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冬支度②
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在庫の寂しくなった薬草棚を眺めながら、ドーマーにあれやこれや注文する。
とりえあず、在庫のあるものは可能な限り買っておこう。在庫のないものでも取り寄せができるなら、それも予約しておく。
もちろん、ジャレッド団長の許可は得ているし、予算に余裕があることも確認している。
欲張って買い込む理由は、10日後に今季の大口の納品が終わると聞いたからだ。
小口であれば、小規模生産の農家から買い付けているので、冬の間でも細々と納品があるという。
それではなぜ大口の納入期限があと10日なのかといえば、積雪を見据え、ぎりぎり馬車で往路できる期間だという。あとは農閑期により畑を休ませる農家が多くなるので、収穫するものがなくなるのも理由の一つに上がる。当然、薬草も含まれる。
初冬はドカ雪にならないだろうという経験則から試算している買い付け時期だけど、白魔茸の影響は侮れない。慎重を期して、遠方からの買い付けは行われない。いざという時に人力で対応できる範囲での取引だ。
その為、薬草の一大産地である帝国南部からの出荷分は、10日後で今期終了となる。
他の地域の薬草生産量はどうかといえば、東部と西部はどんぐりの背比べな収穫量。中央部は薬草農家はなく、貴族家に卸す花卉農家が多いという。北部は言わずもがな。
実質、薬草が納品されるのは10日後で終わりだ。
「北部にも小規模ですが、ハーブ農園はありますので、そこからは冬の間も入って来ます。歩行が難しいような大雪とならなければ…と注釈はつきますが。納品されるのは、ラベンダーやミントのような耐寒性あるハーブが主力です。ハーブを切らすと怒られるんだ…」
最後の方はぽつりと、うっかり零れてしまったような口調だ。
ハーブの在庫切れで誰が怒るのかといえば、それは女性だ。身内や恋人とかではなく、公爵領に暮らす女性全員になる。
私もマリアとナタリアに習ったのだけど、獣人には優れた五感ゆえのセンシティブな問題がある。
深刻なものが、女性特有の月のものの臭いだ。それを誤魔化すように、月のものがきた獣人女性はサシェを身に着ける。
始めて聞いた時は衝撃を受けたし、私も慌てて用意した。
私のサシェは、ラベンダーとミント、レモンバームだ。
ナタリアはローズマリーをベースにした獣人女性に人気のサシェだけど、マリアはわさびをブレンドした攻撃的なサシェだ。
自分たちの嗅覚は大丈夫なのかと心配すれば、獣人の能力値は男女差があり、特に嗅覚は男性の方が鋭いそうだ。さらに月のものの時は、獣人特有の能力そのものが落ちてしまうので、攻撃的なサシェでも問題ないとのこと。
ただ、マリアのサシェは同性にも不評らしく、当初よりわさびの配合量を落としたのだと聞いた。
サシェを持ち歩く女性には近寄らない。臭いに気づいても女性に悟らせない。
これは獣人男性の中では暗黙の了解らしい。
以上のことから、獣人女性はサシェに使うドライハーブやウッドチップなどが店頭から無くなるなど許せないのだ。
それくらいに獣人女性とサシェは密接な関係だ。
ただ、貴族の獣人女性となると少し状況が変わって、サシェと同時に香水も使うらしく、ハーブ系が品切れしても大きな混乱にはならないという。
香水が安価に出回るようになれば、冬にハーブの在庫を気にして慌てる必要はなくなるけど、庶民が気軽に買えるようになるのは先の話だ。
「ドーマーさん。こっちにはハーブ農園以外はないんですか?」
「ない…ですね」と、ドーマーとスミスが苦笑する。
「ゴゼットさんもご存じの通り、帝国の薬草の知識は本当に低いのです。私も薬材部門を任されるようになって、猛勉強して、はじめて薬草の種類の多さに驚きました。ハーブにしても同じです。国土の広いヴォレアナズ帝国の端から端まで一緒くたにはできませんが、少なくとも公爵領でのハーブはサシェや料理に活用されることが多く、医師からの問い合わせは殆どありません。ハーブとして認知されている植物も少ないですよ。図鑑を開いて、”これは雑草じゃなかったのか!?”というハーブもあるほどです」
ドーマーは笑うけど、ハーブほど汎用性が高い植物もないと私は思っているので、とても勿体ないことをしていると思う。
まぁ、繁殖力が強いハーブは、地域によっては厄介な雑草扱いされると聞いたことがある。ドーマーが言うように、公爵領でも、人知れず雑草として刈り取られているハーブがあるのだろう。
「イヴ。ハーブと薬草は何が違うんだ?」
「違いですか?ん~…実は明確な区分けがされていないんです。国によっては薬草で統一している地域もあるって聞いたことがあります。でも、キャトラル王国では、基本的にハーブは香りや味を楽しむ植物の総称で、薬草は薬効を重視し、治療や予防に効果はあるけど副作用があるので取り扱いに注意が必要な植物のこととしています」
「ヴォレアナズ帝国ではハーブは香り付けに使用する植物。その1点です。サシェや香水、料理に使うものとして見ているので、ハーブとして認知している種類は多くはありません」
ドーマーの言葉に私は頷く。
「でも、ハーブにも薬効はあるんですよ。効果は軽いですが、副作用は殆どないので扱いやすいんです。例えば、第2騎士団で出しているハーブティーは、清涼感あるミントを多用してますが、ミントは夏バテ予防や集中力を高める効果があるんです。でも、薬ではないので即効性はありません。ゆっくり、時間をかけて実感できるようになるんです」
「しかし、女性団員は飲んだ翌日に効果を実感してるだろ?」
実は第2騎士団のハーブティーは2種類作っている。
1つが何も手を加えていない普通のハーブティーだ。こちらは味重視にブレンドしている。
そして、もう1つが私の聖魔力を少しだけ込めた美容ブレンドになる。
女性騎士たちから、日焼けによるシミや肌荒れを相談されて作ったのだ。
ローズヒップをメインにブレンドしたハーブティーは、正直、私は酸っぱくて好きではない。なのに、女性騎士たちは蜂蜜を垂らして美味しそうに飲んでいる。
劇的な効果はないと思うけど、ほんのり肌質が改善されてきたと喜びの声を聞いた。
手を加えていないハーブティーも、聖魔力を注げば抜群の効果を発揮する。でも、そっちはラベンダーやカモミールなど、リラックスを主目的にしたブレンドなので、団員たちの士気にも関わることもあり聖魔力は加えていない。
そのことをジャレッド団長に告げれば、なぜかドーマーとスミスが「聖魔力…」と物欲しそうな商人の顔をする。
そんな顔をされても薬以外は作らないし、余分な魔力はない。
「それより先日、商人ギルドで運び専門の人たちがいると聞きました。雪道でも荷運びをしてくれるって」
「薬草の配達での利用でしょうか?」
「そうです。帝都の方にも支店?があるんですよね?」
ハベリット商会はクロムウェル公爵家の運営する商会だ。
開業届には公爵様のサインがあるそうだけど、経営は完全に公爵様の手から離れて、商会責任者のトニー・ゾラが一手に引き受けている。
公爵様が目を通すのは現金出納帳のみで、後は公爵家の財務官とゾラに任せているのだとか。ハベリット商会が取り扱う商品も、全てがゾラの情報収集力と目利きによる。
今ではクロムウェル領を本店に、各地に大小様々な支店が散っていると聞いた。
私が確認も含めて訊けば、スミスが「ええ」と頷く。
「ハベリット商会の本店はここですが、帝都支部の方が規模は大きいのです。人も多いですし、何よりあらゆる領地に向けて街道が伸びているので好立地なのです。各地から商品が集まるので、どうしても従業員数が多く、倉庫も大きくなります」
「でも、ここも卸売りしてるんですよね?」
「ええ。ただここは北部の方々が必要とされる商品を中心に取り扱っています。例えば、南部ではよく売れる香辛料は、北部では殆ど売れません。北部でよく売れる防寒着も南部では売れません。売れない商品を余剰在庫というのですが、これは商会の損失になります。なので、北部は北部で売れるものしか仕入れません。ですが、帝都は国の中央に位置していますので、各地の商品を仕入れても売れるのです」
「だから色んな商品を置く倉庫も大きいし、従業員もいっぱいいるんですね」
「はい」と、スミスが笑顔で頷く。
「もしかして、帝都支部に運び屋で仕入れを?」
と、ドーマーだ。
「今、思いついただけです。予算のこともあるので…。ただ、冬の間、運び屋を雇えば薬草やハーブの買い付けは出来るのかな…と」
薬の枯渇は避けたい。
病気が流行るのも怖いけど、私は獣人ほど丈夫ではないので、常備薬が切れるなど考えられないのだ。
「他の商会を使われるなら別ですが、ハベリット商会間の仕入れでしたら雪中を得意とする運び専門の歩荷も在籍してるので、わざわざ運び屋を雇わなくても大丈夫ですよ」
「ぼっか?」
「さきほど言ったような、歩いて荷を運ぶ人のことです。主に荷を背負って山越えする人たちのことですね。馬車が通れない…例えば、土砂崩れなどで道が寸断された場合などに、彼らが活躍するわけです。でも、そう頻繁に立ち往生するような災害は起きませんし、山にも魔物がいるので、いつしか冬に特化した荷運びとなりました。単なる運び屋と異なるのは、1人で100キロ近くの荷を担いで移動できることです。昔、160キロを担いで山越えした猛者もいたそうですよ」
きっとクマ獣人とかに違いない。
「商人ギルドでは紹介されませんでした」
「それはそうです。歩荷は有力な商会が育てますからね。商会に所属していなくとも、すぐに何処かの商会が囲い込みますよ。商人ギルドに登録している運び屋は、どの商会にも所属していない腰掛けが多いです。例えば、本職が冒険者であったり、農家であったり。足腰が強く、それなりに腕っぷしのあり、冬の間だけ本業が暇になる人たちですね。そういう人たちが、食い扶持を稼ぐために運び屋になるんです。ハベリット商会では3人の歩荷が在籍しています。うち2人は帝都の支店にいますよ」
と、スミスが言う。
その顔は誇らしげだ。
「冬季の薬草の仕入れ方法は選択肢が限られます。東部と西部も雪が降りますので、南部から買い付け、支店から歩荷で運んでもらうのが良いでしょう。ただし、馬車より倍の日程がかかってしまいますので、買い付けるのは乾燥させた薬草のみとなります」
傷んだものを売っては、商会の信用に傷をつけることになる。
本来なら、私が一から薬草を洗い、乾燥させたかったけど仕方ない。
私が頷いたのを確認すると、スミスは薬草棚へと目を向ける。
「あと10日ほどで大口の納品が終わります。薬草棚はご覧の通りです。最悪、来春までは薬材の種類や量を揃えることができない可能性がありますので、帝都支部に発注をかけるのは良い考えだと思います。ゴゼット様の注文にもよりますが、乾燥させた薬草という条件が付きますので、そこはご了承下さい」
「北部で取り寄せられるハーブであれば、ゴゼット様が必要とするだけ多めに取り寄せることは可能です」
スミスとドーマーが交互に言う。
「あの…でしたら、それでお願いします」
「ちょっと待って下さい」
ドーマーが慌ててポケットからメモと鉛筆を取り出す。「どうぞ」の合図で、必要なハーブを言っていく。
「ローズヒップ、ローズマリー、ラベンダー、ミント、レモンバーム…わさびがあれば、わさびも。わさびは少量で構いません」と順に種類を上げていくと、ジャレッド団長とスミスは何に使うのか気づいたらしい。少しだけ気まずげに視線を彷徨わせている。
私まで恥ずかしくなってくる…。
「えっと…ハーブはそれくらいで」
シダーウッドチップなどは、第2騎士団の敷地内に生えている針葉樹の枝で自作できる。
それから帝都支部に毒草を除いた薬草を全種、持てるだけ持って来てもらうことにした。向こうで取り扱っている薬草の種類が分からないからだ。
「最後に、バリルを鉢植えで3鉢お願いします」
「バリル…ですか?」
メモを取っていたドーマーが目を丸める。
「はい。バリルです。つる植物なので、何か巻き付けるような囲いを付けた鉢でお願いします」
「えっと…バリルは薬草でした?すみません。不勉強で…」
「バリルは薬草じゃないです。ただ、私が作る魔物除けの香の材料になるんです。バリルの実の汁を使うので獣人には売れないんですけどね」
私が苦笑すると、バリルの実の汁を嗅いだことがあるのか、ドーマーは顔を顰め、バリルを知らないスミスは「人族の知恵ですね」と感心しきりに頷いている。
ジャレッド団長は材料にヘビの魔物の心臓もあると知っているだけに、ドーマー以上の険しい顔だ。
まぁ、2人にどんな顔をされようと、私としてはようやく冬の備えへの肩の荷が下りてホッとしている。
とりえあず、在庫のあるものは可能な限り買っておこう。在庫のないものでも取り寄せができるなら、それも予約しておく。
もちろん、ジャレッド団長の許可は得ているし、予算に余裕があることも確認している。
欲張って買い込む理由は、10日後に今季の大口の納品が終わると聞いたからだ。
小口であれば、小規模生産の農家から買い付けているので、冬の間でも細々と納品があるという。
それではなぜ大口の納入期限があと10日なのかといえば、積雪を見据え、ぎりぎり馬車で往路できる期間だという。あとは農閑期により畑を休ませる農家が多くなるので、収穫するものがなくなるのも理由の一つに上がる。当然、薬草も含まれる。
初冬はドカ雪にならないだろうという経験則から試算している買い付け時期だけど、白魔茸の影響は侮れない。慎重を期して、遠方からの買い付けは行われない。いざという時に人力で対応できる範囲での取引だ。
その為、薬草の一大産地である帝国南部からの出荷分は、10日後で今期終了となる。
他の地域の薬草生産量はどうかといえば、東部と西部はどんぐりの背比べな収穫量。中央部は薬草農家はなく、貴族家に卸す花卉農家が多いという。北部は言わずもがな。
実質、薬草が納品されるのは10日後で終わりだ。
「北部にも小規模ですが、ハーブ農園はありますので、そこからは冬の間も入って来ます。歩行が難しいような大雪とならなければ…と注釈はつきますが。納品されるのは、ラベンダーやミントのような耐寒性あるハーブが主力です。ハーブを切らすと怒られるんだ…」
最後の方はぽつりと、うっかり零れてしまったような口調だ。
ハーブの在庫切れで誰が怒るのかといえば、それは女性だ。身内や恋人とかではなく、公爵領に暮らす女性全員になる。
私もマリアとナタリアに習ったのだけど、獣人には優れた五感ゆえのセンシティブな問題がある。
深刻なものが、女性特有の月のものの臭いだ。それを誤魔化すように、月のものがきた獣人女性はサシェを身に着ける。
始めて聞いた時は衝撃を受けたし、私も慌てて用意した。
私のサシェは、ラベンダーとミント、レモンバームだ。
ナタリアはローズマリーをベースにした獣人女性に人気のサシェだけど、マリアはわさびをブレンドした攻撃的なサシェだ。
自分たちの嗅覚は大丈夫なのかと心配すれば、獣人の能力値は男女差があり、特に嗅覚は男性の方が鋭いそうだ。さらに月のものの時は、獣人特有の能力そのものが落ちてしまうので、攻撃的なサシェでも問題ないとのこと。
ただ、マリアのサシェは同性にも不評らしく、当初よりわさびの配合量を落としたのだと聞いた。
サシェを持ち歩く女性には近寄らない。臭いに気づいても女性に悟らせない。
これは獣人男性の中では暗黙の了解らしい。
以上のことから、獣人女性はサシェに使うドライハーブやウッドチップなどが店頭から無くなるなど許せないのだ。
それくらいに獣人女性とサシェは密接な関係だ。
ただ、貴族の獣人女性となると少し状況が変わって、サシェと同時に香水も使うらしく、ハーブ系が品切れしても大きな混乱にはならないという。
香水が安価に出回るようになれば、冬にハーブの在庫を気にして慌てる必要はなくなるけど、庶民が気軽に買えるようになるのは先の話だ。
「ドーマーさん。こっちにはハーブ農園以外はないんですか?」
「ない…ですね」と、ドーマーとスミスが苦笑する。
「ゴゼットさんもご存じの通り、帝国の薬草の知識は本当に低いのです。私も薬材部門を任されるようになって、猛勉強して、はじめて薬草の種類の多さに驚きました。ハーブにしても同じです。国土の広いヴォレアナズ帝国の端から端まで一緒くたにはできませんが、少なくとも公爵領でのハーブはサシェや料理に活用されることが多く、医師からの問い合わせは殆どありません。ハーブとして認知されている植物も少ないですよ。図鑑を開いて、”これは雑草じゃなかったのか!?”というハーブもあるほどです」
ドーマーは笑うけど、ハーブほど汎用性が高い植物もないと私は思っているので、とても勿体ないことをしていると思う。
まぁ、繁殖力が強いハーブは、地域によっては厄介な雑草扱いされると聞いたことがある。ドーマーが言うように、公爵領でも、人知れず雑草として刈り取られているハーブがあるのだろう。
「イヴ。ハーブと薬草は何が違うんだ?」
「違いですか?ん~…実は明確な区分けがされていないんです。国によっては薬草で統一している地域もあるって聞いたことがあります。でも、キャトラル王国では、基本的にハーブは香りや味を楽しむ植物の総称で、薬草は薬効を重視し、治療や予防に効果はあるけど副作用があるので取り扱いに注意が必要な植物のこととしています」
「ヴォレアナズ帝国ではハーブは香り付けに使用する植物。その1点です。サシェや香水、料理に使うものとして見ているので、ハーブとして認知している種類は多くはありません」
ドーマーの言葉に私は頷く。
「でも、ハーブにも薬効はあるんですよ。効果は軽いですが、副作用は殆どないので扱いやすいんです。例えば、第2騎士団で出しているハーブティーは、清涼感あるミントを多用してますが、ミントは夏バテ予防や集中力を高める効果があるんです。でも、薬ではないので即効性はありません。ゆっくり、時間をかけて実感できるようになるんです」
「しかし、女性団員は飲んだ翌日に効果を実感してるだろ?」
実は第2騎士団のハーブティーは2種類作っている。
1つが何も手を加えていない普通のハーブティーだ。こちらは味重視にブレンドしている。
そして、もう1つが私の聖魔力を少しだけ込めた美容ブレンドになる。
女性騎士たちから、日焼けによるシミや肌荒れを相談されて作ったのだ。
ローズヒップをメインにブレンドしたハーブティーは、正直、私は酸っぱくて好きではない。なのに、女性騎士たちは蜂蜜を垂らして美味しそうに飲んでいる。
劇的な効果はないと思うけど、ほんのり肌質が改善されてきたと喜びの声を聞いた。
手を加えていないハーブティーも、聖魔力を注げば抜群の効果を発揮する。でも、そっちはラベンダーやカモミールなど、リラックスを主目的にしたブレンドなので、団員たちの士気にも関わることもあり聖魔力は加えていない。
そのことをジャレッド団長に告げれば、なぜかドーマーとスミスが「聖魔力…」と物欲しそうな商人の顔をする。
そんな顔をされても薬以外は作らないし、余分な魔力はない。
「それより先日、商人ギルドで運び専門の人たちがいると聞きました。雪道でも荷運びをしてくれるって」
「薬草の配達での利用でしょうか?」
「そうです。帝都の方にも支店?があるんですよね?」
ハベリット商会はクロムウェル公爵家の運営する商会だ。
開業届には公爵様のサインがあるそうだけど、経営は完全に公爵様の手から離れて、商会責任者のトニー・ゾラが一手に引き受けている。
公爵様が目を通すのは現金出納帳のみで、後は公爵家の財務官とゾラに任せているのだとか。ハベリット商会が取り扱う商品も、全てがゾラの情報収集力と目利きによる。
今ではクロムウェル領を本店に、各地に大小様々な支店が散っていると聞いた。
私が確認も含めて訊けば、スミスが「ええ」と頷く。
「ハベリット商会の本店はここですが、帝都支部の方が規模は大きいのです。人も多いですし、何よりあらゆる領地に向けて街道が伸びているので好立地なのです。各地から商品が集まるので、どうしても従業員数が多く、倉庫も大きくなります」
「でも、ここも卸売りしてるんですよね?」
「ええ。ただここは北部の方々が必要とされる商品を中心に取り扱っています。例えば、南部ではよく売れる香辛料は、北部では殆ど売れません。北部でよく売れる防寒着も南部では売れません。売れない商品を余剰在庫というのですが、これは商会の損失になります。なので、北部は北部で売れるものしか仕入れません。ですが、帝都は国の中央に位置していますので、各地の商品を仕入れても売れるのです」
「だから色んな商品を置く倉庫も大きいし、従業員もいっぱいいるんですね」
「はい」と、スミスが笑顔で頷く。
「もしかして、帝都支部に運び屋で仕入れを?」
と、ドーマーだ。
「今、思いついただけです。予算のこともあるので…。ただ、冬の間、運び屋を雇えば薬草やハーブの買い付けは出来るのかな…と」
薬の枯渇は避けたい。
病気が流行るのも怖いけど、私は獣人ほど丈夫ではないので、常備薬が切れるなど考えられないのだ。
「他の商会を使われるなら別ですが、ハベリット商会間の仕入れでしたら雪中を得意とする運び専門の歩荷も在籍してるので、わざわざ運び屋を雇わなくても大丈夫ですよ」
「ぼっか?」
「さきほど言ったような、歩いて荷を運ぶ人のことです。主に荷を背負って山越えする人たちのことですね。馬車が通れない…例えば、土砂崩れなどで道が寸断された場合などに、彼らが活躍するわけです。でも、そう頻繁に立ち往生するような災害は起きませんし、山にも魔物がいるので、いつしか冬に特化した荷運びとなりました。単なる運び屋と異なるのは、1人で100キロ近くの荷を担いで移動できることです。昔、160キロを担いで山越えした猛者もいたそうですよ」
きっとクマ獣人とかに違いない。
「商人ギルドでは紹介されませんでした」
「それはそうです。歩荷は有力な商会が育てますからね。商会に所属していなくとも、すぐに何処かの商会が囲い込みますよ。商人ギルドに登録している運び屋は、どの商会にも所属していない腰掛けが多いです。例えば、本職が冒険者であったり、農家であったり。足腰が強く、それなりに腕っぷしのあり、冬の間だけ本業が暇になる人たちですね。そういう人たちが、食い扶持を稼ぐために運び屋になるんです。ハベリット商会では3人の歩荷が在籍しています。うち2人は帝都の支店にいますよ」
と、スミスが言う。
その顔は誇らしげだ。
「冬季の薬草の仕入れ方法は選択肢が限られます。東部と西部も雪が降りますので、南部から買い付け、支店から歩荷で運んでもらうのが良いでしょう。ただし、馬車より倍の日程がかかってしまいますので、買い付けるのは乾燥させた薬草のみとなります」
傷んだものを売っては、商会の信用に傷をつけることになる。
本来なら、私が一から薬草を洗い、乾燥させたかったけど仕方ない。
私が頷いたのを確認すると、スミスは薬草棚へと目を向ける。
「あと10日ほどで大口の納品が終わります。薬草棚はご覧の通りです。最悪、来春までは薬材の種類や量を揃えることができない可能性がありますので、帝都支部に発注をかけるのは良い考えだと思います。ゴゼット様の注文にもよりますが、乾燥させた薬草という条件が付きますので、そこはご了承下さい」
「北部で取り寄せられるハーブであれば、ゴゼット様が必要とするだけ多めに取り寄せることは可能です」
スミスとドーマーが交互に言う。
「あの…でしたら、それでお願いします」
「ちょっと待って下さい」
ドーマーが慌ててポケットからメモと鉛筆を取り出す。「どうぞ」の合図で、必要なハーブを言っていく。
「ローズヒップ、ローズマリー、ラベンダー、ミント、レモンバーム…わさびがあれば、わさびも。わさびは少量で構いません」と順に種類を上げていくと、ジャレッド団長とスミスは何に使うのか気づいたらしい。少しだけ気まずげに視線を彷徨わせている。
私まで恥ずかしくなってくる…。
「えっと…ハーブはそれくらいで」
シダーウッドチップなどは、第2騎士団の敷地内に生えている針葉樹の枝で自作できる。
それから帝都支部に毒草を除いた薬草を全種、持てるだけ持って来てもらうことにした。向こうで取り扱っている薬草の種類が分からないからだ。
「最後に、バリルを鉢植えで3鉢お願いします」
「バリル…ですか?」
メモを取っていたドーマーが目を丸める。
「はい。バリルです。つる植物なので、何か巻き付けるような囲いを付けた鉢でお願いします」
「えっと…バリルは薬草でした?すみません。不勉強で…」
「バリルは薬草じゃないです。ただ、私が作る魔物除けの香の材料になるんです。バリルの実の汁を使うので獣人には売れないんですけどね」
私が苦笑すると、バリルの実の汁を嗅いだことがあるのか、ドーマーは顔を顰め、バリルを知らないスミスは「人族の知恵ですね」と感心しきりに頷いている。
ジャレッド団長は材料にヘビの魔物の心臓もあると知っているだけに、ドーマー以上の険しい顔だ。
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不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
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ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
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名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
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そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
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