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1、終わりの始まり
しおりを挟む「エリアーナ、紹介するよ。僕の義妹の、キルスティンだ。可愛いだろう?」
婚約者のデイビッド様と出かける予定だった私は、彼が迎えに来たと執事に言われ、玄関へと急いだ。玄関で目にしたのは、デイビッド様と最近出来た彼の義妹の姿だった。
「初めまして、キルスティンです。義兄がいつもお世話になっています」
可愛らしい笑顔で挨拶をする彼女に、私も笑顔で挨拶を返す。
「初めまして、エリアーナです。本当に、可愛らしいですね」
「今日の予定だけど、キルスティンも一緒に連れて行こうと思う。食事の予約は二人だったから、キャンセルしたよ。キルスティンは、肉があまり得意じゃないしね。キルスティンが行きたいカフェがあるそうだから、そこに行こう」
二人で現れた時から、彼女も一緒に出かける気なのだと予想はしていた。けれど、勝手にレストランをキャンセルしているとは思わなかった。
今日は、私の誕生日。私の大好きな、お肉の美味しいレストランで、一緒に食事をしようと言ってくれたのは彼だったのに。
少し不機嫌になった私に、デイビッド様はため息を漏らした。
「不満そうだね。キルスティンは楽しみにしていたのに、こんな状態では一緒に出かけても楽しくないだろう。今日は、キルスティンと二人でカフェに行くことにするよ。君は、邸でゆっくりすればいい」
そう言って、まだ返事もしていない私を置き去りにして帰って行った。
確かに、不機嫌な態度をとってしまった私も悪いけれど、こんな扱いは酷い。
『キルスティンは楽しみにしていた』とは? 私だって、今日をずっと楽しみにしていた。私の気持ちは、考えてくれないのだろうか。
結局、私は部屋に戻り、今日の為に買った服を脱ぎ捨てて、ベッドに横になった。
数時間が経ち冷静になると、大人げなかったかもしれないと反省した。
デイビッド様のお父様であるシードル侯爵は、三ヶ月前に再婚をした。キルスティン様は、再婚相手のローレル夫人と前夫との子だ。彼女は、ローレル夫人が離婚した相手の籍に入っている。その離婚した相手は、男爵でかなりの高齢だ。キルスティン様の他に子は居ないこともあり、キルスティン様が男爵家を継ぐようだ。
デイビッド様には二人の兄は居るけれど、妹は居ない。義妹とはいえ、妹が出来たのが嬉しかったのかもしれない。
あれから五時間、そろそろ邸に戻っているかもしれないと思い、謝りに行こうと支度を整えて馬車に乗り込み出発した。シードル侯爵邸までは、馬車で一時間程。せっかくの誕生日を、喧嘩したまま終わりたくなかった。
「エリアーナ様は、大人ですね。私なら、許せないと思います」
侍女のジョアンナは、唇を尖らせながら不貞腐れる。彼女は子爵令嬢で、私の親友でもある。子爵令嬢といっても、六女で、なかなか婚約者が見つからなかったこともあり、ブラットレイ侯爵家に使用人として来てくれた。
「大人じゃないから、デイビッド様を怒らせてしまったのだけれど?」
ジョアンナは苦笑いしながら、小さな包みを手渡して来た。
「これ……」
「お誕生日おめでとうございます」
「嬉しい! ジョアンナ、ありがとう!」
ジョアンナからの誕生日プレゼントは、私の大好きなバラの香りの香水だった。
「つけてもいい?」
「はい」
少しだけつけて、匂いを嗅ぐ。
「いい匂い……」
ジョアンナの気持ちと素敵な匂いで、心が和んだ。
シードル侯爵邸に到着すると、二人はまだ帰宅していなかった。執事が申し訳なさそうな顔をしながら、頭を下げてくる。
「そうですか、少しお待ちしてもよろしいでしょうか? 出来れば、今日中にお話したいので」
「かまわないよ」
執事の後ろから、声が聞こえた。声の主は、シードル侯爵家の次男、アレン様だった。
「アレン様、お久しぶりです」
シードル侯爵家の三兄弟、グレイ様とアレン様、そしてデイビッド様とは幼馴染みだった。ブラットレイ侯爵家とシードル侯爵家は、お父様達が親友で、幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしていた。
婚約の話は、私が八歳の時に出た。私は一人っ子で、婿をもらわなければならない。その候補は、アレン様とデイビッド様の二人。話を聞いていたデイビッド様が、一番に手を挙げたことにより、彼と婚約することが決まった。といっても、その話を聞いていたのはデイビッド様だけで、婚約が決まったと言われて初めて、私とアレン様はそのことを知った。
「久しぶり、エリー。それと、誕生日おめでとう」
アレン様は、幼い頃から変わらない優しい笑顔を向けてくれた。
「覚えていてくれたのですか?」
「当たり前だ。誕生日プレゼントは、邸に送っておいたから、手ぶらでごめん」
覚えていてくれただけでも嬉しいのに、プレゼントまでくださるなんて感激だ。デイビッド様は、私の誕生日のことなんて、すっかり忘れているみたいなのに。
「アレン様は、相変わらず優しいですね」
「褒めても、プレゼントは増えないぞ」
すぐからかってくるところも変わらない。昔の、楽しかった日々を思い出す。デイビッド様と婚約してからは、アレン様とはあまり会わなくなっていた。久しぶりに話せて、何だか嬉しい。
リビングに移動して、ソファーに座りながら昔話をしていると、デイビッド様とキルスティン様がようやく帰宅した。外は、すっかり暗くなっている。
「何で居るんだ?」
私を見たデイビッド様が、不機嫌そうに眉をひそめた。
「エリアーナ様……私達との外出はあんなに嫌そうにしていたのに、アレンお義兄様とは楽しそうにお話するのですね……」
キルスティン様は、デイビッド様の袖を掴みながら、泣きそうな顔でそう言った。
少し不機嫌になったことは認めるけれど、それは楽しみにしていた誕生日デートだったからだ。でも、二人は私と出かけることを楽しみにしていたのだから、素直に謝ることにした。
「今日のことを謝りに来たのですが、気分を害してしまったのならすみません」
謝りに来たのに、デイビッド様に不機嫌な顔をさせ、キルスティン様には嫌な思いをさせてしまった。
「なぜ、エリーが謝るんだ? 悪いのは、デイビッドとキルスティンだ。デイビッド、お前は今日がなんの日か忘れたのか!?」
今まで黙って聞いていたアレン様が、二人を叱りつけた。
「アレン兄上は、黙っていてください! 兄上は、いつもエリアーナに甘すぎます! 幼い頃から、エリアーナも兄上のあとばかりついて行っていた。ですが、今は俺の婚約者です! 兄上に、とやかく言われたくありません!」
急にデイビッド様は、声を荒げた。
昔は仲が良かったのに、いったい何があったのだろう。
「婚約者だというのなら、もっと大切にしろ」
重い空気が流れる。
「アレンお義兄様、デイビッドお義兄様はエリアーナ様を大切にしていますよ。それなのに、エリアーナ様はワガママです!」
ずっとデイビッド様の袖を掴んだまま、彼に寄り添っているキルスティン様が、私を睨みながらそう言った。ワガママ……デイビッド様も、そう思っているのだろうか。
「キルスティン、なぜ君がここに居るんだ? これは家族の話だ。父上が君の母と再婚したからといって、君の義兄にはなっていない。義兄と呼ぶのもやめてくれ」
アレン様が、かなりキツイ口調でキルスティン様にそう言った。
「酷い……です……」
キルスティン様は涙を浮かべながら、デイビッド様の後ろに隠れる。
彼女の印象が、どんどん変わってくる。最初は可愛らしいと思っていたけれど、デイビッド様に媚びているように見える。
「キルスティンが、怯えているではないですか! 兄上はなぜ、キルスティンに辛く当たるのですか!? 」
デイビッド様は、さらに声を荒げる。
キルスティン様は、デイビッド様を煽るように大袈裟に怯える素振りをした。
「お前には、分からないのか? お前を利用しているだけだということが……」
今日会ったばかりの私の目にも、そう見える。純粋なデイビッド様が、弱い女の子を守ろうと考えるのは分かるけれど、彼女はそれほど弱くないだろう。
「兄上とは、意見が合わないようなので、これで失礼します。
エリアーナ、その匂いは香水か? そんな物をこれみよがしにつけるなんてな。キルスティンの家では、そのような高価な物は買えない。今日の当てつけで、つけてきたのか? お前には、失望した」
「お前……!?」
「この香水は……」
言いたいことだけ言うと、アレン様のことも私のことも無視して、キルスティン様の手を引いてリビングから出て行くデイビッド様。
あの優しかったデイビッド様が、まさかそのようなことを言うとは思っていなかった。ジョアンナからもらった香水を否定され、怒りが込み上げて来たが、話も聞かずに去って行った彼に、私の方が失望していた。
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