元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第3話 ドクター・クラリスと魅惑の魔石

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「先生たち、お疲れ様!」

震える手に魔石を握りしめ、ようやく診療所に戻ったクラリスたちを出迎えたのは、看護師のハンナだった。

ハンナは一年ほど前から診療所で働いている。
恰幅が良くて肝が据わっており、五人の子を育て上げただけあって、気づいたらいつも何かしら手を動かしている。

(採用する時は色々あったけどね…)

クラリスはそっと空を見上げた。

『俺はよくわからん!おまえやっとけ!』

ミュラーにぶん投げられた採用面接。
それは苦労した。

王子の身分を隠したままだが"顔整い"で、かつてきぱきと診察するルスカ。
子供から老人まで誰にでも紳士的で笑顔を絶やさないヴィル。
時々ふらりと現れる王子様シュヴァン。

それはまあ大量に、悪役令嬢を婚約破棄させて断罪しそうな少女たちが、採用面接に押し寄せたのだ。

その混乱の中、ようやく仲間になったのがハンナだった。

診療所の仕事を覚えてからの彼女は強かった。
診療の手伝い、薬やカルテの整理、患者補助、押し寄せるおっかけ少女たちの解散誘導。

さらにはミュラーの尻を叩き、ルスカのノートを整理し、クラリスの白衣を洗濯し……。

『やっと勉強に専念できる……!!』

ヴィルは感涙したほどである。

 

「大事な勲章なんだから、外しておくよ!」

そう言いながらクラリスの胸から勲章を外すハンナ。

(こういう肝っ玉師長さん、ほんと好き……)

クラリスは椅子に腰を下ろし、ようやく呼吸を整えた。


「それで?なんなのそれ?」

ヴィルが紅茶の入ったマグカップを配りながら、クラリスの隣の席についた。

「魔石……っていってたよね?初めて聞いたよ」

「ぼくも」

二人は同時に、正面で紅茶を飲んでいるルスカを見る。
ルスカはゆっくりマグを置き、言った。

「……聞いたことがないのは当然だ。それは、貴族以上の身分を持つ者や、公務員、軍人にしか存在を明かされていない」

「へぇーー……?なんで?」

クラリスは石を持ち上げて光にかざす。
緑の魔石がきらりと光り、底面には金の模様が描かれていた。

「……悪用されて、万一反乱がおきれば、制圧が難しくなるからな」

「ふぅん……?ねえ、これって、この世界の"妙に便利なもの"?船とか、夜の照明とか……蓄音機とかさ?」

クラリスの脳裏で、これまで疑問だった“この世界の謎”が一気に繋がる。

それを耳にしたルスカは小さく口角をあげーー

「……見ればわかる」

魔石に触れ、軽く力をこめた。

次の瞬間ーー
部屋いっぱいに、しとやかなピアノの旋律が流れ出した。

まるで目の前で演奏しているかのような臨場感で、ペダルを踏む音すら聞こえてきそうだった。

クラリスはうっとりと頬を抑えて聞いていたが、はっと目を見開いた。

「これ……やはりシュヴァン王子からの求婚では?」

「そんなわけあるか。これは国歌だ」

ルスカが大きなため息をひとつ。
クラリスはごくりと唾を飲む。

「……もっと納税して貢げってことかな……?」

「うーん。それでいいと思う」

「ヴィル、適当に返すのやめてくれる?」

クラリスを無視して石を持ち上げたヴィルが目を丸くする。
魔石の下面の模様が、さっきよりも金色に輝いていた。

「これって……だれかの魔法の具現化なんだよね?」

クラリスがヴィルの持つ石を覗きながらそう呟く。ルスカは一瞬目を見開き、頷いた。

「そうだ。国から選ばれた能力を持つ者は公務員として採用され、更に能力によってはこうして魔石として保持される。学校卒業時にレポートを出したろう。あれで選別している」

クラリスとヴィルは顔を見合わせた。
確かに、出した記憶があった。

『忙しいし、わたしは"ごみを消せます"にしとこ!ヴィルは"ゴミの中身見えます"とかでいいよ!』
『いいのかなぁ……』
『どうせあの女教師しか見ないよ!』

そう言って適当に書いたあのレポートが、国の中枢に見られていた可能性に気づき、今更変な汗が背を伝う。


「でも……てことは、わたしの能力も魔石にできる…?」

曲が終わった魔石にクラリスが力を込めると、またも国歌が流れ始める。
ルスカはマグに口をつけたまま、ひとつ頷いた。


そこへーー

「誰にでもできるわけじゃねえがな」

いつものくたびれた白衣に着替えたミュラーが奥から姿を見せた。

「できるのは、この国でたった一族だけ。国の許可もいる。それに魔石は高ぇんだ。……その大きさなら金貨100枚はするぞ」

ミュラーの言葉にヴィルはひゅっと喉を鳴らし、震える手で机の上に置いた。

「わかったら、無駄口叩いてねぇで、仕事の準備しろ。そろそろ開けるぞ」

「はいっ」

ヴィルが慌てて立ち上がり、マグカップを片付け始めた。

クラリスは魔石を手に取り、じーっと見つめていた。

(……高いからって、研究を諦める?冗談じゃない)

魔石に陽光がさし、きらりと反射した。

(これがあれば、わたし、きつい思いして働かなくても良くなるじゃない!!特許とって販売もすれば、プール付き豪邸生活も夢じゃない!!!)

「ふふ…フハハ……」

思わず口の端から溢れる笑み。

ルスカはちらりと視線を上げその姿を捉え…距離をとるようにそっと椅子を引いた。
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