元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ

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第二章

第13話 夕焼けの君

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「あんたもう、結婚しなさい!!」

「…………へ?」

目をぱちぱちと瞬かせていたクラリスの肩を、がしりと母が掴む。

「ちっちゃな頃から変な子だとは思ってたけど、医者になりたいとか言うから黙って応援してたのに……魔物退治って、なによそれは!医者がそんなことするはずないでしょ!」

(それはそう)

クラリスは内心、首がもげるほど何度も頷いたが、今母の前でふざけたりすればヒートアップすることは目に見えていたので黙って飲み込む。

「お隣のマリーちゃんも、野菜屋さんのリリちゃんもみんな結婚したわよ!危ないことやめて、もう結婚しなさい!!いいわね!!」

母はがくがくとクラリスの肩を揺らす。

「ま、待ってよお母さん。結婚もなにも、相手なんていないしさ」

その言葉に、母はそろそろと馬車から降りてきていたヴィルをちらりとみた。

「……ヴィルくんに」

クラリスも視線をヴィルに向ける。

「土下座でもしてお嫁にもらってもらいなさい!!」

「………へ?」

ぎん、と睨まれたヴィルが、今度は動きを止めた。
徐々に頬が赤く染まっていく。

「いや待ってよお母さん。ヴィルだってさ、こんなの嫌だって。私がヴィルならいやだもん」

「だから土下座でもしなさいって言ってるのよ!
あんたね、
毎朝起こしに来てくれて、
ご飯食べさせてくれて、
お仕事終わったら送ってくれる子なんて、
あんたの人生にはもう現れないわよ!」

びしっと母はヴィルを指差す。
指されたヴィルはびくりと身体を震わせた。

「……毎朝」

その一言が、低く落ちた。
ルスカはそれ以上何も言わなかったが、その視線は、ヴィルから離れなかった。

(……ふーん?)

アニはルスカの様子を横目でちらりと見て、にや、と笑みを浮かべる。

「いや、それはさ、わたしがだらしないから仕方なくやってくれてるんであってさ……」

「まあまあお母さん。クラリスも医者になったばかりで、頑張ってますし……」

ミュラーが二人の間に割って入るが、

「家族の問題です!!ミュラー先生は口を挟まないでください!!」

「……はい」

ぴしゃりと言い切られミュラーはしゅんと戻っていく。

母はきっとヴィルを睨みつけた。
ヴィルはひっと小さな声をあげる。

「どうかしらヴィルくん!!もう10年超える仲でしょ!!貴方しかいないのよ!ね!」

「あの……えっと……ぼくは、その……」

顔を真っ赤に染めたヴィルが、目を泳がせていた時だった。



ガラガラガラ……



いつの間にか近づいてきていたもう一台の馬車が、診療所の前で止まる。

御者が開く前に扉が勢いよく開く。

「お姉様!!」

中から勢いよくフィーリアが飛び出し、クラリスに飛びついた。
両手で袋を持っているクラリスは受け止めきれず、数歩よろめく。

「ご無事での御帰還、なによりです!本当に、本当に心配していました!」

「ありがとうフィー。無事帰ったよ」

クラリスが笑いかける横で、母はフィーリアに近づくと、そっと膝を屈めて目線を合わせる。

「可愛いお嬢さん。うちのバカ娘を心配してくれてありがとう。でもね、今大事な話をしてるの。少し待っててくれる?」

「あの……あの、おかあさん、フィーはこの国の……」

「大事な話?」

フィーリアが小首を傾げる。

「そうなの。この子ね、危ないことしてどうしようもないから、あのお兄ちゃんに結婚してくださいってお願いしてるところなの」

「け、けっこん……!?」

フィーリアがぽかんと口を開いた時だった。

ひゅう、と風が吹き、皆の視界が揺れる。

「おや。もしや貴女は……クラリス嬢の、お母君ですか?」

涼しげな声に皆の視線が吸い寄せられる。
夕焼けをバックに馬車から降りてくるのは、シュヴァン王子その人だった。

「な……」

夕焼けに照らされた赤いマントを風に揺らし、微笑みを讃えながら歩いてくる美青年シュヴァンに、母は目を見開く。

「一度、御挨拶に伺いたいと思っていたのです。わたしの名はシュヴァン・パストリアと申します」

「し、し、シュヴァン……王子……?」

口をぱくぱくと動かしながら母は頬を真っ赤に染める。

(イケメンすぎて声でないよね……わかる……)

クラリスはふっと笑みを浮かべた。

シュヴァンは少しも気にした風もなく、母の前に立った。

「いま、結婚と聞こえましたが。……困りますね。クラリス嬢は、我が国にとってかけがえのない存在です。
……いえ、“宝”と言っても過言ではありません」

シュヴァンはそっと母の手を取り、母は息を呑む。
そのままシュヴァンは優しく微笑んだ。

「彼女が望んでの結婚ならば止めることはできませんが……そうでないのならば、お許しいただけませんか。彼女の力をもうしばらくお借りすること」


風でマントが揺れる。
母は真っ赤な顔でこくこくと何度か頷いた。


「よかった。……クラリス嬢」

シュヴァンは優しく母の手を離すと、今度はクラリスの方を向く。
クラリスも途端に頬が染まり、背筋をぴっとのばした。

「無事に帰って良かったよ。……ぼくは、今回のこと、知らされていなくてね」

シュヴァンはちらりとルスカを見たあと、クラリスの瞳を真っ直ぐ覗いた。

「あまり、危険なことはしないように」

その顔が珍しく真剣で。
クラリスもまた、何も言えずに何度も頷くことしかできなかった。

シュヴァンはふっと微笑みを浮かべると、今度はルスカの前に立つ。

「君が黙って無理矢理押し通したこの遠征のおかげで、僕がどんな目にあったかわかるかい?ルスカ。……さあ、帰るよ。フィーリアも」

少し青ざめた様子のルスカが、王族の馬車に乗り込み、フィーリアも名残惜しそうに振り返りながら小走りでそれに続く。

「アニ。きみにも話があるよ。おいで?」

指名されたアニはびくりと肩を揺らし、のろのろと馬車に乗り込んだ。

「それでは、ご機嫌よう」

シュヴァンもまた微笑みを残し、最後に馬車に乗り込み扉が閉められ、馬車は駆け足でその場を離れていった。

しん、と静まり返る診療所前。

「……王族ってすげぇ……」

ミュラーがぽつりと残した言葉がやけに響く。

クラリスの持つ袋の開き口から覗く魔石を、夕焼けがただ照らしていた。
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