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7、あなたは誰!?
しおりを挟むおじ様が、こんなにも取り乱した姿を見たのは初めてだった。私の手を握りしめ、懇願するように頭を下げる。それほど、息子が大事なのだと伝わって来た。
「父上!? 無理を仰らないでください! エリーがどんな気持ちで決断をしたのか……。これ以上、エリーを苦しめるのはおやめ下さい!」
アレン様は、いつだって私のことを一番に考えてくださる。幼い頃から、ずっと……。
「少しだけでいいんだ! あいつの記憶が戻れば、すぐに婚約解消に応じる! もし……もしも、戻らなかったとしても、数ヶ月だけ、婚約者で居てやってくれないか?」
「おじ様……デイビッド様は、私を愛してなどおりません」
「君が、そう感じるのも分かる……。最近、キルスティンとばかり一緒に居たことは知っている。あいつにも、何か考えがあるのだろうと、放っておいた私の責任だ。だが、デイビッドは、エリアーナを愛している! それだけは、変わらない!」
おじ様が、どうしてそんなに自信を持って言い切れるのかは分からないけれど、私はもう、彼の本性を知っている。けれど、デイビッド様は自分が助かるために私を盾にしたことを、今のおじ様には話すことは出来そうにない。これ以上、追い討ちをかけたくないから。
デイビッド様が、記憶を取り戻せば終わる。記憶を取り戻さなくても、数ヶ月我慢すればいい。
関わりたくない気持ちもあるけれど、このまま終わらせてしまったら後味が悪いという気持ちもある。何より、おじ様には良くしてもらって来た。
「……わかりました。三ヶ月だけ、デイビッド様の婚約者を続けることにします。記憶が戻ったら、すぐに婚約解消していただきます」
私の出した答えを聞いて、アレン様は何も言わずに下を向いていた。私は、ずるい。アレン様はいつも、私の考えを尊重してくれるのを分かっている。だから、今も反対はしない。
私のことを思って、おじ様を止めようとしてくれたのに、ごめんなさい。
「ありがとう、エリアーナ! 本当に、ありがとう!!」
おじ様は、涙を流しながら何度も何度もお礼を言ってから、夫人と一緒にデイビッド様の部屋に戻って行った。
「……エリアーナ様って、意外と神経図太いのですね。私達の邪魔はしないと、数時間前に仰ったばかりなのに、デイビッドお義兄様が記憶を失ったのをいいことに、あっさり婚約者に戻ってしまうのですね」
戻りたくて戻ったのではない。
キルスティン様にそう言ったところで、無駄なのは分かっている。彼女にどう思われようと、どうでもいい。
「キルスティン、お前はまだ居たのか? 早く帰ったらどうだ?」
アレン様は、彼女の顔を見ることなくそう言い捨てた。
「え……? あの、私、どうやって帰れば? デイビッドお義兄様が、邸に迎えに来てくださったので、送ってくださらないと帰れません」
アレン様はキルスティン様を完全に無視して、私の前まで来ると手を差し出した。
「エリー、送る」
真剣な眼差しを向けて来るアレン様の申し出を、今回は断らなかった。
「お願いします」
私達が帰った後、キルスティン様はおじ様と夫人がデイビッド様の部屋から出てくるまでの五時間の間、リビングで一人、ずっとブツブツ文句を言いながら待っていたそうだ。
送ってもらった馬車の中で、襲って来た男性のことを聞かれた。アレン様は、十六歳で騎士の試験に合格し、今は王国騎士団に所属している。使用人に伝言を頼み、騎士の同僚に、あの男性の行方を探してもらっていると話してくれた。
「手は、大丈夫なのか?」
「痛みは少しありますが、血は止まっています。傷口も、消えると思います」
「俺がもう少し早く、駆け付けていたら……すまない……」
心配そうに、私の手を見つめる。
「アレン様が来てくださったから、私は死なずにすんだのです。絶望的なあの状況で、アレン様の私を呼ぶ声を聞いた時、どんなに心強かったか……。だから、ご自分を責めるようなことを仰らないでください」
アレン様には、全てを話すことにした。
男性が「キルスティン!! お前、俺を騙しやがって!!」と叫んでいたことも、デイビッド様が私を盾にしたことも。全てを話したら気が緩んだのか、涙が瞳から溢れ出してぽたぽたと落ちていた。
「エリー、もう大丈夫。怖くないよ」
優しい声で、何度も「大丈夫だよ」と言いながら、背中をぽんぽんと叩いてくれる。
懐かしい……。私が転んで泣いていると、いつもこうして慰めてくれた。私はこの手が、大好きだった。
デイビッド様の前では、泣いたことがない。けれど、なぜかアレン様の前でだけは素直に涙が出て来てしまう。
アレン様に、甘えてばかりいてはダメなのは分かっている。三ヶ月は、デイビッド様の婚約者で居なければならない。自分で決めたのだから、弱音を吐いてはいられない。
だけど、もう少しだけ……このままで……
「エリー! エリー、起きて」
「……アレン様?」
どうやら私は、あのまま眠ってしまったようだ。重たいまぶたを開けると、目の前にアレン様の顔があった。
「よだれ、垂らしてたぞ」
アレン様は、自分の口元を指差し、からかうように笑った。
「え!?」
慌てて口元を拭うと、アレン様は「嘘だよ」と言ってまた笑顔になった。
「からかわないでください!」
そうは言ったけれど、あんな目にあったというのに、アレン様のおかげで心が落ち着いていた。
翌日、朝からデイビッド様が邸を訪ねて来た。
「体調は、もう大丈夫なのですか?」
昨日の今日で、訪ねて来たことにも驚いたけれど、沢山のプレゼントを抱えていたことにも驚いた。
「君が、俺の婚約者だと聞いた。こんなに綺麗な人が、婚約者だなんて嬉しくて、君に似合いそうな物を贈りたくなったんだ」
この人は、いったい誰?
キルスティン様が義妹になる前のデイビッド様でも、何もない日に贈り物を持って現れたりはしなかった。照れたように笑いながら、頬を赤くしているデイビッド様を前にした私は、全身に鳥肌が立っていた。
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