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圏ガクの夏休み
遭難
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食堂に着くと、中には先客が数名居た。昼食には遅すぎる時間帯だが、奉仕作業に参加しない奴には守るべきスケジュールなど無い訳で、別段おかしい事ではなかったが、オレとしては望まぬ状況ではあった。
生徒会の奴らは全員強制労働に出ているはずなので、この場に居るという事は歯抜け共だ。山センの課外活動に参加しているという事は、まともな感覚を取り戻していると(男のケツに盛るような真似はしないと)考えて大丈夫だと思うが、スバルたちの置き土産の件は頭に置いておくべきだろう。
オレが食堂に足を踏み入れると、牽制するような視線が一斉にこちらを向いた。負けじと睨み返せば、暇という導火線に火を付けてしまったらしく、手前に座っていた奴が椅子を倒す勢いで立ち上がったが、それはすぐに消し止められた。
「こちらですよ、夷川君」
霧夜氏は厨房に続く扉から顔を出すと、急かすように手招きをする。歯抜け共を無視してそちらへ向かうと、背後から舌打ちが聞こえたが追ってくる気配はなかった。
「このお鍋を火にかけます。焦げ付かないよう火は中火以上にはせず、ゆっくり混ぜながら温めて下さい」
厨房に入ると同時に待ち構えていたように、霧夜氏に鍋を手渡された。言われた通り鍋を火にかけ蓋を開けてみると、中身はカレーだった。冷蔵庫で保存されボッテリと固まったカレーをお玉で混ぜながら、霧夜氏が何をしているのか横目で盗み見ると、冷蔵庫から次々と野菜を取り出している所だった。
「サラダを作ろうと思いまして。苦手な物があったら教えて下さいね」
野菜が流水で洗われている流し台を覗き込むと、すっかり常食となっている小吉さんのトマトがあって、どうしてか少し嬉しくなってしまった。霧夜氏にもそれを伝えると、トマトだけでなく他の野菜も校内の畑で採れた物だと教えてくれる。
それらの野菜を水切りして、手際良く切ったり千切ったりしながら、いつも食事で使っている味気ない皿に盛りつけられていくのを眺めていたが、その皿の数が多い事に気付いてしまう。
オレと霧夜氏、あと外に居た連中の数を合わせた皿が並んでいる。まさか、あいつらと相席する羽目になるのでは……嫌な予感を感じつつ、どう回避するかを真剣に悩んでいたら、手元が留守になりカレーが煮立ってしまった。
勢いよく飛んで来たカレーの熱さに声を上げると、霧夜氏に「交代しましょうか」と言われ、オレはカレー皿にご飯を盛るよう指示された。数時間前に炊きあがっていた家庭用の炊飯器から、二人分のごはんを盛る。自分の胃袋に合わせた量を盛ったら「若いですねぇ~」と霧夜氏に笑われてしまった。
外の連中の分も用意するよう言われるかと思ったが、霧夜氏は二人分の皿を手に食堂へと戻って行く。厨房を出た先の、一番近いテーブルは、歯抜け共からは程良く遠い、そこへカレーとサラダを手早く並べると、霧夜氏は本日分の配給(缶詰)と一緒に置いてある缶のお茶を二本取って来てくれた。
食欲をそそるカレーの匂いに軽く動揺する歯抜け共の視線を無視して、遅めの昼食を開始する。夕べ作った物だと言うカレーは、夏野菜がゴロゴロ入っていてボリュームがあったが、何故か物足りなかった。どうしてだろうと、じっくり眺めると理由は簡単で、すぐに分かってしまった。
「このカレー、肉が入ってない」
牛も豚も鶏も、ついでに言うとエビやらイカも不在だ。オレの呟きに、箸でサラダばかりを口にする霧夜氏は、申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「すみません、私、お肉が少しばかり苦手でして」
そう言いながら空になった皿を置くと(どうやらオレの勘違いだったらしく)厨房から残りのサラダをおかわり用に持って来て食事を再開させる。
オレはカレーを頬張りながらも、そこに話の糸口を見つけ、霧夜氏に色々と質問を繰り返す。菜食主義なのか、仮眠はいつもあの場所で取るのか、徹夜は辛くないのか。食事中に会話する習慣がないので、思わず先にカレーを胃の中に放り込みたくなるが我慢。相手のペースに合わせてスプーンをじれったく口に運び、肝心の事柄を何気ない風を装って問いかける。
「霧夜先生を訪ねて誰か来られるんですか?」
圏ガクの女神もしくはアマゾネスと呼ばれる霧夜氏の来客について情報を集める。それを餌に稲継先輩に和解を持ちかける。
「橘君の事ですね。はい、来てくれますよ」
霧夜氏は悪戯っぽく笑って「君も彼女に興味がおありですか?」と聞いてきた。どうやら稲継先輩の下心は、文芸部を発足させても帳消しにはならないらしい……武士の情けだ、本人には黙っていよう。
「彼女は私の教え子でして、近場に用事があるからと言って、夏と冬に訪ねてくれるのですよ。私の本棚を新陳代謝させてくれるのも彼女で、頭が上がりません」
穏やかに答えてくれる霧夜氏に甘え、根掘り葉掘り聞き倒す。意図して口にしているとは言え、女に興味津々とか、ちょっと恥ずかしかったが、霧夜氏が語ってくれた女の姿は、山センや小吉さんから得た情報からは想像出来なかった魅力的な人で、オレも楽しみが一つ増えた。
たんまりと袖の下を確保して、食事を終えた後、再び第二図書室へと戻る。食堂を出る前に、霧夜氏が思い出したように、残りのカレーとご飯を歯抜け共に振る舞っていたので、その日は奴らに絡まれる事はなかった。精進カレーであろうと、カレーはカレー。缶詰とは天と地ほど差がある。
図書室に戻ると、既に稲継先輩が作業を再開しており、残念な事にまた関所がいくつも作られていた。もう、いっそ秘密基地とかにしたらいい。そう思えるくらい稲継先輩の片付けは残念としか形容出来なかった。
雪崩が起きた現場に足を踏み入れる事が出来ず、穏やかに微笑む霧夜氏が「どうしたものでしょう」と独り言のような言葉をオレにかけてきた。「どうにかして下さい」としか聞こえず、意を決して関所を撤去しようと積み上がった本を持ち上げると点々と続いていた関所がドミノ倒しを起こし、自分でも嫌になるが作業中の稲継先輩の背中に本が降りかかってしまった。
完全に無意味な創造と破壊を生み出すオレらは、当然お互いに文句の言い合いになり、非を認めない相手に腹を立て取っ組み合いを始める始末で、その結果もう一つ大雪崩を起こし、室内の半分を本で敷き詰めてしまった。
「今日はここで寝ます」
呆然とするオレらへの抗議か、霧夜氏はゴロリと本の床に横になってしまう。目を瞑っていて、表情こそ分からないが、静かに怒っているような気がして、オレだけでなく稲継先輩も反省せざるを得なかった。床にビニールシートを敷いているとは言え、本を床にぶちまけている訳だからな。そりゃ司書としては怒りを覚えて当然だろう。
「ん……少し背中が痛いですね。いい夢が見られそうだと思ったのですが……無念です」
いや、このジジイ、単なる変態かもしれない。オレの反省を返せと言いたくなる霧夜氏の言葉だったが、本に埋もれて寝る事を諦めた氏は立ち上がり、改めて惨状を眺めた。
「これはもう私たちの手には負えませんねぇ。後日、助っ人を頼みましょう」
現場に背を向けた霧夜氏は、一度だけ振り返り突然しゃがんだかと思いきや、数冊の本を手に取り満足そうに立ち去った。
オレも後に続こうとしたが、稲継先輩はまだ秘密基地に未練があるのか、再び本を積もうとしていたので
「稲継先輩、ここで寝る気ですか? その片付け方だと自分が出られなくなりますよ」
一応注意はしておいた。一瞬、グワッと眉間や目が激しい憎悪に満ちたが、それはすぐに鎮火し
「じゃあ、どうしろって言うんだ」
疲れ果てた顔で稲継先輩は吐き捨てるように言った。
どっかりと本の床に腰を下ろし、魂でも吐き出しかねない大きな溜め息を吐くと、ポケットから煙草を取り出し咥えようとする阿呆が一人。本気でライターをカチカチやり出したので、相手に目線を合わせしゃがみ込み、その口から生えた煙草を毟り取ってやる。
「小火でも起こしたら洒落にならないだろ。ここでは吸うなよ。てか、こんな所で吸ったら、臭いで即行バレますよ」
毟り取った煙草を差し出すと、チッと舌打ちの後ぶっきらぼうに「やるよ」と言われてしまった。煙草なんて貰っても嬉しくない……はずなのに、あまり躊躇せず、ちゃっかりポケットに入れてしまう。好奇心という奴のせいだ。
「この部屋の片付けは、霧夜先生の言っていた通り、助っ人が来てからでいいじゃないですか。オレらじゃあ、それこそ火でも放たないと片付きませんよ」
まあ、灰燼に帰す事を片付けとは言わないだろうが、それくらいオレら三人には片付けのスキルが備わっていない。
「女神もあと三日もすれば到着するそうですし……それまでは放置でいいんじゃないですか」
さりげなく餌を混ぜた言葉を呟き立ち上がると、予想以上に早く食い付いてきた稲継先輩に、引き抜かれるのではと不安になる強さで腕を掴まれた。
「なんでお前がそんな事を知っている」
オレを見上げる稲継先輩の目は、獰猛な肉食獣のような目で、腹を減らした猛獣の檻に四肢を縛られ放り込まれた錯覚に陥る。
「き、霧夜先生に聞いたんです。稲継先輩は聞いてないんですか?」
異様な雰囲気に飲まれそうになったが、事実をありのまま伝えると、目に見えて動揺し、猛獣から猛犬くらいに稲継先輩の威圧感は弱まった。それによって昨日と今日、霧夜氏と稲継先輩の会話を聞く中で予想していた事実が確定する。
稲継先輩は本気で何も知らないのだ。
オレが昼食中にしてきた世間話程度の情報ですら、稲継先輩は何一つ聞けずにいるのだ。本当に図書室でいつ来るか分からない女を待ち続けていただけのようだ。一途と言えば聞こえはいいが、ストーカーと大差ないような気もする。いや、山センの言葉を信じるなら、そのものか。
「…………三日後に、来るのか……そうか」
オレが目の前に居る事を失念しているような、呆けた声を稲継先輩は口の中で転がした。これはもう和解だとかケチ臭い事を言っている場合ではないな。こんな面白い事を見逃す手はない……じゃなくて、一後輩として先輩をもり立てねば。
女神の到着が三日後に迫っていると分かり、頑なに少しでも片付けておくと本の檻を作り出した稲継先輩を放置して、オレは決意新たに霧夜氏の近くでラノベ片手にあれやこれやと情報収集に勤しんだ。
謹慎中の課題(図書室に入荷するラノベの選定)については、一筆したため小吉さんに託す事にする。こういうのは詳しい奴に聞く方が手っ取り早いし確実だ。
手にしたラノベのイラストを眺めながら、同じく手にした文庫本から視線を逸らさない霧夜氏と、内容があるようなないような微妙な会話を日が暮れるまで続けた。
収獲は上々だ。この土産を持って、今日は小吉さんと一緒に冷蔵庫へ帰ろう。そろそろバスが帰って来そうだなと時計を見上げると、窓の外から限界を迎えていそうな車体の軋む音と、同じく限界を迎えていそうなエンジン音が聞こえてきた。
生徒会の奴らは全員強制労働に出ているはずなので、この場に居るという事は歯抜け共だ。山センの課外活動に参加しているという事は、まともな感覚を取り戻していると(男のケツに盛るような真似はしないと)考えて大丈夫だと思うが、スバルたちの置き土産の件は頭に置いておくべきだろう。
オレが食堂に足を踏み入れると、牽制するような視線が一斉にこちらを向いた。負けじと睨み返せば、暇という導火線に火を付けてしまったらしく、手前に座っていた奴が椅子を倒す勢いで立ち上がったが、それはすぐに消し止められた。
「こちらですよ、夷川君」
霧夜氏は厨房に続く扉から顔を出すと、急かすように手招きをする。歯抜け共を無視してそちらへ向かうと、背後から舌打ちが聞こえたが追ってくる気配はなかった。
「このお鍋を火にかけます。焦げ付かないよう火は中火以上にはせず、ゆっくり混ぜながら温めて下さい」
厨房に入ると同時に待ち構えていたように、霧夜氏に鍋を手渡された。言われた通り鍋を火にかけ蓋を開けてみると、中身はカレーだった。冷蔵庫で保存されボッテリと固まったカレーをお玉で混ぜながら、霧夜氏が何をしているのか横目で盗み見ると、冷蔵庫から次々と野菜を取り出している所だった。
「サラダを作ろうと思いまして。苦手な物があったら教えて下さいね」
野菜が流水で洗われている流し台を覗き込むと、すっかり常食となっている小吉さんのトマトがあって、どうしてか少し嬉しくなってしまった。霧夜氏にもそれを伝えると、トマトだけでなく他の野菜も校内の畑で採れた物だと教えてくれる。
それらの野菜を水切りして、手際良く切ったり千切ったりしながら、いつも食事で使っている味気ない皿に盛りつけられていくのを眺めていたが、その皿の数が多い事に気付いてしまう。
オレと霧夜氏、あと外に居た連中の数を合わせた皿が並んでいる。まさか、あいつらと相席する羽目になるのでは……嫌な予感を感じつつ、どう回避するかを真剣に悩んでいたら、手元が留守になりカレーが煮立ってしまった。
勢いよく飛んで来たカレーの熱さに声を上げると、霧夜氏に「交代しましょうか」と言われ、オレはカレー皿にご飯を盛るよう指示された。数時間前に炊きあがっていた家庭用の炊飯器から、二人分のごはんを盛る。自分の胃袋に合わせた量を盛ったら「若いですねぇ~」と霧夜氏に笑われてしまった。
外の連中の分も用意するよう言われるかと思ったが、霧夜氏は二人分の皿を手に食堂へと戻って行く。厨房を出た先の、一番近いテーブルは、歯抜け共からは程良く遠い、そこへカレーとサラダを手早く並べると、霧夜氏は本日分の配給(缶詰)と一緒に置いてある缶のお茶を二本取って来てくれた。
食欲をそそるカレーの匂いに軽く動揺する歯抜け共の視線を無視して、遅めの昼食を開始する。夕べ作った物だと言うカレーは、夏野菜がゴロゴロ入っていてボリュームがあったが、何故か物足りなかった。どうしてだろうと、じっくり眺めると理由は簡単で、すぐに分かってしまった。
「このカレー、肉が入ってない」
牛も豚も鶏も、ついでに言うとエビやらイカも不在だ。オレの呟きに、箸でサラダばかりを口にする霧夜氏は、申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「すみません、私、お肉が少しばかり苦手でして」
そう言いながら空になった皿を置くと(どうやらオレの勘違いだったらしく)厨房から残りのサラダをおかわり用に持って来て食事を再開させる。
オレはカレーを頬張りながらも、そこに話の糸口を見つけ、霧夜氏に色々と質問を繰り返す。菜食主義なのか、仮眠はいつもあの場所で取るのか、徹夜は辛くないのか。食事中に会話する習慣がないので、思わず先にカレーを胃の中に放り込みたくなるが我慢。相手のペースに合わせてスプーンをじれったく口に運び、肝心の事柄を何気ない風を装って問いかける。
「霧夜先生を訪ねて誰か来られるんですか?」
圏ガクの女神もしくはアマゾネスと呼ばれる霧夜氏の来客について情報を集める。それを餌に稲継先輩に和解を持ちかける。
「橘君の事ですね。はい、来てくれますよ」
霧夜氏は悪戯っぽく笑って「君も彼女に興味がおありですか?」と聞いてきた。どうやら稲継先輩の下心は、文芸部を発足させても帳消しにはならないらしい……武士の情けだ、本人には黙っていよう。
「彼女は私の教え子でして、近場に用事があるからと言って、夏と冬に訪ねてくれるのですよ。私の本棚を新陳代謝させてくれるのも彼女で、頭が上がりません」
穏やかに答えてくれる霧夜氏に甘え、根掘り葉掘り聞き倒す。意図して口にしているとは言え、女に興味津々とか、ちょっと恥ずかしかったが、霧夜氏が語ってくれた女の姿は、山センや小吉さんから得た情報からは想像出来なかった魅力的な人で、オレも楽しみが一つ増えた。
たんまりと袖の下を確保して、食事を終えた後、再び第二図書室へと戻る。食堂を出る前に、霧夜氏が思い出したように、残りのカレーとご飯を歯抜け共に振る舞っていたので、その日は奴らに絡まれる事はなかった。精進カレーであろうと、カレーはカレー。缶詰とは天と地ほど差がある。
図書室に戻ると、既に稲継先輩が作業を再開しており、残念な事にまた関所がいくつも作られていた。もう、いっそ秘密基地とかにしたらいい。そう思えるくらい稲継先輩の片付けは残念としか形容出来なかった。
雪崩が起きた現場に足を踏み入れる事が出来ず、穏やかに微笑む霧夜氏が「どうしたものでしょう」と独り言のような言葉をオレにかけてきた。「どうにかして下さい」としか聞こえず、意を決して関所を撤去しようと積み上がった本を持ち上げると点々と続いていた関所がドミノ倒しを起こし、自分でも嫌になるが作業中の稲継先輩の背中に本が降りかかってしまった。
完全に無意味な創造と破壊を生み出すオレらは、当然お互いに文句の言い合いになり、非を認めない相手に腹を立て取っ組み合いを始める始末で、その結果もう一つ大雪崩を起こし、室内の半分を本で敷き詰めてしまった。
「今日はここで寝ます」
呆然とするオレらへの抗議か、霧夜氏はゴロリと本の床に横になってしまう。目を瞑っていて、表情こそ分からないが、静かに怒っているような気がして、オレだけでなく稲継先輩も反省せざるを得なかった。床にビニールシートを敷いているとは言え、本を床にぶちまけている訳だからな。そりゃ司書としては怒りを覚えて当然だろう。
「ん……少し背中が痛いですね。いい夢が見られそうだと思ったのですが……無念です」
いや、このジジイ、単なる変態かもしれない。オレの反省を返せと言いたくなる霧夜氏の言葉だったが、本に埋もれて寝る事を諦めた氏は立ち上がり、改めて惨状を眺めた。
「これはもう私たちの手には負えませんねぇ。後日、助っ人を頼みましょう」
現場に背を向けた霧夜氏は、一度だけ振り返り突然しゃがんだかと思いきや、数冊の本を手に取り満足そうに立ち去った。
オレも後に続こうとしたが、稲継先輩はまだ秘密基地に未練があるのか、再び本を積もうとしていたので
「稲継先輩、ここで寝る気ですか? その片付け方だと自分が出られなくなりますよ」
一応注意はしておいた。一瞬、グワッと眉間や目が激しい憎悪に満ちたが、それはすぐに鎮火し
「じゃあ、どうしろって言うんだ」
疲れ果てた顔で稲継先輩は吐き捨てるように言った。
どっかりと本の床に腰を下ろし、魂でも吐き出しかねない大きな溜め息を吐くと、ポケットから煙草を取り出し咥えようとする阿呆が一人。本気でライターをカチカチやり出したので、相手に目線を合わせしゃがみ込み、その口から生えた煙草を毟り取ってやる。
「小火でも起こしたら洒落にならないだろ。ここでは吸うなよ。てか、こんな所で吸ったら、臭いで即行バレますよ」
毟り取った煙草を差し出すと、チッと舌打ちの後ぶっきらぼうに「やるよ」と言われてしまった。煙草なんて貰っても嬉しくない……はずなのに、あまり躊躇せず、ちゃっかりポケットに入れてしまう。好奇心という奴のせいだ。
「この部屋の片付けは、霧夜先生の言っていた通り、助っ人が来てからでいいじゃないですか。オレらじゃあ、それこそ火でも放たないと片付きませんよ」
まあ、灰燼に帰す事を片付けとは言わないだろうが、それくらいオレら三人には片付けのスキルが備わっていない。
「女神もあと三日もすれば到着するそうですし……それまでは放置でいいんじゃないですか」
さりげなく餌を混ぜた言葉を呟き立ち上がると、予想以上に早く食い付いてきた稲継先輩に、引き抜かれるのではと不安になる強さで腕を掴まれた。
「なんでお前がそんな事を知っている」
オレを見上げる稲継先輩の目は、獰猛な肉食獣のような目で、腹を減らした猛獣の檻に四肢を縛られ放り込まれた錯覚に陥る。
「き、霧夜先生に聞いたんです。稲継先輩は聞いてないんですか?」
異様な雰囲気に飲まれそうになったが、事実をありのまま伝えると、目に見えて動揺し、猛獣から猛犬くらいに稲継先輩の威圧感は弱まった。それによって昨日と今日、霧夜氏と稲継先輩の会話を聞く中で予想していた事実が確定する。
稲継先輩は本気で何も知らないのだ。
オレが昼食中にしてきた世間話程度の情報ですら、稲継先輩は何一つ聞けずにいるのだ。本当に図書室でいつ来るか分からない女を待ち続けていただけのようだ。一途と言えば聞こえはいいが、ストーカーと大差ないような気もする。いや、山センの言葉を信じるなら、そのものか。
「…………三日後に、来るのか……そうか」
オレが目の前に居る事を失念しているような、呆けた声を稲継先輩は口の中で転がした。これはもう和解だとかケチ臭い事を言っている場合ではないな。こんな面白い事を見逃す手はない……じゃなくて、一後輩として先輩をもり立てねば。
女神の到着が三日後に迫っていると分かり、頑なに少しでも片付けておくと本の檻を作り出した稲継先輩を放置して、オレは決意新たに霧夜氏の近くでラノベ片手にあれやこれやと情報収集に勤しんだ。
謹慎中の課題(図書室に入荷するラノベの選定)については、一筆したため小吉さんに託す事にする。こういうのは詳しい奴に聞く方が手っ取り早いし確実だ。
手にしたラノベのイラストを眺めながら、同じく手にした文庫本から視線を逸らさない霧夜氏と、内容があるようなないような微妙な会話を日が暮れるまで続けた。
収獲は上々だ。この土産を持って、今日は小吉さんと一緒に冷蔵庫へ帰ろう。そろそろバスが帰って来そうだなと時計を見上げると、窓の外から限界を迎えていそうな車体の軋む音と、同じく限界を迎えていそうなエンジン音が聞こえてきた。
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