少々の屈辱すら安いモノと割り切る事も可能だったが『第二回オナカップ』は射精力勝負で飛距離を競うという脅威的な予告を前に、そんな殊勝な事を思えるはずもなく。
当面、オナカップの開催阻止がオレらの共通目標だった。なんせ、最下位はペナルティが会場の清掃だというのだから、変な所で意地を張っている場合ではない。
「矢野君、ブラックでいいの? 甘いのあるよ」
沸騰したお湯を注ぐと、見るも苦そうなブラックコーヒーが出来上がる。適当に吹き冷まし、マグカップに口をつける矢野君は、甘い飲み物なんて男が飲むもんじゃねぇとでも言いたそうな顔をした。
「朝っぱらから、よくそんな甘い物を飲めるな」
斑の泡を舌先で舐めていたら、そんな呆れた声が聞こえた。
「無駄に消費したカロリーを補充してんだって。別に甘いのが好きな訳じゃねーから」
一応反論しておく。一晩中、AVを見続けて精も根も尽き果てたのだ。オレの言葉から夕べの事を思い出したのか、矢野君は盛大に顔を顰めた。
「昼間あれだけ盛っといて、あの元気と言うか無駄なやる気は異常だ」
課外活動がどんなモノなのか知っている矢野君は、深刻そうな顔で溜め息を吐く。山センの手土産になった奴らは例外なく、帰りのバスでのびている訳だから、まともな場所ではない事を推測は出来たが、本当の所どうなっているのか多少の興味と言うか恐いモノ見たさで、つい矢野君に聞いてしまった。
「山センの課外活動って、いつもどんな事やってんの?」
かなり酷い目に遭っているとしか思えない姿で帰ってくるのに、矢野君も他の連中も連日ではないものの何度も繰り返し参加しているのだ。
夕べ手土産にと思って持って行った缶詰を開けながら、山センの地獄のハーレムについて、矢野君は都市伝説でも話すような口調で語り出した。
地元の高校、その茶道部で繰り広げられているのは、小吉さんの言っていた通り乱交ならしい。地元の高校で参加しているのは女子のみで、男は山センか山センが連れて来る圏ガクの奴だけで、どうしてか地元の高校の男子生徒は全くいないのだとか。
人数は多いときで十人近く、少ない時でも五人。山セン一人では穴に対して棒が足らないという訳で、矢野君や他の奴らが召集される。ハーレム要員は全員、山センに惚れているというか一応『彼女』とされているが、全員が全員いわゆるビッチで山セン以外の男とも平気でヤリまくる。ヤれるなら男でもいいと生徒会に浸かっていた歯抜け共が宗旨替えしたのは、山センのハーレムのおかげだろうな。
「何人かはマジでいい女がいるんだけどよぉ、ヤバイのはマジでヤバイ。人類か疑うレベルの奴が混ざってて、それの相手すんのがキツイ」
キツイと言いながらも、しっかり仕事をこなしている矢野君は、おそらく常人が持ち得ない、山センに近い感性を持ってしまっているのだと思う。尊敬も軽蔑もしないが、ここはその感性を遺憾なく発揮して頂かなくてはならない。
「夜まで弄ろうという気が起こらないくらい、課外活動でちんこを酷使させる。これしかないと思う」
悪夢のオナカップ第二回目を回避するべくオレは案を出す。そうだなと同意してくれる矢野君はポンとオレの肩を叩き
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即答すると何のフォローか「大丈夫だ」と矢野君は真顔になる。
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目を開けてられないような相手に向かって行くなよ。オレは目を開けてられる相手でも、乱痴気騒ぎを毎日繰り広げる女なんて願い下げだが。
「そうじゃなくて、オレ謹慎中だから。当分、学校から出られない」
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食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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